![]() 榊 恭範先生 歯科衛生士の教育に早くから力を入れてこられた先見の明に感服しました (『日本歯科評論(Dental Review)』3月号に掲載された内容を転載したものです.) たちなみやすはる 立浪 康晴 本誌2月号特集「歯科衛生士の実力アップ“考”」を拝読させていただきました.今回の特集は,榊 恭範先生,鷹岡竜一先生,齋藤 誠先生による3編で構成されていますが,同2月号に掲載されていた石井拓男先生ご執筆の「日本の歯科衛生士の職務の現状」も本特集と関連するものと思われましたので,それらを合わせて「著者への手紙」とさせていただきたいと思います. 4名の先生がそれぞれのご専門の立場から,限られた誌面の中で総論から各論に至るまで,詳細かつ具体的にお示しくださり,大変勉強になりました.とかく「歯科衛生士の特集」では,ある分野に偏りがちになる印象がありますが,齋藤先生の「歯科衛生士と訪問歯科診療の現状」や石井先生の「日本の歯科衛生士の職務の現状」といった分野にまで目を向けられた編集部の姿勢に共感を覚えました.両先生のお考えは,私が常日頃考えていることに限りなく近く,大変うれしく感じられました.この点については,後ほど触れたいと思います. 私はこの春で,開業4年目を迎えます.大学を卒業後,大学病院歯科麻酔科や公立病院口腔外科を経て,開業医での勤務を経験することなく,郷里で父の後を継ぐ形で開業した私にとって,この3年間は苦難の日々でした.日常の臨床はもちろんのこと,難解かつコロコロ変わる保険制度への対応,経理や雇用(労務)など多岐に及びましたが,その中で最も悩まされ,しかも現在進行形なのが「スタッフ教育」です.どんなに院長が高い理想を掲げたとしても,1人では何もできません.“同じ目標”を持ち,さらに気持ちだけではなく“それに見合ったスキル”を兼ね備えたスタッフの存在が必要不可欠です.自分の夢を実現するためには避けては通れない道なのですが,私自身の実力不足もあり,悩んでいました. そのような状況で今回,榊先生の「明確なコンセプトが歯科衛生士を育てる」を拝読したわけですが,まさに今自分が悩んでいる答えのヒントが散りばめられていました. コンセプトを共有する 榊先生は,まず医院のコンセプトを常にスタッフが共有し,意識しておくことが大切である,と述べておられます.私は榊先生のことをもっと知りたくなり,先生の医院のHPを拝見したのですが,やはり最初にコンセプトが掲げられていました. 榊先生の医院のコンセプトである, (1)患者さんとの信頼という人間関係を作る (2)十分に説明し,納得の治療を目指す (3)現時点で提供しうる最高レベルの治療を行う は一見ありふれているように見えますが,実践するとなるとどれも難しいものです.このことに16年も前から気づき,歯科衛生士教育に力を入れ,医院のシステムを作ってこられたことには驚かされました.おそらく,(1)〜(3)のコンセプトを実践するにあたり,規格化された資料収集は必須不可欠であるでしょう.榊先生が示された数多くの症例は,それらをきちんと踏まえておられ,説得力がありました.また,「コンサルテーション」や「プレゼンテーション」を歯科医師ではなく歯科衛生士が行っている,という点にも驚きました. さらに,このシステムが機能するために“各職種がプロフェッショナルとしての責任感を持って仕事を行わなければならない,というプレッシャーがレベルアップにつながる”という点も心に残っています.そして,「トータルスタイル」という概念を説かれ,歯科衛生士である前に“1人の人間としての育成”という高い次元のシステム構築を実践されている点には,ただただ感服するばかりです. 榊先生が16年前に執筆された「患者さんの,患者さんによる,患者さんのための歯科医療を目指して」を読んでみたくなりました.もし,許されることなら,この16年間に感じられたことを追筆され,今回の歯科衛生士教育の詳細を含めた本を執筆していただきたいところですが,ご多忙な榊先生には無理なお願いでしょうか……. 当院のコンセプトは…… 当院では開業時にコンセプトとして, (1) 歯だけではなく,全身の状態を把握しながら,全身の一部としての口腔・歯周組織・歯として接し,自分の歯で一生過ごすための予防,咬合回復,維持を行う (2) お口の健康を通じて,患者さんの全身の健康,そして豊かで幸せな人生を送っていただくためのお手伝いをする の2点を掲げました.現時点では夢のようなコンセプトではありますが,榊先生も述べておられるように「歯科衛生士に夢を語り,自分の理想に向かって努力する姿を見せ」,チームとして研鑽していきたい,と考えています.同時に,まだ未熟ではありますが,私の夢を共有してくれるスタッフと共に成長できることを誇りに感じています. 歯科医師と歯科衛生士はどこに向かうべきか? 歯科麻酔専門医として「安全な歯科治療の普及」や「全身の健康に寄与する歯科」を実現(実践)することは,一歯科医師としての“私のコンセプト”でもあります.高齢者社会を迎えた今,歯科医師と歯科衛生士はどこに向かうべきなのでしょうか? 齋藤先生が取り組んでおられる在宅ケアをはじめ,有病者歯科や障害者歯科の分野では,絶対的にマンパワーが不足しています.当然,予防によって歯を失わないような努力も必要ですが,現実問題として対応が求められる時代となってきているのです. 最近,“口腔ケアや摂食嚥下のプロフェッショナルであるはずのわれわれが,チーム医療から取り残されているのでは?”という危機感を抱くことがあります.また,現実の活動は,一部の先生方の献身的なボランティアによって支えられている感が否めません.これは石井先生が述べておられるように,法的グレーゾーンに歯科衛生士が置かれていることにも一因がある,と考えます.これらの問題をクリアするためにも,診療報酬や法整備等も含めた行政への働きかけや,歯科衛生士学校の教育プログラムの見直し等が必要となるでしょう.そのためには,歯科医師と歯科衛生士は今一度,自分の仕事に誇りが持てるよう努力し,プライドを取り戻すことが必要です. 院長が自ら歯科衛生士の存在意義を感じ取り,時代が歯科衛生士を必要としていることに気づけば,高い志を持った歯科衛生士は自らを育て上げるものと感じますが,いかがでしょうか. |
![]() 佐々木 洋 先生 「セルフケアのこころの成育」に妊娠期から取り組みます! (『日本歯科評論(Dental Review)』2月号に掲載された内容を転載したものです.) たきがわまさゆき 滝 川 雅 之 8編のドラマに感動しました 1月号新春特集「こころの時代 ?患者と向き合う歯科医療?」を,感動を持って拝読させていただきました.「患者さんと真剣に向き合い,本当に求めているのは何かを理解し,それに応えるために努力する」―特集前文にもある医療人としての基本姿勢(こころの持ちよう)について,自分自身を見つめ直し,敬虔な気持ちで2007年を迎えることができました. 本特集の8編の取り組みを読むと,それぞれがドラマのように鮮明にイメージされ,こころに響き,そこから多くの気づきをいただくことができました.著者の皆さまが臨床現場において,スタッフとともに協力しながら患者さんと真剣に向き合い,誇りを持ち輝いて歯科の仕事に取り組まれている様子が伝わってきました.本当は著者の皆さまに感謝と感動の気持ちを伝えたいのですが,誌面の都合上,「セルフケアのこころの成育」について執筆された佐々木洋先生に,手紙を書きたいと思います. 拝啓,佐々木先生 私は年間の出生数が約1,000人の産婦人科・小児科医院(三宅医院,岡山市)に併設された歯科医院に勤務しています. 先生の論文内容は,私たちの医院が理想として目指す取り組みにまさに一致したものであり,参考とさせていただくところが非常に多くありました.また,今回手紙を書くにあたり,先生の著書『口腔の成育をはかる(1〜3巻)』1)も拝読させていただきました.著書の中で私のこころに響いた先生のお言葉も引用させていただきながら,新春にふさわしい気持ちで私たちの目標について再確認し,夢の実現に向け邁進するための指標とさせていただきたいと思います. 歯科医療のパラダイムシフト まず,先生が歯科医療のパラダイムシフトについて述べられているとおり,「少子社会の臨床では親の育児行動を変容強化し,セルフケア確立や治療経験を通じて子どもの自立を促す支援が医療職に求められている」ということを,私たちも痛感しています.当院では産科併設というメリットを生かし,妊婦への支援をスタートとして,口腔の健康を通して母子の心身の健康と家族の幸せづくりに奉仕することを医療理念に,継続的予防医療と育児支援に取り組んでおります2). 妊娠期は,出産に対する不安を抱きながらも,生命の誕生に対する喜びと慈愛の感情,そして健康に対するモチベーションが高まる時期である,と言われています.一方,女性のライフステージの中でも歯周炎およびう蝕の発症リスクが非常に高まる時期であり,妊婦に対する適切な口腔ケアは必要不可欠であると考えます.これまでも「妊婦の歯周炎と早産・低体重児出産との関連」および「う蝕細菌の母子伝播予防」などの情報提供を行い,妊娠中の口腔ケアが,生まれ来る子どもの生命を守り,最も理想的な子どものう蝕予防にも繋がることを伝え,ブラッシング指導やクリーニング,う蝕治療および予防に力を注いできました. ただし,先生が著書において提案されるように,「妊婦の口腔内細菌のコントロール」のみが目標ではなく,「口腔ケアを通じた妊婦のこころや育児の支援」を行い,かかりつけ歯科医院として信頼関係を構築し,「世代を繋ぐ継続的な口腔ケアを提示する」のも大切であることを再認識させていただきました.妊娠期は「セルフケアのこころ」を育む上でも絶好の機会であることを,私たちも広く啓発してゆきたいと思います. 子どもが主役の「口腔の成育」と「子育ち」 次に,先生が強調されている「子どもを主役として向き合う」ことは,当院でも目標として実践することを常に心がけています.医療側が主導して行う口腔の「育成」ではなく,子どもが主役の「成育」,また,「子育て」ではなく「子育ち」を支援するという診療スタンスを持つこと.これは非常に難しい課題ですが,私たちはこのことを肝に銘じて子どもたちのこころに向き合いたい,と気持ちを新たにしました. さらに著書の中での,「口腔ケアを保護者が子どもを愛しむ行為として始めることができれば,身体とこころとを愛情を持って養育される子どもの毎日の体験が,長じて自身や他者のこころと身体を大切にするこころの原点となる」という先生のお言葉は,とりわけ私のこころに響きました. 親の虐待,学校でのいじめや自殺の問題が大きくクローズアップされる現代,「歯科医療従事者が“21世紀のこころの時代”において,いかに重要な役割を担うべきか」ということについて,先生は一番強調されたかったのではないでしょうか.先生が主張されるように,私たちもヘルスプロモーション型予防歯科医院を目指し,継続的に子どもや家族と関わることができる有利な立場を利用して,「子どもを暖かく見守る地域の大人」として「健康観を共有できる地域社会創生(コミュニティー創り)を,生活者とともに積極的に推進する役割」が果たせるように努力したいと思います. 大人が変われば子どもが変わり,子どもが変われば未来が変わる 少子高齢社会を迎えた我が国において,高齢者や特に退職を迎える“団塊の世代”の方々に対して私たちは真剣に向き合い,“信頼される歯科医院”となれるよう研鑽しなければならないことは,言うまでもありません.ただし,このような時代であるからこそ,未来を担う子どものこころの「成育」を支援することは,私たち歯科医療従事者にとって最も重要な役割の1つであると言えます.さらに,子どもが変わるスタートはその保護者の世代からであり,その意味では結婚,出産の適齢期である“団塊のジュニア世代”に対して,本物の「子育ち」を演出するという役割もさらに重要であると思います. 今回,佐々木先生の論文および著書を拝読させていただいて,私たちの目指すべき目標と地域社会で果たすべき役割をより明確にすることができました.本当にありがとうございました.先生には今後とも,益々のご活躍を期待いたします. 参考文献 1)佐々木洋,田中英一,菅原準二 編著:口腔の成育をはかる(1〜3巻).医歯薬出版,東京,2004. 2)滝川雅之,野本知佐 編著:妊婦の歯科治療とカウンセリング.東京臨床出版,大阪,2004. |