![]() 1月号新春展望『患者から評価される「自由診療」を求めて』を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』2月号に掲載された内容を転載したものです.) やまもと ひろし 山本 寛 日本ではほとんどの歯科医が保険診療を中心とした歯科医療を実践している.自費診療の多くは補綴関係であり,保険と自費の境界を患者さんも理解していることが多い.より良い材料・治療法としての自費診療を採用できない葛藤を,歯科医側がその責を保険制度に押しつけて気持ちの整理をしていることもあろう.一方,いわゆる混合診療のようなものが全く認められていない歯周治療などでは,保険適用となっていない有益な材料を使用すれば以後は保険の流れと完全に切り離されてしまい,この点で苦悩する歯科医も少なくないであろう.患者さんの利益と合法的な診療の両立を考えると,非常に難しい問題を含んでいる. 本特集では,まず補綴関係,矯正,歯牙漂白,レーザー治療,あるいはインプラント治療などの特徴と注意点について述べられている.治療を成功に導くためには,その治療法や材料について十分な知識と経験が必要なのは当然であるが,そのような十分な情報を術者が持っていないと,知識が豊富な最近の患者さんに対して,短時間で簡潔明瞭に自費診療の利点・欠点を説明するのは難しい.知識がないからわかりやすく説明できず,したがって患者さんは理解できずに不満を抱き,それが後のトラブルの火種になることもあるであろう. 次いで,花村論文では,時代の変化に伴う予防処置に対するニーズの高まりや患者意識の変化について述べ,予防中心の診療における保険診療と自費診療の境界が曖昧になってきている点や,予防処置に対する現状のような価格差や内容の違いを放置していたのでは,またまた患者さんの誤解を招いてしまう可能性が指摘されていて興味深い.小林論文では,保険診療から自由診療への流れと欠損様式の関係を考察する中で,高額な補綴物が最善の処置とは限らないという,当然ではあるが忘れられがちな点について注意を喚起している. 自費診療は単に保険制度に組み込まれていないから高価なのではなく,高度な技術・知識・材料を必要とするからそのような値段になるのであり,たとえ保険に組み込まれて,十分な技術や知識がない術者が安易に採用できるようになったとしても,患者さんの利益につながるとは言えないであろう.ベテランでも初心者でも同じ報酬である現行保険制度では,高度な診療レベルを維持するためには周囲に影響されない確固たる診療理念(偏屈さ?)がないとなかなか難しい.したがって,有資格者のみが一般保険診療+αとして特定の自費材料・治療法をオプション(混合診療)として選択できるような柔軟な対応も必要なのかもしれない. 本特集では診療面のみでなく,税務管理などのつい忘れがちな視点からからも述べられており,非常に有益な内容である.医療従事者として診療に集中したいのはやまやまであるが,多くの歯科医が管理責任者でもあり,こちらの面も診療と同様に重要であろう.端山論文では自費診療におけるトラブルにも言及されている.やはり基本は十分な説明とその理解であると考えられるが,気持ちよく「保険診療で」と言える雰囲気が実はトラブルのない自費診療へとつながっていくのではないかと思う,このごろである. 大変興味深い特集であるが,厚い壁の存在を再認識させられてしまい,正月から少し落ち込んでしまったというのが正直なところである. |
![]() 1月号新春展望『患者から評価される「自由診療」を求めて』を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』2月号に掲載された内容を転載したものです.) あいちてつや 愛知徹也 『悪魔の辞典』に自由診療が載っているとすれば,さしずめ「患者から高額の治療費を得るのに都合のよい診療行為.患者の病態や主訴とは何の関係もない.」とでも記されているだろうか. 自由診療の代表といえばメタルボンドと金属床であった.保険と峻別するために一番わかりやすいのは材料だからである.『高価な材料だから保険では使えないが,よい治療ができる』とは真に単純な図式である.これで患者が納得するのならと,より高価で新しい材料や技術の開発に躍起になってきた.融点の高い金属を苦労して鋳造したり,レーザーで溶接したりと,周辺機材にかかる費用も上がれば上がるほど自由診療報酬も得やすくなるはず??だった.そんな時代に「自由診療」と呼ばれる術式にとって最も大切なことは,患者から高額の治療費をもらう歯科医師の良心を合理化する根拠としていかに都合がよいかということだけである.なんともドクター本位の視点ではなかろうか.その結果は『(時々みかける)下顎臼歯部の頬側のみの前装はやめたほうがよい』(P.58)ということになる. そこで今回の新春展望のタイトルを見ると,患者から評価される「自由診療」とあるではないか.ドクター本位から患者本位に視点がひっくり返っている.執筆者である各自由診療のスペシャリストの先生方のご意見を伺うと,そこにはなるほどと思わせる共通点があった. その最大のものは,執筆された先生方は材料や治療法を選択肢のひとつとしてその適応症を吟味していることである.保険診療も含め最善の処置は何かを考え,患者さんに提示し選択をゆだねている.そのためには材料の特性,術式の長所,短所を熟知したうえで,個々の患者さんにとっての利点欠点や注意事項を説明するという.「高額な補綴物=最善の処置」という図式はもはや通用しない(P.91)ばかりか,今まではぐらかしていた欠点や注意点の説明こそが大事だという.なるほど,そこまで説明されれば,治療費が高額となっても患者さんは納得して支払うであろう.そして患者さんの理解と合意に達するまでの道筋にかかる時間や能力こそが自由診療の原価なのだそうだ.われわれ歯科医師がいつも泣かされる技術料の評価にはこういうこともあったのかと,改めて認識させられた.それでは明日から自由診療が増えるかというと,現実は保険と自費の狭間が恐ろしいということになってしまい,自分自身の能力と勇気のなさに泣かされる. 臨床家は誰もがよりよい医療を目指しているが,高度先進医療などというと,高価な機械や多くのスタッフを駆使するもので,自分には直接関係ないもののように思いがちである.しかし,われわれが毎日行っている最も地味な処置のレベルアップ,スキルアップがもたらすものこそ高度な医療の根本であるし,新しい知識と最小限の器材で実現できる先進医療もあるはずだ.そして何よりも患者さんの視点に立つことこそ,時代に即した臨床家の高度先進医療ではなかろうか. 本特集では,どの先生の文からも個々の患者さんの生涯を念頭におき,自分の治療に責任を負う,とことん面倒を見ようという強い意思が感じられた.そして何よりも知識の学習,手技の習得,自己の研鑽が最優先であると口をそろえておっしゃっていることが印象的である. 『悪魔の辞典』にはこうも記されていることだろう.「少数の歯科医師は患者本位に考えて選択された診療行為をその選択の経緯や予後をふくめ自由診療と呼んでいる.ただし極少数である.」 |
![]() 12月号特集「ブラックトライアングルへの対応 ――歯間部歯肉の臨床的意義とその生物学」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』1月号に掲載された内容を転載したものです.) なかだひでくに 中田秀邦 ブラックトライアングルをめぐる話題は,ここ数年,頻繁に目にするようになった.ほかにも歯間乳頭の再生に関連するハーフポンティック,ロングコンタクト,オベイトポンティックなどの用語が,雑誌などにもよく登場するようになった. 歯周治療に関しても,以前は,炎症をコントロールして,メインテナンスしやすい口腔内環境を構築することで術者は満足していたが,近年はさらに,患者のQOLを向上させるべく審美性をも加味しなければ十分な治療とはいえない時代になってきている. いいかえれば,このような臨床対応が可能になってきたということで,それはわれわれにとっても患者にとっても喜ばしいことであり,積極的に日々の臨床に取り入れる努力をすべきであろう.そのためにも,まずは基礎的背景を十分理解した上で,治療技術にも習熟する必要があり,今回の特集はとても良い参考となった. 松坂らの論文における解剖・病理組織学的な事柄の中では,歯間乳頭部上皮下結合組織中の歯間水平線維とセメント質の重要性が,特に目を引いた.歯間乳頭の完全な再生のためには,歯間水平線維とセメント質の存在が必要であるということをわれわれは真剣に受け止めねばならないと思った.もちろん,失われた歯間乳頭を再生させることも大切なことだが,そうならないように,あらかじめセメント質を極力保存する努力をすべきである.歯周治療においても,近年ルートプレーニングからしだいに“歯肉縁下デブライドメント”へと,その考え方の比重が移行しつつある.審美性を考慮した歯周治療という観点からしても“セメント質の保存”という考え方は,重要な変化と解釈することもできるであろう. 臨床に関しては,各著者が共通してふれていたことに,歯間乳頭を再生するためには“歯間部骨頂からコンタクトポイントまでの距離を5mm以下に調整すること”(Tarnowら)や,歯根間距離を考慮した歯冠修復を行う必要がある,という点が挙げられる.よく引き合いに出される話題ではあるが,大切なことを再確認できたと思う. 個々のテクニックとしては,まず申論文において,歯周形成外科によるアプローチの可能性と限界が紹介されており,まだ確立された方法はないこと,適応症を十分吟味することなど,臨床家が注意すべき点が示されていた. また菅野らの論文では,インプラント周囲に“擬似歯間乳頭”を形成するためには埋入前に,硬・軟組織の増生をしておくことや,硬・軟組織の保存に配慮した抜歯を行うことの重要性を強調した上で,埋入後に行う“擬似歯間乳頭”をつくるような補綴処置例などが紹介されており,たいへん参考になった. ブラックトライアングルを改善するための補綴物の形態として,ロングコンタクトだけではなく,歯肉縁下カントゥアーからアプローチする方法(大村論文)についても興味深く読ませていただいた.さらに内田らの論文では,歯根間距離が歯間乳頭に与える影響を考慮して,矯正的にアプローチする方法なども紹介されていた. このように,基礎から臨床の広い範囲にわたる症例が呈示されており,トータルにみてたいへん意義深い特集であった.願わくは,これらの症例の長期経過報告をいずれ読んでみたいと,強く思ったのは私だけではないと思う. |
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![]() 12月号特集「ブラックトライアングルへの対応 ――歯間部歯肉の臨床的意義とその生物学」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』1月号に掲載された内容を転載したものです.) いわぶち つかさ 岩渕 司 ブラックトライアングルは歯間乳頭の喪失(退縮)が原因で発生する.特に,歯周治療に伴う歯間乳頭の喪失は臨床的にしばしばみられる現象である. 日々の臨床において,歯周初期治療,歯周外科処置,歯冠修復などの治療後,短期間のうちに歯間乳頭が喪失してしまうと,患者から機能性や審美性の低下を訴えられ,その対応を迫られることがある. 今回の特集では,歯間乳頭部の病理組織学的特性について,松坂先生らが「歯間乳頭部に炎症が起こり,滲出や細胞応答の結果,歯槽骨が吸収した分だけ歯間乳頭は退縮するのが常である」と述べ,さらに,歯間乳頭が再生するにはセメント質の再生が必須である,としている.すなわち,歯間乳頭の炎症を除去するために行うスケーリング,ルートプレーニングにより,ときに歯間乳頭は容易に喪失してしまうことがある.そのため,普段行うスケーリング,ルートプレーニングは慎重に行う一方,できるだけ歯間部に炎症を起こさせないようプラークコントロールに配慮することが,ブラックトライアングルを発生させない予防方法であると考えられる. 補綴処置を予定しているケースでブラックトライアングルが発生した場合,私は大村先生と同様に“補綴物のデザイン”を工夫することにより対応している.ただし,大村先生のような“total volume of the embrasure space”の概念を考慮に入れていたわけではなく,ティッシュマネージメントの甘さもあり,残念ながら歯間乳頭のさらなる喪失を招いてしまったこともある. 補綴処置を予定していないときは,ブラックトライアングルが発生しても,そのまま経過を観察しながらメインテナンス時に対応することにして,積極的に歯間乳頭の再建を行っているわけではない.その理由としては,申先生が述べられていたとおり,歯間部は遊離移植や有茎弁移植を行うにはスペースが狭く,移植片への血液供給が十分ではないこと,歯根や歯冠に囲まれて制限された非常に狭いスペースのため,手術操作が困難であることが挙げられる. したがって,非外科処置である矯正治療によるブラックトライアングルへの対応は,予知性のある有効な方法であると思われた.松坂先生らは「歯間乳頭の形態は,コンタクトポイントと歯槽骨の距離によりほぼ決定される」と述べている.このことをふまえて,内田先生らは歯冠形態とコンタクトポイントを変更し,矯正治療により歯槽骨頂との距離を改善して対応されていた. 菅野先生らは,“単独インプラント植立後に軟組織の退縮を予測する5つの因子”や“Periodontal Biotype”等の指標を活用し,術前にあらかじめ退縮量を予測し,その上でインプラント埋入部位を決定していた. このように症例を呈示されていた先生方と自分自身のブラックトライアングルへの対応の違いは何かを考えてみると,術前に行う診査,診断,治療計画の立案が甘く,十分に整理されていないことが,あらためてわかった. ブラックトライアングルが発生したらどうするか,という対症療法ではなく,発生前の診査,診断,治療計画の立案時からすでにその対応は始まっているといえよう. 今回の特集から,非常に多くのことを学ぶ機会を与えていただいたことに感謝したい. |