読後感


9月号特集「義歯床精密重合システムを知る――ラボとの有効な連携のために」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.)

にしばたひでのり
西端英典

 今回の特集では,現在高い評価を得ている精密重合システムの大まかな考え方や術式が,それぞれわかりやすくまとめられており,興味深く読ませていただきました.
 私の開業当時(15年ほど前),高膨張性石膏を作業模型に使用することでレジンの重合収縮を補償し,義歯の変形が補正されるシステムが脚光を浴びていました.しかし,私も武内論文に書かれているのと同様に,良好な結果が得られず納得できませんでした.そこで,かねてよりユニークな発想に注目していたPVPMシステムを導入し,休日返上で自らレジン重合をしていたことを思い出します.科学的なデータに基づく見解ではありませんが,私が使っていたのは現行の前のバージョンで,PVPMシステムは総義歯に限り良好な結果が得られたと記憶しています.
 しかし最近はラボまかせで,恥ずかしい話ですが上顎総義歯(レジン床)で「ピッタリで,はずすのも大変です」と喜んで帰った患者さんが翌日,大臼歯部頬側に大きな潰瘍を作ってきたり,上顎総義歯(金属床)で試適まで問題がなかったにも拘わらず,Set時に「アレ?」と思うほど適合が甘くて驚いたことがありました.ホワイトシリコンを入れると「ものすごくピッタリです」といわれ,やむなく再印象したり,両側遊離端金属床義歯の床が不適合のため,アルタードキャスト法のようにして再印象したりと,どうも重合時のエラーとしか考えられない例を幾度か経験しています.こういう経験は私だけでしょうか.
 本特集をきっかけに,今一度,各ラボの採用している重合システムを検討してみようと思っています.現在,コーヌス義歯や各種アタッチメント義歯についてはパラジェットシステムのあるラボに依頼しており,星論文に述べられているように,臨床的に良好な結果が得られています.
 さて,次に本特集のなかで特に印象的だった部分について述べさせていただきます.
 星論文の人工歯脱離の話題ですが,“レジン液を塗布することで,レジン歯と床用レジンとの間に化学的結合が得られる”ことが実験で示されており,驚いています.私は重合してしまったレジン同士は化学的に結合しないと思い,今まで微小な機械的結合を期待して,ジクロロメタンで人工歯基底面を溶かしてから重合を行ってきました.
 また,武内論文で紹介された咬合床の作製法は,簡便でもあり,さっそく応用しています(研磨しすぎると再び変形するようです).ただ,印象採得にアルジネート印象材を使用するという点は,シリコン印象材と違いアルジネートの特性から均一に薄く印象できず,しかも辺縁がアバウトになりエラーが多く発生すると思います.DSシステムでは粘膜面の変形が少ないということですから,なおさらトレーコンパウンドとシリコン印象材で精密に機能印象を作り上げることが重要だと思います.
 最後に,内山論文の適合精度の比較実験では,床用レジンを埋没したままの比較はよくわかったのですが,割り出した後の比較がないのが非常に残念に思いました.
 以上,各種システムの特徴はよく理解できましたが,今後,ユーザーかつ読者としての希望は,例えば同一の作業模型より複模型を作製し,各々のシステムで重合した義歯モデルを作業模型に戻したものを,内山論文の適合精度比較実験のように時間軸も含めて示していただければ,臨床の参考になり大変有意義であると思います.
 今後の続編を期待しております.


読後感


9月号特集「義歯床精密重合システムを知る――ラボとの有効な連携のために」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.)

おおおかひろひで
大岡博英

 本特集を通して見て,皆さんそれぞれが,義歯床のより良い適合を求めて努力されていることを感じる.一見地味とも思える今回の特集は,冒頭にもあるように“古くて新しいテーマ”をとり上げたものである.
 今も昔も,基本的に床用レジンはPMMA(ポリメチルメタクリレート)という有機材料を使用する.PMMAは加工は容易であるが,精密に作ろうと思うと,なかなか思ったようにコントロールし難いマテリアルでもある.また,単体のモノマーと複合体であるポリマーを混合して重合させるという歯科独特の扱い方も,先端技術への道を狭くしていた一因といえる.「義歯の適合」という話題は,よく語られているようでも見逃されがちで,いつも中途半端に帰結していた感は否めない.資本主義経済社会である現在,やはり華やかなインプラントやセラミックに視線が集中するなか,メーカーも重い腰を上げて,遅ればせながら,やっと床用レジンを見直す番が来た,というところだろうか.
 ところで,口腔内において,本当に“適合の良い”義歯とは一体どのようなものなのであろうか? そのことを論ずるのは簡単なことではないが,今回のテーマは,技工サイドができることとして,印象の状態をいかに再現するかということにポイントをおいている.そこで,各メーカーの精密重合システムのメカニズムを比較しているわけである.
 床用レジンには常温重合タイプと加熱重合タイプがあり,物性の問題はともかく,どちらも重合収縮と重合後の熱収縮の問題がある.どのシステムもその収縮を補うことに尽心がみられるのだが,作業模型上でのフィットのみを紹介してもあまり意味がないと思われる.重合時のストレスによる模型の変形だって考えられるからである.印象の状態を再現するということは,実際には作業模型における石膏の膨張と床用レジンの収縮のバランスがとれたかどうかということであって,理想的には超低膨張性の石膏などによる母模型を起こした上でのフィットを検討すべきであろう.また,フィットとは何も内側だけのことではなく,デンチャースペースを正確に補綴するという意味からは(特に下顎の総義歯など),外側のフィットも大切になる.
 次に,各論文ともレジン分離材のことにはほとんど触れていなかったが,多少は言及してほしかったところである.さらに,これは各論文で述べられていたことだが,臨床的にはどんなに重合精度が良くても,必ず咬合器にリマウントすべきである.
 フィットの問題に関してはどのシステムもそれなりにクリアしていると思われるが,筆者が今後の課題と考えていることは,マテリアルの特性としての残留モノマーの問題である.重合時のレジンの収縮をしっかり補填できているか? 単に圧をかけているだけでは問題の解決にはならない.重合が完全に終了するまで補填し続けているかどうかが重要である.残留モノマーがないと謳っているシステムもあったが,そのエビデンスが示されていないのが残念である.
 義歯の適合には,可動する粘膜が相手なだけに大変なことも多い.そのほかにもいろいろな要素が複合的に絡み合う内で,せめて模型上でのフィットのみでも完璧になり,ひとつの問題をクリアできるようになったことは大きな進歩である.本特集の企画趣旨にもあるように,歯科医師の方々にもそのことを理解していただき,歯科技工士との連携のもと,日常臨床で大いに精密重合システムを利用していただきたいと思う.


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8月号特集「ストレスと咬合――咬合医学の提言」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』9月号に掲載された内容を転載したものです.)

すずきみつお
鈴木光雄

 私事で恐縮であるが,最近自分の患者さんを通じて経験したことを述べさせていただく.
 患者さんは私の従兄弟で, の根尖病巣が完治せず,何度も他の医院で治療しており,下顎は左側に偏位し頭部も左側に傾斜していた.母親によると,体が疲れやすく週に2〜3日の仕事が精一杯で,どことなく精気がない,とのことであった.矯正治療と左側のブリッジにより顎偏位を整復し,アンテリアガイダンスを確立したところ,次第に元気になり今では毎日仕事をこなし,時には残業もできるようになり社会復帰をはたした.
 一般に医学は,外傷や急性炎症,腫瘍といった目に見えて,あるいは顕著にその症状が現れた時に対処するという現状にある.しかし,本症例のように明らかな病気ではないが,本人は“快適でない”といった症状が多く存在することも事実である.人類は二足歩行により理性脳である大脳新皮質を発達させ,脳の内部に強力なストレスが発生すると,無意識下におけるストレス発散の手段としてブラキシズムやクレンチングが用いられてきた.
 本特集の高階論文を引用すれば,このブラキシズムが円滑に行われるとストレス時に交感神経系や内分泌系の活性に対して抑制的に働く.
 特に興味を持ったのは,ストレス時には好中球が増加するが,歯ぎしり様運動時にはリンパ球の減少を抑制するという結果である.好中球は酵素の働きやフリーラジカルによって強い殺菌作用を示す,とあるが,これは明らかに外敵からの自己防衛機能である.つまり,外敵から傷をつけられた時に,ただちに殺菌する必要があるからである.しかし,フリーラジカルは連鎖的に増幅し,体内の組織に障害を及ぼすことになる.緊急時における交感神経の興奮は致し方ないが,持続的な交感神経の興奮はフリーラジカルにより細胞や組織障害を引き起こす.またDNAが傷つくことにより遺伝子の情報伝達が阻害され,細胞の突然変異を誘発し,癌や腫瘍の原因となる可能性もある.
 また,強大なブラキシズムやクレンチングが加わった時に,口腔内では歯の磨耗や破折,アブフラクション,歯周組織の破壊が生じることがある.もし,下顎が偏位した状態でブラキシズムが生じれば,咀嚼筋や頸部の筋肉の緊張により簡単に頭部が傾斜し,さらに抗重力筋がこれに反応してS字状湾曲や腰の偏位を引き起こし,内臓器官が圧迫され障害も発生しかねない.
 われわれ歯科医師のこれからの役割は,機能を無視した審美や補綴の装置を優先した技工的なものではなく,ストレスに抵抗しうる生体の口腔環境を整備するかにある.すなわち適正な下顎位と,そこからの急峻すぎず緩慢すぎないガイダンスコントロールを設定し,いかに円滑にブラキシズムが行える状態にするかにかかっている.
 本特集に示されているように,佐藤教授らの提唱する「咬合医学」は,これからの歯科界に新たなる希望を与え,医学と歯学の融合した真の予防医学に発展していくものと思われる.


読後感


8月号特集「ストレスと咬合――咬合医学の提言」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』9月号に掲載された内容を転載したものです.)

よしだじゅんぞう
吉田惇三

 1970年前後に学生であった私の年代では,この特集内容はまさしく隔世の感の面持ちである.長年,治療とは「現症を糊塗すること」の如しで,技工の巧拙や材質がその価値を決め,それとは無関係に再崩壊を招くという具合に現症の原因究明が遅れているのを認識せざるを得なかった.そのため,Dr.Priceのフィールドワーク(著書『食生活と身体の退化』)に新鮮さを覚えたのも,この頃であった.そこには糊塗ではなく自然哲学の存在があるからだ.私に関しても,平行模型やセファロなどの静止像を相手に,小臼歯を抜歯し,近遠心を主体に歯牙移動させることが矯正治療である,と考えていた.しかし,このような治療による咬合の不安定性やTMDはもとより生体そのものに対する予後の不安は,咬合の本質究明の欠落にあることは自明だった.
 「顎口腔系は,歯,歯周組織,TMJ,神経-筋機構,靭帯およびこれらの循環系からなっている.生物学的には,それはストレスの系と考えられる.組織は過剰な(物理的:筆者)ストレスに反応して,炎症,感染,疾病,外傷,ならびに退行性変化などによって,他の身体部位に生じるのと同様の病的変化が惹き起こされる.すなわち,咬合におよぼす下顎機能の影響,またはその逆の影響を考えないで機能時の咬合を研究するわけにはいかない」(Dr.Curnutte)1)
 1990年,「顎機能と咬合」を説かれていた佐藤貞雄先生の門を私が叩いたのは,必然性以外の何物でもなかった.病的変化を惹起する咬合とは,逆にそれを好転させる咬合のあり方とは,という観点から考察すると,佐藤先生の「オーストリア咬合学をすべての臨床に採用すべきである」という意味を容易に理解・実践することができた.なぜなら,Dr.Slavicekの提唱するこの咬合学は,Dr.Price同様,自然の摂理そのものであるからだ.翻って,この病的変化の主因がブラキシズムであるとするならば,その発現が情動ストレスに対して意義があることをDr.KailやDr.Slavicekの提言だけにとどめておくことはできない.
 佐藤先生らによるこの研究プロジェクトは,病態生理系,解析技術開発系,臨床治療系を三大基盤にして,そのさらなる解明を目指した.情動ストレスは自律神経系,内分泌系,免疫系を管理する視床下部に伝えられ,それぞれの反応によって起こる脈拍の増加や血圧の上昇,好中球の増加やそれによるフリーラジカルの産生などの現象は記述されているとおり解明されていた.それに対しbitingをさせることによって,すべてのファクターが低下に転じることを証明してみせている.つまり,このプロジェクトは,ブラキシズムによる情動ストレス緩解作用と,そのための咬合のあり方を数々解明しているのである.
 「レム睡眠は視床下部が,ノンレム睡眠は脳幹が司り前者は大脳新皮質の活性化,後者は鎮静化と相互補完して働く」(井上昌次郎博士).睡眠ブラキシズムには諸説あるが,レムからノンレム睡眠への移行時に発現するという説は,この研究からも魅力的である.
 この特集は咬合医学,口腔医学の存在を示し,同時に早急なる実践展開をわれわれに迫っている.
1)Morganほか:顎関節疾患のすべて―その診断と治療.クインテッセンス出版,東京,1986.