第103回河邊臨床教室が盛況裏に開催

 

阿部伸一先生(円内)は,治療時に患者の口腔内を解剖学的視点から観察することの重要性を強調した.会場はほぼ満席で,歯科医師だけでなく歯科技工士,歯科衛生士も参加しており,現場スタッフが同じ知識を共有しようとする積極的な姿勢が窺えた.

 去る11月10日,東京・千代田区のTKP大手町ビジネスセンターにおいて,河邊臨床教室(愛知徹也会長)の第103回定例講演会が阿部伸一先生(東京歯科大学解剖学講座教授)を講師に招いて盛況裏に開催された.
 河邊臨床教室は,日本補綴歯科学会会長やICD(国際歯科学士会)国際本部長などを歴任した河邊清治先生の没後に,門下生が中心となり故人ゆかりの歯科界関係者も交えて結成したスタディグループである.本教室では河邊先生の業績を讃えるとともに,先生の提唱した歯科補綴理論と臨床をより深く理解し実践するために会員相互の研鑽を目的としている.
 今回のテーマは「臨床医のための機能解剖学」であり,臨床医が知っておくべきチェックポイントを絞って,わかりやすく,かつ中身の濃い,まさに“臨床解剖学”とも言うべき講演となった.まず前半は,インプラント手術時に起きた死亡事故を例に,口腔外科処置を行う際に注意を払うべき点を解剖学的視点から紹介し,インプラント埋入時の事故や怪我のほとんどが,下顎前歯部で発生することから,上顎と下顎の構造が異なることを指摘し,診察時に患者の顎骨をよく観察するよう呼びかけた.後半は,“咀嚼・嚥下”に関して3つの嚥下機能と舌の働きに焦点を当て,解説した.

下顎骨とインプラント
 下顎体は歯の咬合力のみで形を維持しており,歯が抜けると形が維持できず骨の前方が変形し,有歯顎と比べ形態が大きく変わってしまう.そのため無歯顎時の下顎体の形態を把握できていないと,間違った角度でインプラントを埋入し,血管や神経を損傷する事故に繋がる.また,下顎頭付近には,多くの運動神経系神経が走っており,少しでも神経に刺激が伝わると痛みを生じるため,浸潤麻酔を行う際は“量より打つ場所”が重要だと,注意を促した.

嚥下とは?
 続けて“嚥下”を「鼻咽腔閉鎖」「口峡閉鎖」「喉頭閉鎖」の3つの機能に分け,“このどれかがひとつでも欠けてしまうと嚥下機能障害を起こす”と警鐘を鳴らし,一連の動作を造影剤入りまんじゅうを咀嚼する映像を使い,解説した.
 また,摂食嚥下障害を見つけるポイントとして,発声や発音の変化が鍵となると語った.喉仏の位置が下がると声が低くなり,舌尖が口蓋に付かないとタ行が,舌根が口蓋に付いていないとカ行が発音しづらくなる.診療の際に,患者の声が最近低くなった,タ行・カ行が上手く発音できていない,と感じたら「最近食べ物を飲み込んでも口の中に残ることはありませんか?」と一言聞いてみることが,摂食嚥下障害の早期発見に繋がる,と参加者に熱く語りかけた.

“咀嚼ってなんだろう?”
 食物は,噛めば噛むほどよく唾液と混ざり嚥下しやすくなるが,しばらく噛んでいると唾液が出なくなり,味もしなくなるのでそのまま飲み込みがちになってしまう.そこで,舌を使って食物を反対側に移動させ,30回以上噛む動作を習慣付けることが理想の咀嚼であるとした.老化を止めることはできないが,継続的な咀嚼トレーニングによって咀嚼力を保てるよう指導していくことが大切であり,「一般的にインプラントや義歯の装着で患者が若返る要因は,自分で食べる喜びを味わうことによる心理的な影響もあるが,筋肉への刺激による細胞活性化による効果も大きいため,顔の筋肉を動かすことを忘れないで欲しい」と締めくくった.

(2013.11.26)

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