![]() 7月号特集「レーザーをよく知り,使いこなすために ――Nd:YAGレーザーの有効活用」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.) やまだけいこ 山田恵子 1960年にMaimanによって発振されたレーザーは,あらゆる分野で応用され,20世紀最大の発見と謳われるようになった.中でも医学領域,特に外科,眼科,皮膚科においてレーザーは不可欠な医療機器となっている.一方,歯科領域では種々のレーザーに関する膨大な量の基礎的研究はあるが,あまりに多岐にわたりすぎ,臨床家は選択に困るとの声も多い.そんな中,機種をNd:YAGレーザーに絞り,各治療分野での活用について,専門家の臨床所見に裏付けされた論文が特集として掲載されたことは意義深いと思われる. 津田先生・明石先生は,Nd:YAGレーザーの基本原理と歯科の各分野における基礎的研究,そして臨床応用の実際について,莫大な数の文献から実にすっきりとわかりやすくまとめて述べており,臨床家には大変ありがたい内容である.ぺインコントロールからう蝕治療,歯内・歯周治療,口腔外科治療,補綴治療,矯正治療と,ほとんどの領域で応用可能で,Nd:YAGレーザーの歯科における存在価値が高いことがわかる. 野坂先生は本レーザーによるう蝕予防・治療の面からその有効性を述べている.筆者自身も,白濁した平滑面にNd:YAGレーザーとフッ化物塗布を併用すると歯面が滑択になり白濁も消失することを報告しているが,野坂論文も同様の効果を認めている.また,シーラントの前処置としてレーザーを用いると,ブラシコーンでの機械的清掃よりも裂溝内の汚れが除去されると述べている.筆者は幼若永久歯の裂溝う蝕予防にNd:YAGレーザー照射単独が有効であることを報告したが,いずれにしても,う蝕予防,初期う蝕の進行抑制の手段としてのNd:YAGレーザーの有効性の高さが示されている. 野口先生らは,直径300 μmの導光ファイバーの開発により,歯周ポケット内に挿入しての操作が可能となったことから,歯石除去やSRPに応用した術後良好な臨床例を示している.さらに,Nd:YAGレーザーの殺菌作用によりポケット内の細菌巣が変化するという知見は興味あるところである.歯肉のメラニン色素除去については本レーザーが黒色に吸収されやすいことから応用され始めた処置であるが,無麻酔下で治療が可能なことは患者にとって大きな利点である.しかし,エネルギーが高すぎると逆に歯周組織に侵襲を与える危険性があるため,照射条件の設定には十分に留意すべきである. 南里先生は補綴領域にレーザーを応用した先駆者であり,その長年の研究と臨床経験からレーザー溶接,レーザー治療のパラメーターを提示している.補綴処置の際の歯肉処理,顎関節症治療の例では具体的な照射条件が示されており,読者にはありがたい.また,チタンの溶接にいかにNd:YAGレーザーが不可欠であるかが理解できる. 海老原先生・須田先生はNd:YAGレーザーが歯内療法領域,特に歯髄保護,根管消毒,根管内異物除去に有用であることについて,実験結果を供覧して述べている.中でも根管内異物除去に関しては現在ほかに確実な手立てがないことから,今後さらに期待が持てる方法である.
|
|
![]() 7月号特集「レーザーをよく知り,使いこなすために ――Nd:YAGレーザーの有効活用」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.) みうら とおる 三浦 透 一般臨床家にとってレーザーを導入するかどうかを判断する基準は,まず「レーザーにしかできないことがどれだけあるか」「今までの診療にレーザーを導入するとどんなメリットがあるか」ということで,そのことを知った上で,操作性や治療時間に納得でき,コストパフォーマンスが見合えば,いざ導入へということになるのだと思います.しかし,各種レーザー機器ともあまりに多様な適応が謳われているため,機種の選択は容易ではありません.適応の可能性が広がれば広がるほど,決め手となる特徴が見えにくくなっているように感じます. そのような中,今回の特集は機種をNd:YAGレーザーのみに絞り,研究に裏付けられた使用法を中心に構成されているため,Nd:YAGレーザーの適応症を鮮明に読み取ることができました.このレーザーが自分の考える使用目的に適しているかどうかの判断材料にもなるものと考えます.私も約10年前からNd:YAG レーザーを導入していますが,本特集中で紹介されている使用法,および私が有効と感じている主な処置には次のようなものが挙げられます. 口腔外科:表面麻酔のみで腫瘤,小帯の切除や膿瘍切開ができる.止血効果がある.抜歯後の照射により治癒を促進する.歯肉のメラニン色素沈着を除去できる. ペインコントロール:インレー,コンポジットレジン修復の窩洞形成の前に照射すると疼痛緩和効果がある.口腔外科処置や窩洞形成時の麻酔薬注入という外科的侵収や,麻酔後の感覚麻痺という不快感から解放されることは,患者さんにとって大変なメリットである. 顎関節症:疼痛軽減や開口障害にも有効である.スプリントや投薬,マニピュレーション以外に,その場でできる処置の選択肢が増えることの意義は大きい. う蝕予防:フッ化物塗布との併用により耐酸性が向上する. 歯内療法:通常の根管治療後,レーザーを当てることにより殺菌消毒効果が増大する. 歯周治療:SRPや薬剤と併用することにより細菌の殺菌効果が長期持続する.歯内療法や歯周治療において良好な予後がある程度推定できることは好ましいことである. 補綴治療:短時間で歯肉圧排ができ,出血,疼痛が少ない.また義歯性疼痛が短時間で緩解する.義歯内面削除以外に手段があるということはメリットである. 実際の照射法には各臨床家がそれぞれ工夫を加えているものと思われますが,本特集で症例ごとに設定されている出力やパルス幅は多くの研究と臨床の積み重ねから導き出されたものであり,明確な指針として即臨床応用できる貴重な情報でした. ただ,レーザーが決して万能ではないことも事実です.私の経験では,根管内の異物除去などは実際やってみてもうまくいかないことが多く,エッチングは酸のほうが早く行えます.また,硬組織を切削できるというEr:YAGレーザーをもってしても,形成はタービンやマイクロモーターのほうが早いなど,まだまだ使いづらい面もあります. しかし,前記のようなメリットを知れば知るほど,また使い込んで実感していくほど,レーザーはなくてはならない存在になってきます.今,もし私の診療室からレーザーがなくなってしまうとすると,かなり困ります.それほどNd:YAGレーザーをはじめとする歯科用レーザーは独特の位置を占めつつあるのではないでしょうか.今後も,レーザーの研究に注目してゆきたいと思います. |
![]() 6月号特集『「自家歯牙移植・再植のいまを問う(I) ――自家歯牙移植を成功に導くために」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』7月号に掲載された内容を転載したものです.) よしのひろゆき 吉野宏幸 卒後間もない頃,自家歯牙移植(以下「移植」と略)の長期経過症例を指導医に見せてもらった時の感動は今でも鮮明に覚えている.何十万円もの費用をかけて植立するインプラントに比べ経済的で,なんとすばらしい治療法だろうと思い,さっそく下地 勲先生の著書(『カラーアトラス入門・自家歯牙移植−理論と臨床』・永末書店)を読みふけったものである.そこで感じたのは,一見アクロバチックな治療と思われる移植も,実は多くの研究に裏付けられた予知性の高い治療法であるということであった.それから今日まで5年間の臨床経験を積んだが,欠損部に対する治療計画を立案する上で,インプラントにするか,移植にするかでいまだに迷うことが多い. 本特集では条件さえ整えば,インプラントに比べ,移植のほうがさまざまな点で有利であることを示した症例が数多く紹介されており,また基礎的な見地からの考察もあり,非常に理解しやすかった.下地論文においては,いずれの症例も的確な診断の下に治療がなされており,長期にわたり治療を成功させるためのヒントが随所に垣間見られ,非常に勉強になった. 移植の大きなメリットは,咬合支持における加圧と受圧のバランスを整えることが比較的容易にできることだと思う.仲村論文で提示された最後の症例(症例5)も,移植を行うことにより,欠損歯列のアイヒナーの分類でB2からAに改善されている.インプラントであれば4,5本の埋入が必要で,そのぶん患者の経済的負担も大きくなる.ブラキシズムの疑いのある患者へのインプラント埋入は危険を伴うので避けるという意見には賛成である.その点で,田ア論文の「移植・再植歯とインプラントとの感覚受容の相違点」についての記述は臨床家にとっても非常に興味の持てる内容であった. 組織の維持にとって重要な歯根膜中の血管網が,移植歯にどれくらい再生してくるのか(岸論文)についても勉強になった.特に,移植に際して歯根膜の剥離がどの程度であれば長期の予後が望めるのか,という疑問を持っていた私は,歯根膜の剥離と再生についての内容を興味深く読んだ.今後はより長期の,そして,できればヒトにおける知見やヒトにより近い動物での実験結果が報告されることを期待する.同時に,われわれ臨床家もしっかりとした記録を残し,計画的に診療を行った上で長期にわたり予後を追うことで,移植がより予知性の高い治療法として確立されていくものと思う. 近年,インプラント治療に関する新しい技術が欧米から数多く紹介されている.どの技術も大変すばらしいのだが,初期の根分岐部病変を有する大臼歯を抜歯してインプラントを埋入するためにGBRをしたり,歯肉縁下カリエスの歯牙を抜歯してイミディエートローディング・インプラントが埋入されたりと,適応に関して首をかしげたくなる症例もしばしば見受けられる.欧米との社会的背景の違いもあるのだろうが,生体にとっての歯根膜の重要性が軽視されすぎていると感じてしまうのは,私だけであろうか.移植は自己の組織で咀嚼機能を営むことができるなど,さまざまな利点があり,もっと臨床に取り入れられてもよいのではないかと,本特集を読んで改めて確信した. 私の臨床のバイブルとなっている『トータルから口をみる』(谷口威夫著・(株)松風)の一節にこうある.「少しでも自然に近いと思われる道を選べ.」この言葉を結語にかえて稿を終えたい. |
|
![]() 6月号特集『「自家歯牙移植・再植のいまを問う(I) ――自家歯牙移植を成功に導くために」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』7月号に掲載された内容を転載したものです.) まえおかかずお 前岡一夫 歯根膜を保存したまま行う自家歯牙移植の有用性が広く一般に認知され,臨床応用されはじめてすでに10数年がたつ.ところで,最新の情報や潮流に関しては,ことのほか敏感に反応する傾向が見られる歯科界において,「過去の検証」は久しく忘れ去られたものになっていたように思える.10年たてば一昔といわんばかりに,歩んできた歴史の再考より,華やかでトレンディな話題が誌上にあふれる昨今である.ことに経済効果が高い治療分野はその傾向が強い.しかし1つの治療法の是非は,その実験研究の結果がどれほどすばらしくとも,臨床的事実の集積で判断される.しかも“長期”という時間のハードルを越えて,はじめて信頼される根拠を持つこととなる.故に,時の経過がもたらす意味は大変重い. 下地・仲村両氏が主張されているとおり,同一口腔内にドナー歯があれば,やはりインプラントの前に選択すべき治療手段であることは,生物学的にも,倫理的にも否定できない.しかし,本来の移植適応症であるにもかかわらず自家歯牙移植が敬遠されがちなのは,経済的側面を除いて考えたとしても,インプラントに勝る予後の安定が得られないという事実も一方で存在するからであろうか? 私自身の移植の症例の中でも5年以上の経過後,急激な付着の喪失,あるいは歯頸部での歯根吸収等,予期せぬ結果を招いたことが少なからずある.現在も,その原因が手技上のエラーなのか,生体サイドの問題なのか究明できないもどかしさを感じている. 下地論文,仲村論文では,多くの移植症例が提示されており,そのどれもがすばらしい経過を持ち,口腔内でいきいきと機能している様は驚きとともに強い感動すら覚えた.卓越した術者とそうでない者の隔たりを,恥ずかしさとともに感じながらも,移植における生物学的背景の重要性と再生のメカニズムを目にすると,また勇気と情熱が湧いてくるのも不思議である. 井上・松坂論文では,創傷の治癒という観点から歯根膜の特殊性と恒常性維持のカギを解説している.その中で,マラッセの上皮遺残の興味深さ,エナメルタンパクの発生学的意義と臨床応用,そして凍結保存の可能性などが示唆された.置換医療と再生医療の架け橋としての位置付けを持つ自家歯牙移植の有用性を再認識した. 岸・松尾論文においては,歯根膜の血管再生の様子が骨付き血管鋳型法を用い,視覚的にわかりやすく解説されていた.歯根膜の再生は,微小循環の再構築にかかっているわけで,そのためにEMD(Enamel matrix derivative)の応用は血管再生という点からも優位であるなど,興味深い知見が提示されている. また田ア論文では,移植歯根膜における感覚神経再生の可能性を示唆している.機能上,最もインプラントとの違いが現れる圧受容器の再生は,それがたとえルフィニ小体ではなく自由神経終末であろうとも,咀嚼圧の調節機構として,まさに「生」のすばらしさを物語る. 歯科治療の多くが,どんなに治療技術を高めても置換医療であるためマイナスの要素はぬぐいきれない.その意味で移植は,再生療法としてのプラスの因子を持つ数少ない治療法であることが基礎生物学を通して改めて確信できたように思う. 生体にとって異物であるはずのインプラントが欠損補綴の王道を歩まんとするかに見える今日,自家歯牙移植の臨床応用と適応を謙虚な目で再考できた意義ある特集であった. |