読後感


2月号小特集I「臨床で知っておきたい口腔内細菌のこと」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』3月号に掲載された内容を転載したものです.)

つちおかひろあき
土岡弘明

 一般に,患者さんたちは“虫歯になった”“歯ぐきから出血する”“歯がぐらぐらする”など,さまざまな理由で歯科に来院される.われわれ歯科医はこれらの病態の原因が細菌感染症であると認識しつつ,日々治療に臨んでいる.一方,患者さんの中でこれらの症状が感染症だという認識を持っている方は,残念ながらまだ少ないようだ.
 本小特集では,各先生方により,デンタルプラーク細菌の特徴,う蝕・歯周病の原因細菌,臨床での対応について述べられている.歯科医は,臨床を行いながら細菌本体を目視することはない.しかし,奥田論文,弘田・三宅論文で述べられているように,実際の罹患部位では細菌がバイオフィルムを形成していること,またこれが生体防御メカニズムに抵抗性を持っていることを認識しつつ,われわれは治療を行わなければならない.また,論文中ではう蝕・歯周病それぞれの病巣・分類別にターゲットとなる細菌の種類・性質,そして疾患に続発する感染症についても述べられている.これは,単に病態に対応するだけでなく,全身疾患のリスクファクターとしての歯科疾患,歯科疾患のリスクファクターとしての全身疾患という認識のもとに対応していくことの重要性を示唆しており,このことをふまえた対応が,患者さんたちのQOL向上につながるといえる.
 現在の歯周治療では,メインテナンスに移行する条件として臨床症状の改善と機能回復がその要件となるわけだが,吉野論文によると,成人性歯周炎において初診時に比し歯周基本治療後では歯周病原性細菌は減少するが,歯周病原性細菌叢内の各細菌の比率はあまり変化しないとある.実際,メインテナンス中に症状が悪化するケースもあり,臨床症状だけでは判断できないことも多い.このことから,臨床症状に依存することなく,細菌をモニターするという治療法はたいへん有効であるといえる.
 現在,私たちも吉野論文と同様な視点で,歯周病患者の血清から抗体価を測定することにより過去にどのような細菌に感染しているかを診断している.また現時点の症状の診断としては,唾液・ポケット内プラークから細菌をサンプリングし,治療の一助としている.そして治療段階に応じて再検査を行うことによって,治療行為の成果を判定している.
 歯周治療に限らず,今後このような術式は必然的に広まっていくものと思われる.細菌の存在を見据えた治療の確立につながるものとして期待できる方法である.
 奥田論文ではさらに今後の展望として,原因細菌の初期付着を抑えること,バイオフィルム形成を阻害することによる予防治療の可能性について述べられており,近い将来,感染症としての歯科疾患への認識・対応が,必ず変化していくことになるであろう.
 これからの時代に歯科医がなすべきことは,まず患者さんにう蝕や歯周病が感染症で,それゆえの病態であるということも理解してもらうこと,そして患者さん本人だけでなく家族ぐるみの予防・治療の重要性を訴えることであろう.疾患に対しての治療法や材料が開発・紹介され,とかくHow toに走りがちな私を含む若い歯科医たちに,原因論の重要さと,これから進むべき方向性を示している今回の小特集は,非常に有益であると感じた.




読後感


1月号特集端山論文「自費診療におけるトラブルの現状」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』3月号に掲載された内容を転載したものです.)

おかなが さとる
岡永 覚

 筆者は,顎関節症の治療を行っている関係上,顎関節症患者から多くの相談を受けてきた.その中で,適切な情報開示を受けていない患者が如何に多いか,驚かされた.
(1)「かみ合わせを治せば良くなる」と言われてフルマウス・オーラルリハビリテーションや歯列矯正を行い,かえって病状が悪化した患者
(2)「治療が終わっている」と言われている歯なのに,歯ぎしりで経過が悪く,何度も治療をやり直している患者
(3)「保険のスプリントでは治らない」と言われて自費で〇〇プレートを入れたが,顎関節症が治らなかった患者
(4)「臼歯を抜いたままにしておくと良くない」と説明され,インプラントを勧められて治療を受けたら,顎関節症になってしまった患者
 筆者は主として顎関節症患者の相談を受けているので他の患者のことはわからないが,これらの事実は,患者にとって深刻な問題であることに変わりはない.何故,このようなことが起こるのだろうか.歯科医師として,反省すべき点があるような気がする.
 第1に,情報開示のあり方に問題はないだろうか.たとえば,宝くじについて説明するとしよう.「3億円が当たる」と「当たるが,適中率は競馬や競輪よりも低い」のどちらが適切な情報開示と言えるか,よく考えてみよう.医事紛争予備軍の患者の多くは,前者のような説明(宣伝?)しかされてなく,マイナス面についてあまり聞かされていない.
 第2に,採算性を重視する余り,治療計画が歪められていないだろうか.歯周病,顎関節症,歯ぎしり,ドライマウス等があれば,それらの治療を優先させるべきだが,それらの治療は時間がかかる上に儲からない.そのため,補綴処置や矯正などの自費診療を急いでしまう.しかし,そのようなことをすると必ずしっぺ返しがあり,後でトラブルになる.
 第3に,治療費について,患者が納得しているだろうか.治療内容と治療費について,保険と自費の問題を含めて患者が納得できる説明をしていないから,患者が「法外な治療費を請求された」等と訴えるのだ.
 さらに,近年,患者の権利意識が高くなり,治療に関する不平不満があれば泣き寝入りすることなく,主張するようになってきた.そのため,些細なことでも医事紛争に発展することがある.歯科医に過失がなくても,医事紛争に巻き込まれることさえある.以前,治療を担当した歯科医を告発する患者のサイトを見たことがある.医事紛争は,「裁判にならなければOK!」と言うような,単純なものではなさそうだ.
 このような時代に,開業医として如何に患者と向き合っていくべきだろうか.日頃から患者の不平不満に耳を傾け,誤解の芽は早期に摘むようにすることが大切だと思う.そして,地域の病診連携,患者との話し合いを持つ窓口,患者に対する万が一の保障等,患者のために万全の体制で臨むのが,開業医としての責務だと思う.
 しかし,そのような責務を開業医個人で果たすには限界がある.やはり,歯科医師会のような組織に入会し,サポートを受けなければ無理である.歯科医師会は医事処理委員会のようなものを持っており,これからの時代,開業するなら,行政や医師会ほかの関係団体とも連携している歯科医師会に入会する必要があるようだ.また歯科医師会も,組織率が上がってこそ交渉時に大きな力を発揮する.




読後感


1月号新春展望『患者から評価される「自由診療」を求めて』を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』2月号に掲載された内容を転載したものです.)

やまもと ひろし
山本 寛

 日本ではほとんどの歯科医が保険診療を中心とした歯科医療を実践している.自費診療の多くは補綴関係であり,保険と自費の境界を患者さんも理解していることが多い.より良い材料・治療法としての自費診療を採用できない葛藤を,歯科医側がその責を保険制度に押しつけて気持ちの整理をしていることもあろう.一方,いわゆる混合診療のようなものが全く認められていない歯周治療などでは,保険適用となっていない有益な材料を使用すれば以後は保険の流れと完全に切り離されてしまい,この点で苦悩する歯科医も少なくないであろう.患者さんの利益と合法的な診療の両立を考えると,非常に難しい問題を含んでいる.
 本特集では,まず補綴関係,矯正,歯牙漂白,レーザー治療,あるいはインプラント治療などの特徴と注意点について述べられている.治療を成功に導くためには,その治療法や材料について十分な知識と経験が必要なのは当然であるが,そのような十分な情報を術者が持っていないと,知識が豊富な最近の患者さんに対して,短時間で簡潔明瞭に自費診療の利点・欠点を説明するのは難しい.知識がないからわかりやすく説明できず,したがって患者さんは理解できずに不満を抱き,それが後のトラブルの火種になることもあるであろう.
 次いで,花村論文では,時代の変化に伴う予防処置に対するニーズの高まりや患者意識の変化について述べ,予防中心の診療における保険診療と自費診療の境界が曖昧になってきている点や,予防処置に対する現状のような価格差や内容の違いを放置していたのでは,またまた患者さんの誤解を招いてしまう可能性が指摘されていて興味深い.小林論文では,保険診療から自由診療への流れと欠損様式の関係を考察する中で,高額な補綴物が最善の処置とは限らないという,当然ではあるが忘れられがちな点について注意を喚起している.
 自費診療は単に保険制度に組み込まれていないから高価なのではなく,高度な技術・知識・材料を必要とするからそのような値段になるのであり,たとえ保険に組み込まれて,十分な技術や知識がない術者が安易に採用できるようになったとしても,患者さんの利益につながるとは言えないであろう.ベテランでも初心者でも同じ報酬である現行保険制度では,高度な診療レベルを維持するためには周囲に影響されない確固たる診療理念(偏屈さ?)がないとなかなか難しい.したがって,有資格者のみが一般保険診療+αとして特定の自費材料・治療法をオプション(混合診療)として選択できるような柔軟な対応も必要なのかもしれない.
 本特集では診療面のみでなく,税務管理などのつい忘れがちな視点からからも述べられており,非常に有益な内容である.医療従事者として診療に集中したいのはやまやまであるが,多くの歯科医が管理責任者でもあり,こちらの面も診療と同様に重要であろう.端山論文では自費診療におけるトラブルにも言及されている.やはり基本は十分な説明とその理解であると考えられるが,気持ちよく「保険診療で」と言える雰囲気が実はトラブルのない自費診療へとつながっていくのではないかと思う,このごろである.
 大変興味深い特集であるが,厚い壁の存在を再認識させられてしまい,正月から少し落ち込んでしまったというのが正直なところである.




読後感


1月号新春展望『患者から評価される「自由診療」を求めて』を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』2月号に掲載された内容を転載したものです.)

あいちてつや
愛知徹也

 『悪魔の辞典』に自由診療が載っているとすれば,さしずめ「患者から高額の治療費を得るのに都合のよい診療行為.患者の病態や主訴とは何の関係もない.」とでも記されているだろうか.
 自由診療の代表といえばメタルボンドと金属床であった.保険と峻別するために一番わかりやすいのは材料だからである.『高価な材料だから保険では使えないが,よい治療ができる』とは真に単純な図式である.これで患者が納得するのならと,より高価で新しい材料や技術の開発に躍起になってきた.融点の高い金属を苦労して鋳造したり,レーザーで溶接したりと,周辺機材にかかる費用も上がれば上がるほど自由診療報酬も得やすくなるはず??だった.そんな時代に「自由診療」と呼ばれる術式にとって最も大切なことは,患者から高額の治療費をもらう歯科医師の良心を合理化する根拠としていかに都合がよいかということだけである.なんともドクター本位の視点ではなかろうか.その結果は『(時々みかける)下顎臼歯部の頬側のみの前装はやめたほうがよい』(P.58)ということになる.
 そこで今回の新春展望のタイトルを見ると,患者から評価される「自由診療」とあるではないか.ドクター本位から患者本位に視点がひっくり返っている.執筆者である各自由診療のスペシャリストの先生方のご意見を伺うと,そこにはなるほどと思わせる共通点があった.
 その最大のものは,執筆された先生方は材料や治療法を選択肢のひとつとしてその適応症を吟味していることである.保険診療も含め最善の処置は何かを考え,患者さんに提示し選択をゆだねている.そのためには材料の特性,術式の長所,短所を熟知したうえで,個々の患者さんにとっての利点欠点や注意事項を説明するという.「高額な補綴物=最善の処置」という図式はもはや通用しない(P.91)ばかりか,今まではぐらかしていた欠点や注意点の説明こそが大事だという.なるほど,そこまで説明されれば,治療費が高額となっても患者さんは納得して支払うであろう.そして患者さんの理解と合意に達するまでの道筋にかかる時間や能力こそが自由診療の原価なのだそうだ.われわれ歯科医師がいつも泣かされる技術料の評価にはこういうこともあったのかと,改めて認識させられた.それでは明日から自由診療が増えるかというと,現実は保険と自費の狭間が恐ろしいということになってしまい,自分自身の能力と勇気のなさに泣かされる.
 臨床家は誰もがよりよい医療を目指しているが,高度先進医療などというと,高価な機械や多くのスタッフを駆使するもので,自分には直接関係ないもののように思いがちである.しかし,われわれが毎日行っている最も地味な処置のレベルアップ,スキルアップがもたらすものこそ高度な医療の根本であるし,新しい知識と最小限の器材で実現できる先進医療もあるはずだ.そして何よりも患者さんの視点に立つことこそ,時代に即した臨床家の高度先進医療ではなかろうか.
 本特集では,どの先生の文からも個々の患者さんの生涯を念頭におき,自分の治療に責任を負う,とことん面倒を見ようという強い意思が感じられた.そして何よりも知識の学習,手技の習得,自己の研鑽が最優先であると口をそろえておっしゃっていることが印象的である.
 『悪魔の辞典』にはこうも記されていることだろう.「少数の歯科医師は患者本位に考えて選択された診療行為をその選択の経緯や予後をふくめ自由診療と呼んでいる.ただし極少数である.」