![]() 佐々木 洋 先生 「セルフケアのこころの成育」に妊娠期から取り組みます! (『日本歯科評論(Dental Review)』2月号に掲載された内容を転載したものです.) たきがわまさゆき 滝 川 雅 之 8編のドラマに感動しました 1月号新春特集「こころの時代 ?患者と向き合う歯科医療?」を,感動を持って拝読させていただきました.「患者さんと真剣に向き合い,本当に求めているのは何かを理解し,それに応えるために努力する」―特集前文にもある医療人としての基本姿勢(こころの持ちよう)について,自分自身を見つめ直し,敬虔な気持ちで2007年を迎えることができました. 本特集の8編の取り組みを読むと,それぞれがドラマのように鮮明にイメージされ,こころに響き,そこから多くの気づきをいただくことができました.著者の皆さまが臨床現場において,スタッフとともに協力しながら患者さんと真剣に向き合い,誇りを持ち輝いて歯科の仕事に取り組まれている様子が伝わってきました.本当は著者の皆さまに感謝と感動の気持ちを伝えたいのですが,誌面の都合上,「セルフケアのこころの成育」について執筆された佐々木洋先生に,手紙を書きたいと思います. 拝啓,佐々木先生 私は年間の出生数が約1,000人の産婦人科・小児科医院(三宅医院,岡山市)に併設された歯科医院に勤務しています. 先生の論文内容は,私たちの医院が理想として目指す取り組みにまさに一致したものであり,参考とさせていただくところが非常に多くありました.また,今回手紙を書くにあたり,先生の著書『口腔の成育をはかる(1〜3巻)』1)も拝読させていただきました.著書の中で私のこころに響いた先生のお言葉も引用させていただきながら,新春にふさわしい気持ちで私たちの目標について再確認し,夢の実現に向け邁進するための指標とさせていただきたいと思います. 歯科医療のパラダイムシフト まず,先生が歯科医療のパラダイムシフトについて述べられているとおり,「少子社会の臨床では親の育児行動を変容強化し,セルフケア確立や治療経験を通じて子どもの自立を促す支援が医療職に求められている」ということを,私たちも痛感しています.当院では産科併設というメリットを生かし,妊婦への支援をスタートとして,口腔の健康を通して母子の心身の健康と家族の幸せづくりに奉仕することを医療理念に,継続的予防医療と育児支援に取り組んでおります2). 妊娠期は,出産に対する不安を抱きながらも,生命の誕生に対する喜びと慈愛の感情,そして健康に対するモチベーションが高まる時期である,と言われています.一方,女性のライフステージの中でも歯周炎およびう蝕の発症リスクが非常に高まる時期であり,妊婦に対する適切な口腔ケアは必要不可欠であると考えます.これまでも「妊婦の歯周炎と早産・低体重児出産との関連」および「う蝕細菌の母子伝播予防」などの情報提供を行い,妊娠中の口腔ケアが,生まれ来る子どもの生命を守り,最も理想的な子どものう蝕予防にも繋がることを伝え,ブラッシング指導やクリーニング,う蝕治療および予防に力を注いできました. ただし,先生が著書において提案されるように,「妊婦の口腔内細菌のコントロール」のみが目標ではなく,「口腔ケアを通じた妊婦のこころや育児の支援」を行い,かかりつけ歯科医院として信頼関係を構築し,「世代を繋ぐ継続的な口腔ケアを提示する」のも大切であることを再認識させていただきました.妊娠期は「セルフケアのこころ」を育む上でも絶好の機会であることを,私たちも広く啓発してゆきたいと思います. 子どもが主役の「口腔の成育」と「子育ち」 次に,先生が強調されている「子どもを主役として向き合う」ことは,当院でも目標として実践することを常に心がけています.医療側が主導して行う口腔の「育成」ではなく,子どもが主役の「成育」,また,「子育て」ではなく「子育ち」を支援するという診療スタンスを持つこと.これは非常に難しい課題ですが,私たちはこのことを肝に銘じて子どもたちのこころに向き合いたい,と気持ちを新たにしました. さらに著書の中での,「口腔ケアを保護者が子どもを愛しむ行為として始めることができれば,身体とこころとを愛情を持って養育される子どもの毎日の体験が,長じて自身や他者のこころと身体を大切にするこころの原点となる」という先生のお言葉は,とりわけ私のこころに響きました. 親の虐待,学校でのいじめや自殺の問題が大きくクローズアップされる現代,「歯科医療従事者が“21世紀のこころの時代”において,いかに重要な役割を担うべきか」ということについて,先生は一番強調されたかったのではないでしょうか.先生が主張されるように,私たちもヘルスプロモーション型予防歯科医院を目指し,継続的に子どもや家族と関わることができる有利な立場を利用して,「子どもを暖かく見守る地域の大人」として「健康観を共有できる地域社会創生(コミュニティー創り)を,生活者とともに積極的に推進する役割」が果たせるように努力したいと思います. 大人が変われば子どもが変わり,子どもが変われば未来が変わる 少子高齢社会を迎えた我が国において,高齢者や特に退職を迎える“団塊の世代”の方々に対して私たちは真剣に向き合い,“信頼される歯科医院”となれるよう研鑽しなければならないことは,言うまでもありません.ただし,このような時代であるからこそ,未来を担う子どものこころの「成育」を支援することは,私たち歯科医療従事者にとって最も重要な役割の1つであると言えます.さらに,子どもが変わるスタートはその保護者の世代からであり,その意味では結婚,出産の適齢期である“団塊のジュニア世代”に対して,本物の「子育ち」を演出するという役割もさらに重要であると思います. 今回,佐々木先生の論文および著書を拝読させていただいて,私たちの目指すべき目標と地域社会で果たすべき役割をより明確にすることができました.本当にありがとうございました.先生には今後とも,益々のご活躍を期待いたします. 参考文献 1)佐々木洋,田中英一,菅原準二 編著:口腔の成育をはかる(1〜3巻).医歯薬出版,東京,2004. 2)滝川雅之,野本知佐 編著:妊婦の歯科治療とカウンセリング.東京臨床出版,大阪,2004. |
![]() 関和忠信先生,嶋田 淳先生,鈴木善雄先生 さらにレベルの高い顎変形症のチームアプローチを歯科医療界に定着させよう!! (『日本歯科評論(Dental Review)』1月号に掲載された内容を転載したものです.) いとうたかとし 伊東 隆利 本欄のこれまでの書きぶりは,特集記事を中心に著者のお1人にエールを込めたお手紙を差しあげるという形であったが,12月号の特別企画「顎変形症への歯科的対応」については,私はまず,このような今日的課題をとりあげたヒョーロン編集部にエールを送りたい.そして関和忠信先生,嶋田 淳先生ら,鈴木善雄先生にその労をねぎらいたいと思い,お1人宛の手紙というより,特別企画全般への感想としてまとめさせていただいた. まず,学校歯科医として小学校・中学校へ歯科検診に出向くと,1クラスに1人や2人は顎変形症予備軍がいることに気付かされる.嶋田先生が大規模な疫学調査の文献を紹介しておられるが,食形態・食行動の変化により,顎変形症患者は今後とも増え続けることであろう.これまでの歯科界では,矯正治療は専門的な治療,ある程度特別な診療科の問題として認識されていたようであるので,増え続ける顎変形症患者が真っ先に対面するのは一般臨床医であることが多い.しかし,ここでしっかり受け止めないと,“顎変形症治療は歯科の範疇ではない”として,患者さんは美容外科や形成外科の門をたたくことになり,一般臨床医の責任は重い. 厚生労働省は1990年に,顎変形症患者が全国的に広く,かつ多くおり,それに基づく咀嚼障害・発達障害が精神心理的な影響を与えることから,この治療を国民医療の一翼として健康保険診療の中に導入した.この最大の理由は,得られる効果,すなわち治療結果は機能的回復が第一で,審美的効果も大きいとはいえ,美容を第一目的としているわけではないためである. 関和忠信先生には顎変形症治療のための術前術後矯正が保険導入された経緯について詳しく述べていただいており,一般臨床医の読者の皆様にも参考になったことと思われる.また,高額医療費控除制度が普及しているので,顎変形症患者の経済的負担は軽減されていることを付け加えておく. なお,小さなことであるが,顎変形症手術の適応年齢が男性17歳,女性18歳と記述されていたが,逆ではないかと思う.読者の誤解を招いてはいけないと思って,あえて言及した. 顎変形症手術に関しては,1960年代のObwegeser教授一門による手術術式の開発以来,現在までに多くの術式が発表されている.嶋田教室ではそのほとんどの術式を実施しておられ,SSRO,IVRO,LeFortI型骨切り術,歯槽部骨切り術,オトガイ形成術,正中離断術,インプラント矯正治療など,一般臨床医の読者には顎変形症手術が概観できたことと思われる.全国府県に医科大学が設立され,歯科口腔外科が設置された現在,日本ではどの地域でも顎変形症手術が可能となっている.このことがもっと広く認識されるべきであろう. 嶋田先生が「手術的治療」の終わりのほうで紹介されたインプラントを用いた矯正治療は,遠心移動や圧下について矯正の教科書が書き換えられるのではないかと思うほどの勢いで広まっている.顎外装置が不要なこと,治療期間の短縮,さらに骨切り手術の術式が単純化され,低侵襲の手術が実現することなど,そのメリットは大きい.また症例やシステムの種類によっては矯正歯科医でも手術が可能なこともあり,今後の発展が望まれる. 鈴木善雄先生には,矯正歯科医と口腔外科医の連携が必要であるとし,その方法の一部を自らの経験を通して紹介していただいた.全国的に矯正診療や外科矯正手術が可能になったとはいえ,まだまだ個人の手技・力量に依存している部分が多いと指摘されているが,(社)日本口腔外科学会,日本顎変形症学会では質の高い外科的矯正治療を目指して,ガイドライン作成や数々の学術プログラムを組んでレベルアップを図っている.近い将来,全国的に質の高い外科的矯正治療が提供されることを付け加えておく. 鈴木先生は,術後の咬合の安定,後戻り防止には下顎位の管理,咬合の管理が必須で,そのためにも矯正歯科医と口腔外科医が共通の診断基準,治療目標を理解し,共有できることが必要である,と強調しておられる.全国的にみると,矯正歯科医がどのように外科医系とチームを組むか,いろいろなパターンがあると思われるが,現在の日本の歯科医学教育のあり方や治療の形態からいくと,鈴木先生が言われるように“口腔外科医”とのチーム医療が望まれる. 鈴木先生の提案する機能的サージカルスプリントについては,私はまだ経験したことがないが,いつも臨床の中で困っている問題なのでぜひ導入したいと考えている.私は,ドラマチックに変化した咬合,咀嚼,顎運動,顔の表情の1つひとつにリハビリテーションを行い,新しい環境で学習をさせないといけないと思っている.単なるサージカルスプリントであれば,1つの物差しから出ることはできないが,先生の考案されたスプリントはリハビリテーションの上で貴重なツールとなるであろう.さらに,顎変形症に対する外科的手術法がほぼ出揃った現在,これからは,咀嚼,発音,表情の機能回復の筋訓練,フェイスニングなどリハビリテーション,術前・術後のコンピュータ診断なども開発されていくものと思われる. 一方,最近のトレンドとして,顎変形症手術の適用年齢が高くなったことがあげられる.年齢が高くなると,そこに歯周病の問題,顎関節の問題,補綴の問題,インプラントの問題などがからんできて,まさしく歯科医学全般を巻き込む包括医療の様相を呈することになり,歯科界に大きなニーズを産む. 私は,1975年のSSROの第1例を皮切りとして過去約30年間,地方都市にあって地域の矯正歯科医と協力しながら顎変形症手術に取り組んできた.最近は年間80〜90例の手術を担当させてもらっており,今回965例目のSSROを終わったところである.2003年より当院内には「顎顔面歯列矯正センター」がスタートし,矯正歯科医と口腔外科医の協同診療の環境が整った. 今後の課題として,全国各地で口腔外科医と矯正歯科医,一般臨床医が顎変形症患者を中心において,診断,矯正,手術,歯科治療がスムーズに行える環境づくりがあげられる.
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![]() 神奈川県歯会医療管理委員会の皆様へ 10年後を考える基礎資料として調査結果の活用を! (『日本歯科評論(Dental Review)』1月号に掲載された内容を転載したものです.) おかながさとる 岡永 覚 12月号の論文「神奈川県歯科医師会会員に対する“診療所の経営状況医療経済実態調査”の結果について(第2報)」は,神奈川県歯科医師会会員2割弱のアンケート調査で,会員の実態をほぼ反映しているものと考えてよいと思う.このような調査ができたのも,同委員会の熱心な活動によるものなのだろう.そこで,この貴重な調査結果をもとに,10年後の歯科医師像を分析できればと思い,筆を執った次第である. 経営環境の悪化 神奈川県歯科医師会会員に対する「診療所の経営状況医療経済実態調査」によると,10年前と比較して,患者の減少,レセプト枚数の減少,自費率の低下が続いているようである.神奈川県のレセプト1枚あたりの平均点数が減少傾向にあることを考えると,比較こそされていないが,年間収入もかなり落ち込んでいるものと思われる. このような状況の中で,歯科衛生士など従業員数が増え,人件費が増加している.その結果,租税特別措置法で認められた経費率を上回る診療所が増えている.以上のように,神奈川県歯科医師会会員が開設する診療所の経営環境は10年前と比べて悪化しているが,これは,歯科医業経営における不安項目として,「患者の減少」「収入の減少」を挙げる会員が飛び抜けて多いことからも頷ける. これからの10年 現在,同県歯会会員の平均年収は,保険診療報酬が3,500万円,その他に390万円弱(年収の10%)の自費診療報酬である.平均的な神奈川県歯科医師会会員は,暮らし向きを「普通」と感じ,歯科医師となって「良かった」と思っている反面,将来に対しては「患者数の減少」「収入の減少」「歯科医師の増加」などの点で不安を抱いている.筆者も同感である. 今後とも,「患者数の減少」「収入の減少」「歯科医師の増加」のどれもが止まりそうもない.う蝕罹患率の減少,人口の減少などにより,患者数の減少傾向が続く.それを,長引く消費不況による受診抑制,歯科医師の増加が追い討ちをかける.歯科大学の定員を大幅に削減しない限り,歯科医師は増加し続ける.患者数が減るので,収入も減少する.それを,歯科診療報酬の不合理なマイナス改定が追い討ちをかける.診療報酬のマイナス改定は,少子高齢化による医療・福祉財政の悪化,人件費抑制のために正規雇用を減らす企業経営による医療保険や年金の赤字が続く限り,改まることはないだろう. このように考えると,将来に対して危機感を持つのが普通である. 失われた10年間? このような状況下で,神奈川県歯科医師会会員は,何もせずに手をこまねいていた訳ではない.「患者との対話充実」「リコールシステムの導入」「コンサルテーション」などに力を入れ,歯科衛生士を雇用して予防歯科を充実させ,自費の増加,患者の囲い込みを図ってきたようだ. しかし,それで経営が改善できたのだろうか.63%の診療所で患者数が減少し,半数の診療所で自費率が10%以下である.結果を見れば,惨憺たるものではないか.もしも,外資系企業の社長ならば,経営責任を問われ,即刻クビとなる. 以上のことから,この失われた10年間を詳しく検証する必要があると思う.筆者は,「歯科医業経営において,今までのビジネス・モデルが通用しなくなっているのではないか」と考えている.しかし,経営安定化のための対応別の比較,歯科衛生士の有無による比較がなされていないので,あくまでも私見の域を出ないが…….神奈川県歯科医師会医療管理委員会の皆様には会員のためにも,それらを比較・検討し,10年後の平成27年に向けた指針を示していただきたいものである. 10年後を見据えた2つの選択肢 筆者は,この10年間,いったい何をしていただろうか.新たなニーズを掘り起こすことに躍起になっていた.神奈川県歯科医師会会員の10.2%が最新の機器や治療法を導入し,2.3%が最新歯科医療技術への対応に不安を感じているが,彼らも,筆者と同じように新たなニーズの掘り起こしを模索しているのだ. しかし,“リスクを負いたくない”と考える歯科医師もいる.最新の機器や治療法に飛びつかず,今まで通りの歯科医療サービスを提供し続ける歯科医師である.その場合,患者数の減少に合わせて従業員を減らし,診療所の経営規模を縮小させていく必要に迫られるようになるだろう.これは,過当競争下の衰退していくマーケットにしがみついている限り,避けて通れない道である. 岡永歯科の10年 参考までに,「10年の間に,岡永歯科がどのように変わったか」について少し話をする. 10年前の岡永歯科は,ごく普通の歯科診療所であった(ユニット3台,歯科助手3名).わずかだがメタボンや金属床などの自費もあった.レーザーこそあるものの,インプラントはやっていない. しかし,現在の岡永歯科は,かなり個性的な診療所に生まれ変わっている.将来のことを考え,「う蝕とその続発症に依存した経営からの脱却」「メタボンや金属床などがなくても経営できる体質への脱皮」を目指した.そして,提供する歯科医療サービスの内容を根底から見直した.現在,カイロプラクティックや心理療法を併用した歯科医療サービスを提供している.歯科治療室(ユニット3台)の他に,カイロ・物療室(ベッドとチェアー各1台)を併設し,スタッフも歯科衛生士2名,歯科助手2名,カイロプラクター1名を抱える大所帯となった.その結果,収入こそ増えなかったが,患者数の減少に歯止めがかかった.顎関節症,口腔乾燥症,舌痛症,歯科治療恐怖症などの患者が来るようになり,患者数が増えた.補綴治療の患者が減って減収になったが,委託技工料が減ったので減収増益になった.カイロプラクティックや心理療法など新たな自費が増え,自費率は15%前後を維持している.
せっかくのデータであるから,10年後を考える基礎資料として調査結果を活用していただきたいものである. |
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