![]() 10月号特集「自家歯牙移植・再植のいまを問う(ll) ――再植による歯の救済・延命を求めて」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.) やまだ ひろゆき 山田浩之 今回の特集は,保存の可否が問われるような問題―歯根破折や骨縁下う蝕,難治性根尖病巣,根管穿孔,垂直破折,重度歯周疾患など―を抱えた歯を保存するために,移植・再植のコンセプトをいかに用いるかというものであり,しっかりした診断と生物学的背景にのっとった確実な術式を採用することにより,かなりの歯を長期的に保存できることが示されていました. 下地先生の“外科的挺出をどう位置づけるか”というテーマにおいては,深い歯肉縁下う蝕や歯根破折が生じた歯を保存する考え方として,まず保存するかどうかの診断,そして次に矯正的挺出と外科的挺出のどちらを適応させるかの臨床的診断基準の視点が明解に示されています. 真坂先生と塚原先生は,難治性根尖性歯周炎,難治性根管穿孔歯,垂直破折歯,および根分岐部を有する重度歯周疾患歯に対する意図的再植について報告されています. 真坂先生は,難治性の原因である根尖の解剖学的問題をはじめ,根管穿孔部や歯根破折部をスーパーボンドC&B®で封鎖あるいは接着させて再植するという術式について述べ,塚原先生は,根面のデブライドメントが困難な根分岐部等を有する歯を口腔外で確実にデブライドメントし,歯根面にエムドゲイン®を塗布して再植する術式について述べています.両氏の症例において,良好な予後が得られているのは,歯根膜の保存と再生に最大限の注意をはらい,厳密な術式を用いているからこそである,と痛感しました. 意図的再植にエムドゲイン®を応用した新しい取り組みは,エムドゲイン®が歯周病により喪失した付着の獲得と再植後の歯根膜治癒の両者に有効に働くとすると,有益な治療法であると考えられます. 中川先生・大島先生は,大学での研究成果に基づき,再植後の治癒過程について組織像とシェーマを用いてわかりやすく解説されています.移植・再植を施術する際には,このような生物学的理論を十分理解した上で行うことが重要と考えられます. 中川先生は,歯根の吸収・骨性癒着を生じさせずに再植を成功に導くには,歯根膜の保存,根管に対する適切な処置が重要であることを示され,歯の保存液に求められる条件についても言及されています. 大島先生は,歯の再植という物理的損傷に対して象牙質・歯髄複合体がどのように反応するかを詳しく解説されています.ネズミの実験モデルにおいて歯髄が骨様組織に置換されるケースがみられ,このような場合に骨吸収やアンキローシスが容易に起きるそうです.アンキローシスという現象を,歯が「歯としてのidentityを失った状態」とユニークな表現をされていました.「歯としてのidentityを保つための臨床的な条件は,歯髄細胞を生きながらえさせることだ」とすると,歯科臨床において歯髄を保存することは重要な意味を持つと思われます. 問題を抱えた歯を安易に抜歯してインプラントに置換するのではなく,「できるだけ歯を抜かずに治したい」という患者さんの願いに対して,最大限の努力をすることは臨床医として基本的な姿勢であると考えます. 特集「自家歯牙移植・再植のいまを問う(l)・(ll)」を通じて,歯を保存すること,歯根膜・歯髄を保存することに,さらに情熱を傾けたいと刺激を受けたところです. |
![]() 10月号特集「自家歯牙移植・再植のいまを問う(ll) ――再植による歯の救済・延命を求めて」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.) どい かつひろ 土肥勝博 自家歯牙移植に関しては,6月号特集でもふれられていたように,現在,歯科臨床における有効な治療手段として認知されていると思います.私自身も,押見 一先生(東京都開業)に自家歯牙移植を教えていただいて以来,1つのオプションとして応用しています. 今回のテーマである「再植」に関しては,深い歯肉縁下カリエスや歯根破折歯の外科的挺出を臨床に時々応用して,その有効性を実感しています. 現在,広く一般的に行われているのは,矯正的挺出と外科的挺出であろうと思われます.下地論文では,両者の使い分けと適応症を細かく分析・整理されており,私自身改めて頭の中が整理できました.原則的には,矯正的挺出を優先させ,それが不都合な場合にのみ適応症を厳選して外科的挺出を行う,という下地先生の意見には同感です. 真坂論文では,多くの意図的再植症例が提示されており,そのアクロバチックな技術と素晴らしい経過には驚きました. 実は私自身,垂直破折歯の意図的再植を1症例だけ経験しております.症例は,初診時(1994年)50歳の女性で, ![]() ![]() しかし,真坂先生が述べられているように,意図的再植法がたしかな治療法として確立されれば患者に与える恩恵は大きいので,今後,基礎的・臨床的研究がさらに進められることを私も願っております. 塚原論文を読んだ感想は,驚きの一言であります.重度歯周疾患歯に対して,歯周疾患の改善を目的として意図的再植を行う――これには10年以上前,垂直破折歯に対して接着を用いて保存する,という真坂先生の論文を目にした時と同様の衝撃を受けました.塚原先生が述べているように,技術的にはそれほど難しくなく臨床応用しやすい方法と思われるので,今後のさらなる研究と経過観察を期待したいと思います. 中川論文では,再植後の治癒変化について詳しく解説されていました.結論として,歯根膜の保存と根管に対する適切な処置が重要である,と述べられており,適応症を厳選して行えば,再植は有用性の高い処置であることを再認識しました. 大島論文では,歯の再植後の歯髄の治癒過程を解説されており,歯髄の生物学的特性について,たいへん勉強になりました. 私にとって今回の特集は,再植に対して今まで以上に興味を持つことができた,中身の濃い,すばらしい内容でした. |
![]() 9月号特集「患者さんから信頼を得るための 診療システムへの転換」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.) やまわきけんじ 山脇健史 歯科医院経営が大変厳しい時代を迎えている昨今,今回の特集は非常に興味深い内容でした.歯科大学,歯学部の定員削減が叫ばれているにもかかわらず,依然として毎年2千数百人の歯科医師が産まれ続けており,その数に今後も大きな変化がなければますます歯科医院の経営悪化は進むことと思われます. 一方,国民の健康への関心が高まりつつある現在,昔のようにカリエスがあふれている時代でもないようです.実際,最近の統計を見ても歯の喪失やカリエス罹患数の減少が続いています.もちろん,このことは歯科疾患の予防を押し進めてきた成果であり,われわれ歯科医療関係者にとって非常に喜ばしいことでもあります.しかし,歯科疾患が減少傾向にある中,歯科医院の数が増え続けて飽和状態を迎えた現在,治療を中心とした診療システムを大きく転換する必要に迫られているのではないでしょうか. 歯科医院の経営を考えた場合,疾患が少ないわけですから,その視線は予防と治療後のメインテナンスに向けられるでしょう.また,これまでのように治療をシステムの中心において考えるのであれば,インプラントや審美補綴のような自費中心の治療へ目が向けられることは当然かもしれません.さらに,マイクロスコープやレーザー,デジタルレントゲン機器など,最新の歯科用医療機器は飛びつきたくなる魅力を備えていることも理解できます. 今回の特集においても,予防とメインテナンスに目を向けておられる先生は,「健康な人に来てもらう」ためのすばらしい工夫を紹介されていましたし,コンピュータや各種パンフレットを用いてメインテナンスがスムーズに進むようシステム化されていました.また治療の面では,インプラント治療を何人かの先生方がとり入れて成功されており,非常に美しい審美補綴物は歯科医院差別化への大きな戦力となりうることが伺い知れました.さらに,治療内容が患者さんにわかりやすいという意味でマイクロスコープは絶大なインパクトをもつようですし,各種講習会で研修した修了証を待合室に飾ることも,患者さんに非常にわかりやすくアピールする方法であると思いました. さて,「歯科医院が経営の安定化を図るためのさまざまな方策」はさておき,今回,特集の表題にある「患者さんから信頼を得るため」には何が大切なのでしょうか.これまで歯科医療・歯科医師は,どれほど患者さん・国民に信頼されてきたのでしょう.現在,歯科医師の政治団体による献金問題が盛んに報道されていますが,患者さんや国民からのわれわれ歯科医師に対する信頼は揺らいでいないでしょうか.診療システムを変えることで患者さんとの信頼を構築できればそれに越したことはないのですが,「患者さんとの信頼関係を築く」とはそのようなことなのだろうかと,本特集を読みながら考え込んでしまったことも事実です. 高度な技術を要する歯科治療,新しい機器,斬新な診療システムは患者さんからの信頼を得る1つのきっかけにはなると思います.しかし,日常の臨床においては,(1)治療前に十分なカウンセリングを行う,(2)基本的な歯科医療を十分時間をかけて確実に施す,(3)治療後,行った治療内容を説明するという,当たり前のことの繰り返しが患者さんとの信頼関係構築につながる第一歩ではないかと思えてなりません. 歯科医療が経営面から語られることが多い昨今,とても考えさせられる特集内容でありました. |
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![]() 9月号特集「患者さんから信頼を得るための 診療システムへの転換」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.) おかなが さとる 岡永 覚 筆者が『日本歯科評論』『デンタルダイヤモンド』『歯科技工』などに連載物を執筆していたころのことを思い出しながら,読ませていただいた.当時,歯科を経営の視点からいろいろと分析し,提言をしたり,東海歯科技工士学校で経営学を教えたりしていたのは,将来このような時代が必ず来ると思ったからである.そして,その後,経営の話をしなくなったのは,不幸なことに恐ろしいほど予想が的中し,歯科医業で何とか生活できる時代が終焉を迎えたからである.歯科医院が勝ち組と負け組に2極化してきているとよく言われるが,その表現は適切でないと思う.あたかも,勝ち組の歯科医院になれば,何とかなるような錯覚を与えるからだ. 勝ち組の歯科医院になるためには,他院との差別化が不可欠である.そのためには,インプラントや矯正などを採り入れ,治療面で特色を出していかなければならない.たしかに,その通りだと思う.しかし,そのために,どれだけの投資が必要だろうか.時間とコストを考えてみよう.差別化するためには,参入障壁が高ければ高いほど良く,そのため投資リスクも高くなる.導入に時間とコストがかかり,しかも訴訟が多い治療,このような条件を満たさないと差別化にはならない.そのように考えると,インプラントも,矯正も,専門医レベルの設備と技術が求められ,投資リスクが高い.そのような治療は,中途半端な対応では患者が納得しないのだ.オペ室で行わないインプラントなんて論外である.したがって,投資に見合う増収が見込めなければ,負け組に転落することを意味している. 残念ながら,負け組予備軍であった筆者は,そのようなリスクを負うことができなかった.よって,筆者はインプラントも矯正もやらない歯科医である.ただ,このまま診療を続けていると,明日はないと思った.そこで,顎関節症に注目し,ゲリラ戦で闘うことにした.顎関節症には,歯科だけでは解決できない部分が多いため,カイロプラクティックや心理学の知識が必要だと考え,勉強を始めた.カイロプラクター養成校でカイロプラクティックを学び,大学評価・学位授与機構で理学士(B.Sc.)を取得した.また,大学生になって心理学の専門教育を受け,心理士(日本心理学会認定)の認定を受けた.お陰様で,カイロプラクティックも,心理学も,大学レベルの研修を終了していることを公的機関に認めていただいた.それを受けて,歯科技工室をカイロ・物療室に改装した. 日本顎咬合学会の認定医資格しか持っていない筆者は,どこにでもいる「ただの歯科医」である.しかし,顎関節症,歯ぎしり,歯科心身症などの患者が多く来院するようになった.患者さんに,「歯を治すだけなら,わざわざ先生のところに来ません.ただ,先生のような歯科医がいないのです」と言われるようになった.その結果,ここ数年,患者は減っていない.インプラントや矯正をしなくても,差別化はできるのだ. しかし,筆者はまだ負け組予備軍のままである.何故ならば,患者が増えても,増収増益を続けなければ勝ち組ではないからね.減収増益や増収減益では負け組予備軍だ.そのような視点に立つと,一見すると勝ち組のように見える歯科医院の中にも,負け組予備軍に分類されるものがかなり含まれていると思えてならない. |
![]() 8月号特集「欠損歯列再考―短縮歯列か補綴介入か」 を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.) なかむらてるお 中村輝夫 もう10年以上前のことですが,本特集に登場されている宮地先生らと共に“患者がどの程度歯を失うと,咀嚼に不便を感じるのか”,自覚症状を調査したことがありました.その調査で意外だったのは,1カ所でも咬合支持があれば不都合を感じない人が多くいたことです.咀嚼するときは片側でしか噛めない,つまり咀嚼能率を無視すれば,臼歯部のどこかに咬合支持する部分があれば,とりあえず食事はできるのです. このような患者サイドの感覚と“28歯すべてが正しい咬合接触でなくてはならない”という考えのうち,どちら寄りの立場をとったらよいか長いこと悩まされた者にとって,本特集は非常に興味深いものでした. スタディグループでも,「短縮歯列」はたびたび討論の俎上に載ることがあり,最近では容認派が優勢になった感がありますが,五十嵐先生の論文から欧州では主流になっていることを知り,驚きました. また,五十嵐先生の咬合支持に関する1991年までの研究で,「大臼歯部に比べ小臼歯部の咬合支持はより重要で,下顎位の安定に寄与している」ことが明らかになったということに興味を覚えました. というのは,筆者はかねてより急性の顎関節症患者に対して上顎小臼歯部にミニスプリントを製作し,著効を得ていますが,これはこの部に下顎閉口筋の合力点があるという数編の論文を読んだからです.ドーソンをはじめ,一般的には,咬筋の近心縁は大臼歯の遠心にあるから,小臼歯部に閉口筋の合力点があるはずがない,と考えるのが妥当かもしれません.しかし,私自身の臨床実感としては,解明されていない謎が秘められているように思います. 五十嵐先生の「短縮歯列にすると下顎位が変化するか」についての実験では,5名中1名は咬合接触が小臼歯のみになってもほとんど変化しなかったが,他の4名は咬合接触が大臼歯から小臼歯部へと減少するに従い,下顎関節頭が関節窩方向へ変位する様相が見られたということでした.同様の実験を7名に行った佐藤による研究では,この差は被験者のGonial Angleと強い相関があるとの結果を発表しています(佐藤 清:正常有歯顎者咬合力作用時における下顎の偏位傾向に関する研究.補綴誌,23:585―602,1979.).この研究結果から考えると,五十嵐先生の実験で1人だけ結果が異なったのは,骨格の差が出たためではないでしょうか? 研究の結果,万人に通用する普遍的な真理が解明できればよいのですが,例えばGonial Angleが小さくエラが張っていて過蓋咬合ぎみで下顔面高さの短い人と,Gonial Angle が大きく顎が細く開口ぎみで下顔面高さが大きい人を分類せずに,同一の患者母集団として一般原則を見つけることに無理があるのではないか……と推測されます. 漢方医学は,慢性疾患に対する治療法として最近見直されつつあります.これは病状だけでなく,虚実とか熱寒などに象徴される相反する傾向の複合体として患者の体質を捉え,それに応じた薬を処方するという考えです.また,リケッツは歯科矯正学の分野で,長顔型と短顔型では力に対する反応が異なるため,診断に顎顔面骨のタイプ分けが重要だとし, その傾向度合いに応じた治療方針をとるべきだと説いています.この考えは, 補綴治療に際しても考慮すべき概念なのかもしれません. この他に,座談会でも治療方針の検討の仕方に関する興味ある討論がされていましたが,字数の関係でかねてから自分が疑問に思っていた問題に絞って感想を述べさせていただきました.この方面の研究が進むことを関係各位にお願いいたします. |