![]() 6月号特集『「自家歯牙移植・再植のいまを問う(I) ――自家歯牙移植を成功に導くために」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』7月号に掲載された内容を転載したものです.) よしのひろゆき 吉野宏幸 卒後間もない頃,自家歯牙移植(以下「移植」と略)の長期経過症例を指導医に見せてもらった時の感動は今でも鮮明に覚えている.何十万円もの費用をかけて植立するインプラントに比べ経済的で,なんとすばらしい治療法だろうと思い,さっそく下地 勲先生の著書(『カラーアトラス入門・自家歯牙移植−理論と臨床』・永末書店)を読みふけったものである.そこで感じたのは,一見アクロバチックな治療と思われる移植も,実は多くの研究に裏付けられた予知性の高い治療法であるということであった.それから今日まで5年間の臨床経験を積んだが,欠損部に対する治療計画を立案する上で,インプラントにするか,移植にするかでいまだに迷うことが多い. 本特集では条件さえ整えば,インプラントに比べ,移植のほうがさまざまな点で有利であることを示した症例が数多く紹介されており,また基礎的な見地からの考察もあり,非常に理解しやすかった.下地論文においては,いずれの症例も的確な診断の下に治療がなされており,長期にわたり治療を成功させるためのヒントが随所に垣間見られ,非常に勉強になった. 移植の大きなメリットは,咬合支持における加圧と受圧のバランスを整えることが比較的容易にできることだと思う.仲村論文で提示された最後の症例(症例5)も,移植を行うことにより,欠損歯列のアイヒナーの分類でB2からAに改善されている.インプラントであれば4,5本の埋入が必要で,そのぶん患者の経済的負担も大きくなる.ブラキシズムの疑いのある患者へのインプラント埋入は危険を伴うので避けるという意見には賛成である.その点で,田ア論文の「移植・再植歯とインプラントとの感覚受容の相違点」についての記述は臨床家にとっても非常に興味の持てる内容であった. 組織の維持にとって重要な歯根膜中の血管網が,移植歯にどれくらい再生してくるのか(岸論文)についても勉強になった.特に,移植に際して歯根膜の剥離がどの程度であれば長期の予後が望めるのか,という疑問を持っていた私は,歯根膜の剥離と再生についての内容を興味深く読んだ.今後はより長期の,そして,できればヒトにおける知見やヒトにより近い動物での実験結果が報告されることを期待する.同時に,われわれ臨床家もしっかりとした記録を残し,計画的に診療を行った上で長期にわたり予後を追うことで,移植がより予知性の高い治療法として確立されていくものと思う. 近年,インプラント治療に関する新しい技術が欧米から数多く紹介されている.どの技術も大変すばらしいのだが,初期の根分岐部病変を有する大臼歯を抜歯してインプラントを埋入するためにGBRをしたり,歯肉縁下カリエスの歯牙を抜歯してイミディエートローディング・インプラントが埋入されたりと,適応に関して首をかしげたくなる症例もしばしば見受けられる.欧米との社会的背景の違いもあるのだろうが,生体にとっての歯根膜の重要性が軽視されすぎていると感じてしまうのは,私だけであろうか.移植は自己の組織で咀嚼機能を営むことができるなど,さまざまな利点があり,もっと臨床に取り入れられてもよいのではないかと,本特集を読んで改めて確信した. 私の臨床のバイブルとなっている『トータルから口をみる』(谷口威夫著・(株)松風)の一節にこうある.「少しでも自然に近いと思われる道を選べ.」この言葉を結語にかえて稿を終えたい. |
![]() 6月号特集『「自家歯牙移植・再植のいまを問う(I) ――自家歯牙移植を成功に導くために」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』7月号に掲載された内容を転載したものです.) まえおかかずお 前岡一夫 歯根膜を保存したまま行う自家歯牙移植の有用性が広く一般に認知され,臨床応用されはじめてすでに10数年がたつ.ところで,最新の情報や潮流に関しては,ことのほか敏感に反応する傾向が見られる歯科界において,「過去の検証」は久しく忘れ去られたものになっていたように思える.10年たてば一昔といわんばかりに,歩んできた歴史の再考より,華やかでトレンディな話題が誌上にあふれる昨今である.ことに経済効果が高い治療分野はその傾向が強い.しかし1つの治療法の是非は,その実験研究の結果がどれほどすばらしくとも,臨床的事実の集積で判断される.しかも“長期”という時間のハードルを越えて,はじめて信頼される根拠を持つこととなる.故に,時の経過がもたらす意味は大変重い. 下地・仲村両氏が主張されているとおり,同一口腔内にドナー歯があれば,やはりインプラントの前に選択すべき治療手段であることは,生物学的にも,倫理的にも否定できない.しかし,本来の移植適応症であるにもかかわらず自家歯牙移植が敬遠されがちなのは,経済的側面を除いて考えたとしても,インプラントに勝る予後の安定が得られないという事実も一方で存在するからであろうか? 私自身の移植の症例の中でも5年以上の経過後,急激な付着の喪失,あるいは歯頸部での歯根吸収等,予期せぬ結果を招いたことが少なからずある.現在も,その原因が手技上のエラーなのか,生体サイドの問題なのか究明できないもどかしさを感じている. 下地論文,仲村論文では,多くの移植症例が提示されており,そのどれもがすばらしい経過を持ち,口腔内でいきいきと機能している様は驚きとともに強い感動すら覚えた.卓越した術者とそうでない者の隔たりを,恥ずかしさとともに感じながらも,移植における生物学的背景の重要性と再生のメカニズムを目にすると,また勇気と情熱が湧いてくるのも不思議である. 井上・松坂論文では,創傷の治癒という観点から歯根膜の特殊性と恒常性維持のカギを解説している.その中で,マラッセの上皮遺残の興味深さ,エナメルタンパクの発生学的意義と臨床応用,そして凍結保存の可能性などが示唆された.置換医療と再生医療の架け橋としての位置付けを持つ自家歯牙移植の有用性を再認識した. 岸・松尾論文においては,歯根膜の血管再生の様子が骨付き血管鋳型法を用い,視覚的にわかりやすく解説されていた.歯根膜の再生は,微小循環の再構築にかかっているわけで,そのためにEMD(Enamel matrix derivative)の応用は血管再生という点からも優位であるなど,興味深い知見が提示されている. また田ア論文では,移植歯根膜における感覚神経再生の可能性を示唆している.機能上,最もインプラントとの違いが現れる圧受容器の再生は,それがたとえルフィニ小体ではなく自由神経終末であろうとも,咀嚼圧の調節機構として,まさに「生」のすばらしさを物語る. 歯科治療の多くが,どんなに治療技術を高めても置換医療であるためマイナスの要素はぬぐいきれない.その意味で移植は,再生療法としてのプラスの因子を持つ数少ない治療法であることが基礎生物学を通して改めて確信できたように思う. 生体にとって異物であるはずのインプラントが欠損補綴の王道を歩まんとするかに見える今日,自家歯牙移植の臨床応用と適応を謙虚な目で再考できた意義ある特集であった. |
![]() 5月号特集『デジタル画像を活用したラボとの連携』を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』6月号に掲載された内容を転載したものです.) いまい ひろし 今井 洋 診療室に新しい器材を導入するときには,その時期と利用するメリットをしっかり考えて決めなければならない.また,導入したらすぐに使えるように心がけなければならない.すなわち,デジタルカメラを導入するのであれば,デジタル機器についてある程度の知識,あるいはわからないことをすぐに聞くことのできるネットワークが整っているか,ということが重要だ. 本特集は,性能や価格の点で最近身近になってきた一眼レフデジタルカメラを利用して技工士さんとの連携を行うという意味で,たいへんタイムリーな話題の提供であろう.デジタルカメラをいち早く導入された岡田先生の論文や,アナログ時代の出費は数百万円という木原先生の論文を読んでも,先人の苦労には大変なものがある. 私も1994年頃,デジタルカメラの黎明期に(株)ヨシダより発売された歯科専用機種を使い,多くの症例写真や技工士さんとの連絡用写真を撮りはじめた.当時としては高額な出費であったが,それ以前からの銀塩写真の整理に困っていたので,画質の低下を差し引いてもデジタル化の便利さを強く感じたものである. 特集で書かれているように,口腔内写真は一眼レフで撮影するのがベストであるが,そのためには同一条件・同一規格,すなわちマニュアルで撮影することが必須だ.それはファインダーで覗いたとおりの画像が撮影できること,被写界深度が直接見られることが必要とされるからである. 一眼レフデジカメはデジタル機器と光学レンズの組み合わせだ.コンピュータの世界が「ムーアの法則」注)で進歩しているとすれば,購入を先に延ばせば延ばすほど高性能で廉価な物が買える.しかし,レンズはそれほどの進化はしない.私などは大学卒業時に購入したマイクロニッコールというレンズを今の新しいデジカメに付けて使っている.この20数年前のレンズと最新のデジタルカメラのコラボレーションができるのも一眼レフのメリットだ.この特集を読んでからデジタル写真に取り組むことは,先人と同じような努力や莫大な投資をせずに導入できるのだからありがたいことである.費用対効果を考えれば,今が導入するチャンスであろう. デジタル機器を使ったラボとの連携で大切なことは,われわれ歯科医師と技工士さんとがデジタル機器に関して同じレベルや価値観を持っているかどうかということである.どの論文も,技工士さんとの連携について理想的な例が詳しく解説されているが,専門用語のやさしい解説や初心者にとってわかりやすいQ&A集などがあると,これから取り組もうとする方にもより親切な内容になるのではないだろうか.また,接写時の注意点について,アナログ写真・デジタル写真との比較を表形式で解説されるとよりわかりやすいのではないだろうか. 最近普及してきたデジタルレントゲンを添付書類として技工士さんとの連携に活用すること,さらに進んで,患者さんの顎の動き方や表情,姿勢や発音について,同様に高機能・低価格化の進んでいるビデオカメラによる動画(ムービー)の利用についての特集も,今後の企画として期待したい. 注)Intel社の創設者の1人であるGordon Moore博士が1965年に経験則として提唱した,「半導体の集積密度は18〜24カ月で倍増する」という法則. |
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![]() 5月号特集『デジタル画像を活用したラボとの連携』を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』6月号に掲載された内容を転載したものです.) いけざわ つとむ 池澤 力 この2,3年の間に,一般の写真のみならず口腔内写真もアナログからデジタルへと急速に移行しつつあります.本特集で述べられているように,デジタル画像は利便性が高く,カメラ本体も今後ますます高性能化と低価格化が進んでいくものと思われ,診療所とラボとの情報伝達がすべてデジタル化される日も近いのではないでしょうか.私のラボでも,最近はデジタル画像が模型と一緒に添付されてくる例が多くなり,補綴物製作時の貴重な資料として活用しています. しかし,アナログのスライド写真とデジタル写真では特性に種々の違いがあると言われており,歯科医師,歯科技工士ともにその点を理解していなければ,情報伝達上,問題が発生するのではないかと危惧していました.その意味から,今回の特集は私にとってたいへんタイムリーで有意義な企画でした. 以前は,技工指示書に単色のシェード番号のみの指示が多く,そのシェードガイドの色調を正確に再現することを中心に補綴物を製作していれば問題はありませんでした.しかし近年は,審美に対する患者さんの意識が高くなったためか,従来の方法では満足感を得られなくなってきたように感じます.したがって,往復に1〜2時間かかる遠方でも歯科医院に出向き,実際に患者さんと接し,顔貌,歯牙,歯列の状態などを詳細に手帳に書き込み,スライドや模型から得られる情報とともに補綴物を製作することが増えてきました.しかし,スライドは出向いたその日にいただけるわけではなく,条件のよい都内でも現像に3日,現像所が休みの土・日が間に入ると5日の日数を要し,時間に無駄が生じていました.現像所が少ない地方ではさらに日数がかかるのではないでしょうか.デジタルデータによる情報伝達は,上記の状況を改善し,即時性,伝達の容易さ,保存の利便性にきわめて優れていると思います. 岡田論文で述べられているように,デジタル写真も初期の頃は画質が低く,参考程度にするくらいでしたが,最近では600万画素以上になり,細部の表現性も色調再現性も向上し,カメラの性能自体に問題はなくなりました.しかし,診療所とラボとの間での情報伝達を考えた場合,今回の特集で指摘されているように注意点があります.その点で,岡田論文のカラーマネジメントやファイル形式の問題は,たいへん勉強になりました. デジタル画像の撮影にあたっては,私が技工を担当している診療所の先生方ともさまざまな工夫を重ねてきました.情報の質や量が不適切,不十分なら,参考資料としての価値は半減してしまいます.露出や撮影方向の問題,シェードガイドの取り込み方法,基本シェード以外に前後のシェードも取り込むなど撮影技術上の条件以外にも,術前の状態,プロビジョナルにおける歯牙の状態,スマイルライン,アンテリアガイダンスなどの情報の“量”も重要です.亀田論文にある「まさに情報の量が質を生む」という言葉には感銘を受けました.また,カメラの調整やモニター,プロジェクター,印刷の問題を含め,木原論文,亀田論文から多くを学ぶことができました. 歯科技工が分業化された現在,私たち歯科技工士に求められるのは,患者さんから高い満足を得られる補綴治療の価値観を歯科医師の先生と共有し,その役割を果たすことではないでしょうか.デジタル化による情報伝達は,そのことに大きく寄与するものと考えます. |