著者への手紙


嶋田 淳先生,間宮秀樹先生,一戸達也先生,松田一雄先生
患者さんの全身状態を把握した,より信頼される歯科医師を目指したいと思います
(『日本歯科評論(Dental Review)』9月号に掲載された内容を転載したものです.)

さくらい ひろや
櫻 井 裕 也

 8月号特別企画“全身的合併症への対応と新しい蘇生法の基本”では,虚血性心疾患および高血圧症については「全身疾患患者への具体的対応法と注意点」(嶋田先生ら)に,救急蘇生のABCは「新しい蘇生法の概要について」(間宮先生・一戸先生)に詳細な記載があり,復習も兼ねて非常に勉強になりました.ここでは,私自身の日常臨床での対応と重ね合わせ,感じたこと,また特に強調しておきたいことを挙げてみたいと思います.

高齢化社会
 日本は,2007年の総人口1億2700万人に対して65歳以上が2690万人も存在しています.したがって,高齢者の一般処置(特に外科的処置)に際しては細心の注意が必要になってくるのは必然的なことです.われわれ歯科医師は,まずこのことを認識していなければなりません.

患者の意識改革と清潔・不潔
 最近の患者さんは,医療に関するさまざまな情報を見たり聞いたりして,感染予防,すなわち清潔・不潔に敏感になってきています.私が関わっている神戸市の幼児歯科検診に対しても,一人ずつグローブを交換することなどが義務付られました.
 歯科医院が乱立するなか,他院との差別化を図るためにはいかに清潔処置をしているかが問われてくると思います.緊急時への対策をいかに講じているかも同様です.患者さんの意識改革に先んじてシステムが整えられていることが重要です.

当院でのモニタリング
 私は日本補綴歯科学会の専門医ですが,口腔外科に5年間勤務後に開業しました.神戸市立中央市民病院(現神戸市立医療センター中央市民病院)に常勤医師として勤務していたのですが,そこで行っていたモニタリングは,基本的には松田先生の書かれている内容とほぼ同様でした.ただ,現在の当院と比較すると,モニタリング装置が違います.
 当院では,(14)コーリン製のモニタは病院用で高額なので導入できませんでした.その代わり,自動血圧計とパルスオキシメータ(ともに(14)オムロン製)を使用しています.自動血圧計は時系列データが本体に記憶されており,USB(ユニバーサルシリアルバス)接続してPC(パーソナルコンピュータ)で患者ごとにデータ管理ができ,電化カルテと連動させることができるからです.
 昭和60年の医科保険適応以来,急速に普及した在宅酸素療法(HOT)の利用患者が約10万人もいますので,個人で測定する人も多く,自動血圧計とパルスオキシメータともに各社製品がインターネット通販で安価で購入できます.モニタリングは特に心疾患患者の外科処置には必須と考えています.歯科治療では医科準用点数の保険請求ができない場合がありますが,当院ではすべての患者さんにモニタリングを行っています.
 また,当院で使用している機種は乾電池で作動しますので,停電時の心配はありません.つまり,無停電電源装置(UPS)の設置が必要ないのです.これはレセコンを導入している医院では当然のことでしょう.

自動血圧計の過信
 WHOの指針にもあるように,自動血圧計の精度の問題が指摘されています.持続測定には便利ですが,初診時の問診で高血圧(HT)の申告があれば,最も精度の高い水銀血圧計(現在は電池式の液晶血圧計)を使用するのが望ましいと思います.上腕動脈に聴診器を当てて,上腕動脈の血流音(コロトコフ音)を聴くのです.白衣症候群(病院で白衣を見ると血圧が上がってしまう)の患者には有効な手段です.
 ただし,自動血圧計の装着は歯科衛生士が行っても法律に抵触しませんが,聴診法は歯科医師にしかできません.

静脈路確保
 歯科医師会から毎年救急セットが送付されてくると思いますが,読者の皆さんは中身を確認されていますか? 中には救急薬品と点滴キットが入っていますが,会員に対して静脈路確保の翼状針の刺入方法と抜針の講習会はあるのでしょうか? これも,歯科医師にしかできない医療行為です.一人でもできますが,やはり介助がいるほうが楽です.すべて清潔行為ですから,消毒およびディスポの滅菌器具が必要です.今回の論文中では点滴針の刺入方法は記載されていませんでしたが,翼状針と留置針では刺入方法が少しだけ違います.また,中には欠陥針である場合も考えられるので,事前の目視チェックが必要です.
 最近増加傾向の糖尿病患者には,外科処置前の抗生剤術前投与は当然の話ですが,皮内テストが不要となり(2004年厚生労働省通達),術後の抗生剤点滴は,患者さんの採血データにもよりますが適切な方法だと思います.また,保険請求もできます.
 気管挿管と気管切開は実際に経験していないと簡単にはできませんので,当然といえば当然のことですが,できるだけ早く救急車を呼んだほうが良いかと思います.

 以上,今後の歯科医療を取り巻く環境は確実に変化していくと考えられ,適切な対応とシステム整備のためにも,今回の特別企画は非常に有用でした.




著者への手紙


菅原準二先生,林 治幸先生,永田 睦先生,渡辺八十夫先生,船津三奈代先生
インプラント矯正の有用性を改めて教えていただきました
(『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.)

かなり まさひこ
金成 雅彦

特集を振り返って
 私は一般開業医ですが,開業当初より矯正治療には自分なりに取り組んできました.さまざまな矯正治療法を学んでは,壁にぶつかりながら今日に至っています.そんな中,恩師である宮島邦彰先生のご紹介により,韓国・テグ市にある慶北大学のKyung教授の元でMIA(Micro Implant Anchorage system)の研修を受ける機会を与えていただきましたが,それ以来,自院の矯正治療の適応範囲が広がったことは言うまでもありません.
 7月号特集「臨床で応用されはじめたインプラント矯正の有用性」を読ませていただいて,改めて近年のインプラントを用いた矯正治療の可能性に驚くと同時に,執筆された先生方の臨床に対する姿勢に敬意を表します.
 まず,菅原準二先生の「インプラント矯正とは?」においては,矯正治療に使用する各種インプラントの歴史的な流れが明解に,またそのタイプ別の分類および特性についてわかりやすく解説されています.近年,シェアを伸ばしつつあるミニスクリュータイプとミニプレートタイプの材質・形状をはじめ,適応症,術式,成功率,合併症,メインテナンスに至るまで解説されており,インプラント矯正をこれからはじめようとしている先生方にとって,とてもわかりやすい内容になっています.“インプラント矯正”という言葉はわれわれ一般開業医の間でも普及しており,菅原先生が定義された用語であったことに感心しました.
 まとめで先生が述べているように,インプラント矯正が世界的にも広がりつつあることは,海外で開かれるインプラント関連の学会に参加するたびに感じているところです.徐々にその適応症が広がり,術式の定義も確立しつつあるように思われます.
 林 治幸先生の「一般開業医が行うインプラント矯正とその有用性」には,われわれ一般開業医が日常で遭遇する症例が多岐にわたり提示されています.遺伝的に歯列不正の患者に対する矯正治療のみならず,生後の歯牙喪失や歯周病などの口腔疾患による歯牙移動に対し歯槽骨レベルで治療を進めています.顎口腔機能の予知性を高めるため,先生がインプラント矯正に積極的に取り組んでおられる姿勢を感じました.
 矯正治療を行うにあたり必ず考慮に入れることは固定源の確保と作用・反作用の原理ですが,これまでの大がかりな矯正治療がインプラント矯正によってどれほどシンプルに考えやすくなったか,先生の症例から実感することができます.インプラント矯正の出現で,一般開業医にとって矯正治療がより身近になっていくように思われます.
 永田 睦先生・蟹江隆人先生・和泉雄一先生による「歯周病患者へのインプラント矯正の応用」には,インプラント矯正治療を用いた歯周病患者に対するアプローチの仕方がわかりやすく解説されています.先生方が紹介された臨床例も一般開業医が日常の臨床でよく遭遇するものばかりです.
 歯周病患者に対し,矯正治療を含めたアプローチが歯周環境を大きく改善することはよく知られています.実際,当院でも成人矯正においてそのような症例によく遭遇し,その予知性に対して患者さんから評価をいただいております.永田先生の術後の結果には,咬合機能の回復のみならず,歯周環境の改善,審美性に至るまで,インプラント矯正の適応の幅広い可能性と診療レベルの高さを感じます.永田先生が提示された症例のように,歯周治療,矯正治療,補綴治療がそれぞれ綿密に施術されていることは,一般開業医であれば誰もがめざす治療ではないかと思われます.
 渡辺八十夫先生・渡辺禎之先生の「インプラント矯正後に上顎側切歯矮小歯のビルドアップを行った症例」では,術前の診査,治療計画,術後の経過がくわしく解説されています.特にセットアップ模型による2つの治療計画の立案ですが,患者さんにとって非常にわかりやすく,先生の日常臨床に対するアプローチの息使いさえ感じられます.また,固定源となるインプラントからの力のモーメントに関する解説は非常に参考となりました.
 最終的な治療結果が「治療計画1」の状態となった時,患者さんの喜びはいかほどのものだったことでしょう.術後の側方面観において,患者さんの口腔周囲筋の緊張がとれて自然な顔貌に変化しているように見えます.さらに,従来の矯正治療における開咬症例の問題点を指摘されていた内容も参考になりました.先生が述べられるように,私も歯の移動に関する基本的なメカニクスをさらに深く理解し,インプラントを適切に植立することで,矯正治療をより快適なものにしていきたいと考えています.
 船津三奈代先生ほか6名の先生方による「歯周病による咬合崩壊へのチームアプローチとインプラント矯正」では,症例ごとに問題点を明確に掲げ,各治療分野の専門医が一致した治療ゴールをめざしており,患者にとって理想的なアプローチが紹介されています.主に矯正歯科の視点からの解説になっていますが,矯正歯科医がチームアプローチの中でいかに症例を検討し,治療を組み立てていくかがわかります.
 歯周治療からはじまり,矯正治療,口腔外科(デンタル・インプラントの植立)と流れていき,最後の補綴学的な修復治療にいかにゴールしていくか,また,修復治療が容易かつ適正に行われるために矯正治療がどのように関わるべきかが示されています.一般臨床医にとっては包括的な歯科診療を行うことが大切であり,先生方の症例がそのことに対する大きなヒントになるように思われます.
一般開業医にとってさらに身近なものになることを望む
 今回,先生方の論文を読ませていただき,自分の日常臨床にとって大いに参考となりました.すべての症例に先生方の臨床に対する真撃な態度を感じ,自らを律する思いです.今後,インプラント矯正がその適応症をさらに広げ,われわれ歯科医師にとっても患者にとっても,大きな手助けになることを望みます.
 最近では,暫間的に使用するインプラントを総称して,最終処置に移行するためのインプラントという意味で“トランジショナル・インプラント”と呼称しつつあります.その中でインプラント矯正が為すべき役割がより明確に定義づけられ,われわれ一般開業医にとってより身近なものになっていくことでしょう.