![]() 中村 孝先生 子育て支援の小児歯科をさらに展開してください! (『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.) おかもと まこと 岡本 誠 11月号の特集「実践!――乳歯列期への対応」は,日頃から子どもと直接関与する12名の著者による多角的な内容で,たいへん興味深いものであった.なかでも,中村・鏡・野坂3先生の論文は,タイトルこそ異なるものの,いずれも初期齲蝕への対応とその予防を中心に述べられており,現在の臨床に合致する秀作である. ここでは,誌面の都合上,「乳歯の齲蝕診断」と題する中村論文にエールを送らせていただきたい. カリエスリスクの把握こそ齲蝕の診断である 中村先生は,論文のトップに齲蝕のリスク要因を7つ挙げ,これらの把握こそが診断の根本であることを述べられている.すばらしい着想であり同感である.齲蝕罹患率の低下した現在では,目に見える齲蝕病変に惑わされることなく,何カ月か後の齲蝕を考慮して子どもたちと接していくことが要求されている.リスク要因を齲蝕の原因と置き換えるならば,要因を精査して,より楽に原因を取り除く指導や予防をすることは,まさに齲蝕の診断であり,原因療法とすらいえる. さらに先生は,これらの要因が「どのように変化していくかを観察していくことが望ましい」とも述べられている.実は,これこそが長期間の定期健診による予防(原因療法)の中身となるべきもので,齲蝕治療の真髄を語っている.すなわち,食生活も,齲蝕原因菌の酸産生能も,齲蝕の罹患しやすい部位も,そして子どもたちの生活も変化していくなかで,定期健診ではその時々のリスクを診断し,最も効果的な予防を提供すべきである.健診ごとに,不必要に頑張らせて歯ブラシとフッ素塗布を繰り返しているのは時代遅れではないか,と思われる. 臨床的エビデンスに基づく予防の実践を 次いで,唾液緩衝能に関する実験データが示されているが,これは「臨床的エビデンス」で,重要な試行といえる.子どもたちのためにも,さらに症例を増やし,実際の齲蝕の発現結果まで含めて続きをぜひ発表してほしい.このように,いろいろなポイントを長期間の定期健診の記録に基づいて集計すれば,臨床的エビデンスとなり,どの子の,どんな時に,どのような予防処置を行うべきかが明白になる.例えば,フッ素を何回も塗布した患児と,しなかった患児を比較すれば,フッ素塗布の効果がどの程度かが明らかになる.例えば私の医院では,集計結果に基づき齲蝕リスクの高い場合にのみフッ素塗布を行っているが,それで十分効果を上げている. 先生が6番目に述べられている「齲蝕の罹患状態」は,カリエスリスクを考える上で重要であり,臨床医として保護者に説得しやすい項目でもある.しかし,単にdf歯数でリスクを把握するだけではもったいない.齲蝕罹患率の低下した現在では,どこに,どのような齲蝕が,いつ発生したかを検討すると,多くのことが見えてくる. 例えば,3歳児で第一乳臼歯にのみ齲蝕が発生していた初診児と,第二乳臼歯にのみ発生している場合では,当然原因の加わった年齢が違う.どちらのケースでも2歳まではよい生活だったことが窺えるし,現在,前者には原因が加わっていない.したがって私の医院では,まず2歳までの生活を褒めることから始めて,現在の問題点に言及する.すなわち,齲蝕の発生部位が上顎のみであれば,砂糖を含む飲み物による原因を疑い,下顎のみであれば,裂溝に停滞しやすい食べ物がある時期に加わったと診断する.その上で“前歯部は今後むし歯にならず,なるとすればここだ”と教えて,その部位から容易に原因を除く方法を指導している.このように患児の観察と長期管理の集計をこまめに行えば,より的確で簡単な予防が可能となるであろう1). 診断に探針やバイトウイングは当然 また中村先生は,主訴を掴みにくい小児の診断の困難さを指摘すると共に,探針等の適正な使用の必要性を強調されているが,このことは当然といえる.一般に,探針の誤使用による害が強調されているが,学校検診などの一般的・公的検診では使用しない場合も考えられる.例えば,結核の減少した現在では,一般検診の場合は全員のレントゲンは撮らない.しかし,本人が来院して受診する検診では希望により,あるいは必要に応じてレントゲン撮影を行うことは診断上,重要な検査である.同じく歯科医院では,治療を前提に精密検査が要求されており,必要な探針やX-rayの使用を躊躇する理由はない.その必要性を理解できるほどの深い人間関係を保護者と築いて治療を行うことと,もし不安を感じたら「探針で傷つけるなんて,よっぽど下手な先生ですね」と説明すればいいだろう. また,口腔内検診を正確に行うためには,前もってブラッシングをした上で来院してもらったり,しっかり患児と遊び,会話のできる友達になってからチェアーに誘導するとよい.病的変化の小さな始まり(きっかけ)を見つけて予防指導を行う3歳未満児や“怖がり屋さん”の初診時には,ご両親の膝の上で検診するのも有効であろう. 子育て支援の小児歯科の展開を! 中村先生は冒頭で,1968年に発表されたカイスらによる3因子を齲蝕の基本に取り上げた.基本としては間違いないが,それからすでに40年が過ぎ,例えばサブストレートはほぼ砂糖である,といわれている.あるいは,マイクロフローラはミュータンスを中心とする混合感染であろう.このように多くのことが確定し,さらに齲蝕洪水期を過ぎた現在では,より多くの予防手段をすべての患児に要求するのは古い予防法といえる.今は,より少ない努力で,より完璧な予防を,リスク診断の方法で1人1人に提供すべきである. “これさえ守れば,後は自由に育児しても大丈夫”と指導できれば,保護者は大助かりである.“小児歯科を受診したために育児が楽になりました”と保護者からいわれるような,子育て支援の小児歯科をぜひ展開していただきたい. 文 献 1)岡本 誠:長期間の小児歯科.砂書房,東京,2006. |
![]() 平井 順先生 歯内療法のレベルアップに力をお貸しください (『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.) すが やすお 須賀 康夫 10月号の特集「最近の感染根管治療―臨床に必須の知識と技術」では,歯内療法の変遷やトピックスをまとめた「感染根管治療の位置づけ」(高橋慶壮先生),独自の歯内療法テクニックを紹介した「感染根管の拡大形成と根管充.」(平井順先生),平井先生の術式を中心に臨床例を示した「感染根管治療の難症例への対応」(小原俊彦先生ら6名),そして新しい材料である「接着性根管充填」(市村賢二先生ら4名)という4つのテーマに分けて特集が組まれていました.いずれも素晴らしい論文で,私もたいへん興味深く読ませていただきました. この4つの論文すべてにお手紙を書くことは誌面の都合もありますので,今回は迷ったあげく「感染根管の拡大形成と根管充填」を執筆された平井先生にお手紙を書くことにしました. 先人の臨床テクニックからの発展 平井先生は,歯内療法を大谷歯内療法研究会で勉強された関係で,あの有名なSchilder先生をはじめ,大津晴弘先生,大谷満先生の影響を強く受けてこられたと思います. これらの先生方はガッタパーチャを加熱して垂直に加圧する,いわゆる「ウォームガッタパーチャ」を用いた垂直加圧根管充填法を推奨されていました.平井先生は,この先人のテクニックを踏襲し,より発展させるために日夜研究に没頭されていたと聞いています.初めの頃は,大谷満先生のプラガーを「焼き鈍」して使用されるなど,創意工夫をされていたようです. 今回の論文内容は,平井先生独自の根管形成法と根管充填法に分けられています.いずれも平井先生が考案されたインスツルメント類(根管拡大形成用の10種類のJHエンドバーと13本のインスツルメント,そして根管充填用として11本のインスツルメント)について細かく紹介されていますが,なかなかシステマチックで,使用しやすいように思われます.実際にこのシステムを使用している知人にその使用感を尋ねてみたところ,「なかなかのものだ」という答えが返ってきました.また,平井先生が考案されたガッタパーチャは,従来のものより低温で可塑性が得られるため,かなり扱いやすいとの評判でした.ここで満足することなく,さらに発展させていただきたいものです. わが国における歯内療法をとりまく問題 さて,歯内療法は学問的にも臨床的にもほぼ確立されているように思われがちですが,実際にはまだ様々な方法がある,というのが現状です.根管の形態には弯曲しているものや扁平となっているもの,そして石灰化しているものなどが多くあり,歯内療法処置には時間と高度なテクニックが必要となります.そのような中,多くの先生方は自分なりに工夫された術式で,毎日の臨床に従事されていることでしょう.平井先生の術式も,根管拡大形成,根管充填ともに素晴らしい内容ですが,それでも治療時間は相当かかってしまうと思います.そのあたりの問題を,どう解決されていますか? わが国では,昔から直接目にとまるもの(形のあるもの)に対しては価値を認める(報酬を払う)が,直接見ることのできないもの(形のないもの)に対しては報酬を払いたくない,という国民性があるように思います.このようなことから,私たちが診療を行っている歯科領域でも,形のある補綴や充填に関しては患者さんの理解が比較的得られやすいものの,逆に歯内療法処置などに対しては理解があまり得られていないように感じられます.しかしながら,私たちが毎日行っている歯科臨床の中で,歯内療法処置は決して避けて通ることのできない,最も基本的な処置であることは,歯科医師ならば誰もが認めるところです. いうまでもないことですが,わが国は国民皆保険制度をとっています.歯内療法処置に対する報酬(保険点数)を,誰が,どこで,どのように決めているのかはわかりませんが,“処置内容に対する報酬がとにかく低過ぎる”という感想は私だけでなく,歯科医師であれば誰もが持っているに違いありません.特に米国と比較すると,わが国の報酬は1/6〜1/8です.これは,大きな問題だと思います. このような制度の下で,平井先生の理想的な歯内療法処置をすべての患歯(患者)に施せば,歯科医院の経営は成り立たなくなるでしょう.このような状態が続く限り,日本国内では歯内療法専門医の出現や歯内療法専門歯科医院の経営は不可能と思われますが,平井先生はどう思われますか? 歯内療法の未来は 最近では,国立大学歯学部で歯内療法学の講座を保有している大学は,残念なことに東京医科歯科大学歯学部のみとなってしまいました.他の国立大学歯学部では,充填や歯周治療と講座が一緒になっています.何とも淋しい限りです.ここでも,歯内療法が軽視されていることがわかります. 以前から,「エンドを一所懸命すればするほど,逆ザヤになる」といわれていますが,適正な報酬が認められない医療は衰退する方向に行くはずです.このようなことから,歯内療法処置の今後が危惧されます. また,日常診療における歯内療法処置の大半が,再治療を必要とする症例であるのが現状です.その原因はどこにあるのでしょうか.歯内療法処置に対する報酬が低いからこのような症例が多くなっているのか,それとも,逆に雑な処置が多いから報酬が低く設定されているのか…….これは,「卵が先か,ニワトリが先か」の議論と同じになってしまい,結論が出ません. このような状況を知っているかどうかはわかりませんが,真面目に大学で勉強している歯科大学生(後に続く歯科医師)のためにも,われわれが今,頑張って何とかしなければならないと思います. 平井先生のバイタリティーで,今後も,わが国の歯内療法のレベルアップに力をお貸しください.
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