![]() 12月号特集「口腔と骨粗鬆症」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』1月号に掲載された内容を転載したものです.) はしもとまさのり 橋本雅範 今回の特集は,高齢化に伴い注目されている骨粗鬆症と口腔との関連について紹介し,骨を健全に維持することが口腔の健康に必要なことを示したものである. 冒頭の「骨粗鬆症とは」では,50歳女性の44%が寿命のある間に,いずれかの部位に骨折の生じる可能性があるとしている.また,75歳以上の女性では半数以上が骨粗鬆症であると推定される,とのことである.骨粗鬆症の医療経済については,60歳以上の大腿骨頸部骨折症例を調査した結果,手術当月に要した費用は平均110万円で入院期間中の総医療費は平均150万円であったとの試算が示されているが,骨粗鬆症を予防・治療することにより骨折を予防すれば,このような医療費,介護費等が使われずに済むことになる. 骨吸収抑制剤として用いられるビスフォスフォネートには骨折抑制効果があることが明らかにされており,最近では歯周病治療への可能性を示唆するレビューも見られるとのことである.このビスフォスフォネートについては「歯周疾患治療医学への応用」の項において最新の研究成果が示されており,高石先生は実際の症例について紹介されている.歯科医師として,今後の展開が非常に興味深く感じられるところである. また,新田・石川両先生は,有歯顎者群の腰椎骨密度が有意に高かったことから,歯の存在が全身骨の骨密度の維持に貢献していると考察され,歯の喪失の全身骨に与える影響は閉経後に,より大きく現れることが示唆された,と述べておいでである. 稲垣・野口先生らは歯周病と骨粗鬆症の関連についての研究に長年取り組まれており,歯周病の危険因子としての骨粗鬆症をめぐる見解を,文献的考察を基に展開され,次号が楽しみである. 田口先生は歯科用パノラマX線写真による骨粗鬆症スクリーニングについて長年取り組んでおられ,閉経後女性の下顎骨皮質骨厚みが薄いほど,また皮質骨の粗鬆化度が高いほど腰椎・大腿骨骨密度が低値となること,また同指標は骨粗鬆症性骨折のリスクとも関係を有すること,等を国内外に示しておられる. 愛知県歯科医師会では以前より田口先生にご指導いただき,現在パノラマX線写真による骨粗鬆症の診診病診連携をモデル事業として実施している.歯科から医科(主として整形外科)へ情報提供したところ,皮質骨形態が高度粗鬆化を示している群については大部分が骨粗鬆症もしくは骨量減少という診断結果が得られている.これに関して,愛知県歯会の宮村会長は,9月に開かれた第151回日歯代議員会において,健康フロンティア戦略のなかで介護予防の一環として骨粗鬆症予防の推進がうたわれていることから,骨粗鬆症の早期発見に関して歯科からのアプローチの必要性について訴えている.これに対して執行部より,この取り組みが広く社会的にも知られ,全国的に展開されるよう都道府県歯会の支援を行っていきたい,との答弁をいただいている. 歯科から医科に働きかけることによりスタートする医療対応はほとんどないが,かかりつけ歯科医の役割の一つとして骨粗鬆症を早期に発見し,医科への受診を促すことは健康寿命の延伸にも役立つものと考えられるところから,さらに推進していくことが望まれる.その点を歯科界で広く認識していただく意味においても,この特集は骨粗鬆症と口腔との関連について最新の知見が網羅されており,大変有益であった. |
![]() 12月号特集「口腔と骨粗鬆症」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』1月号に掲載された内容を転載したものです.) たかぎ ちさと 高木千訓 女性ホルモンの低下と共に骨粗鬆症が進行することや,骨粗鬆症と歯の喪失は男女とも加齢と共に増大するなどの相関関係が見られることは,昔から言われてきた.私は総義歯臨床に重点を置いて今日まで開業してきたが,骨粗鬆症患者への対応には苦慮した.そのような点からすると,今回の特集は骨粗鬆症の解説から始まり診査,診断,そして治療法について細かく記述されており,私にとって,より深い知識をまとめる上で勉強になった. 私の臨床では,骨粗鬆症の疑いがあると“かかりつけの内科医”との連携の中で予防中心のアドバイスや口腔内の臨床的処置をすることが主な対応で,骨粗鬆症の本来の治療は当然医師が行っている.今回の特集は歯周病と骨粗鬆症の関係でまとめられているが,歯科とのからみではこの両者の関係が顕著に現れているのであろう.しかし,骨粗鬆症が原因で歯牙が喪失する例もあるから,義歯への移行時に正しい咬合関係に変化を与えないためにも,抜歯時期やその予測基準などについてふれていただければ,さらによかったように思われる. 一般的に,骨粗鬆症は歯牙喪失後も続き,顎堤の吸収が健常な人よりも比較的短期間で生じるから,義歯と粘膜面とに間隙ができたり咬み合わせが低くなったりする,と言われている.すなわち,どんなに吸着し咬合関係が正しく安定した義歯を入れていても,粘膜面で合わなくなり低位咬合状態になり,下顎頭も中心咬合位から移動するのである.したがって,定期的に床裏装や低位咬合の是正が必要だと考えられるが,骨粗鬆症と義歯との関連や基礎データ等が示され,確かで,チェアサイドで簡単にできる臨床的診断法はないか,と絶えず考えている. この場合,骨粗鬆症の人では歯槽堤全体の各部分で均等にやせると考えられているので,ゴシックアーチ等の水平面的なものはわかりにくい.そのため,顎機能障害者と区分できる,三次元的に立体的な下顎頭の動きがわかる方法が開発されるとよい.これは,義歯を入れている人の75%で低位咬合になっていて,正しい中心咬合位にない義歯を使用しているとの報告があると同時に,このような義歯を装着していると歯槽堤が健常者の場合よりもやせると言われているので,骨粗鬆症によりやせることと区分したいからである. 実際問題として,義歯に用いる人工歯においては現在95%以上がレジン歯あるいは硬質レジン歯とされているが,硬質レジン同士,あるいは部分床義歯で残存歯に各種の修復物が入っている混合歯列,さらには,これらの修復物が義歯の対合関係にあるケースについて,実験的データはあるものの,人の口腔内で人工歯の咬耗や磨耗がどの程度影響するのか,咬合関係がどのくらいの期間で安定しているのか,それらはわかっていないのが現状である. 最初に述べたように,私は総義歯臨床を中心に手がけてきたので,その立場から読後感を述べたが,臨床面だけで骨粗鬆症と義歯の関係を述べるのは難しい問題があるだろう.しかし,骨粗鬆症は今や“国民病”と言ってよいものであるから,義歯と骨粗鬆症の関係についても,多くの研究や臨床例の提示を本誌に期待したい. |
![]() 11月号特集「私の咬合診査法――基礎知識から診査機器の有効活用まで」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.) たばた よしお 田端義雄 臨床歴がある程度長くなり,自身の行った修復治療の経過を観察する機会が増えてくると,残念ながら多くのトラブルを経験することになる.歯科臨床は,言い古された言葉ではあるが“炎症と力との戦い”であるようだ.特に力のコントロールと咬合の問題は,治療範囲が大きくなるケースなどではより注意深い対応が必要になる.例えば今や臨床に定着したインプラント治療では,成功すればより快適である一方,治療における侵襲も大きくなるため,一段と確実な対応が必要となる. 歯科治療における診査・診断の基本は患者さんの観察にある.全身状態から精神状態,その背景までを知らないと問題を捉えられないことさえあるが,少なくとも一般臨床家としては,いわゆる顎口腔系,特に下顎位,歯,歯列,そして咬合状態はしっかりと捉えておきたい.そういう意味で咬合診査は歯科医師にとって必須の技法であり,これをより確実に行うため,私の知る限りでも多くの機器が開発され,導入されてきた. 歯科に対する一つの批判に,医科と比べて検査項目と検査機器が少ないことが挙げられる.人間ドックなどでも経験するように医科では本当に多くの検査があり,また多くは数値で異常を知らせるため再現性と客観性がある.規模の違いもあるが,記録や説明には価値がある.その意味で今回の特集は,そうした方向に沿った検査機器の現状を表しており,すべて客観性に主眼が置かれ,記録も可能であるため参考になる.下顎運動の研究と咬合器開発の時代に大学を卒業した世代としては,咬合器上における診査,ゴシックアーチによる診断,顆路の測定,咬合接触状態,咬合圧とバランスの状態の測定など,どれもなじみのある診査・診断であるが,精度の向上とコンピュータによる解析やビジュアル化などをみると,研究現場が長足の進歩を遂げていることが伺える. 一方で自身の診療を振り返ると,何度か導入を図った咬合診査機器もいつの間にか診療室から消えていった経緯がある.実際に残ったのは咬合器と,あまり客観性のない視診と経験である.もちろん診療には記録と客観性は不可欠であり,今日,優れた臨床系の先生の著書や症例報告の術前・術後には,検査機器による客観的データが添えられていて敬服させられる.ただ本特集では,どちらかというと研究の場におられる先生の報告も多く,どれだけ一般臨床家にフィードバックされるかに少々不安はある.臨床の場において望まれる検査機器は,できれば,ある手順を踏めば経験やカンよりも優れた結果を導き出してくれるものであってほしい.さらに簡便で安価であれば,普及・定着の可能性が高い. さて,臨床家でこれから各種機器を導入しようとする先生方へ,何度も挫折した私がアドバイスするとすれば,まず導入すること自体には何の異存もない.使用してみなければ何も始まらないからである.私の導入したパントグラフ,EMG,MKG,咬合音診査器での経験は,機器が診療室から消えた今も臨床でけっこう役に立っている.そして使用にあたっては,中村先生が強調されるようにその機器に精通してほしいし,玉置先生も提唱されているように本当の意味で有効に使用しなければならない.検査機器はオールマイティではない.アウトプットされたデータの判断は使用する術者にゆだねられている.何のために使用するのかを十分に考えないで導入することは,貴重な時間のロスと患者さんへの迷惑になりかねない.菅野先生の言われるように,患者さんの幸福のために使用したいものである. |
|
![]() 11月号特集「私の咬合診査法――基礎知識から診査機器の有効活用まで」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.) さきま とおる 崎間 徹 ナソロジーという学問が生まれた時から,咬合採得や顎位の再現という問題は議論され続けてきました.しかし,顎位を含め顎運動は,歯牙・歯根膜・骨・神経・筋などの多くの組織が複雑に絡み合って営まれる運動であるため,どの要素を指標とするかによって考え方が分かれてしまい,未だに普遍的な方法は確立されていません.今回の特集では,第1〜3編が顎位,第4・5編では歯牙の咬合圧を指標とした診査法が述べられていますので,私なりに長所・短所を考えてみたいと思います. まず最初の菅野先生の方法ですが,模型をマウントして分析するというのは古くから行われてきた方法で,高価な機器を必要とせず,また,模型上ではありますが歯牙の接触を目で確認しやすく,開業医にとっては非常に有効な手段であると思います.ただし,チンポイント法の熟練と正確に模型をマウントできる技術が必須であるため,導入に際してはある程度の訓練が必要となります.しかし,チンポイントテクニックは日常的に使えるテクニックですので,ぜひ習得しておきたいものです. 2編目の西川先生らの方法は,ゴシックアーチ描記法に改良を加えた装置を用いたもので,繰り返し描記が可能で,また描記された図の保存も簡単にできるようになっています.しかし私には,描記時に接触しているのが口唇のはるか前方のスタイラス一点というのが大きな問題に思われます.この不安定な状態では,咬合床の後方からの脱離を避けるために咬合力を加減してしまい,したがって,通常の筋活動量をもって限界運動を再現するのは難しいように思われます. 3編目の玉置先生らの方法は,パントグラフを改良した装置を用いており,電気的に描記し記録できるようになっています.これにより,欠点の一つであった描記方法の複雑さ(空気圧による描記針の操作など)が解決されています.しかし,装着作業が煩雑でかなりチェアタイムを要するため,同様のデータを採取できるキネジオグラフのほうが開業医にとっては使い勝手が良いのではないでしょうか. 4編目の龍田先生の方法は,歯牙の接触部位・圧を経時的に観察できることが画期的であると思います.しかし,このT−スキャンシステムはセンサーが厚くて硬いため,あくまで自分自身の経験ですが,センサーを口腔へ挿入すると角が頬粘膜に刺さって痛いし,嘔吐反射は起こるし,歯牙の接触感覚もいま一つ頼りにならないので,咬頭嵌合位を上手く再現することが困難でした. 5編目の中村先生の方法で用いられているのは,同じ咬合圧センサーの部類ですが,薄いことが特徴(Rタイプ)で,計測システムも非常に簡便なので開業医向きだと思います.しかし,やはり嘔吐反射の強い患者さんには使いにくく,また,測定にはある程度の咬合力が必要なため,咬頭嵌合位以外の顎位での計測が難しいのが問題といえるでしょう. 以上のように,さまざまな診査法がありますが,どれも一長一短があり,一概に優劣をつけることはできません.今自分が必要な情報を見極め,適切な方法を上手く使い分けることが大切だと思います.しかし,開業医では高価な計測機器をいくつも取り揃えるのは難しく,そういった意味では,福岡県でご開業の筒井照子先生が提唱されるタッピング法なども,一つの有効な手段ではないかと思います. |