読後感


12月号特集「私の実践している根管拡大形成法―第16回「歯内療法の集い」から」を読んで
 (『日本歯科評論(Dental Review)』1月号に掲載された内容を転載したものです.)


ひらい じゅん
平井 順


 歯内療法,とりわけ根管拡大形成が臨床上の手技の中でも特に難しいとされる要因は,根管内というきわめて特殊な狭い範囲において正確な器具操作が要求されるところにあると思われる.また,治療プロセスの煩雑さも原因して,日常臨床においてなかなかスムーズに治療が進まないという実情もあるようだ.その証拠に,これまで「他に何かよい方法はないものか」とか「短時間で簡単にできる器具や機械はないだろうか」という質問をたびたび受けてきた.
 今回の特集には,こうした質問に対する答えが各大学を代表する第一線の研究者によってすべて述べられているといってよいだろう.根管の解剖学的形態の考察はもとより,およそ効果的と思われる器具や機械の特性,その特性を活かした使用方法,術式の紹介等があらゆる角度からわかりやすく解説されており,同時に即臨床に役立つと思える数々のヒントが提示されている.そしてその基本にある「歯内療法分野において,根管拡大形成は根本をなすものである」という各人の共通した主張は,私もまったく同感するものである.
 また,冒頭で本特集のもととなる“歯内療法の集い”の意図について「症例を中心とした発表をすることにより,若い先生方や一般開業している先生方にも学会に参加していただける場を設けたい」ということであると紹介されているが,学会が大学の一部の研究者による発表の場であるという一般的認識を大きく変える,歓迎すべき企画であることを高く評価したい.少なくとも,本特集を読むことによって歯内療法とは何かといった基本的なことはもとより,われわれ臨床医が安全かつスムーズに治療を成功に導くためには遠回りのようでも労力を惜しまず,地道に各プロセスを積み重ねていくのだ,という基本姿勢が読み取れるのではないだろうか.
 歯内療法は治療のプロセスが煩雑なだけに,“効率化”といえばすぐさま時間短縮を期待しがちである.しかし本特集でも繰り返し取り上げられているように,根管の形態の複雑性を考えれば,実際の効率化とは「初期の些細な失敗が原因となってより大きな致命的失敗を招くことがないように,合理的に整理してシステム化を図り,無駄な労力や新たなトラブルを回避しようとすること」にほかならない.労力や最低限必要な時間がかかるとしても,安全性や確かさ,予後の長期的安定を追求することには代えられない.
 また,歯内療法の根本をなす根管拡大形成は常に器具と術者の手技とのセットで行われていくが,主体はあくまでも術者側にあり,器具の特性をいかに有効活用し,使いこなすかが重要だということを忘れてはならない.数年前にエンジン用のニッケルチタン製器具が製品化され注目を浴びたが,あたかも機械が術者の手に取って代わるような解釈と喧伝のされ方をした.その結果,破折の問題がクローズアップされることとなった.これは製品の良し悪しの問題ではなく,術者側の過剰な期待と操作ミスがそのような結果を生んだものと思われる.いずれにしても,根管内での器具や機械の使用は熟練した手技によって,安全の範囲内で行われるべきである.そのためには,根管の三次元的形態を正しく認識することが最優先の課題であろう.

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 21世紀を迎え,今後さらにより良い器具や機械が開発されてゆくものと思われる.しかし,何を使用したかではなく,安全性を最優先に,あくまでも“器具や機械を使用することでどのような効果が得られたか”が重要である.




読後感


11月号特集「切開と縫合の基本と臨床(II)」を読んで
 (『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.)


みもり おさむ
三森 修


 私の診療室では,膿瘍切開などの消炎処置を除き,切開・縫合を伴う小手術を行うのは,週に2回程度である.それらは主に,埋伏歯の抜歯,歯周外科,インプラント手術,歯根端切除術で,小帯切除は歯周外科時に行うことが多く,粘液嚢胞の手術は稀である.このような,平均的な一般臨床医の私にとって,今回の特集は非常に示唆に富む内容であり,勉強になる点があったので,それについて述べさせていただく.
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 「埋伏歯における切開と縫合」では,埋伏歯の場合,はじめに歯肉のみを切開して,埋伏歯の位置を確認しながら,次に骨膜の切開をおこなうようにすると述べられていた.私は,メスは骨膜に達するまで一気にと教わってきたのだが,埋伏智歯の遠心切開の場合には,このような方法が有用な場合もあるかと思う.私が埋伏歯抜歯に手間どる時は,切開が小さく十分な術野が得られていないことが多い.これは,術前のシュミレーション不足のため,顎骨内の埋伏歯の状態の把握が不完全で,骨削去量などが的確に予想できていないためであると考えている.
 下顎埋伏智歯の切開法では三角弁切開法と歯頸部切開法が挙げられていたが,私は骨削去量が少ないと予想される場合は歯頸部切開法を,多いと予想される場合は三角弁切開法をというように使い分けている.
 「歯周外科における切開と縫合」では,歯周外科における切開は非常に重要な位置を占めており,これがうまくいけば,次のステップである弁の剥離翻転が短時間に行え,弁の損傷のリスクも著しく低く,また術後の形態も美しくなると述べられている.このような切開を成功させるには,やはり歯周ポケットや歯槽骨の状態を術前にできるかぎり正確に把握することが大切であることを銘記しておきたい.
 歯周外科では用いられる縫合法が多く,どの縫合法にするか迷う場合がある.これについて,工夫した縫合も時には必要であるが,弁の閉鎖の際には,弁を必要以上に緊張させないで,自然に弁が戻るように切開,剥離などで調節すると述べられていた.このように,縫合処置は最後の結果であり,その過程をしっかり行うことが大切なのだと思う.
 「インプラント治療における切開と縫合」では,一次手術の切開は術野を確保し歯槽骨の状態を把握するため,特に無歯顎症例ではかなり広範囲に剥離すると述べられている.私も同様に考えているが,CTを併用して三次元的に歯槽骨の状態を把握することにより,剥離の範囲を小さくするのも可能であろう.二次手術では,角化歯肉の必要性について述べられているが,私は1回法を用いているので,術前または術後に遊離歯肉移植を行っている.また,乳頭再生法はこれから行いたい処置であったので,勉強させていただいた.
 「粘液嚢胞処置のための切開と縫合」では,粘液嚢胞の切開は粘膜骨膜弁を形成するための切開と異なり,粘膜上皮層のみの切開であり,深く切り込まないようにすることが肝要である.その観点から,切開線の設定について,嚢胞上の上皮と嚢胞壁が癒着していない症例と癒着あるいは薄い症例に分けて解説してあるのは大変わかりやすかった.
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 上記以外にも述べたい点は多々あるが,スペースの都合で割愛せざるを得なかった.本特集は,従来の口腔外科,保存,補綴などの縦割りの垣根を取り払った企画であり,一般臨床医にとって大変参考になるものと考える.これからも,このような特集を組まれることを希望したい.




読後感


コラム視点:「日歯需給委最終答申を読む」を読んで
 (『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.)


おかながさとる
岡永 覚


 日本歯科医師会は,この期に及んで“何と中途半端で曖昧な答申”を出したのでしょうか.中道 勇先生の「コラム:視点」を読み,改めて考えさせられました.これでは,21世紀には歯科医業は経営が成り立たなくなり,日本歯科医師会は消滅しますよ.
 第1に危惧しているのは,若い歯科医が歯科医師会に入らなくなるのが目に見えていることです.若い歯科医からすれば,歯科医師過剰問題の責任は何もしてこなかった先輩歯科医にあるのです.その責任の所在を曖昧にして,若い日歯会員から金を集め,大学の定員削減,リタイアする70歳以上の歯科医の年金に使う等,到底納得できるはずがありません.このような目的で会員から多額の金額を徴収するようなことをすれば,日歯から若い会員がいなくなります.彼らからすれば,「年配の歯科医はすでに一財産築いたのだから,これからの見通しすら描けない若い歯科医に甘えるのは筋違い……」なのです.
 第2に危惧しているのは,歯科のマーケットはすでに過剰で,適正な競争が行える環境下にはないことです.本来ならば,“EBMに基づき,歯科医として適正な医療を行う”ことが基本ですが,“歯科医ならば誰でもできるような,学問的に確立し,普及している治療法”では患者さんを集められなくなってきました.中道 勇先生が指摘されているように,今後の制度改革によって経営不振の歯科医院が増え,その傾向はますます顕著になると思います.
 第3に危惧しているのは,卒後臨床研修2年間必修化による研修病院建設ラッシュが,新たな問題を起こしかねないことです.2年間の卒後臨床研修を実施するには,かなりの研修病院が必要となります.すでに,研修病院の建設をめぐり,地元歯科医師会とトラブルが起きています.今後,このようなトラブルが全国規模で多発するようになるでしょう.
 日本歯科医師会と日本歯科医師連盟が国会に送った議員は,いったい何をしてきたのでしょうか.今,必要なことは議論をすることではなく,すぐにできることから実行することだと思うのですが…….
 ところで,昨年,ある後輩が開業物件の相談に来ました.なかなか候補地が見つからず,苦労しているようです.酒を飲みながら「親子二代にわたり,衰退業種の憂き目に遭うとは思わなかった」としみじみ話していました.彼の実家は酒屋を営んでいます.今,酒屋はコンビニと激安店の追い打ちに遭い,廃業が相次いでいるのです.そのような実家の姿を見て,自分の将来を考えているのでしょう.「ずっと勤務医を続けるわけにもいかず,開業にも踏み切れず……」と悩んでいます.彼が開業して,歯科医師会に入会する日が来るのでしょうか.
 少なくとも,彼は自分の将来について明るい希望を持てないでいるようです.“今,酒屋で起こっていることは将来,歯科医業でも起こりうることだ”ということが,彼にはよくわかっているのでしょう.




HYORON Opinion Plaza



『歯科麻酔科医』を医科の麻酔科医に広く知ってもらうために
 (『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.)


のはらしげる
野原 茂


はじめに
 私は地方都市で歯科医院を開業しながら,自分の診療所で,障害児に対する全身麻酔下での歯科治療も行っている.平成3年から現在に至るまで,東京都立清瀬小児病院麻酔科非常勤医という立場で様々な疾患の手術・麻酔症例をこなし,数多い経験を積んできた.
 実はこれが,日々の診療や障害者歯科治療に大いに役立っている.考えてみれば,歯科麻酔という領域は対象疾患の違いこそあれ,多くの場合,医科の麻酔科と同じような業務をしているのである.しかも,歯科・口腔外科領域の麻酔,特に外来で行う重度の心身障害児の歯科治療では,むしろ医科の麻酔以上の特殊性を帯び,専門的知識,技術も必要である,と私は思う.
 ところが,最近になり,“歯科医師の医科麻酔科研修のガイドラインについて”という通達が当局からなされ,歯科医師の医科での研修が制約されることになった.私が医科の研修を行っていなければ,おそらく,障害児の歯科治療はもとより,有病者,高齢者などの全身管理を必要とする診療や,日常における歯科診療でさえも安全に行えなかったことであろう.医科で研修された他の先生方も,同様の考えであると思う.
 こういった当局の残念な通達の背景には,歯科麻酔科医が医科(の麻酔科医)や行政サイドに十分に認知されない現実があるのではないかと考え,私はかねてより意識していたその問題に関して,先に行われた第30回日本歯科麻酔学会総会(会長:海野雅浩・東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 麻酔・生体管理学教授,東京にて開催)において,「歯科麻酔科医は医科の麻酔科医に知られているか?」と題して発表を行った.そこで,本コラムでは,その概要を紹介することで歯科麻酔科の認知をアピールしてゆくきっかけとしたい.

調査方法について
 東京都立清瀬小児病院(日本麻酔科学会・麻酔指導病院)麻酔科に過去7年間に勤務した医科の麻酔科医(以下,単に「麻酔科医」)35人に対し,アンケート調査を行った.質問項目は以下の5項目:(1)医学生時代に歯科麻酔という領域を習ったか? (2)歯科麻酔科医の存在を知ったのはいつか? (3)日本歯科麻酔学会を知っているか? (4)歯科麻酔認定医制度および指導医制度と,日本麻酔科学会麻酔専門医との差異を知っているか? (5)精神鎮静法を知っているか? とした.なお,この調査の企画・立案と分析に際しては,東京都立清瀬小児病院麻酔科の金子武彦医師(日本麻酔科学会・麻酔専門医で,日本歯科麻酔学会会員)にご協力いただいたことを付記する.
 アンケート調査の結果は表に示したとおりである.


(1) 医学生時代の歯科麻酔教育

習ったことがある 習ったことがない ※ダブルライセンス
0人 34人 1人


(2) 歯科麻酔科医の存在を知ったのはいつか

医学部入学前 医学生時代 研修医時代
2人 1人 32人


(3) 日本歯科麻酔学会を知っているか

知らない 学会名のみ知っている 知っている
13人 6人 16人


(4) 日本歯科麻酔学会・認定医,指導医制度と日本麻酔科学会の麻酔専門医制度との差異

知らない 名称のみ知っている 知っている
19人 12人 4人


(5) 精神鎮静法を知っているか?

知らない 内容は知っているが
その用語は不知
知っている
25人 5人 5人

※医師・歯科医師の両方の免許を所有



『歯科麻酔科医』を広く知ってもらうために
 この結果から,歯科麻酔科医の認知度を高めていくには,どのような方策が考えられるのだろうか.
 まず,若手・中堅の歯科麻酔科医が医学部付属病院や研修指定病院で一定期間研修できる制度作りが必須であろう.私の経験でも,歯学部付属病院での研修だけでは経験症例に限界が生じるのは明らかである.一定期間(最低1年以上が望ましい)研修することで,多彩な合併症を有する患者の管理や幅広い年齢層の症例を経験できる.私のように障害児や小児に関心があれば,専門研修施設として小児病院や療育センターを位置付ければよかろう.さらに,医科の研修を通して数多くの麻酔科医との人的な交流だけではなく,他科の臨床医と接する機会も増え,それらは後々歯科臨床に大いに役立つのである.現在,各大学歯学部歯科麻酔学講座の教職スタッフは多少なりともそのような経験を有しておられるが,この点からも医科での研修は有意義である.
 医科での研修期間中は,医科の学会・研究会に入会し,歯科・口腔外科関連の話題を積極的に発表し,論文投稿も行いたい.こういった学術活動を通して歯科麻酔活動の専門性が認知されるといっても過言ではない.幸い,私は清瀬小児病院,川崎協同病院において医科関連10題の学会発表(うち,筆頭演者2題)と1本の論文掲載(共著)を行う機会に恵まれた.同院の麻酔科医と共同研究が行え有意義な研修であり,誠に感謝にたえない.
 一方,麻酔科医が日本歯科麻酔学会に入会できるような工夫も必要と考える.日本歯科麻酔学会に入会している麻酔科医は同会の評議員などの役職につく大学医学部教授がほとんどであり,市中病院の第一線で勤務している麻酔科医の入会はきわめて少ないのが現状であろう.ちなみに,このアンケート調査にご協力いただいた金子武彦医師は同学会に入会した理由の一つに,日本歯科麻酔学会雑誌の掲載論文が医科にとっても有益なものが多いことを挙げている.小児病院においては様々な「症候群」に遭遇するため,症例報告や短報が多く載っている同誌を参考,引用文献として活用されているという.このように,医科にとっても魅力ある学会誌の作成も日本歯科麻酔学会の認知向上に欠かせないことであろう.
 以上,歯科麻酔科医の医科の麻酔科医に広く知ってもらうための方策について,調査結果に基づき私見を述べさせていただいた.歯科麻酔科医の専門的知識・技術と実績をアピールしてゆくには,医科での研修と学術活動が重要な要素となろう.