![]() 11月号特集「私の咬合診査法――基礎知識から診査機器の有効活用まで」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.) たばた よしお 田端義雄 臨床歴がある程度長くなり,自身の行った修復治療の経過を観察する機会が増えてくると,残念ながら多くのトラブルを経験することになる.歯科臨床は,言い古された言葉ではあるが“炎症と力との戦い”であるようだ.特に力のコントロールと咬合の問題は,治療範囲が大きくなるケースなどではより注意深い対応が必要になる.例えば今や臨床に定着したインプラント治療では,成功すればより快適である一方,治療における侵襲も大きくなるため,一段と確実な対応が必要となる. 歯科治療における診査・診断の基本は患者さんの観察にある.全身状態から精神状態,その背景までを知らないと問題を捉えられないことさえあるが,少なくとも一般臨床家としては,いわゆる顎口腔系,特に下顎位,歯,歯列,そして咬合状態はしっかりと捉えておきたい.そういう意味で咬合診査は歯科医師にとって必須の技法であり,これをより確実に行うため,私の知る限りでも多くの機器が開発され,導入されてきた. 歯科に対する一つの批判に,医科と比べて検査項目と検査機器が少ないことが挙げられる.人間ドックなどでも経験するように医科では本当に多くの検査があり,また多くは数値で異常を知らせるため再現性と客観性がある.規模の違いもあるが,記録や説明には価値がある.その意味で今回の特集は,そうした方向に沿った検査機器の現状を表しており,すべて客観性に主眼が置かれ,記録も可能であるため参考になる.下顎運動の研究と咬合器開発の時代に大学を卒業した世代としては,咬合器上における診査,ゴシックアーチによる診断,顆路の測定,咬合接触状態,咬合圧とバランスの状態の測定など,どれもなじみのある診査・診断であるが,精度の向上とコンピュータによる解析やビジュアル化などをみると,研究現場が長足の進歩を遂げていることが伺える. 一方で自身の診療を振り返ると,何度か導入を図った咬合診査機器もいつの間にか診療室から消えていった経緯がある.実際に残ったのは咬合器と,あまり客観性のない視診と経験である.もちろん診療には記録と客観性は不可欠であり,今日,優れた臨床系の先生の著書や症例報告の術前・術後には,検査機器による客観的データが添えられていて敬服させられる.ただ本特集では,どちらかというと研究の場におられる先生の報告も多く,どれだけ一般臨床家にフィードバックされるかに少々不安はある.臨床の場において望まれる検査機器は,できれば,ある手順を踏めば経験やカンよりも優れた結果を導き出してくれるものであってほしい.さらに簡便で安価であれば,普及・定着の可能性が高い. さて,臨床家でこれから各種機器を導入しようとする先生方へ,何度も挫折した私がアドバイスするとすれば,まず導入すること自体には何の異存もない.使用してみなければ何も始まらないからである.私の導入したパントグラフ,EMG,MKG,咬合音診査器での経験は,機器が診療室から消えた今も臨床でけっこう役に立っている.そして使用にあたっては,中村先生が強調されるようにその機器に精通してほしいし,玉置先生も提唱されているように本当の意味で有効に使用しなければならない.検査機器はオールマイティではない.アウトプットされたデータの判断は使用する術者にゆだねられている.何のために使用するのかを十分に考えないで導入することは,貴重な時間のロスと患者さんへの迷惑になりかねない.菅野先生の言われるように,患者さんの幸福のために使用したいものである. |
![]() 11月号特集「私の咬合診査法――基礎知識から診査機器の有効活用まで」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.) さきま とおる 崎間 徹 ナソロジーという学問が生まれた時から,咬合採得や顎位の再現という問題は議論され続けてきました.しかし,顎位を含め顎運動は,歯牙・歯根膜・骨・神経・筋などの多くの組織が複雑に絡み合って営まれる運動であるため,どの要素を指標とするかによって考え方が分かれてしまい,未だに普遍的な方法は確立されていません.今回の特集では,第1〜3編が顎位,第4・5編では歯牙の咬合圧を指標とした診査法が述べられていますので,私なりに長所・短所を考えてみたいと思います. まず最初の菅野先生の方法ですが,模型をマウントして分析するというのは古くから行われてきた方法で,高価な機器を必要とせず,また,模型上ではありますが歯牙の接触を目で確認しやすく,開業医にとっては非常に有効な手段であると思います.ただし,チンポイント法の熟練と正確に模型をマウントできる技術が必須であるため,導入に際してはある程度の訓練が必要となります.しかし,チンポイントテクニックは日常的に使えるテクニックですので,ぜひ習得しておきたいものです. 2編目の西川先生らの方法は,ゴシックアーチ描記法に改良を加えた装置を用いたもので,繰り返し描記が可能で,また描記された図の保存も簡単にできるようになっています.しかし私には,描記時に接触しているのが口唇のはるか前方のスタイラス一点というのが大きな問題に思われます.この不安定な状態では,咬合床の後方からの脱離を避けるために咬合力を加減してしまい,したがって,通常の筋活動量をもって限界運動を再現するのは難しいように思われます. 3編目の玉置先生らの方法は,パントグラフを改良した装置を用いており,電気的に描記し記録できるようになっています.これにより,欠点の一つであった描記方法の複雑さ(空気圧による描記針の操作など)が解決されています.しかし,装着作業が煩雑でかなりチェアタイムを要するため,同様のデータを採取できるキネジオグラフのほうが開業医にとっては使い勝手が良いのではないでしょうか. 4編目の龍田先生の方法は,歯牙の接触部位・圧を経時的に観察できることが画期的であると思います.しかし,このT−スキャンシステムはセンサーが厚くて硬いため,あくまで自分自身の経験ですが,センサーを口腔へ挿入すると角が頬粘膜に刺さって痛いし,嘔吐反射は起こるし,歯牙の接触感覚もいま一つ頼りにならないので,咬頭嵌合位を上手く再現することが困難でした. 5編目の中村先生の方法で用いられているのは,同じ咬合圧センサーの部類ですが,薄いことが特徴(Rタイプ)で,計測システムも非常に簡便なので開業医向きだと思います.しかし,やはり嘔吐反射の強い患者さんには使いにくく,また,測定にはある程度の咬合力が必要なため,咬頭嵌合位以外の顎位での計測が難しいのが問題といえるでしょう. 以上のように,さまざまな診査法がありますが,どれも一長一短があり,一概に優劣をつけることはできません.今自分が必要な情報を見極め,適切な方法を上手く使い分けることが大切だと思います.しかし,開業医では高価な計測機器をいくつも取り揃えるのは難しく,そういった意味では,福岡県でご開業の筒井照子先生が提唱されるタッピング法なども,一つの有効な手段ではないかと思います. |
![]() 10月号特集「自家歯牙移植・再植のいまを問う(ll) ――再植による歯の救済・延命を求めて」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.) やまだ ひろゆき 山田浩之 今回の特集は,保存の可否が問われるような問題―歯根破折や骨縁下う蝕,難治性根尖病巣,根管穿孔,垂直破折,重度歯周疾患など―を抱えた歯を保存するために,移植・再植のコンセプトをいかに用いるかというものであり,しっかりした診断と生物学的背景にのっとった確実な術式を採用することにより,かなりの歯を長期的に保存できることが示されていました. 下地先生の“外科的挺出をどう位置づけるか”というテーマにおいては,深い歯肉縁下う蝕や歯根破折が生じた歯を保存する考え方として,まず保存するかどうかの診断,そして次に矯正的挺出と外科的挺出のどちらを適応させるかの臨床的診断基準の視点が明解に示されています. 真坂先生と塚原先生は,難治性根尖性歯周炎,難治性根管穿孔歯,垂直破折歯,および根分岐部を有する重度歯周疾患歯に対する意図的再植について報告されています. 真坂先生は,難治性の原因である根尖の解剖学的問題をはじめ,根管穿孔部や歯根破折部をスーパーボンドC&B®で封鎖あるいは接着させて再植するという術式について述べ,塚原先生は,根面のデブライドメントが困難な根分岐部等を有する歯を口腔外で確実にデブライドメントし,歯根面にエムドゲイン®を塗布して再植する術式について述べています.両氏の症例において,良好な予後が得られているのは,歯根膜の保存と再生に最大限の注意をはらい,厳密な術式を用いているからこそである,と痛感しました. 意図的再植にエムドゲイン®を応用した新しい取り組みは,エムドゲイン®が歯周病により喪失した付着の獲得と再植後の歯根膜治癒の両者に有効に働くとすると,有益な治療法であると考えられます. 中川先生・大島先生は,大学での研究成果に基づき,再植後の治癒過程について組織像とシェーマを用いてわかりやすく解説されています.移植・再植を施術する際には,このような生物学的理論を十分理解した上で行うことが重要と考えられます. 中川先生は,歯根の吸収・骨性癒着を生じさせずに再植を成功に導くには,歯根膜の保存,根管に対する適切な処置が重要であることを示され,歯の保存液に求められる条件についても言及されています. 大島先生は,歯の再植という物理的損傷に対して象牙質・歯髄複合体がどのように反応するかを詳しく解説されています.ネズミの実験モデルにおいて歯髄が骨様組織に置換されるケースがみられ,このような場合に骨吸収やアンキローシスが容易に起きるそうです.アンキローシスという現象を,歯が「歯としてのidentityを失った状態」とユニークな表現をされていました.「歯としてのidentityを保つための臨床的な条件は,歯髄細胞を生きながらえさせることだ」とすると,歯科臨床において歯髄を保存することは重要な意味を持つと思われます. 問題を抱えた歯を安易に抜歯してインプラントに置換するのではなく,「できるだけ歯を抜かずに治したい」という患者さんの願いに対して,最大限の努力をすることは臨床医として基本的な姿勢であると考えます. 特集「自家歯牙移植・再植のいまを問う(l)・(ll)」を通じて,歯を保存すること,歯根膜・歯髄を保存することに,さらに情熱を傾けたいと刺激を受けたところです. |
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![]() 10月号特集「自家歯牙移植・再植のいまを問う(ll) ――再植による歯の救済・延命を求めて」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.) どい かつひろ 土肥勝博 自家歯牙移植に関しては,6月号特集でもふれられていたように,現在,歯科臨床における有効な治療手段として認知されていると思います.私自身も,押見 一先生(東京都開業)に自家歯牙移植を教えていただいて以来,1つのオプションとして応用しています. 今回のテーマである「再植」に関しては,深い歯肉縁下カリエスや歯根破折歯の外科的挺出を臨床に時々応用して,その有効性を実感しています. 現在,広く一般的に行われているのは,矯正的挺出と外科的挺出であろうと思われます.下地論文では,両者の使い分けと適応症を細かく分析・整理されており,私自身改めて頭の中が整理できました.原則的には,矯正的挺出を優先させ,それが不都合な場合にのみ適応症を厳選して外科的挺出を行う,という下地先生の意見には同感です. 真坂論文では,多くの意図的再植症例が提示されており,そのアクロバチックな技術と素晴らしい経過には驚きました. 実は私自身,垂直破折歯の意図的再植を1症例だけ経験しております.症例は,初診時(1994年)50歳の女性で, ![]() ![]() しかし,真坂先生が述べられているように,意図的再植法がたしかな治療法として確立されれば患者に与える恩恵は大きいので,今後,基礎的・臨床的研究がさらに進められることを私も願っております. 塚原論文を読んだ感想は,驚きの一言であります.重度歯周疾患歯に対して,歯周疾患の改善を目的として意図的再植を行う――これには10年以上前,垂直破折歯に対して接着を用いて保存する,という真坂先生の論文を目にした時と同様の衝撃を受けました.塚原先生が述べているように,技術的にはそれほど難しくなく臨床応用しやすい方法と思われるので,今後のさらなる研究と経過観察を期待したいと思います. 中川論文では,再植後の治癒変化について詳しく解説されていました.結論として,歯根膜の保存と根管に対する適切な処置が重要である,と述べられており,適応症を厳選して行えば,再植は有用性の高い処置であることを再認識しました. 大島論文では,歯の再植後の歯髄の治癒過程を解説されており,歯髄の生物学的特性について,たいへん勉強になりました. 私にとって今回の特集は,再植に対して今まで以上に興味を持つことができた,中身の濃い,すばらしい内容でした. |