読後感


11月号特集「歯周病患者にインプラントを応用できるか?
――その問題点と科学的背景を考える」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.)

なかはらたつろう
中原達郎

 「近年,インプラントの普及により,抜歯の時期が早まったと感じている.このままではいずれ大学の教科から歯科保存学が消えてしまうことであろう.今ここで自分のやるべきことを考えようではないか.われわれはインプラントロジストではなく,歯科医師なのだから」J.Lindhe東京講演(2002年)より――
 日本でもわずか数年のうちに,実に多くの歯科医院においてインプラントが扱われるようになった.しかし,数時間の講習会に出席するだけで認定証がもらえる反面,十分とは言い難い知識と経験で患者さんに相対したり,さまざまな術式をエビデンスの検証やトレーニングなしに用いてしまうといった問題も生じている.今回この特集が組まれた意義は,比較的安易に考えられているインプラント治療への警鐘と,現代では特に考慮すべき問題である歯周病とインプラントの関わりを明確にしていくことにあると受け止めた.
 まず,インプラントの使用を考える前に,なぜ歯が抜けたのかを考えなければいけない.その理由がカリエスではなく歯周病であったのならば,支持組織の喪失が大きく,治療の難易度は高いはずである.平成11年の歯科疾患実態調査では,45〜54歳の実に88%が歯周病(歯肉炎を含む)に罹患しているとされた.ということは,われわれは歯周病患者に対して日々インプラントを埋入しているのか? という疑問に直面することになる.今回の弘岡先生たちの論文では,Lindhe先生のいうところの「歯科医師」が重度歯周病患者にインプラントを用いる正当性について,その豊富な経験からのみならず,公平性のある文献考察を絡めて解説していた点が評価できる.当然,一般開業医が扱うことの多い中等度までの歯周炎にもあてはまることは多く,私にも大いに参考となった.
 インプラント周囲組織のほうが歯周組織よりも感染に対する抵抗力が弱く,歯周病患者とそうでない患者に用いたインプラントの長期的予後にはやはり有意差が認められた,ということは忘れてはならない.スカンジナビアン・アプローチの根本的な考えは感染の除去にあり,徹底したプラークコントロールは欠かせない柱である.実際,著者たちのケースでもPl.I.,BoPともに極端に優れていたし,口腔内から感染が除去できなければインプラントは用いず,埋入後も継続的なSPTは欠かせないというのも説得力があった.
 しかし,特に歯周病患者ということを意識するのであれば,付着歯肉の獲得やGBR法などによる喪失した支持骨の増生を考慮してもよいかもしれない.また,たとえば上顎の骨量が少ないからといって短いインプラントを埋入したり,上顎洞前壁に傾斜させて埋入などするよりは,単なるソケットリフトで残存骨を持ち上げて埋入したほうが技術的にはずっとやさしく,またそれらの予後には有意差が見られないのではないかという疑問も生じた.
 今秋開催された日本歯周病学会では,典型的なアメリカン・アプローチとして「根分岐部病変が存在するなど少しでも問題を起こす可能性があれば,その歯は抜歯してインプラントの埋入を提案する」という意見も耳にした.カリオロジーの分野ではミニマル・インターベンションが声高に叫ばれている時代である.いくらインプラントの予知性が高くても,残せる可能性のある歯牙を抜歯することの是非は,そのケースをよく吟味し,それこそ最小の侵襲,介入で済むような配慮の上で決定したい.




読後感


11月号特集「歯周病患者にインプラントを応用できるか?
――その問題点と科学的背景を考える」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.)

おがわよういち
小川洋一

 今日,欠損補綴に対するアプローチもインプラント治療の応用が市民権を得たかのように思われる.しかしながら,論文上の成功率とは裏腹に多くのトラブルを抱えた口腔内に遭遇する機会が多くなっている.その多くは歯周疾患がコントロールされていない欠損部位,あるいは妥当性のある咬合関係が付与されていない,漠然と補綴されているインプラント治療である.これらは,インプラントを欠損部位に闇雲に植立した結果である.
 今後のインプラント治療を希望する人々のためにも,われわれ臨床家にとっても,今回の特集は大変有意義な企画であったと感じている.
 まず弘岡論文では,歯周環境がコントロールされていない口腔内に植立されたインプラント治療に遭遇したことから,安易にインプラント治療が行われている現状を懸念している.また,治療計画における患者とのインフォームドコンセントの重要性を述べ,数多くの科学的論文の検証から,歯周疾患で歯を失った患者は他の原因で歯を失った患者よりインプラントの生存率の低下,高確率でのインプラント周囲炎の発症などからインプラント治療の予知性が低いことを述べている.このことは治療計画の立案時に忘れてはならないことであろう.
 冨岡論文では,弘岡論文を受け,実際に歯周病患者に対してインプラント治療を行う場合に厳守しなければならない重要なポイントを多くの論文から考察し,インプラント治療を行う前に包括的な歯周治療を行うことの重要性と,治療後の残存歯およびインプラント周囲のメインテナンスの重要性を立証している.同時に歯周疾患に罹患した歯牙についても,歯周治療の効果およびメインテナンスの継続によって高い予知性を持つとの見解を示し,よって治療計画においては歯牙の保存を第一に検討すべき,とまとめている.このことは,インプラントがさらに進化したとしても天然歯を凌駕するものであるはずがなく,大切なことを科学的に裏付けていると言えよう.
 古賀論文では,インプラントの成功とは治療終了時のオッセオインテグレーションではなく,長期にわたる咀嚼機能,審美性の維持があって初めて成功と言える,と始まっている.まさしく歯牙を欠損した患者の切望することであり,臨床家の使命と言えよう.不幸にも術後インプラント周囲に炎症が生じてしまった際の対処について述べられているが,支持組織の破壊が天然歯に比べ重篤に進行すること,非可逆的な変化が生じることなど,冨岡論文で述べられた天然歯の保存の重要性を再確認する内容と言える.インプラント周囲炎に関する検証を重ねた上で,歯周病患者に対するインプラント治療は長期予後に大きなリスクファクターとなることから,治療を進める前に歯牙喪失の理由を可及的に知ることの重要性を説いている.同時に,メインテナンスが歯周病患者に対するインプラント治療の良好な予後に必要である,とまとめている.
 最後の舘山論文では,歯周病患者に対するインプラント治療へのアプローチを臨床例を提示しながら解説している.科学的に裏付けされた治療計画はたいへん参考になる.支持組織が少なくなった天然歯をインプラントによって保護し,臼歯部における咬合を安定させることで残存歯の保存を図ることの重要性を示した.
 これからますます進化するであろうインプラント治療に,多くの文献に基づいて検証を重ねたこれらの論文から非常に多くのことを学ぶ機会をいただいたことに感謝したい.




読後感


10月号特集「有床義歯の長期維持・管理のために」を読んで
――特に原・皆木論文「義歯の装着と生体の反応」について
(『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.)

すがのひろやす
菅野博康

 今,国民は身心共に健康で若々しく,美しく豊かでありたいと願っている.そして「入れ歯」から連想されるものは,その願望を満たすにはほど遠いものと思われている.
 歯科界では,疾病治療から予防中心の医療へと転換することで歯の喪失はほとんどなくなり,欠損補綴は不要で有床義歯の症例がなくなるであろうともいわれている.しかし,現実に有床義歯による欠損補綴を必要とする人は大勢おり,少なくとも今後30年「入れ歯」が国民の望むものを満たす口腔内器官の一つとして機能するためにも,今回の特集は大変有意義な企画であった.
 まず阿部・赤川論文では,有床義歯の術後管理を残存組織,咬合,義歯,患者指導の4項目に分け,具体的な点検・評価と対応,さらにはトラブルとその原因も整理して記されており,日常臨床のガイドラインとしての活用が期待される.部分床義歯は1歯欠損から1歯残存までが対象となるため,対合歯の残存状態との組み合わせによる設計は膨大となるが,基本的には動きの少ない義歯,強固な義歯,清掃性の良い義歯を念頭に設計・製作し,術後管理もこの条件が維持されるよう点検・対応を行う.そして動きの少ない義歯には,支台歯と支台装置の適合が良好で,垂直支持と側方支持が十分であること,必要十分な広さの義歯床粘膜面と顎堤粘膜の適合が良好で,安定した下顎位での人工歯の咬合接触が必要であることが再確認できる.
 続いて濱田・村田らの論文は,義歯安定剤の詳細な解説とその使用に関して具体的な表現で述べられており,自信を持って患者さんに説明する指標として役立つ.歯科医師の管理の下で短期間の使用に限るとされているが,現状では新義歯装着時に患者さんから「安定剤は何を使ったらよいのか」と聞かれるほど有床義歯と義歯安定剤はセットで考えられている.今後,歯科医師の立場から国民に向けて義歯安定剤の正しい使用法の説明と,安定剤の不要な有床義歯治療がどの歯科医院でも受けられるようにする努力が必要であろう.
 次に,生理的刺激のなくなった床下粘膜,メカニカルストレスによる床下粘膜および骨組織の変化を,膨大な実験データと共に解説した原・皆木論文には説得力がある.力の質と力の量から,臨床的には6時間の義歯撤去により床下粘膜,骨組織の組織変化が短期間で軽減・回復が期待できることに加え,動きにくい強固な義歯は床下粘膜,骨組織,支台歯歯周組織の健康を害することが少なく,口腔内の変化は最小限となることを科学的に示している.
 最後に,口腔内には多種類・多数の口腔内常在菌がバランスをとって存在しており,自浄性のない有床義歯は,十分な清掃が行われなければデンチャープラークが付着し,細菌叢を形成するとする小松澤・菅井論文は,歯周病と全身との関わりが指摘されている中,有床義歯装着者の年齢が高いことから,有床義歯の汚染と全身との関わりをより深刻にとらえる必要があることを改めて示した.

 口腔の健康維持のためには,プロフェッショナルメインテナンスを欠かすことはできない.有床義歯になってから定期検診を習慣づけるのは難しい.慣れによる患者さんの自覚症状の欠落を補うには,できるだけ早い時期から口腔の健康に関心を持ち,万が一有床義歯治療を受けるようになっても,抵抗なく有床義歯の長期維持・管理を受けられるようにしておくことが望ましい.
 今回の特集で,多くのことを学ぶ機会をいただいたことに感謝します.




読後感


10月号特集「有床義歯の長期維持・管理のために」を読んで
――特に原・皆木論文「義歯の装着と生体の反応」について
(『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.)

まつだかずお
松田一雄

 従来,有床義歯に関する論文や著書は製作方法に重点が置かれていました.しかし義歯の維持・管理は臨床では重要な部分であり,今回の特集は興味深いものでした.特に「義歯の装着と生体の反応」の論文は称賛に値します.今まで実験が困難であったため誰も試みなかった課題に対し綿密な実験を行い,義歯床下組織に加えられる圧力と骨吸収の関係を明確にしました.そこで,この論文に絞って読後感を述べてみます.
 まず最初に,実験動物にラットを用いた今回の研究結果をそのまま人間に適用できるか,考えてみました.
 義歯床下組織に加えられる圧力と顎骨の吸収について,人を用いて定量的に検討した報告は見当たりませんが,圧力と顎骨の吸収という点で考えると,歯科矯正学の報告があります.歯科矯正学の大家・Jarabakは,歯体移動時には80g/cm2 (7.84kPa)位の力が良いと述べています.一方,今回の研究では6.86kPa以上の持続的圧力で確実にラットの顎骨吸収が生じた,と述べています.介在する組織が歯根膜と口蓋粘膜の相違はありますが,顎骨吸収の圧力は近似した値であり,ラットを用いた今回の研究結果はおおむね人にも適用できるものと考えられます.
 次に,この研究結果をどのように臨床に役立てるかを考えてみました.
 義歯を装着している患者に,私は「寝ている間,入れ歯をはずして義歯洗浄剤に浸けてください」と説明しています.義歯洗浄剤の必要性についてのエビデンスは数多くあります.ところが,今まで義歯撤去の有用性や撤去時間についての報告はなく,義歯の大家といわれる先生の中には就寝時に義歯を装着させるという方もおられました.また,患者から「何時間はずしておいたら良いのでしょう」と訪ねられると困っていたのが実情でしたが,今回の研究によって「最低でも6時間,できれば12時間以上はずしてください」と答えることができるようになります.
 以上のように答えられるのは19.6kPa以下の間欠的圧力の場合です.また,義歯撤去が可能な時間は臨床的に8時間,最長でも12時間と思われます.そこで次に考えられるのは,本文中でも述べられているように,19.6kPaを大きく越える間欠的圧力がかかる症例への対応です.このような症例では義歯を1日12時間撤去しても顎骨の吸収は避けられない可能性が高いので,できる限り咬合圧を分散させる必要があります.例えば  欠損の症例に義歯を装着する場合,義歯の安定を図るための歯冠部を削除してオーバーデンチャーを計画することがあります.しかしながら,患者に説明するにはもっと強い根拠が欲しいと思っていました.今回の研究は,オーバーデンチャーにして咬合圧を分散させることが顎骨吸収の抑制にも大いに役立つということを示しており,治療計画の大きな根拠になります.
 最後に,この研究の今後の発展について考えてみました.
 今後は当然,人のデータが必要です.ラットの実験と同じ方法はもちろん無理ですが,多くの義歯装着者を用いて統計分析を行う方法が考えられます.性差,年齢差,骨の部位による差,骨密度等による差があるでしょう.遺伝子の解析が進めば個人差も明らかになるでしょう.これらが明らかになった後,同条件の患者に異なる圧力の加わる義歯を装着させ骨吸収を長期的に計測すれば,そこまでの研究結果の裏付けがとれます.いずれの方向に進むにしろ,臨床に密接に関係してくるテーマであるため,研究の継続的発展を切に希望します.