内容紹介

 慢性疾患である歯周疾患を予防する方法の確立が求められているなか,歯周疾患予防を効果的に行う手法として「唾液検査」に関する検討が厚生労働科学研究で進められてきた.その総括がなされた同研究の公開シンポジウムから,地域健診(岩手県)や企業内健診(トヨタ自動車)で行われた唾液検査など,実践的な取り組みも含めた興味深い研究報告を紹介する.


著者への手紙


下川公一先生 歯科臨床医のさらなる啓発を
(『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.)

かとうもとひこ
加藤元彦

 7月号の「論点」を拝読しました.その中で,いわゆる顎関節症の患者さんが医科の診療と与薬で5年間も苦しんだあげく,下川先生の的確な診断と治療で救われたことに“複雑な思い”とともに共感を覚えました.以下,私の“複雑な思い”を述べます.
 誌面に限りがあるので,「論点」の小見出し“効果のない医療による無駄遣い”についてのみ,小生の“複雑な思い”を述べます.

顎・口腔機能の本質が知られていなすぎる
 小生は本誌,昨年の5月号に顎・口腔運動器の健康なくして腰運動器の健康は守れない,という論旨の雑文を載せたこともあり,先生の論点を拝読し,歯科と医科の医療情報の交流の欠如を改めて実感した次第です.5年の歳月と250万円以上の医療費を消費して,しかもなお,病苦から逃れられない43歳の女性を顎・口腔機能不全と適切に診断・治療し病苦から解放したにもかかわらず,その報酬が,本来は医科でのそれ以上のものであってしかるべきであるのに,なんと医科の医療費の十分の一ほどであることに,当事者ではない小生も“頭にきた”次第です.
 ほんの一部の医師を除いて,医師は概して自分の専門領域と関連分野の臨床・研修で忙しく,歯科については,いまだに「歯」を治療したり入れ歯を入れる職業―程度の理解度しか持ち合わせてはいないようです.これは,親戚の中堅医師にそれとなく聞いてみてもわかります.ずいぶん昔の話になりますが,顎関節症の患者さんの治療で悩んでいる身内の整形外科医に“アゴの体操”を教えたら,与薬が不必要になり治ってしまって喜ばれた,という手紙を地方の一歯科臨床医から頂いたこともあるくらいです.
 顎・口腔の機能や構造の疾患が原因で心身の病的症状が発症することに医科が無理解であることを嘆くよりは,私たち歯科臨床医が直接“顎・口腔運動器の健康が心身の健康維持の要”であることのpublic relations―社会一般の人たちの知識と理解を高める活動―を強化すべきであると思います.

歯原性の心身不定愁訴もなくそう
 しかしまた,それ以前に歯科医原性の心身の不定愁訴の患者さんを減らす必要もあるのではないでしょうか.と申しますは,素直に白状すると哀しいことですが,小生は,生活習慣不良や歯科医原性で発症した不定愁訴を持つ患者さんに対する地味な診療でなんとか生計が立っている,ホケン医でないことが幸いしている逸れ臨床医だからです.閑話休題.

その点,企業は貪欲だ
 「歯周病菌やその毒素が蝕むのは口の中だけではありません.気管から侵入する.血管を通じて全身に運ばれる.これを,我々は歯周病菌連鎖と呼びます」これはある新聞の広告欄に載った歯科関連商社の文章です.さらに「歯周病菌連鎖を口腔内で食い止めろ」ともありました.50数年以前には,focal-infectionとして亜急性心内膜炎とか膝関節炎などが例としてとりあげられていましたが,evidenceが明らかに証明された現在では歯科医師より商社が逸早く「歯周病菌連鎖」のPRを通じて自社製品をad.(宣伝広告)しています.
 近頃は歯列矯正専門医や顎関節症専門医(?)やインプラント専門医の方々が視聴覚情報大衆伝達網を利用しているようですが,本来は,歯科臨床医全体が先駆けて歯周病菌連鎖について直接一般社会に“健康の維持と増進の歯科医療”(疾病の治療と予防ではない)の基本情報として本物のPRを長期実行すべきである,と思っています.先生はいかがお考えでしょうか.
 歯周組織には,上記の微生物感染症の病変と,食物咀嚼時間以外の生活中の咬合習慣から起こる心身の不定愁訴の原因となる固有受容器としての変調や失調があります.
 以下,ちょっと生意気な考えを手短に披露しますが,間違っていたらご教示願います.

人体全体の関節の一部として機能する「歯根―歯槽関節」
 人体の「体性感覚」が自律神経―内分泌系や免疫系の働きに影響することは既知の事実です.体性感覚は皮膚・筋肉・関節の感覚によって構成され中枢神経の視床に至ります.上・下顎の咬合機能や機構の乱れが頭蓋―下顎機能障害症候群,いわゆる顎関節症を惹起させる原因であることを理解するために,私たち歯科医が歯周組織を<歯根―歯槽関節>として認識すると,“歯の咬み合わせと不定愁訴の関係”がより深く理解できるのではないでしょうか.すなわち,上・下顎の咬み合わせが乱れることは,顎・口腔周辺の[皮膚・筋肉(開・閉口筋,頸肩筋など)・関節(顎関節・歯根―歯槽関節・後頭環軸関節など]の感覚が乱れ,これらの乱れた感覚が視床に至るので心身の不定愁訴が起きる,と考えています.
 要は,私たち臨床医が歯周組織や歯根膜を組織としてしか脳に入力していないのを,「木を見て森を観ず」の例を挙げるまでもなく,二足直立歩行が特徴である人体全体の関節の一部として機能する歯根―歯槽関節としてリセットして認識し,臨床に適用することが歯科医療の21世紀のパラダイムシフトの導火線の火付け役ぐらいにはなるのではないか,と密かに考えている次第です.

歯科臨床医のさらなる啓発を
 下川先生の「論点」は1月号からじっくり拝読しています.私アウトロー歯科臨床医としては,常に歯科医療の社会的向上を願ってお忙しい時間を削って正論を執筆なさる姿勢に常々敬意を表しており,私自身の臨床姿勢の修整に大いに役立っています.
 これからも,ご自愛の上,歯科臨床医の啓発にお力を注がれんことを切望して筆を措きます.文中非礼の段は平にお赦しくださるよう,お願い申し上げます.