著者への手紙


佐藤雅志先生
さらにレベルの高い要求がなされる
病院歯科を盛り立てましょう!
(『日本歯科評論(Dental Review)』9月号に掲載された内容を転載したものです.)

かとうたけひこ
加藤武彦

8月号の特集論文「病院歯科における義歯調整の意義―全身疾患との関連の中で義歯の役割を考える」を,興味深く読ませていただきました.

 NSTと歯科との関わり
 まずは,「はじめに」の項でNST(Nutrition Support Team)の重要性についてお書きになっておられます.今日的ニーズに対する的確なる把握,慧眼に対して敬意を表します.
 これまでの病院歯科は主に口腔外科の先生方の活躍の場でしたが,時代は変わり,病院歯科に求められる内容も変わってきたように思います.入院患者の栄養を十分確保することにより,免疫機構の回復を助け,早期退院が可能になる……,このことが今,全国の病院でブームとなっていると聞きます.そして,NSTの一員として歯科に求められることは,食べる口をつくる“口腔ケア”と院内往診における“早期の咀嚼機能の回復”(改造義歯で“食べられる”ことの回復)です.
 しかし,NSTの主目的は入院期間の短縮に焦点が向けられており,印象採得,咬合採得,セットなど旧来の補綴学的発想を持ち出していたのでは,チームの要求に十分には応えられないことになるのです.そこでは,即日で義歯を改造し,食べるところを診るというテクニックが必要ですし,同時に,顎位が咀嚼機能の回復とともに変化していく,という考えがなければなりません.つまり,障害を持った高齢者には,“顎位をリハビリテーションする”という考えも必要になってくるわけです.

 総義歯も外せ
 「義歯の誤飲」の項で,“小型の義歯や外れやすい義歯,口腔・咽頭に麻痺がある症例では総義歯でさえも誤飲するおそれがある”と述べられております.私は長年,在宅往診を手がけてきましたが,急性期の病院で総義歯を外され,ティッシュにくるんだ状態のまま,管理者の責任のなさにより,いつの間にか紛失してしまうなど,脳血管障害患者において総義歯が“邪魔者扱い”されている現場を多く見てきました.先生のおっしゃられるように,いわゆる覚醒のない人に関しては,一本義歯などの小型義歯を外すことには賛成ですが,文中に述べられておられるような“総義歯を誤飲した”という事例には未だに遭遇しておりません.
 私は2000年に脳梗塞を患いました.その時の治療としては,ワーファリンの点滴などによる血栓予防と血流を良好にする程度でした.当時,自分なりに注意がけたことは,咀嚼による脳血流量の変化の研究を思い出し,四六時中,空噛みをして脳への刺激を与えよう,ということでした.このような観点から現在,私は東京のK病院で,“どのような条件が整えば総義歯を入れてもらえるか”ということをICUの医師,看護師長と話し合いながら,実践を通して研究中です.その結果,覚醒している患者さんならば,「吸引くるリーナブラシ」(オーラルケア)で徹底的な口腔ケアを行った上で,早い時期から総義歯を入れられることがわかってきました.さらに,小さく砕いた氷を噛ませ,脳に刺激を与えるようなことも行っております.まだ試行錯誤の段階ですが,急性期に義歯を外されたことにより,いわゆる咀嚼機能の廃用を来すのではないかと考え,新しいチャレンジをしているところです.

 義歯難症例
 「義歯難症例」という言葉から想像するものは,下顎が顎堤吸収をしてフラット状になり,そして上顎は,下顎に比べ解剖学的歯槽頂のアーチが狭く,前歯部がフラビーという条件かと思います.しかし,これは90歳の高齢者になれば多く見られる症例で,このような患者さんにインプラントをチョイスできるケースは千分の一程度ではないでしょうか.ましてインプラント埋入後,脳卒中などで口腔ケアができなくなれば,他の問題も多々誘発しそうです.そのため私は,高齢者に対するインプラント治療はよほど慎重に行う必要がある,と考えます.
 それを解決するためには,いわゆる義歯難症例に対応し“噛める義歯”ができる技術を習得しなければなりません.失われた骨を義歯床で補い,人工歯は天然歯の元あった位置で排列し,辺縁封鎖を求めたデンチャースペースに義歯を作る…….そう考えると,超高齢社会に対応できる総義歯は,もはや歯槽頂間線法則だけでは解決がつかないのではないかと思います.

 ま と め
 一般に病院歯科は,外傷,顎関節症,難抜歯など外科手術を伴うものが中心であったために,口腔外科医の活躍の場となっていました.しかし現在,病院歯科に対するニーズに変化が起きています.その一つが,本論文に書かれております“NSTでの活動”ではないでしょうか.その実践のためには,補綴を理解し,リハビリテーションの学問を修めた歯科医師が求められております.特に,リハビリテーション関係の病院では,この傾向が顕著に表れ,私も人選の依頼を多く受けているところです.
 それはなぜかというと,脳血管障害等に伴って咀嚼・嚥下機能に障害を持っておられる方への食支援が歯科界に求められているからなのです.そうした時に,歯科医師としてしなければならないことは,浮き上がらない,落ちない,しっかりとした義歯を装着させて,廃用性機能障害に陥っている口唇や舌などのリハビリをきめ細かく行い,作った義歯が装具として機能するかどうかを確認し,患者さんの口腔機能に合った食形態までも選んで差し上げることなのです.
 このように,今日では口からの栄養確保の道を確実につくってくれる歯科医師が強く求められているのではないでしょうか.病院歯科に対する要求は,さらにレベルの高いものになっていくと思いますが,先生には今後とも,ますますのご活躍を期待いたします.



著者への手紙


下川公一先生 歯科臨床医のさらなる啓発を
(『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.)

かとうもとひこ
加藤元彦

 7月号の「論点」を拝読しました.その中で,いわゆる顎関節症の患者さんが医科の診療と与薬で5年間も苦しんだあげく,下川先生の的確な診断と治療で救われたことに“複雑な思い”とともに共感を覚えました.以下,私の“複雑な思い”を述べます.
 誌面に限りがあるので,「論点」の小見出し“効果のない医療による無駄遣い”についてのみ,小生の“複雑な思い”を述べます.

顎・口腔機能の本質が知られていなすぎる
 小生は本誌,昨年の5月号に顎・口腔運動器の健康なくして腰運動器の健康は守れない,という論旨の雑文を載せたこともあり,先生の論点を拝読し,歯科と医科の医療情報の交流の欠如を改めて実感した次第です.5年の歳月と250万円以上の医療費を消費して,しかもなお,病苦から逃れられない43歳の女性を顎・口腔機能不全と適切に診断・治療し病苦から解放したにもかかわらず,その報酬が,本来は医科でのそれ以上のものであってしかるべきであるのに,なんと医科の医療費の十分の一ほどであることに,当事者ではない小生も“頭にきた”次第です.
 ほんの一部の医師を除いて,医師は概して自分の専門領域と関連分野の臨床・研修で忙しく,歯科については,いまだに「歯」を治療したり入れ歯を入れる職業―程度の理解度しか持ち合わせてはいないようです.これは,親戚の中堅医師にそれとなく聞いてみてもわかります.ずいぶん昔の話になりますが,顎関節症の患者さんの治療で悩んでいる身内の整形外科医に“アゴの体操”を教えたら,与薬が不必要になり治ってしまって喜ばれた,という手紙を地方の一歯科臨床医から頂いたこともあるくらいです.
 顎・口腔の機能や構造の疾患が原因で心身の病的症状が発症することに医科が無理解であることを嘆くよりは,私たち歯科臨床医が直接“顎・口腔運動器の健康が心身の健康維持の要”であることのpublic relations―社会一般の人たちの知識と理解を高める活動―を強化すべきであると思います.

歯原性の心身不定愁訴もなくそう
 しかしまた,それ以前に歯科医原性の心身の不定愁訴の患者さんを減らす必要もあるのではないでしょうか.と申しますは,素直に白状すると哀しいことですが,小生は,生活習慣不良や歯科医原性で発症した不定愁訴を持つ患者さんに対する地味な診療でなんとか生計が立っている,ホケン医でないことが幸いしている逸れ臨床医だからです.閑話休題.

その点,企業は貪欲だ
 「歯周病菌やその毒素が蝕むのは口の中だけではありません.気管から侵入する.血管を通じて全身に運ばれる.これを,我々は歯周病菌連鎖と呼びます」これはある新聞の広告欄に載った歯科関連商社の文章です.さらに「歯周病菌連鎖を口腔内で食い止めろ」ともありました.50数年以前には,focal-infectionとして亜急性心内膜炎とか膝関節炎などが例としてとりあげられていましたが,evidenceが明らかに証明された現在では歯科医師より商社が逸早く「歯周病菌連鎖」のPRを通じて自社製品をad.(宣伝広告)しています.
 近頃は歯列矯正専門医や顎関節症専門医(?)やインプラント専門医の方々が視聴覚情報大衆伝達網を利用しているようですが,本来は,歯科臨床医全体が先駆けて歯周病菌連鎖について直接一般社会に“健康の維持と増進の歯科医療”(疾病の治療と予防ではない)の基本情報として本物のPRを長期実行すべきである,と思っています.先生はいかがお考えでしょうか.
 歯周組織には,上記の微生物感染症の病変と,食物咀嚼時間以外の生活中の咬合習慣から起こる心身の不定愁訴の原因となる固有受容器としての変調や失調があります.
 以下,ちょっと生意気な考えを手短に披露しますが,間違っていたらご教示願います.

人体全体の関節の一部として機能する「歯根―歯槽関節」
 人体の「体性感覚」が自律神経―内分泌系や免疫系の働きに影響することは既知の事実です.体性感覚は皮膚・筋肉・関節の感覚によって構成され中枢神経の視床に至ります.上・下顎の咬合機能や機構の乱れが頭蓋―下顎機能障害症候群,いわゆる顎関節症を惹起させる原因であることを理解するために,私たち歯科医が歯周組織を<歯根―歯槽関節>として認識すると,“歯の咬み合わせと不定愁訴の関係”がより深く理解できるのではないでしょうか.すなわち,上・下顎の咬み合わせが乱れることは,顎・口腔周辺の[皮膚・筋肉(開・閉口筋,頸肩筋など)・関節(顎関節・歯根―歯槽関節・後頭環軸関節など]の感覚が乱れ,これらの乱れた感覚が視床に至るので心身の不定愁訴が起きる,と考えています.
 要は,私たち臨床医が歯周組織や歯根膜を組織としてしか脳に入力していないのを,「木を見て森を観ず」の例を挙げるまでもなく,二足直立歩行が特徴である人体全体の関節の一部として機能する歯根―歯槽関節としてリセットして認識し,臨床に適用することが歯科医療の21世紀のパラダイムシフトの導火線の火付け役ぐらいにはなるのではないか,と密かに考えている次第です.

歯科臨床医のさらなる啓発を
 下川先生の「論点」は1月号からじっくり拝読しています.私アウトロー歯科臨床医としては,常に歯科医療の社会的向上を願ってお忙しい時間を削って正論を執筆なさる姿勢に常々敬意を表しており,私自身の臨床姿勢の修整に大いに役立っています.
 これからも,ご自愛の上,歯科臨床医の啓発にお力を注がれんことを切望して筆を措きます.文中非礼の段は平にお赦しくださるよう,お願い申し上げます.