読後感


11月号特集「矯正歯科のいまを問う」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.)

くまがいふじこ
熊谷ふじ子

 私は大学卒業後,開業医であるパートナーのもとで,主に若年者に対する歯科医療を臨床医として受け持ってきた.若年者の歯科医療における診療所の目標は,「20歳でむし歯もなく,歯肉の炎症もない,審美的で機能的な口腔内環境が整っていること」である.そのための取り組みの初期においては,まずカリエスのコントロールが優先であったが,カリエスフリーの子供たちが増えてくると,最後に咬合の問題が残ってしまう現実に直面した.
 そのような問題を解決するためには,歯科医療そのものに対しての共通した考えを持つ矯正専門医を探し,自分自身も矯正治療を勉強しなければならないと考えたが,その後,運良く知り合った信頼のおける矯正専門医との二人三脚での臨床が現在まで10年以上続いている.そのような体験からも,今回の特集は,私にとって非常に興味深いものであった.
 さまざまな立場からの矯正歯科医療に対する提言は,客観的に考えれば,それぞれに理解できる点も多かった.時代の流れの中で,矯正専門医のあり方や一般歯科医との関わりや仕事の役割分担などの考え方にも変化を感じることができた.キーワードは,「患者の利益を考えた……」であろう.
 私が一般歯科医でありながら,矯正治療を勉強しなければと思ったのには理由があった.それ以前も,矯正治療を希望する患者さんを矯正専門医に紹介してその治療を依頼することも少なくなかったのだが,多くの場合,矯正治療を挟んで,患者さんと私の関係,また,私と矯正専門医との関係にすっきりしないものを抱えてしまうことが多かったからである.それは結局,1人の患者さんに対して,歯科医療の目標の異なった2人の主治医がいるという関係によって生じているように思われ,結果的に患者さんに迷惑をかけてしまうこともあった.
 そこで,本格的に当初の目標をクリアするためには,自分と同じ目標を理解してもらえる矯正専門医を探さなければと考えた.それと同時に,自分自身も矯正治療を学んで,矯正専門医に治療を依頼するだけでなく,治療チームの一員として積極的に関わり,患者さんに不安を与えることなく目標達成までフォローアップできるようなシステムを構築したいと考えた.幸いにも,現在はおおむねそのようなシステムが可能となっているが,このような取り組みを可能にしたのは,私が矯正治療を学んだと同じように,パートナーの矯正専門医もまた,カリオロジーやペリオドントロジーを学んで,臨床で実践しているからにほかならない.矯正専門医は,矯正治療だけできればよいという時代はすでに過去のものになってしまったのではないかと感じている.
 また最近,歯科保存学の分野では,MI(Minimal Intervention:最小の侵襲)という考え方が広まってきている.しかし,歯科保存学に限らず,歯科のどの分野においてもMI の考え方は成り立つはずである.矯正学の分野にもMIは存在すると思っている.歯列や咬合状態が複雑で治療が難しくなってしまった症例の中には,適切な時期に何らかの介入ができたら,こんなに複雑な状況にならずにすんだと思われる症例も数多い.シンプルで安定性の高い治療を選択するためにも,かかりつけ医として患者さんに継続的に関わっている一般歯科医との連携を大切にしてゆくことが,矯正専門医の側にも必要ではないかと考えている.


読後感


11月号特集「矯正歯科のいまを問う」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.)

みやうちしげゆき
宮内重幸

 患者の利益を考えた場合,矯正治療の質は大変大きな問題である.花岡先生の「より良い歯科医療環境を構築するための提言」で,誰が矯正治療を担当するかについてのご意見は大変もっともであり,尊重されなければならない.その中で,“矯正治療単独の場合は,矯正歯科専門医が行うのが望ましい”とされている.確かに一般歯科医が行う矯正治療の質は千差万別であり,基本的な研修を受けずに,また指導する矯正医もいない環境で無謀な治療を行うことは大変危険であり,基本的には矯正専門医が行うべきであろう.しかしながら,“矯正専門医であってもその能力は一定ではなく,幅がある”と仰せの如く,一般歯科医を訪れる患者のなかには矯正専門医で矯正治療を受けた方も多く見受けられるが,残念ながら歯列や咬合が理想的に治っている方ばかりとは言えないようである.
 また,北總先生も「矯正歯科の役割」のなかで,知人の一般歯科医が矯正診療に対して感じたことを書かれているが,矯正=小臼歯4本抜歯に対する疑問等について,矯正専門医が呼ぶところのわれわれ“一般歯科医”は矯正治療に対する違和感を感じているのも確かである.前歯,犬歯,小臼歯,大臼歯にはそれぞれに役割があり,小臼歯はsequentialなguidanceにおいて,また下顎位をcontrolする上で重要な役割を負っている.多少の差はあるが,誰でもストレスの発散を鰓弓由来器管である顎口腔系を用いて睡眠中のbruxismというかたちで行っているが,その際にも小臼歯は,顎口腔系の崩壊を招かないために重要な役割を果たしていると思われる.成長が終了した成人の矯正においてすべて非抜歯で治療することは当然無理があろうが,単にspace makingのために当然の如く小児の小臼歯を抜歯するのもどうであろうか.
 GMDやPendulum等の大臼歯遠心移動装置も多数考案されており,矯正用のミニインプラントも普及してきている現在,非抜歯の領域も広がっているものと思われる.予防医学の重要性が認識され,病気にならないようにケアすることの大切さが言われているが,う蝕治療や歯周病治療の分野では予防歯科として成果を上げつつある.矯正治療においても悪くなってから抜歯矯正をするのではなく,悪くならないように顎顔面の成長発育を管理controlする予防矯正が大事であると思われる.
 今後は北總先生等が行われている“Orthotropics”や島田朝晴先生の“歯列育形成”等の成長を考慮した管理方法がますます重要になってくると思われる.
 矯正歯科に古くから存在する抜歯・非抜歯の是非についてや,成長発育における機能と形態に関する考え方,遺伝と環境要因に対する考え方などは,それぞれの立場と経験によって大きく違い,治療方針に大きな差を生じさせている.このような中で,口腔成育に見られるように各々の専門職の人が立場を超えて連携し貢献するシステムは,これからの矯正治療の一つのあり方を示していると思われる.
 今後,矯正歯科医,小児歯科医,一般歯科医等が協力して,(1)顎顔面の機能の発育,(2)顎骨の成長発育,(3)歯列の発育,の順番を考えた予防矯正の手法が確立されることを希望する.その結果,矯正治療において安易な抜歯は担当医の“負け”であると認識される日がくるのではないだろうか.