![]() 6月号特集「LSTR療法の臨床」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』7月号に掲載された内容を転載したものです.) はせがわのぞみ 長谷川 望 私の所属しているスタディーグループで,新潟大学教授の岩久先生から混合抗菌薬剤:3Mixを用いたLSTR(病巣無菌化組織修復)療法の講演を拝聴したのは数年前のことである.それ以前,学生時代にも母校の東京医科歯科大で岩久先生の保存修復の講義を受け,“大変わかりやすくお話をされるなぁ”という印象を持っていたが,スタディーグループでの講演もまた非常に理解しやすく,実践的で,先生の情熱が伝わってくるお話であったと記憶している. 今回の特集は,岩久論文ではわが国のカリオロジーの発展への経緯,星野論文ではLSTR療法の基本的な概念・具体的な応用と3Mixの調整方法,子田論文ではう蝕に対する応用,柏田論文では歯内療法に対する応用,宅重論文では歯周病に対する応用の試み,戸高論文ではホームドクターとしてのLSTR療法を駆使してのカリオロジーの実践について述べられており,これまでの知識の整理をする上で大変有用であった.特集中でも述べられているが,従来は軟化象牙質の徹底的な除去療法が当たり前のように言われてきた中,LSTR療法は革命的と言ってもよい考え方である.従来の考え方のみでは,再治療を余儀なくされた時に結局は歯の寿命を縮めることになりかねないという現実を考えると,予防処置と併せて歯の寿命を長く保つ上で有効な方法であると思われる. しかし,現実問題として自分の臨床を振り返ってみると,本特集に掲載されていることを完全に実践できているとは言い難い.例えば,自発痛のある歯髄炎の症例では従来どおり抜髄を行っている.現状でLSTR療法を積極的に取り入れられないのは,私の勤務している診療所が都心のオフィス街にあり,成人の患者ばかりで若年者がほとんど訪れないことに起因している. 『治癒の病理〈臨床編〉第1巻』掲載の森田論文1) には,「3Mixによる間接覆髄例において,不快症状が発現した患者は25歳以上であり,露髄して感染し,慢性歯髄炎の状態になった歯髄を直接覆髄した例でも,高年齢になるほど失敗例が多くなり,25歳以上では失敗例が成功例を上回り,この術式を積極的に適用可能な年齢は,低年齢,25歳未満の患者であると考えられる」とある.約10年前の報告であるため,改良が加えられ術式や留意点が明確となった現在の臨床成績とは比較できないが,成人の患者が“強い歯髄を持っているかどうか”“感染の範囲が客観的にどのくらいか”を事前に知ることはできない.また,3Mixは抗菌薬剤であるため炎症や疼痛に対しては即効性ではなく,症状の軽減に多少時間がかかることにも理解が必要である.そのため,たとえインフォームド・コンセントがなされても,従来の治療を求める患者に対して結果が思わしくなければ,信頼の喪失につながりかねない.このようなことから,私の臨床では適用範囲がある程度限られているのが実情である. 一方,深在性カリエスの患者で,時間を提供してくれ,理解を示してくれる場合には,有効な方法としてLSTR療法を活用している.
文 献 1) 森田正純:う蝕病巣の無菌化療法を試みて. 治癒の病理〈臨床編〉第1巻:歯内療法−歯髄保存の限界を求めて−(下野正基, 飯島国好編), 43−52, 医歯薬出版, 東京, 1993. |
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![]() 今井論文「健康な口腔の育成を目指して −(1)哺乳の大切さを再認識しよう」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』7月号に掲載された内容を転載したものです.) よりたみか 寄田三佳 私は今井先生のお書きになるものにいつも新鮮さを感じます.昨年発刊された『日本歯科評論増刊/ストレスフリーの歯科医院づくり』の中で今井先生がお書きになった「ストレスフリーはカリエスフリー−予防を優先した歯科医院の実際」では予防に取り組むクリニックの姿が新鮮に描かれていました.6月号に掲載されたこの論文でも“哺乳”というメカニズムを分析され,0歳からの予防を具体的に提案されたところに,最近の歯科雑誌にはない新鮮さと深い感銘を受けました.今回,この論文を読んで一人の主婦歯科医として感じたことを述べさせていただきたいと思います. 哺乳には探索反射,口唇反射,吸啜反射といわれる赤ちゃん特有の原始反射と,嚥下反射など胎生期のうちから発達するさまざまな生理学的反射が関係しています.歯科医師が再認識すべき最も重要なポイントの一つは,上記の特に吸啜反射の中で,舌がとても大事な役割を果たしているという点であると思います.舌の波打つような波状運動により哺乳時の自然な筋肉のバランスを保つということが,栄養の摂取ばかりでなく,健全な口腔の育成につながるということです.このように自然な哺乳を大切にしようというナチュラルな発想が,これから成長する赤ちゃんにとっては素晴らしいプレゼントになるはずだと確信しました. 口腔はまず哺乳によって栄養を摂取する器官です.またそれは,すべての人が皆平等にと神様がお創りになった器官です.つまり乳歯列期では上下顎にそれぞれ10本ずつ,永久歯列ではそれぞれ14本ずつが並ぶようにできています.この歯列が完成されるためには,舌の自然な働きが大きく関与して,歯の萌出するスペースが確保されているのです.そのためにも母乳で育てるのが理想ですが,母親の乳首ではなく,自然ではない人工的な乳首がとって代わった場合,正常な口腔育成ができるかどうかは,確かに疑問を抱く点でもありました.当然,機能障害を引き起こしてもおかしくありません. しかしながら,当の私も,長男を出産した12年前には,哺乳=口腔育成という考えもなく,人工乳首を使っている母親の一人でした.しかも当時店頭には,歯列や咬合の不正を予防することを目指して開発されたNUK乳首はなく,丸型乳首しか選択肢がなかったような状況でした.私の記憶では,NUK乳首は7〜8年前から日本でも店頭に並ぶようになったと思いますが,今井先生の述べられているとおり,まだまだシェアは低いことを実感しています. また“おしゃぶり”についても述べられています.「百聞は一見にしかず」ではありませんが,ヨーロッパでは“おしゃぶり”をしている姿は本当によく見られる光景で,社会に浸透しているようです.今回の論文から“おしゃぶり”を使用することで指しゃぶりを減少させることができること,またさらには,舌の正しい機能により正しい嚥下を促す,という利点が大きいことが理解できました. 今回の論文を読ませていただいて,今,自分が歯科医師として患者様のために何を啓蒙すべきか,数々のポイントが示されているので,明日の臨床へ具体的に結びつけることができそうです.今井先生のおっしゃるとおり,「次の時代を担う子供たちがカリエスフリーで,かつ十分機能を果たす整った歯列を維持できるように,歯科医師が関与して行くこと」こそがわれわれの使命なのだと,改めて感じることができました. |
![]() 5月号特集「臨床でちょっと迷うこと,困ること(I)」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』6月号に掲載された内容を転載したものです.) いとうこうすけ 伊藤孝介 経済の低迷や少子化問題で活気のないわが国ですが,歯科医師過剰時代の最盛期を迎えた歯科界では,問題はもっと深刻だと思われます.多くの患者様に適切な治療を行い,より多くの利便性を供給することが,今ほど強く迫られている時代はないでしょう.それは開業歯科医の立場からいえば,いかに患者様に対して痛みを与えず,そのニーズに応えていくかという努力がなければ,過当競争を生き残ることは難しいといった状況であると認識されます. そのような中で,本特集を読ませていただきましたが,そこで述べられている内容は,私たち開業医が日々の臨床の中で,ともすれば過剰治療に陥りやすい事例について,その治療の必要性を,改めて自身に問うものと感じられました.浅学なため多くを述べることはかないませんが,感じたいくつかを以下に記させていただきます. 筆者の経験でも,大きくえぐれたくさび状欠損や,内部まで透けて真っ黒くなっているアマルガム充填などを目にする機会は多いです.それらは,症状が存在してもおかしくないような状態であっても,問診すると全くの無症状であることが少なくありません.しかし,手鏡でその状態をみせると,患者様は驚いて治療を依頼されます.その時,深く考えもせずに手をつけると,のちに痛みが発現することがあるのです. これまで,そのような時は,「たまたま起こったことだ,まー仕方がない」と自分に言い聞かせて過ごしてきました.つまりはごまかしていたわけです. 今回の特集を拝見して,治療にあたろうとしている1本1本の歯に対し,レントゲンや口腔内での診査を着実に行い,正しく診断した上で治療の必要性を考え,適切なインフォームド・コンセントを行うことに欠けていたのだと気づきました.その意味で,『生活歯切削後に起こる痛み』の中にあるように,「事前に予測される事態を患者に説明しておく」ことを原則としている,という個所に大いに共感させられました. くさび状欠損は,歯の頬側や唇側が好発部位ですが,口蓋側や舌側に認められることも少なくありません.それは,くさび状欠損がブラキシズムなどの過大な咬合圧によって引き起こされるとする仮説を裏づけるものと考えます. 『症状を伴わない歯頸部くさび状欠損』では,咬合関係に起因すると考えるくさび状欠損に対し,非可逆的な治療法である咬合調整を行うことにより重大な顎機能異常を引き起こしてしまわぬよう,「生体に優しい」スプリント治療を行い,くさび状欠損の発生や増大を防ぐようにすると述べられています.確かに,現状よりも重篤な疾患を招く恐れが少しでもあるのであれば,より侵襲の少ない治療法を選択するという視点は重要なことと考えます. また『歯ぎしり』では,原因因子が多岐にわたり,診断が難しく,しかも効果的な治療法も明確でないブラキシズムについてよく整理されており,ブラキシズムの怖さを再確認させていただきました.今後,その解明に期待したいと思います.
今後,もっと多くの事例を紹介していただき,勉強の場を提供されることを望みます. |
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![]() 5月号特集「臨床でちょっと迷うこと,困ること(I)」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』6月号に掲載された内容を転載したものです.) おかながさとる 岡永 覚 5月号特集のタイトルにあるように,臨床はちょっと迷うこと,困ることだらけです.特に,歯ぎしり,いびき,口臭などの類いは,いろいろと大変です. 歯ぎしり,いびき,口臭などは,それらを病気と自覚していない患者さんが多く,カウンセリングなしには治療が始まりません.筆者も,“どのようにしたら患者さんが自分の病気を理解できるか”にいつも心を砕いています.「病気だから,治療の必要がある」と患者さんが認識しないと,治療が中断して一向に進みませんから…….しかし,一般の歯科外来レベルでは,口臭の検査を除き,難しそうですね. 反面,歯ぎしり,いびき,口臭などは,生理的範囲内にあるにも拘わらず,気にする患者さんがかなりいるのです.そのような患者さんの場合,「何でもないですよ」と言っても納得されないケースが多く,時間をかけたカウンセリングが必要となりますが,口臭以外は一般の歯科外来レベルでは検査できませんから,説明するのに大変なのです. また,それらの病気は,いろいろな要因が相互に関連して複雑な病態を呈していることが多く,話をより面倒にしています.特集では項目別になっていますが,実際に診る相手は,複数の項目にまたがった患者さんなのです. もしも,八重歯で,歯ぎしりと歯周病を併発している患者さんが,いびきを主訴に来院したらどうしますか.次のことが考えられます. (1)八重歯や歯ぎしりは,顎関節症の原因となり,歯周病を悪化させます. (2)スリープ・スプリントは,歯ぎしりをする患者さんには使えません. (3)歯ぎしりの患者さんに矯正装置を装着すると,歯ぎしりが激しくなって顎関節症を起こしたり,歯周病を悪化させたりすることがあります. この症例の場合,主訴がいびきなのですが,スリープ・スプリントを使える状況にはありません.また,うかつに八重歯の歯列矯正に着手すると,トラブルになりそうです.筆者ならば,歯ぎしりと歯周病の治療をしてから,八重歯やいびきの治療を考えるようにします. 実際の臨床では,このように複数の病気を併発していることのほうが多く,さらに全身的な問題,心身的な問題を抱えていることも少なくないのです. (1)肥満で二重顎だったらどうしますか.減量しないと,ダメですよね.高血圧や不整脈,糖尿病などの成人病も,心配ですよね. (2)不眠症に悩まされていると相談されたら,どうしますか.カウンセラー的役割を果たさなければなりませんよね. このような患者さんに対して,歯科医がどこまで関わるべきなのでしょうか.筆者の場合,心理士(日本心理学会認定)でもあり,心理学の専門教育を受けているので,簡単なカウンセリングくらいはしますが,減量の指導はしません.栄養士でもフィットネス・トレーナーでもありませんから. 以上のように,歯科医が歯ぎしり,いびき,口臭などの治療を行うには,いろいろとクリアーしていかなければならない問題が山積しているのです.誌面の関係で止むを得ないこととは思いますが,臨床の最前線にいる歯科医としては,もっと具体的に突っ込んだ話を聞きたかったです. |