読後感


7月号特集「臨床の疑問 歯科局所麻酔に関するQ&A」を読んで
 (『Dental Review(日本歯科評論)』8月号に掲載された内容を転載したものです.)


させとしゆき
佐瀬俊之


 もう30年も前になるが,私が開業した当初考えたことの一つに「痛くない治療を行う」があった,それには麻酔の手技に通ずることが必須であると考え,勉強するとともに,その頃出始めたカートリッジ注射器と針をいち早く購入した記憶がある.麻酔薬は今と同じキシロカインカートリッジ1.8mlで,針は30Gロング,これは伝達麻酔にも浸潤麻酔にも使えるということで決めた.現在は30Gのショートを使っているが,基本的にはほとんど変わってはいない.
 当時私はDr.ビーチの教えを実践すべく,すべての治療を水平位で行っていたが,その姿勢では伝達麻酔が思ったほど効いてくれずに悩んでいた.体を起こして麻酔をするとほとんどの患者で効果があるのだが,水平位にするとその効果は減じてしまった.臨床に長く携わっていると,当然大学や教科書では教わらないことが多くの疑問として出てくる.そして機会がある都度,麻酔に詳しい先生に質問して答えを聞いたものであった.
 今回の特集を読んでみて,多くの先生方も私と同じような疑問を抱いていたのだということを実感した.回答されている先生方も,すべてが明確に答えられる質問ばかりではないため苦労された感じを受けるところもあるが,われわれ臨床家には学術的に詳しいことはさしあたり必要ではなく,どうすれば安全に,確実に,痛くなく,簡単に麻酔の効果を十分に得られるかを教えていただきたいと考えている.実に虫のいい話であるが,本音である.
 金子 譲先生が“はじめに”の中で,不奏効の頻度を問われたアンケートで「10年前と昨年の回答がほとんど同じであった」と述べられているが,私の臨床に関しては,昔と現在とでは明らかに麻酔不奏効ということは減少している.これは,特に近年において浸潤麻酔用の針が細くなり,刺入時の痛みが減少していることが一因であると思われる,そして,痛くないということで患者さんが麻酔を怖がらなくなり,術者を信頼してくれるため効果が上がっているのだと考えている.また,この細い針のおかげで歯根膜内麻酔が容易に行えるようになったことも,麻酔効果を上げるのに大変役立っている.
 この歯根膜内麻酔については,歯周治療を専門とする先生方はおおむね否定的で,私も歯頸部の一番細菌の多いところに刺入するということは,細菌を撒き散らすことにならないか疑問をもっているが,麻酔の先生方はほとんど肯定されるので,私は都合のよいほうに準じている.
 今回の特集で私自身の疑問が解決したところは,Q12の「エピネフリンの濃度」についての回答であった.現在,外国製も含めていくつかの麻酔薬が発売されているが,なかでもエピネフリン濃度の高いものが目立つ上,コマーシャルベースで良いことばかりの記述が目に入る.そのため,つい別なものを使ってみようかという気になるが,Q6の「血管収縮薬の禁忌について」をあわせて読むと,今までどおりのもので間違いはないと納得した.
 総じて本特集は,アンケートに基づき多くの臨床家が共通して抱える疑問点に答えてくれているので大変参考になった.また,わかりやすく簡単にまとめられているため,一気に読んでしまった.読み終わって,何かつっかえていたものがすっきりした感じがあり,楽しくもあった.
 最近,無麻酔で支台歯形成をするという先生の話も聞くが,私は自分が治療を受けるなら麻酔はしてもらいたいと思っている.そういう人間にとって,今回の特集は大変興味深いものであった.




読後感


7月号特集「臨床の疑問 歯科局所麻酔に関するQ&A」を読んで
 (『Dental Review(日本歯科評論)』8月号に掲載された内容を転載したものです.)


ばんよしひろ
坂 好博


 われわれ歯科医師が行う診療行為の中でも,“すべての症例の患者さんに局所麻酔を100%効かせることができる”という自信のある先生がどれだけいるだろうか.おそらく,ほとんどいないのではないかと思う.それだけに,臨床医へのアンケート調査をもとに構成された本特集は,同じ臨床医として,質問事項そのものから興味深いものであった.
 まず,「麻酔手技について」をはじめ他の項でもふれられているように,確かに麻酔を無痛的に行い十分に奏効させる方法はいくつかある.それはどの文献を読んでみてもだいたい同じようなことが書いてあるし,自分自身でも理解しているつもりである.また,それを補助するための便利な道具もいろいろなメーカーから数多く発売されているから,その上でわれわれが行うべきことは,今まで学んできた理論と知識,そして経験によって裏付けられた処置を,日々の診療で患者さんに有効に実践していくことなのである.
 次に,私が麻酔を行うに当たって常に感じていることでもあるインフォームド・コンセントの大切さを,改めて認識させられる質問・回答が多いことに気付く.
 実際の臨床現場において,麻酔が完全に効いてほしい時というのは主に抜歯・抜髄を行う前ではないだろうか.麻酔奏効の機序については理解しているつもりではあるが,完全な奏効が得にくくて困ることがある(経験を積むに従って,その頻度は少なくなってきているが).効かない理由は全身疾患の有無や炎症の程度,その時の患者さんの身体状況などさまざまであろうが,ほかにも解明されていない何らかの理由がありそうに感じることもある.
 しかし,抜髄でも抜歯でも,麻酔が効かないからといって何もせずに中止するわけにはいかない.そのまま麻酔が切れてしまうと再び症状が出てくるからであるが,そういう時に限って,焦れば焦るほどいくら麻酔薬の投与量を追加しても効いてくれないものである.そうかといって,患者さんを押さえつけて治療を続行するわけにもいかない.このような場合は,本文中でも解説されているように,他の麻酔法を試みるなどの対処をし,それでも奏効しなければ,その日は症状を抑えるまでの処置にとどめておくのが賢明であろう.日を改めると難なく奏効するのはよくあることである.
 そして,ここで気を付けないといけないのが,中断する理由をきちんと,はっきり説明することである.しかも,そのほうがお互いにメリットのあることだということをよく理解してもらわなければならない.この説明も麻酔手技の一部であるということである.そうしないと,“下手な歯医者”のレッテルを貼られてしまうことになるであろう.逆に,ちゃんと説明して次回に完全に治療を完了できれば,“上手な歯医者”として評判が上がることになるだろう.やっていることは全く同じであるにもかかわらず……,である.
 以上のことは,麻酔に限らずすべての診療行為について言えることである.相手も人間であるから,説明をすればわかってもらえる.逆に,説明をきちんとできない(しない)ドクターは,そういう意味では失格である.今回の特集を通して私が再認識したのは,知識や技術を得ることと同様に,説明が何より大切だということである.
 “きちんと説明してわかってもらう”――今はそういう世の中なのである.




読後感


6月号特集「歯科衛生士との“協働”のために」を読んで
 (『Dental Review(日本歯科評論)』7月号に掲載された内容を転載したものです.)


いとう かな
伊藤華奈


 臨床において歯科衛生士は,「歯科医師の直接の指示の下に」の法に則り,さまざまな業務を行います.その際,歯科衛生士は,知識・技術・心を提供しながら,患者様と密接な関わりを持っています.質の良い歯科医療を行うには,歯科医師と共に働くスタッフ全員の志が一体でなければ,チーム医療として成り立ちません.しかし,種々の要因により“協働”が損なわれている場合も,日常には多く存在します.私自身も“協働”について悩んでいた,歯科衛生士のひとりです.
 以前,歯科衛生士の友人が「先生と協力して仕事がしたい.でも,どうすればいいかわからない.先生には理解してもらえない」という切実な悩みを打ち明けてくれました.私は,「先生に時間を作っていただいて,率直な気持ちを話してみてはどうか」と提案しました.躊躇しながらも,その後,彼女は先生と心を開いて話し合い,より良い関係を築くことができました.
 松尾先生・永瀬歯科衛生士ご両人の「歯科医師・歯科衛生士は良きパートナー」,そして,松尾先生自らが「スマイル・プロデューサー」という考え方は大変参考になりました.さらに,その環境の中でのミーティングや勉強会が,仕事にやりがいを持つために有意義であろうと窺えました.
 菅原先生の述べられている“歯科衛生士の心のうち”については,歯科衛生士が感じている率直な気持ちであり,実際に目にすることがあります.逆に,歯科衛生士には歯科医師の心のうちが見えないことも多くあります.歯科衛生士歴12年の私には,両者の考え方が同時に読める時もあります.両者の間で生じる問題の多くは,コミュニケーション不足による誤解です.拝読しながら,複雑な思いがしました.仕事を円滑に行い連携を図るには,お互いを尊重し理解しようとすることが何より重要だと感じました.
 お互いを理解できるようになると,金澤先生が述べられている「歯科衛生士としての役割」が,自ずと明確になるのかもしれません.指示を与えられた折には,判断ミスに注意する必要があります.そして,ミスを防ぐためには,高津先生の「対人関係能力評価票」などがあることで,自らを省みる手助けになるのだなぁと,勉強になりました.新人に限らず,経験年数の長い歯科衛生士,歯科医師にとっても,患者様に与える可能性のある不快な行動を未然に防ぐ手段になることでしょう.
 村居先生の国際協力やボランティアの事例においては,私の未体験の現場をわかりやすく知ることができました.それらを通じて,歯科衛生士は歯科医師と共に,人間性を向上させ自立にも役立つとは,歯科医療の素晴らしさを再認識させていただきました.
 そして,石井先生の述べられた「21世紀に役立つ歯科衛生士」になるために,歯科医師と共に,与えられたものだけに留まらず歯科の分野を越えて飛躍できるよう,努力をしたいと思います.
 今回の特集で,多角的観点からの“協働”ができるような歯科衛生士として,歯科医療に従事できればと考えています.




読後感


コラム視点:「史上初マイナス1.3%の中身の評価」「金パラ合金引き下げの影響」を読んで
 (『Dental Review(日本歯科評論)』7月号に掲載された内容を転載したものです.)


おかながさとる
岡永 覚


 今回の改定は,中道先生が指摘するまでもなく,内容的に多くの問題を抱えており,今後の歯科医業経営に与える影響もきわめて大きいものがあります.
 中道先生以外にも多くの先生方が改定内容を分析していろいろとコメントされていますが,いずれも「今回の改定が,歯科医業経営者に経営戦略上の決断を問う,初めての大規模な改定だ」という視点が欠けているように思うのは,私だけでしょうか.今後予想される,(1)医療機関過剰による患者激減,(2)診療報酬の度重なる引き下げ,(3)保険者機能強化による医療機関の選別,それらの前哨戦として今回の改定を位置づけるべきなのです.
 ところで,今回の改定は一にも二にも「かかりつけ歯科医を選択するか否か?」を踏み絵としていることが大きな特徴です.
 「かかりつけ歯科医を選択しない」という選択肢を選んだ場合,つまり補綴物維持管理を選択しない歯科医院は,少なくとも“治療費が安い医療機関”になるわけですから,それを前面に出した宣伝活動を行えば,患者が増えるかもしれません.院内に「補綴物維持管理も,かかりつけ歯科医も選択していないので,他の歯科医院よりも安く治療ができる」旨の掲示をしてはいかがでしょう.将来的には,経済的メリットを保険者にアピールすることで,指定医療機関の契約を結べるかもしれません.
 反対に,かかりつけ歯科医を選択して,提供する医療サービスの質で勝負する選択肢を選んだ場合,十分に説明の時間をとり,インフォームド・コンセントを行い,歯科医,歯科衛生士による予防管理サービス面も充実させていくことで,他院との差別化が図れると思います.歯周疾患継続治療や小児のC管理を選択し,それらを積極的に活用すれば,リコール患者さんも増えるでしょう.
 ただし,一言だけお断りしておかなければならないことがあります.それは,どちらの選択肢を選んだとしても,今までの延長線上で歯科医院経営を続けている限り,収支が悪化の一途をたどり,経営が行き詰まってしまうことです.このような状況下で借金を抱えていると,決算書をチェックした銀行から経営破綻懸念先の分類を受け,貸しはがしされ,そして倒産に追い込まれかねません.
 歯科医院がどんどん増え,過当競争が激化していく現実の中では,限られた予算内でうまくやりくりして“患者さんが目に見えて納得できる成果”を上げ,繁盛店にならなければダメなのです.そのためには,経営者もその家族も,人生の考え方を根本から改めなければならないと思います.
 最後に,「岡永は,どうするのだ」ということですが,残念ながら私はどちらの道も選択できませんでした.街の歯医者としては半ば敗者となっている私に,そのような余裕などないのです.やむなく,顎関節症や歯科心身症などの患者さんの治療に力を入れ,街の歯医者と住み分けを図っていくことにしました.そのような患者さんは,治療に入る前に十分なカウンセリングが必要で,手間ばかりかかって治療が進まず,まったく採算に合わないのですが,何とか企業努力で経営を維持しています.
 「歯科医は儲かる良い仕事」ではなく,「歯科医はなりふり構わず頑張ったものだけがやっと生き残っていける厳しい仕事」になったのです.したがって,他に生計をたてる道があるのならば,無理に歯科医を続ける必要はないのです.転職するのも,一つの選択肢ですよ.