読後感


9月号特集「患者さんから信頼を得るための
診療システムへの転換」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.)

やまわきけんじ
山脇健史

 歯科医院経営が大変厳しい時代を迎えている昨今,今回の特集は非常に興味深い内容でした.歯科大学,歯学部の定員削減が叫ばれているにもかかわらず,依然として毎年2千数百人の歯科医師が産まれ続けており,その数に今後も大きな変化がなければますます歯科医院の経営悪化は進むことと思われます.
 一方,国民の健康への関心が高まりつつある現在,昔のようにカリエスがあふれている時代でもないようです.実際,最近の統計を見ても歯の喪失やカリエス罹患数の減少が続いています.もちろん,このことは歯科疾患の予防を押し進めてきた成果であり,われわれ歯科医療関係者にとって非常に喜ばしいことでもあります.しかし,歯科疾患が減少傾向にある中,歯科医院の数が増え続けて飽和状態を迎えた現在,治療を中心とした診療システムを大きく転換する必要に迫られているのではないでしょうか.
 歯科医院の経営を考えた場合,疾患が少ないわけですから,その視線は予防と治療後のメインテナンスに向けられるでしょう.また,これまでのように治療をシステムの中心において考えるのであれば,インプラントや審美補綴のような自費中心の治療へ目が向けられることは当然かもしれません.さらに,マイクロスコープやレーザー,デジタルレントゲン機器など,最新の歯科用医療機器は飛びつきたくなる魅力を備えていることも理解できます.
 今回の特集においても,予防とメインテナンスに目を向けておられる先生は,「健康な人に来てもらう」ためのすばらしい工夫を紹介されていましたし,コンピュータや各種パンフレットを用いてメインテナンスがスムーズに進むようシステム化されていました.また治療の面では,インプラント治療を何人かの先生方がとり入れて成功されており,非常に美しい審美補綴物は歯科医院差別化への大きな戦力となりうることが伺い知れました.さらに,治療内容が患者さんにわかりやすいという意味でマイクロスコープは絶大なインパクトをもつようですし,各種講習会で研修した修了証を待合室に飾ることも,患者さんに非常にわかりやすくアピールする方法であると思いました.
 さて,「歯科医院が経営の安定化を図るためのさまざまな方策」はさておき,今回,特集の表題にある「患者さんから信頼を得るため」には何が大切なのでしょうか.これまで歯科医療・歯科医師は,どれほど患者さん・国民に信頼されてきたのでしょう.現在,歯科医師の政治団体による献金問題が盛んに報道されていますが,患者さんや国民からのわれわれ歯科医師に対する信頼は揺らいでいないでしょうか.診療システムを変えることで患者さんとの信頼を構築できればそれに越したことはないのですが,「患者さんとの信頼関係を築く」とはそのようなことなのだろうかと,本特集を読みながら考え込んでしまったことも事実です.
 高度な技術を要する歯科治療,新しい機器,斬新な診療システムは患者さんからの信頼を得る1つのきっかけにはなると思います.しかし,日常の臨床においては,(1)治療前に十分なカウンセリングを行う,(2)基本的な歯科医療を十分時間をかけて確実に施す,(3)治療後,行った治療内容を説明するという,当たり前のことの繰り返しが患者さんとの信頼関係構築につながる第一歩ではないかと思えてなりません.
 歯科医療が経営面から語られることが多い昨今,とても考えさせられる特集内容でありました.




読後感


9月号特集「患者さんから信頼を得るための
診療システムへの転換」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.)

おかなが さとる
岡永 覚

 筆者が『日本歯科評論』『デンタルダイヤモンド』『歯科技工』などに連載物を執筆していたころのことを思い出しながら,読ませていただいた.当時,歯科を経営の視点からいろいろと分析し,提言をしたり,東海歯科技工士学校で経営学を教えたりしていたのは,将来このような時代が必ず来ると思ったからである.そして,その後,経営の話をしなくなったのは,不幸なことに恐ろしいほど予想が的中し,歯科医業で何とか生活できる時代が終焉を迎えたからである.歯科医院が勝ち組と負け組に2極化してきているとよく言われるが,その表現は適切でないと思う.あたかも,勝ち組の歯科医院になれば,何とかなるような錯覚を与えるからだ.
 勝ち組の歯科医院になるためには,他院との差別化が不可欠である.そのためには,インプラントや矯正などを採り入れ,治療面で特色を出していかなければならない.たしかに,その通りだと思う.しかし,そのために,どれだけの投資が必要だろうか.時間とコストを考えてみよう.差別化するためには,参入障壁が高ければ高いほど良く,そのため投資リスクも高くなる.導入に時間とコストがかかり,しかも訴訟が多い治療,このような条件を満たさないと差別化にはならない.そのように考えると,インプラントも,矯正も,専門医レベルの設備と技術が求められ,投資リスクが高い.そのような治療は,中途半端な対応では患者が納得しないのだ.オペ室で行わないインプラントなんて論外である.したがって,投資に見合う増収が見込めなければ,負け組に転落することを意味している.
 残念ながら,負け組予備軍であった筆者は,そのようなリスクを負うことができなかった.よって,筆者はインプラントも矯正もやらない歯科医である.ただ,このまま診療を続けていると,明日はないと思った.そこで,顎関節症に注目し,ゲリラ戦で闘うことにした.顎関節症には,歯科だけでは解決できない部分が多いため,カイロプラクティックや心理学の知識が必要だと考え,勉強を始めた.カイロプラクター養成校でカイロプラクティックを学び,大学評価・学位授与機構で理学士(B.Sc.)を取得した.また,大学生になって心理学の専門教育を受け,心理士(日本心理学会認定)の認定を受けた.お陰様で,カイロプラクティックも,心理学も,大学レベルの研修を終了していることを公的機関に認めていただいた.それを受けて,歯科技工室をカイロ・物療室に改装した.
 日本顎咬合学会の認定医資格しか持っていない筆者は,どこにでもいる「ただの歯科医」である.しかし,顎関節症,歯ぎしり,歯科心身症などの患者が多く来院するようになった.患者さんに,「歯を治すだけなら,わざわざ先生のところに来ません.ただ,先生のような歯科医がいないのです」と言われるようになった.その結果,ここ数年,患者は減っていない.インプラントや矯正をしなくても,差別化はできるのだ.
 しかし,筆者はまだ負け組予備軍のままである.何故ならば,患者が増えても,増収増益を続けなければ勝ち組ではないからね.減収増益や増収減益では負け組予備軍だ.そのような視点に立つと,一見すると勝ち組のように見える歯科医院の中にも,負け組予備軍に分類されるものがかなり含まれていると思えてならない.




読後感


8月号特集「欠損歯列再考―短縮歯列か補綴介入か」
を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』9月号に掲載された内容を転載したものです.)

うめはらかずひろ
梅原一浩

 「短縮歯列か補綴介入か」をテーマとする本特集は,とても興味深いものでした.
 私の場合,日常臨床において,ほとんどの症例で補綴介入していると思います.なぜなら,欠損歯列を読む上で臼歯部の咬合支持が重要だと考えているからです.そのようなこともあり,本特集ではそのポイントとして,宮地先生が「咬合三角の第IIエリアから第Vエリアにかけては補綴介入,第Iエリアでは補綴介入を控えめにし,場合によっては5番から5番までの短縮歯列でも可である」という補綴学的指標を示していただけたことは印象的でした.さらに,インプラントなどの補綴方法と同様に,短縮歯列を治療オプションの1つとする考えも非常に興味のある内容でした.
 また,誌上討論(第2部:座談会)の原本となった五十嵐先生の論文(第1部)では,短縮歯列が欧州を中心に広がりつつある背景と,日本と欧州での考え方の違いについての詳細を知ることができ,たいへん興味深く読ませていただきました.第1部の論文を通じて,あらためて短縮歯列をどう捉えるべきか見直す機会が持てたこと,そして“どのような場合に短縮歯列を選択すべきか”といった臨床的指標を欠損形態から把握することができたことは,とても有意義でした.
 特に,誌上討論の中では,短縮歯列のリスクとその考え方について,わかりやすく整理されていたと思います.短縮歯列を選択することで,(1)支台歯のトラブル,(2)顎関節のトラブル,(3)上顎前歯部のトラブル,(4)欠損部対合歯のトラブル,が起こりうること.また,これらを把握した上で,患者さんの年齢や機能評価から補綴介入の時期を検討する必要があることは,私の臨床的実感として内心わかっていながらも実際に行っていなかった部分だと思います.そして,経過観察の必要性についても,あらためて再認識できました.
 しかし,もし目の前にいる患者さんに対して治療方針を立てる場合に,「この原則論だけで押し通せるか」と言うと,疑問を感じるのが正直なところです.
 具体的な例を挙げると,歯周病が原因で元々1級だったものが2級1類に変化した場合に生じた67欠損ではどうでしょう? 私が疑問に感じたのは,そのような場合の治療計画では,まず炎症のコントロールを主体に治療するとともに,適切な顎位の獲得と維持のために,歯軸の修正や欠損部に対する新たな咬合支持が必要不可欠である,と考えているからです.もちろん,短縮歯列も治療オプションとなりえますが,欠損拡大の原因と背景を理解した上で治療方針を計画し,もう少し個々の症例に対応した条件を考える必要があるのではないでしょうか.
 実際,誌上討論では,こうした背景を重視した上でデメリットを最小限にする治療法として短縮歯列を見直そうという考えが述べられていました.
 五十嵐先生の論文や誌上討論を読み終えて,本特集は,これまで主流であった「欠損イコール補綴介入」といった短絡的な考え方に対して,一石を投じた内容であることに違いはありません.あらためて,欠損歯列の奥深さを再認識したように思います.




読後感


8月号特集「欠損歯列再考−短縮歯列か補綴介入か」
を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』9月号に掲載された内容を転載したものです.)

しずまゆういちろう
静間祐一郎

 大学時代には,「欠損」は必ず補綴することとして学んできた.臨床に出てからは,「欠損」は残存歯に多大なリスクを背負わせるもの以外は補綴することとして考えていた.そして現在は,「欠損」はそれ自体が病態であるかどうかを見極めた後,どうするか判断するようにしている.しかし,この「見極め」が非常に難しく,日々自分の行った臨床を振り返り,反省している次第である.
 本特集のテーマとなっている「短縮歯列か」「補綴介入か」という問題は奥が深く,なかなか結論が出にくいものであるが,最近の傾向からみると,MIなどの風潮により短縮歯列の考えが強くなってきているように感じるのは私だけであろうか? たしかに,短縮歯列の概念を一種の補綴方法として捉えることも,最近は定着してきているように思われるものの,補綴せずに経過観察を行う考え方が,つい数年前の国家試験に出題されたというから驚きである.この特集を読むまでは,この程度の認識の中で短縮歯列というものを考えていた.
 座談会で提示された日高先生の症例1に関しても,補綴介入しなかったことが良好な経過に結びついた,と述べられているが,日高先生もその要因として弱い咬合力と比較的安定した咬合であったことを分析されている.このような問題には“必ずしも正解があるわけではない”と思っているが,果たして自分がこのような症例に出会ったときに同じ対応ができたか,考えてしまう.
 逆に日高先生の症例2では,咬合崩壊の回避と最後方臼歯の保護のために積極的に大臼歯部にインプラントを用いて治療されたことを,日高先生は“過剰介入であったか”と悩まれていたが,むしろ右下6番と左下5番の状態を考慮すると,積極的に介入してよかったのではないか,と自分は思っている.
 私自身,最近では,咬合支持している最後方臼歯の状態は補綴介入の是非を決める上で大きなポイントになる,と考えている.また,野嶋先生の「短縮歯列としての残存歯に与える負担を考えると,旧来の義歯よりもインプラントのほうが現在においては選択肢の上位にくるのではないか」という考えにも共感した.一概に短縮歯列の適応を述べることはできないが,患者の年齢や性格,生活背景,また咬合力や咬合関係,パラファンクションの有無,欠損に至るまでの経緯など,様々な要素が関与してくることだけは,今回の論文や症例から見えてきたような気がする.
 補綴介入の時期に関しても,宮地先生が「問題が起こるまで待っていても対応さえ後手に回らなければ,最も介入リスクが少ない方法である」と述べておられ,定期的な来院の重要性を強調されていたことも共感できる内容であった.
 われわれ臨床家は,自分の日々の臨床の中での普遍性を常に求めている.その上で,宮地先生の咬合三角の考え方は,臨床経験の少ない私にとっても非常に活用しやすいものであった.もちろん,一つの指標にすぎないが,このような診査基準を一つずつ増やしていくことが診断能力を高めることになるのであろう,と痛感した.
 患者の要望と術者の考えは必ずしも一致しないこともあるが,それぞれの症例がどのような状態の欠損歯列なのかを見極め,あるときは積極的に補綴介入し,またあるときは積極的に短縮歯列として扱うかを多角的な面から判断することを忘れないように心掛けたい.
 座談会における先生方の議論は,自分の臨床を見つめ直す意味で大変有意義なものであったと確信している.