著者への手紙


平井 順先生
歯内療法のレベルアップに力をお貸しください
(『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.)

すが やすお
須賀 康夫

 10月号の特集「最近の感染根管治療―臨床に必須の知識と技術」では,歯内療法の変遷やトピックスをまとめた「感染根管治療の位置づけ」(高橋慶壮先生),独自の歯内療法テクニックを紹介した「感染根管の拡大形成と根管充.」(平井順先生),平井先生の術式を中心に臨床例を示した「感染根管治療の難症例への対応」(小原俊彦先生ら6名),そして新しい材料である「接着性根管充填」(市村賢二先生ら4名)という4つのテーマに分けて特集が組まれていました.いずれも素晴らしい論文で,私もたいへん興味深く読ませていただきました.
 この4つの論文すべてにお手紙を書くことは誌面の都合もありますので,今回は迷ったあげく「感染根管の拡大形成と根管充填」を執筆された平井先生にお手紙を書くことにしました.

先人の臨床テクニックからの発展
 平井先生は,歯内療法を大谷歯内療法研究会で勉強された関係で,あの有名なSchilder先生をはじめ,大津晴弘先生,大谷満先生の影響を強く受けてこられたと思います.
 これらの先生方はガッタパーチャを加熱して垂直に加圧する,いわゆる「ウォームガッタパーチャ」を用いた垂直加圧根管充填法を推奨されていました.平井先生は,この先人のテクニックを踏襲し,より発展させるために日夜研究に没頭されていたと聞いています.初めの頃は,大谷満先生のプラガーを「焼き鈍」して使用されるなど,創意工夫をされていたようです.
 今回の論文内容は,平井先生独自の根管形成法と根管充填法に分けられています.いずれも平井先生が考案されたインスツルメント類(根管拡大形成用の10種類のJHエンドバーと13本のインスツルメント,そして根管充填用として11本のインスツルメント)について細かく紹介されていますが,なかなかシステマチックで,使用しやすいように思われます.実際にこのシステムを使用している知人にその使用感を尋ねてみたところ,「なかなかのものだ」という答えが返ってきました.また,平井先生が考案されたガッタパーチャは,従来のものより低温で可塑性が得られるため,かなり扱いやすいとの評判でした.ここで満足することなく,さらに発展させていただきたいものです.

わが国における歯内療法をとりまく問題
 さて,歯内療法は学問的にも臨床的にもほぼ確立されているように思われがちですが,実際にはまだ様々な方法がある,というのが現状です.根管の形態には弯曲しているものや扁平となっているもの,そして石灰化しているものなどが多くあり,歯内療法処置には時間と高度なテクニックが必要となります.そのような中,多くの先生方は自分なりに工夫された術式で,毎日の臨床に従事されていることでしょう.平井先生の術式も,根管拡大形成,根管充填ともに素晴らしい内容ですが,それでも治療時間は相当かかってしまうと思います.そのあたりの問題を,どう解決されていますか?
 わが国では,昔から直接目にとまるもの(形のあるもの)に対しては価値を認める(報酬を払う)が,直接見ることのできないもの(形のないもの)に対しては報酬を払いたくない,という国民性があるように思います.このようなことから,私たちが診療を行っている歯科領域でも,形のある補綴や充填に関しては患者さんの理解が比較的得られやすいものの,逆に歯内療法処置などに対しては理解があまり得られていないように感じられます.しかしながら,私たちが毎日行っている歯科臨床の中で,歯内療法処置は決して避けて通ることのできない,最も基本的な処置であることは,歯科医師ならば誰もが認めるところです.
 いうまでもないことですが,わが国は国民皆保険制度をとっています.歯内療法処置に対する報酬(保険点数)を,誰が,どこで,どのように決めているのかはわかりませんが,“処置内容に対する報酬がとにかく低過ぎる”という感想は私だけでなく,歯科医師であれば誰もが持っているに違いありません.特に米国と比較すると,わが国の報酬は1/6〜1/8です.これは,大きな問題だと思います.
 このような制度の下で,平井先生の理想的な歯内療法処置をすべての患歯(患者)に施せば,歯科医院の経営は成り立たなくなるでしょう.このような状態が続く限り,日本国内では歯内療法専門医の出現や歯内療法専門歯科医院の経営は不可能と思われますが,平井先生はどう思われますか?

歯内療法の未来は
 最近では,国立大学歯学部で歯内療法学の講座を保有している大学は,残念なことに東京医科歯科大学歯学部のみとなってしまいました.他の国立大学歯学部では,充填や歯周治療と講座が一緒になっています.何とも淋しい限りです.ここでも,歯内療法が軽視されていることがわかります.
 以前から,「エンドを一所懸命すればするほど,逆ザヤになる」といわれていますが,適正な報酬が認められない医療は衰退する方向に行くはずです.このようなことから,歯内療法処置の今後が危惧されます.
 また,日常診療における歯内療法処置の大半が,再治療を必要とする症例であるのが現状です.その原因はどこにあるのでしょうか.歯内療法処置に対する報酬が低いからこのような症例が多くなっているのか,それとも,逆に雑な処置が多いから報酬が低く設定されているのか…….これは,「卵が先か,ニワトリが先か」の議論と同じになってしまい,結論が出ません.
 このような状況を知っているかどうかはわかりませんが,真面目に大学で勉強している歯科大学生(後に続く歯科医師)のためにも,われわれが今,頑張って何とかしなければならないと思います.
 平井先生のバイタリティーで,今後も,わが国の歯内療法のレベルアップに力をお貸しください.




著者への手紙


山本達郎先生
常に批判的であることの大切さを痛感しました
(『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.)

みや ざき まさ し
宮崎真至

視点を変えることの大切さ
 9月号の特集は「ホワイトニングを応用した,通院したくなる歯科医院づくり」という,開業医にとって極めて魅力的なものでした.掲載された論文のどれもが,それぞれ視点を変えてホワイトニングを掘り下げており,白い歯を求める患者ニーズの拡大に伴って,歯科医師としてこれから持つべきホワイトニング処置に対する考え方や診療への導入法を,さらに明瞭にするために役立つはずと考えます.
 審美歯科に対する誤ったイメージを持つ歯科医師にとっては,ホワイトニングという治療行為は知る必要もない術式なのかもしれません.しかし,歯質を削除することなく白い歯を得ることは口腔の健康を“より向上させよう”という患者サイドの意識の向上にもつながり,前向きな人生を送ることにも貢献することが明らかになっています.医療人として患者の望む治療をするためには,自分の日常の診療を振り返ることによって,現状に満足することなく進歩し続ける必要があると思います.そのためにも常に批判的な精神を持ちながら,自分が行っている処置の正当性を吟味する態度が重要なわけです.
 そのような観点から,「ホワイトニングは,本当に簡単な治療法だったのか」あるいは「ホワイトニングを新しい視点から見つめる」ことの重要性を投げかけた山本先生の論文を,興味深く拝読させていただきました.

ホワイトニング術式の選択
 現在,臨床で行われているホワイトニング法には,歯科医院で行われるオフィスホワイトニング,カスタムトレーを用いるホームホワイトニングおよび併用法であるデュアルホワイトニングがあります.米国では,医師の処方なしに入手可能なOTC製品も販売されており,かなりの市場規模を有していると聞いています.もし私が「これらのいずれの手法を用いるか」と問われた場合,大学病院での診療ということもあり,使用するホワイトニング剤は厚生労働省から認可を受けたもののみですから,自ずと限定されます.したがって,私のホワイトニング臨床のほとんどは,10%過酸化尿素を主剤としたホワイトニング剤を用いたホームホワイトニングになります.
 時々,ホワイトニングに用いている薬剤の濃度を尋ねられることがあり,10%の過酸化尿素と説明すると,「それで白くなりますか」という驚きに似た反応をされる方がいます.たしかに,米国では高濃度で短時間のホームホワイトニング処置が行われることが多くなってきているようで,ホワイトニング剤の主役は過酸化尿素15〜20%濃度の製品にシフトしているようです.こう考えると,日本の大学病院で行われているホワイトニング処置は前時代の方法,といえるのかもしれません.ホワイトニングの即効性は患者も望むことであり,これは施術する歯科医師にとっても歓迎されることです.しかし,高濃度の薬剤を用いたホワイトニングは,処置に伴う知覚過敏を惹き起こします.私個人の意見としては,従来から使用されている10%過酸化尿素という薬剤で2〜4週間を目途にホワイトニングを行うことが,総合的には好ましいと考えています.
 また,日本での未承認製品を,いかに歯科医師個人の責任の下とはいえ,積極的に口腔内に適用することには少々疑問も持っています.この状況がしばらく続くのであるならば,海外製品を入手するルートを持つもののみが患者にとって魅力的なホワイトニングを提供できることになります.もちろん,ホワイトニングの情報収集に対するモチベーションが低い,あるいは全くない場合は論外ですが,時間と労力をかけて承認を受けた国内メーカーの企業努力を蔑ろにするものでもあり,そのような観点からは,歯科医療に関わる全体の問題として総合的に話し合われるべきではないかと考えています.

カスタムトレーデザイン
 ホームホワイトニングでは,カスタムトレーなくしてホワイトニングという処置は不可能であり,カスタムトレーはホワイトニング効果に影響を及ぼす重要な因子となります.しかし,山本先生が書かれているように,そのデザインコンセプトはまちまちで,「指導的立場にありながら統一性がなく,一般臨床医にとっては非常に困惑する」というのが現状です.
 カスタムトレーの素材には,エチレンと酢酸ビニルを共重合した熱可塑性樹脂であるエチレン酢酸ビニル共重合体(EVA)が用いられています.この酢酸ビニルの含有量で素材の性質を変更しており,これが多くなるほど柔軟性を示すようになります.ホワイトニングキットで供給されているEVAシートは,どのメーカーのものを用いてもそれほど差はないように見えますが,それこそ微妙な違いがあるようです.カスタムトレー製作時の加温による軟化を容易にするためには酢酸ビニルを多く添加する必要がありますが,その程度によっては出来上がったカスタムトレーの形態保持能力あるいは剛性が損なわれてしまいます.
 たしかに,薄くて軟らかいカスタムトレーは軟組織の歯肉にも密着しやすく,ノンスキャロップタイプのカスタムトレーに適しています.一方,比較的硬めのカスタムトレーで軟組織を覆うと,機械的刺激によって歯肉に炎症症状をもたらす危険性がありますが,スキャロップタイプにした場合でも変形の危険性は減少します.したがって,トレーデザインを考えるにあたっても,使用するEVAシートの素材との関連性を含めて何らかの検討が必要ではないでしょうか.

安全で確実なホワイトニングを行うために
 安全で確実なホワイトニングを行うことは,歯科医師であれば誰もが望むことです.そのためにも,現在行われている処置法を細部にわたって客観的に検証し,問題点があればそれを是正するという,基本に立ち返ることの必要性が再確認できました.
 最後になりますが,私からの簡単な提案があります.ホワイトニングという処置は,これを受ける患者の立場を十分に理解することから始めるものであることには異論はないと思いますが,これをさらに進めて“患者の個性を重視した”ホワイトニング処置(「Narrative Based Whitening」と表現しようと思いますが)についてディスカッションさせていただく機会を頂戴できないでしょうか.今後とも,臨床医としてのお立場から,あらゆる歯科治療に関するご意見を拝聴できれば……と思っております.