![]() 関和忠信先生,嶋田 淳先生,鈴木善雄先生 さらにレベルの高い顎変形症のチームアプローチを歯科医療界に定着させよう!! (『日本歯科評論(Dental Review)』1月号に掲載された内容を転載したものです.) いとうたかとし 伊東 隆利 本欄のこれまでの書きぶりは,特集記事を中心に著者のお1人にエールを込めたお手紙を差しあげるという形であったが,12月号の特別企画「顎変形症への歯科的対応」については,私はまず,このような今日的課題をとりあげたヒョーロン編集部にエールを送りたい.そして関和忠信先生,嶋田 淳先生ら,鈴木善雄先生にその労をねぎらいたいと思い,お1人宛の手紙というより,特別企画全般への感想としてまとめさせていただいた. まず,学校歯科医として小学校・中学校へ歯科検診に出向くと,1クラスに1人や2人は顎変形症予備軍がいることに気付かされる.嶋田先生が大規模な疫学調査の文献を紹介しておられるが,食形態・食行動の変化により,顎変形症患者は今後とも増え続けることであろう.これまでの歯科界では,矯正治療は専門的な治療,ある程度特別な診療科の問題として認識されていたようであるので,増え続ける顎変形症患者が真っ先に対面するのは一般臨床医であることが多い.しかし,ここでしっかり受け止めないと,“顎変形症治療は歯科の範疇ではない”として,患者さんは美容外科や形成外科の門をたたくことになり,一般臨床医の責任は重い. 厚生労働省は1990年に,顎変形症患者が全国的に広く,かつ多くおり,それに基づく咀嚼障害・発達障害が精神心理的な影響を与えることから,この治療を国民医療の一翼として健康保険診療の中に導入した.この最大の理由は,得られる効果,すなわち治療結果は機能的回復が第一で,審美的効果も大きいとはいえ,美容を第一目的としているわけではないためである. 関和忠信先生には顎変形症治療のための術前術後矯正が保険導入された経緯について詳しく述べていただいており,一般臨床医の読者の皆様にも参考になったことと思われる.また,高額医療費控除制度が普及しているので,顎変形症患者の経済的負担は軽減されていることを付け加えておく. なお,小さなことであるが,顎変形症手術の適応年齢が男性17歳,女性18歳と記述されていたが,逆ではないかと思う.読者の誤解を招いてはいけないと思って,あえて言及した. 顎変形症手術に関しては,1960年代のObwegeser教授一門による手術術式の開発以来,現在までに多くの術式が発表されている.嶋田教室ではそのほとんどの術式を実施しておられ,SSRO,IVRO,LeFortI型骨切り術,歯槽部骨切り術,オトガイ形成術,正中離断術,インプラント矯正治療など,一般臨床医の読者には顎変形症手術が概観できたことと思われる.全国府県に医科大学が設立され,歯科口腔外科が設置された現在,日本ではどの地域でも顎変形症手術が可能となっている.このことがもっと広く認識されるべきであろう. 嶋田先生が「手術的治療」の終わりのほうで紹介されたインプラントを用いた矯正治療は,遠心移動や圧下について矯正の教科書が書き換えられるのではないかと思うほどの勢いで広まっている.顎外装置が不要なこと,治療期間の短縮,さらに骨切り手術の術式が単純化され,低侵襲の手術が実現することなど,そのメリットは大きい.また症例やシステムの種類によっては矯正歯科医でも手術が可能なこともあり,今後の発展が望まれる. 鈴木善雄先生には,矯正歯科医と口腔外科医の連携が必要であるとし,その方法の一部を自らの経験を通して紹介していただいた.全国的に矯正診療や外科矯正手術が可能になったとはいえ,まだまだ個人の手技・力量に依存している部分が多いと指摘されているが,(社)日本口腔外科学会,日本顎変形症学会では質の高い外科的矯正治療を目指して,ガイドライン作成や数々の学術プログラムを組んでレベルアップを図っている.近い将来,全国的に質の高い外科的矯正治療が提供されることを付け加えておく. 鈴木先生は,術後の咬合の安定,後戻り防止には下顎位の管理,咬合の管理が必須で,そのためにも矯正歯科医と口腔外科医が共通の診断基準,治療目標を理解し,共有できることが必要である,と強調しておられる.全国的にみると,矯正歯科医がどのように外科医系とチームを組むか,いろいろなパターンがあると思われるが,現在の日本の歯科医学教育のあり方や治療の形態からいくと,鈴木先生が言われるように“口腔外科医”とのチーム医療が望まれる. 鈴木先生の提案する機能的サージカルスプリントについては,私はまだ経験したことがないが,いつも臨床の中で困っている問題なのでぜひ導入したいと考えている.私は,ドラマチックに変化した咬合,咀嚼,顎運動,顔の表情の1つひとつにリハビリテーションを行い,新しい環境で学習をさせないといけないと思っている.単なるサージカルスプリントであれば,1つの物差しから出ることはできないが,先生の考案されたスプリントはリハビリテーションの上で貴重なツールとなるであろう.さらに,顎変形症に対する外科的手術法がほぼ出揃った現在,これからは,咀嚼,発音,表情の機能回復の筋訓練,フェイスニングなどリハビリテーション,術前・術後のコンピュータ診断なども開発されていくものと思われる. 一方,最近のトレンドとして,顎変形症手術の適用年齢が高くなったことがあげられる.年齢が高くなると,そこに歯周病の問題,顎関節の問題,補綴の問題,インプラントの問題などがからんできて,まさしく歯科医学全般を巻き込む包括医療の様相を呈することになり,歯科界に大きなニーズを産む. 私は,1975年のSSROの第1例を皮切りとして過去約30年間,地方都市にあって地域の矯正歯科医と協力しながら顎変形症手術に取り組んできた.最近は年間80〜90例の手術を担当させてもらっており,今回965例目のSSROを終わったところである.2003年より当院内には「顎顔面歯列矯正センター」がスタートし,矯正歯科医と口腔外科医の協同診療の環境が整った. 今後の課題として,全国各地で口腔外科医と矯正歯科医,一般臨床医が顎変形症患者を中心において,診断,矯正,手術,歯科治療がスムーズに行える環境づくりがあげられる.
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![]() 中村 孝先生 子育て支援の小児歯科をさらに展開してください! (『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.) おかもと まこと 岡本 誠 11月号の特集「実践!――乳歯列期への対応」は,日頃から子どもと直接関与する12名の著者による多角的な内容で,たいへん興味深いものであった.なかでも,中村・鏡・野坂3先生の論文は,タイトルこそ異なるものの,いずれも初期齲蝕への対応とその予防を中心に述べられており,現在の臨床に合致する秀作である. ここでは,誌面の都合上,「乳歯の齲蝕診断」と題する中村論文にエールを送らせていただきたい. カリエスリスクの把握こそ齲蝕の診断である 中村先生は,論文のトップに齲蝕のリスク要因を7つ挙げ,これらの把握こそが診断の根本であることを述べられている.すばらしい着想であり同感である.齲蝕罹患率の低下した現在では,目に見える齲蝕病変に惑わされることなく,何カ月か後の齲蝕を考慮して子どもたちと接していくことが要求されている.リスク要因を齲蝕の原因と置き換えるならば,要因を精査して,より楽に原因を取り除く指導や予防をすることは,まさに齲蝕の診断であり,原因療法とすらいえる. さらに先生は,これらの要因が「どのように変化していくかを観察していくことが望ましい」とも述べられている.実は,これこそが長期間の定期健診による予防(原因療法)の中身となるべきもので,齲蝕治療の真髄を語っている.すなわち,食生活も,齲蝕原因菌の酸産生能も,齲蝕の罹患しやすい部位も,そして子どもたちの生活も変化していくなかで,定期健診ではその時々のリスクを診断し,最も効果的な予防を提供すべきである.健診ごとに,不必要に頑張らせて歯ブラシとフッ素塗布を繰り返しているのは時代遅れではないか,と思われる. 臨床的エビデンスに基づく予防の実践を 次いで,唾液緩衝能に関する実験データが示されているが,これは「臨床的エビデンス」で,重要な試行といえる.子どもたちのためにも,さらに症例を増やし,実際の齲蝕の発現結果まで含めて続きをぜひ発表してほしい.このように,いろいろなポイントを長期間の定期健診の記録に基づいて集計すれば,臨床的エビデンスとなり,どの子の,どんな時に,どのような予防処置を行うべきかが明白になる.例えば,フッ素を何回も塗布した患児と,しなかった患児を比較すれば,フッ素塗布の効果がどの程度かが明らかになる.例えば私の医院では,集計結果に基づき齲蝕リスクの高い場合にのみフッ素塗布を行っているが,それで十分効果を上げている. 先生が6番目に述べられている「齲蝕の罹患状態」は,カリエスリスクを考える上で重要であり,臨床医として保護者に説得しやすい項目でもある.しかし,単にdf歯数でリスクを把握するだけではもったいない.齲蝕罹患率の低下した現在では,どこに,どのような齲蝕が,いつ発生したかを検討すると,多くのことが見えてくる. 例えば,3歳児で第一乳臼歯にのみ齲蝕が発生していた初診児と,第二乳臼歯にのみ発生している場合では,当然原因の加わった年齢が違う.どちらのケースでも2歳まではよい生活だったことが窺えるし,現在,前者には原因が加わっていない.したがって私の医院では,まず2歳までの生活を褒めることから始めて,現在の問題点に言及する.すなわち,齲蝕の発生部位が上顎のみであれば,砂糖を含む飲み物による原因を疑い,下顎のみであれば,裂溝に停滞しやすい食べ物がある時期に加わったと診断する.その上で“前歯部は今後むし歯にならず,なるとすればここだ”と教えて,その部位から容易に原因を除く方法を指導している.このように患児の観察と長期管理の集計をこまめに行えば,より的確で簡単な予防が可能となるであろう1). 診断に探針やバイトウイングは当然 また中村先生は,主訴を掴みにくい小児の診断の困難さを指摘すると共に,探針等の適正な使用の必要性を強調されているが,このことは当然といえる.一般に,探針の誤使用による害が強調されているが,学校検診などの一般的・公的検診では使用しない場合も考えられる.例えば,結核の減少した現在では,一般検診の場合は全員のレントゲンは撮らない.しかし,本人が来院して受診する検診では希望により,あるいは必要に応じてレントゲン撮影を行うことは診断上,重要な検査である.同じく歯科医院では,治療を前提に精密検査が要求されており,必要な探針やX-rayの使用を躊躇する理由はない.その必要性を理解できるほどの深い人間関係を保護者と築いて治療を行うことと,もし不安を感じたら「探針で傷つけるなんて,よっぽど下手な先生ですね」と説明すればいいだろう. また,口腔内検診を正確に行うためには,前もってブラッシングをした上で来院してもらったり,しっかり患児と遊び,会話のできる友達になってからチェアーに誘導するとよい.病的変化の小さな始まり(きっかけ)を見つけて予防指導を行う3歳未満児や“怖がり屋さん”の初診時には,ご両親の膝の上で検診するのも有効であろう. 子育て支援の小児歯科の展開を! 中村先生は冒頭で,1968年に発表されたカイスらによる3因子を齲蝕の基本に取り上げた.基本としては間違いないが,それからすでに40年が過ぎ,例えばサブストレートはほぼ砂糖である,といわれている.あるいは,マイクロフローラはミュータンスを中心とする混合感染であろう.このように多くのことが確定し,さらに齲蝕洪水期を過ぎた現在では,より多くの予防手段をすべての患児に要求するのは古い予防法といえる.今は,より少ない努力で,より完璧な予防を,リスク診断の方法で1人1人に提供すべきである. “これさえ守れば,後は自由に育児しても大丈夫”と指導できれば,保護者は大助かりである.“小児歯科を受診したために育児が楽になりました”と保護者からいわれるような,子育て支援の小児歯科をぜひ展開していただきたい. 文 献 1)岡本 誠:長期間の小児歯科.砂書房,東京,2006. |