読後感


8月号特集「欠損歯列再考―短縮歯列か補綴介入か」
を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.)

なかむらてるお
中村輝夫

 もう10年以上前のことですが,本特集に登場されている宮地先生らと共に“患者がどの程度歯を失うと,咀嚼に不便を感じるのか”,自覚症状を調査したことがありました.その調査で意外だったのは,1カ所でも咬合支持があれば不都合を感じない人が多くいたことです.咀嚼するときは片側でしか噛めない,つまり咀嚼能率を無視すれば,臼歯部のどこかに咬合支持する部分があれば,とりあえず食事はできるのです.
 このような患者サイドの感覚と“28歯すべてが正しい咬合接触でなくてはならない”という考えのうち,どちら寄りの立場をとったらよいか長いこと悩まされた者にとって,本特集は非常に興味深いものでした.
 スタディグループでも,「短縮歯列」はたびたび討論の俎上に載ることがあり,最近では容認派が優勢になった感がありますが,五十嵐先生の論文から欧州では主流になっていることを知り,驚きました.
 また,五十嵐先生の咬合支持に関する1991年までの研究で,「大臼歯部に比べ小臼歯部の咬合支持はより重要で,下顎位の安定に寄与している」ことが明らかになったということに興味を覚えました.
 というのは,筆者はかねてより急性の顎関節症患者に対して上顎小臼歯部にミニスプリントを製作し,著効を得ていますが,これはこの部に下顎閉口筋の合力点があるという数編の論文を読んだからです.ドーソンをはじめ,一般的には,咬筋の近心縁は大臼歯の遠心にあるから,小臼歯部に閉口筋の合力点があるはずがない,と考えるのが妥当かもしれません.しかし,私自身の臨床実感としては,解明されていない謎が秘められているように思います.
 五十嵐先生の「短縮歯列にすると下顎位が変化するか」についての実験では,5名中1名は咬合接触が小臼歯のみになってもほとんど変化しなかったが,他の4名は咬合接触が大臼歯から小臼歯部へと減少するに従い,下顎関節頭が関節窩方向へ変位する様相が見られたということでした.同様の実験を7名に行った佐藤による研究では,この差は被験者のGonial Angleと強い相関があるとの結果を発表しています(佐藤 清:正常有歯顎者咬合力作用時における下顎の偏位傾向に関する研究.補綴誌,23:585―602,1979.).この研究結果から考えると,五十嵐先生の実験で1人だけ結果が異なったのは,骨格の差が出たためではないでしょうか?
 研究の結果,万人に通用する普遍的な真理が解明できればよいのですが,例えばGonial Angleが小さくエラが張っていて過蓋咬合ぎみで下顔面高さの短い人と,Gonial Angle が大きく顎が細く開口ぎみで下顔面高さが大きい人を分類せずに,同一の患者母集団として一般原則を見つけることに無理があるのではないか……と推測されます.
 漢方医学は,慢性疾患に対する治療法として最近見直されつつあります.これは病状だけでなく,虚実とか熱寒などに象徴される相反する傾向の複合体として患者の体質を捉え,それに応じた薬を処方するという考えです.また,リケッツは歯科矯正学の分野で,長顔型と短顔型では力に対する反応が異なるため,診断に顎顔面骨のタイプ分けが重要だとし,
その傾向度合いに応じた治療方針をとるべきだと説いています.この考えは, 補綴治療に際しても考慮すべき概念なのかもしれません.
 この他に,座談会でも治療方針の検討の仕方に関する興味ある討論がされていましたが,字数の関係でかねてから自分が疑問に思っていた問題に絞って感想を述べさせていただきました.この方面の研究が進むことを関係各位にお願いいたします.




読後感


8月号特集「欠損歯列再考―短縮歯列か補綴介入か」
を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』9月号に掲載された内容を転載したものです.)

うめはらかずひろ
梅原一浩

 「短縮歯列か補綴介入か」をテーマとする本特集は,とても興味深いものでした.
 私の場合,日常臨床において,ほとんどの症例で補綴介入していると思います.なぜなら,欠損歯列を読む上で臼歯部の咬合支持が重要だと考えているからです.そのようなこともあり,本特集ではそのポイントとして,宮地先生が「咬合三角の第IIエリアから第Vエリアにかけては補綴介入,第Iエリアでは補綴介入を控えめにし,場合によっては5番から5番までの短縮歯列でも可である」という補綴学的指標を示していただけたことは印象的でした.さらに,インプラントなどの補綴方法と同様に,短縮歯列を治療オプションの1つとする考えも非常に興味のある内容でした.
 また,誌上討論(第2部:座談会)の原本となった五十嵐先生の論文(第1部)では,短縮歯列が欧州を中心に広がりつつある背景と,日本と欧州での考え方の違いについての詳細を知ることができ,たいへん興味深く読ませていただきました.第1部の論文を通じて,あらためて短縮歯列をどう捉えるべきか見直す機会が持てたこと,そして“どのような場合に短縮歯列を選択すべきか”といった臨床的指標を欠損形態から把握することができたことは,とても有意義でした.
 特に,誌上討論の中では,短縮歯列のリスクとその考え方について,わかりやすく整理されていたと思います.短縮歯列を選択することで,(1)支台歯のトラブル,(2)顎関節のトラブル,(3)上顎前歯部のトラブル,(4)欠損部対合歯のトラブル,が起こりうること.また,これらを把握した上で,患者さんの年齢や機能評価から補綴介入の時期を検討する必要があることは,私の臨床的実感として内心わかっていながらも実際に行っていなかった部分だと思います.そして,経過観察の必要性についても,あらためて再認識できました.
 しかし,もし目の前にいる患者さんに対して治療方針を立てる場合に,「この原則論だけで押し通せるか」と言うと,疑問を感じるのが正直なところです.
 具体的な例を挙げると,歯周病が原因で元々1級だったものが2級1類に変化した場合に生じた67欠損ではどうでしょう? 私が疑問に感じたのは,そのような場合の治療計画では,まず炎症のコントロールを主体に治療するとともに,適切な顎位の獲得と維持のために,歯軸の修正や欠損部に対する新たな咬合支持が必要不可欠である,と考えているからです.もちろん,短縮歯列も治療オプションとなりえますが,欠損拡大の原因と背景を理解した上で治療方針を計画し,もう少し個々の症例に対応した条件を考える必要があるのではないでしょうか.
 実際,誌上討論では,こうした背景を重視した上でデメリットを最小限にする治療法として短縮歯列を見直そうという考えが述べられていました.
 五十嵐先生の論文や誌上討論を読み終えて,本特集は,これまで主流であった「欠損イコール補綴介入」といった短絡的な考え方に対して,一石を投じた内容であることに違いはありません.あらためて,欠損歯列の奥深さを再認識したように思います.




読後感


8月号特集「欠損歯列再考−短縮歯列か補綴介入か」
を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』9月号に掲載された内容を転載したものです.)

しずまゆういちろう
静間祐一郎

 大学時代には,「欠損」は必ず補綴することとして学んできた.臨床に出てからは,「欠損」は残存歯に多大なリスクを背負わせるもの以外は補綴することとして考えていた.そして現在は,「欠損」はそれ自体が病態であるかどうかを見極めた後,どうするか判断するようにしている.しかし,この「見極め」が非常に難しく,日々自分の行った臨床を振り返り,反省している次第である.
 本特集のテーマとなっている「短縮歯列か」「補綴介入か」という問題は奥が深く,なかなか結論が出にくいものであるが,最近の傾向からみると,MIなどの風潮により短縮歯列の考えが強くなってきているように感じるのは私だけであろうか? たしかに,短縮歯列の概念を一種の補綴方法として捉えることも,最近は定着してきているように思われるものの,補綴せずに経過観察を行う考え方が,つい数年前の国家試験に出題されたというから驚きである.この特集を読むまでは,この程度の認識の中で短縮歯列というものを考えていた.
 座談会で提示された日高先生の症例1に関しても,補綴介入しなかったことが良好な経過に結びついた,と述べられているが,日高先生もその要因として弱い咬合力と比較的安定した咬合であったことを分析されている.このような問題には“必ずしも正解があるわけではない”と思っているが,果たして自分がこのような症例に出会ったときに同じ対応ができたか,考えてしまう.
 逆に日高先生の症例2では,咬合崩壊の回避と最後方臼歯の保護のために積極的に大臼歯部にインプラントを用いて治療されたことを,日高先生は“過剰介入であったか”と悩まれていたが,むしろ右下6番と左下5番の状態を考慮すると,積極的に介入してよかったのではないか,と自分は思っている.
 私自身,最近では,咬合支持している最後方臼歯の状態は補綴介入の是非を決める上で大きなポイントになる,と考えている.また,野嶋先生の「短縮歯列としての残存歯に与える負担を考えると,旧来の義歯よりもインプラントのほうが現在においては選択肢の上位にくるのではないか」という考えにも共感した.一概に短縮歯列の適応を述べることはできないが,患者の年齢や性格,生活背景,また咬合力や咬合関係,パラファンクションの有無,欠損に至るまでの経緯など,様々な要素が関与してくることだけは,今回の論文や症例から見えてきたような気がする.
 補綴介入の時期に関しても,宮地先生が「問題が起こるまで待っていても対応さえ後手に回らなければ,最も介入リスクが少ない方法である」と述べておられ,定期的な来院の重要性を強調されていたことも共感できる内容であった.
 われわれ臨床家は,自分の日々の臨床の中での普遍性を常に求めている.その上で,宮地先生の咬合三角の考え方は,臨床経験の少ない私にとっても非常に活用しやすいものであった.もちろん,一つの指標にすぎないが,このような診査基準を一つずつ増やしていくことが診断能力を高めることになるのであろう,と痛感した.
 患者の要望と術者の考えは必ずしも一致しないこともあるが,それぞれの症例がどのような状態の欠損歯列なのかを見極め,あるときは積極的に補綴介入し,またあるときは積極的に短縮歯列として扱うかを多角的な面から判断することを忘れないように心掛けたい.
 座談会における先生方の議論は,自分の臨床を見つめ直す意味で大変有意義なものであったと確信している.




読後感


7月号特集「レーザーをよく知り,使いこなすために
――Nd:YAGレーザーの有効活用」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.)

やまだけいこ
山田恵子

 1960年にMaimanによって発振されたレーザーは,あらゆる分野で応用され,20世紀最大の発見と謳われるようになった.中でも医学領域,特に外科,眼科,皮膚科においてレーザーは不可欠な医療機器となっている.一方,歯科領域では種々のレーザーに関する膨大な量の基礎的研究はあるが,あまりに多岐にわたりすぎ,臨床家は選択に困るとの声も多い.そんな中,機種をNd:YAGレーザーに絞り,各治療分野での活用について,専門家の臨床所見に裏付けされた論文が特集として掲載されたことは意義深いと思われる.
 津田先生・明石先生は,Nd:YAGレーザーの基本原理と歯科の各分野における基礎的研究,そして臨床応用の実際について,莫大な数の文献から実にすっきりとわかりやすくまとめて述べており,臨床家には大変ありがたい内容である.ぺインコントロールからう蝕治療,歯内・歯周治療,口腔外科治療,補綴治療,矯正治療と,ほとんどの領域で応用可能で,Nd:YAGレーザーの歯科における存在価値が高いことがわかる.
 野坂先生は本レーザーによるう蝕予防・治療の面からその有効性を述べている.筆者自身も,白濁した平滑面にNd:YAGレーザーとフッ化物塗布を併用すると歯面が滑択になり白濁も消失することを報告しているが,野坂論文も同様の効果を認めている.また,シーラントの前処置としてレーザーを用いると,ブラシコーンでの機械的清掃よりも裂溝内の汚れが除去されると述べている.筆者は幼若永久歯の裂溝う蝕予防にNd:YAGレーザー照射単独が有効であることを報告したが,いずれにしても,う蝕予防,初期う蝕の進行抑制の手段としてのNd:YAGレーザーの有効性の高さが示されている.
 野口先生らは,直径300 μmの導光ファイバーの開発により,歯周ポケット内に挿入しての操作が可能となったことから,歯石除去やSRPに応用した術後良好な臨床例を示している.さらに,Nd:YAGレーザーの殺菌作用によりポケット内の細菌巣が変化するという知見は興味あるところである.歯肉のメラニン色素除去については本レーザーが黒色に吸収されやすいことから応用され始めた処置であるが,無麻酔下で治療が可能なことは患者にとって大きな利点である.しかし,エネルギーが高すぎると逆に歯周組織に侵襲を与える危険性があるため,照射条件の設定には十分に留意すべきである.
 南里先生は補綴領域にレーザーを応用した先駆者であり,その長年の研究と臨床経験からレーザー溶接,レーザー治療のパラメーターを提示している.補綴処置の際の歯肉処理,顎関節症治療の例では具体的な照射条件が示されており,読者にはありがたい.また,チタンの溶接にいかにNd:YAGレーザーが不可欠であるかが理解できる.
 海老原先生・須田先生はNd:YAGレーザーが歯内療法領域,特に歯髄保護,根管消毒,根管内異物除去に有用であることについて,実験結果を供覧して述べている.中でも根管内異物除去に関しては現在ほかに確実な手立てがないことから,今後さらに期待が持てる方法である.
 歯科におけるレーザーの臨床応用がいまひとつ一般化しない理由は,従来の治療法に比べ卓越したものであるという確信が持てないところにあると思われる.しかし,本特集を読んで,何とかやりくりしてNd:YAGレーザーを購入し,日々の診療に活用しようと奮起された先生も多いのではないだろうか.願わくば,Nd:YAGレーザーがさらに求めやすい価格にならんことを…….




読後感


7月号特集「レーザーをよく知り,使いこなすために
――Nd:YAGレーザーの有効活用」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.)

みうら とおる
三浦 透

 一般臨床家にとってレーザーを導入するかどうかを判断する基準は,まず「レーザーにしかできないことがどれだけあるか」「今までの診療にレーザーを導入するとどんなメリットがあるか」ということで,そのことを知った上で,操作性や治療時間に納得でき,コストパフォーマンスが見合えば,いざ導入へということになるのだと思います.しかし,各種レーザー機器ともあまりに多様な適応が謳われているため,機種の選択は容易ではありません.適応の可能性が広がれば広がるほど,決め手となる特徴が見えにくくなっているように感じます.
 そのような中,今回の特集は機種をNd:YAGレーザーのみに絞り,研究に裏付けられた使用法を中心に構成されているため,Nd:YAGレーザーの適応症を鮮明に読み取ることができました.このレーザーが自分の考える使用目的に適しているかどうかの判断材料にもなるものと考えます.私も約10年前からNd:YAG レーザーを導入していますが,本特集中で紹介されている使用法,および私が有効と感じている主な処置には次のようなものが挙げられます.
口腔外科:表面麻酔のみで腫瘤,小帯の切除や膿瘍切開ができる.止血効果がある.抜歯後の照射により治癒を促進する.歯肉のメラニン色素沈着を除去できる.
ペインコントロール:インレー,コンポジットレジン修復の窩洞形成の前に照射すると疼痛緩和効果がある.口腔外科処置や窩洞形成時の麻酔薬注入という外科的侵収や,麻酔後の感覚麻痺という不快感から解放されることは,患者さんにとって大変なメリットである.
顎関節症:疼痛軽減や開口障害にも有効である.スプリントや投薬,マニピュレーション以外に,その場でできる処置の選択肢が増えることの意義は大きい.
う蝕予防:フッ化物塗布との併用により耐酸性が向上する.
歯内療法:通常の根管治療後,レーザーを当てることにより殺菌消毒効果が増大する.
歯周治療:SRPや薬剤と併用することにより細菌の殺菌効果が長期持続する.歯内療法や歯周治療において良好な予後がある程度推定できることは好ましいことである.
補綴治療:短時間で歯肉圧排ができ,出血,疼痛が少ない.また義歯性疼痛が短時間で緩解する.義歯内面削除以外に手段があるということはメリットである.
 実際の照射法には各臨床家がそれぞれ工夫を加えているものと思われますが,本特集で症例ごとに設定されている出力やパルス幅は多くの研究と臨床の積み重ねから導き出されたものであり,明確な指針として即臨床応用できる貴重な情報でした.
 ただ,レーザーが決して万能ではないことも事実です.私の経験では,根管内の異物除去などは実際やってみてもうまくいかないことが多く,エッチングは酸のほうが早く行えます.また,硬組織を切削できるというEr:YAGレーザーをもってしても,形成はタービンやマイクロモーターのほうが早いなど,まだまだ使いづらい面もあります.
 しかし,前記のようなメリットを知れば知るほど,また使い込んで実感していくほど,レーザーはなくてはならない存在になってきます.今,もし私の診療室からレーザーがなくなってしまうとすると,かなり困ります.それほどNd:YAGレーザーをはじめとする歯科用レーザーは独特の位置を占めつつあるのではないでしょうか.今後も,レーザーの研究に注目してゆきたいと思います.