![]() 8月号特集「ストレスと咬合――咬合医学の提言」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』9月号に掲載された内容を転載したものです.) すずきみつお 鈴木光雄 私事で恐縮であるが,最近自分の患者さんを通じて経験したことを述べさせていただく. 患者さんは私の従兄弟で, ![]() 一般に医学は,外傷や急性炎症,腫瘍といった目に見えて,あるいは顕著にその症状が現れた時に対処するという現状にある.しかし,本症例のように明らかな病気ではないが,本人は“快適でない”といった症状が多く存在することも事実である.人類は二足歩行により理性脳である大脳新皮質を発達させ,脳の内部に強力なストレスが発生すると,無意識下におけるストレス発散の手段としてブラキシズムやクレンチングが用いられてきた. 本特集の高階論文を引用すれば,このブラキシズムが円滑に行われるとストレス時に交感神経系や内分泌系の活性に対して抑制的に働く. 特に興味を持ったのは,ストレス時には好中球が増加するが,歯ぎしり様運動時にはリンパ球の減少を抑制するという結果である.好中球は酵素の働きやフリーラジカルによって強い殺菌作用を示す,とあるが,これは明らかに外敵からの自己防衛機能である.つまり,外敵から傷をつけられた時に,ただちに殺菌する必要があるからである.しかし,フリーラジカルは連鎖的に増幅し,体内の組織に障害を及ぼすことになる.緊急時における交感神経の興奮は致し方ないが,持続的な交感神経の興奮はフリーラジカルにより細胞や組織障害を引き起こす.またDNAが傷つくことにより遺伝子の情報伝達が阻害され,細胞の突然変異を誘発し,癌や腫瘍の原因となる可能性もある. また,強大なブラキシズムやクレンチングが加わった時に,口腔内では歯の磨耗や破折,アブフラクション,歯周組織の破壊が生じることがある.もし,下顎が偏位した状態でブラキシズムが生じれば,咀嚼筋や頸部の筋肉の緊張により簡単に頭部が傾斜し,さらに抗重力筋がこれに反応してS字状湾曲や腰の偏位を引き起こし,内臓器官が圧迫され障害も発生しかねない. われわれ歯科医師のこれからの役割は,機能を無視した審美や補綴の装置を優先した技工的なものではなく,ストレスに抵抗しうる生体の口腔環境を整備するかにある.すなわち適正な下顎位と,そこからの急峻すぎず緩慢すぎないガイダンスコントロールを設定し,いかに円滑にブラキシズムが行える状態にするかにかかっている. 本特集に示されているように,佐藤教授らの提唱する「咬合医学」は,これからの歯科界に新たなる希望を与え,医学と歯学の融合した真の予防医学に発展していくものと思われる. |
![]() 8月号特集「ストレスと咬合――咬合医学の提言」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』9月号に掲載された内容を転載したものです.) よしだじゅんぞう 吉田惇三 1970年前後に学生であった私の年代では,この特集内容はまさしく隔世の感の面持ちである.長年,治療とは「現症を糊塗すること」の如しで,技工の巧拙や材質がその価値を決め,それとは無関係に再崩壊を招くという具合に現症の原因究明が遅れているのを認識せざるを得なかった.そのため,Dr.Priceのフィールドワーク(著書『食生活と身体の退化』)に新鮮さを覚えたのも,この頃であった.そこには糊塗ではなく自然哲学の存在があるからだ.私に関しても,平行模型やセファロなどの静止像を相手に,小臼歯を抜歯し,近遠心を主体に歯牙移動させることが矯正治療である,と考えていた.しかし,このような治療による咬合の不安定性やTMDはもとより生体そのものに対する予後の不安は,咬合の本質究明の欠落にあることは自明だった. 「顎口腔系は,歯,歯周組織,TMJ,神経-筋機構,靭帯およびこれらの循環系からなっている.生物学的には,それはストレスの系と考えられる.組織は過剰な(物理的:筆者)ストレスに反応して,炎症,感染,疾病,外傷,ならびに退行性変化などによって,他の身体部位に生じるのと同様の病的変化が惹き起こされる.すなわち,咬合におよぼす下顎機能の影響,またはその逆の影響を考えないで機能時の咬合を研究するわけにはいかない」(Dr.Curnutte)1). 1990年,「顎機能と咬合」を説かれていた佐藤貞雄先生の門を私が叩いたのは,必然性以外の何物でもなかった.病的変化を惹起する咬合とは,逆にそれを好転させる咬合のあり方とは,という観点から考察すると,佐藤先生の「オーストリア咬合学をすべての臨床に採用すべきである」という意味を容易に理解・実践することができた.なぜなら,Dr.Slavicekの提唱するこの咬合学は,Dr.Price同様,自然の摂理そのものであるからだ.翻って,この病的変化の主因がブラキシズムであるとするならば,その発現が情動ストレスに対して意義があることをDr.KailやDr.Slavicekの提言だけにとどめておくことはできない. 佐藤先生らによるこの研究プロジェクトは,病態生理系,解析技術開発系,臨床治療系を三大基盤にして,そのさらなる解明を目指した.情動ストレスは自律神経系,内分泌系,免疫系を管理する視床下部に伝えられ,それぞれの反応によって起こる脈拍の増加や血圧の上昇,好中球の増加やそれによるフリーラジカルの産生などの現象は記述されているとおり解明されていた.それに対しbitingをさせることによって,すべてのファクターが低下に転じることを証明してみせている.つまり,このプロジェクトは,ブラキシズムによる情動ストレス緩解作用と,そのための咬合のあり方を数々解明しているのである. 「レム睡眠は視床下部が,ノンレム睡眠は脳幹が司り前者は大脳新皮質の活性化,後者は鎮静化と相互補完して働く」(井上昌次郎博士).睡眠ブラキシズムには諸説あるが,レムからノンレム睡眠への移行時に発現するという説は,この研究からも魅力的である. この特集は咬合医学,口腔医学の存在を示し,同時に早急なる実践展開をわれわれに迫っている. 1)Morganほか:顎関節疾患のすべて―その診断と治療.クインテッセンス出版,東京,1986. |
![]() 7月号特集「最新・コンポジットレジン修復2005―審美性の追求」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.) さいとうよしひろ 齋藤善広 今回の特集は,最近のコンポジットレジン修復についての総括がなされており,また臨床の問題点について手技の勘所が解説されていて,わかりやすい内容であったと思う.診査・診断,窩洞形成,防湿と歯肉圧排,表面処理,接着システム,レジンペーストやフロアブルレジンの選択,色調コントロールとカスタマイズ,賦形の方法,研磨,の各ステップでの最大の気配りが,MIにおける審美的・機能的な最大効果を生むと理解できた. 以下,いくつか興味をひいた点を雑感として述べてみたい. 接着システム雑感 最近はワンボトルセルフエッチングシステムが使われることが多いが,実際にはリン酸エッチングとの併用が多く行われている.長期的な観点からも未切削エナメル質に対するエッチングを行ったほうが良い1)とされており,窩洞に付与したベベルのさらに辺縁のマイクロベベルとして審美的な要件にも役立っている. 現在の各社接着システムの性能は十分満足できるものだが,今後は日常臨床の悪条件下でも操作性がよく,象牙質によく接着し,長期的に安定した製品が生き残るものと思う.各社製品の性能が同一誌面上で比較できるものがあれば注目したい. 色調雑感 私の臨床でもマルチレイヤー法によって天然歯に近い修復を試みるのだが,積層するほどに明度が落ち,天然歯との差が歴然としてくるように思う.その原因として,エナメルプリズムという天然歯に備わった光の乱反射機構が,コンポジットレジンにはないことが考えられる.自院の写真評価では,撮影時の強いフラッシュ光が歯牙後方の口腔内暗部を拾うことがないので,実際に天然光で見た場合よりもかなり色調がごまかされるようである.この点を踏まえ,メーカーごとに色調の再現を比較するような機会があれば興味深い.臨床現場では,他社のレジンを組み合わせたり,通常の積層法を用いないなど,発想の転換が必要なのかもしれない. ディテール雑感 かつての「削って詰める」だけの時代から,「ひとつの修復にどれだけの考えを凝縮させ,いかにディテールにこだわったか」が評価される時代へと変遷している.また,MIとしてのコンポジットレジン審美修復は,材料の進歩と技術精度の向上があって成し得るものであろう.術者は,患者の満足と評価を得るために努力し,テレスコープやマイクロスコープを用いて,さらに微細な領域に踏み込んでいる.機能を備えたシュールレアリスムの世界である.
1)秋本尚武,桃井保子:レジン接着システムの現状.日本歯科医師会雑誌,57(1):17-23,2004. |
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![]() 7月号特集「最新・コンポジットレジン修復2005―審美性の追求」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.) くぼきひろあき 久保木寛朗 今回の特集を読んで,「えっ,これがコンポジットレジンの修復?」と思うほど衝撃的だった.特に諸先生方の審美的なコンポジットレジン修復には大変驚かされた. 私の臨床経験では,コンポジットレジン修復は,術直後には患者さんからも喜ばれ満足を得られるのだが,経年的に観察していくと色調の変化の問題から決して審美的であるとはいえない結果に遭遇することがあった.また,重合収縮や接着の問題によりマイクロギャップが生じたことから,歯質とコンポジットレジンとの境界部分に着色が起きたり,最悪の場合には辺縁微小漏洩により細菌が侵入し,二次カリエスを生じてしまうという悲しい結末に遭遇したこともあった. そのような苦い経験からなのか,以前はコンポジットレジン修復に対してストレスを感じていたと同時に,軽視していた側面もあった.コンポジットレジン修復はtechnique-sensitivityが高いため,私自身のテクニカルな問題もあったのかもしれないが,物性や接着などにおいて限界があったことは否定できない. では,コンポジットレジン修復ではなくインレー修復のような間接修復,特に審美性を追求するインレー修復では,ある程度,歯質の犠牲をはらうことになる.つまり,MI(Minimal Intervention)の概念に逆行することになる.そこで,またストレスを感じ,“なんとかならないものだろうか?”と思っていた. しかし,ここ数年のコンポジットレジンの物性や接着の飛躍的な向上により,コンポジットレジン修復に対する私のそのような考えを見直さなければならない,とも感じていた.そこで,もっと積極的にコンポジットレジン修復を活用しようと思い始めていたのだが,各社からさまざまな製品が開発・発売されていて,いざ臨床に導入するにあたり,どの種類を,どのような症例で,どのように活用すればよいのか,が今一つわからなかった. そんな暗中模索を繰り返している最中だったため,今回の特集は大変興味深く読ませていただいた.
使用する材料は新しい製品のためか,長期的な経過がみられないのは残念であったが,充填後の表層のレジンが未重合であるということや研磨に対する自分の認識不足への反省,ストリップスをそのまま使うのではなくプレカーブを付与したストリップスの使用,小筆やシリコンパテの利用など,私の臨床において改善すべき点が多くあり,大変参考になった.そして,今まで以上にコンポジットレジン修復に対する期待が高まってきた. フロアブルレジンが登場したことで,レジンペーストを単一で充填するのではなく,各々の物性の利点や欠点を把握し,症例に応じて適切に活用することによって,日常臨床での応用範囲が拡大されるであろう. コンポジットレジン修復が患者さんにとっても,われわれ術者にとっても有益な修復処置になることを期待するとともに,今後のさらなる発展と可能性に期待したい. |
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