読後感


12月号特集「ブラックトライアングルへの対応
――歯間部歯肉の臨床的意義とその生物学」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』1月号に掲載された内容を転載したものです.)

なかだひでくに
中田秀邦

 ブラックトライアングルをめぐる話題は,ここ数年,頻繁に目にするようになった.ほかにも歯間乳頭の再生に関連するハーフポンティック,ロングコンタクト,オベイトポンティックなどの用語が,雑誌などにもよく登場するようになった.
 歯周治療に関しても,以前は,炎症をコントロールして,メインテナンスしやすい口腔内環境を構築することで術者は満足していたが,近年はさらに,患者のQOLを向上させるべく審美性をも加味しなければ十分な治療とはいえない時代になってきている.
 いいかえれば,このような臨床対応が可能になってきたということで,それはわれわれにとっても患者にとっても喜ばしいことであり,積極的に日々の臨床に取り入れる努力をすべきであろう.そのためにも,まずは基礎的背景を十分理解した上で,治療技術にも習熟する必要があり,今回の特集はとても良い参考となった.
 松坂らの論文における解剖・病理組織学的な事柄の中では,歯間乳頭部上皮下結合組織中の歯間水平線維とセメント質の重要性が,特に目を引いた.歯間乳頭の完全な再生のためには,歯間水平線維とセメント質の存在が必要であるということをわれわれは真剣に受け止めねばならないと思った.もちろん,失われた歯間乳頭を再生させることも大切なことだが,そうならないように,あらかじめセメント質を極力保存する努力をすべきである.歯周治療においても,近年ルートプレーニングからしだいに“歯肉縁下デブライドメント”へと,その考え方の比重が移行しつつある.審美性を考慮した歯周治療という観点からしても“セメント質の保存”という考え方は,重要な変化と解釈することもできるであろう.
 臨床に関しては,各著者が共通してふれていたことに,歯間乳頭を再生するためには“歯間部骨頂からコンタクトポイントまでの距離を5mm以下に調整すること”(Tarnowら)や,歯根間距離を考慮した歯冠修復を行う必要がある,という点が挙げられる.よく引き合いに出される話題ではあるが,大切なことを再確認できたと思う.
 個々のテクニックとしては,まず申論文において,歯周形成外科によるアプローチの可能性と限界が紹介されており,まだ確立された方法はないこと,適応症を十分吟味することなど,臨床家が注意すべき点が示されていた.
 また菅野らの論文では,インプラント周囲に“擬似歯間乳頭”を形成するためには埋入前に,硬・軟組織の増生をしておくことや,硬・軟組織の保存に配慮した抜歯を行うことの重要性を強調した上で,埋入後に行う“擬似歯間乳頭”をつくるような補綴処置例などが紹介されており,たいへん参考になった.
 ブラックトライアングルを改善するための補綴物の形態として,ロングコンタクトだけではなく,歯肉縁下カントゥアーからアプローチする方法(大村論文)についても興味深く読ませていただいた.さらに内田らの論文では,歯根間距離が歯間乳頭に与える影響を考慮して,矯正的にアプローチする方法なども紹介されていた.
 このように,基礎から臨床の広い範囲にわたる症例が呈示されており,トータルにみてたいへん意義深い特集であった.願わくは,これらの症例の長期経過報告をいずれ読んでみたいと,強く思ったのは私だけではないと思う.



読後感


12月号特集「ブラックトライアングルへの対応
――歯間部歯肉の臨床的意義とその生物学」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』1月号に掲載された内容を転載したものです.)

いわぶち つかさ
岩渕 司

 ブラックトライアングルは歯間乳頭の喪失(退縮)が原因で発生する.特に,歯周治療に伴う歯間乳頭の喪失は臨床的にしばしばみられる現象である.
 日々の臨床において,歯周初期治療,歯周外科処置,歯冠修復などの治療後,短期間のうちに歯間乳頭が喪失してしまうと,患者から機能性や審美性の低下を訴えられ,その対応を迫られることがある.
 今回の特集では,歯間乳頭部の病理組織学的特性について,松坂先生らが「歯間乳頭部に炎症が起こり,滲出や細胞応答の結果,歯槽骨が吸収した分だけ歯間乳頭は退縮するのが常である」と述べ,さらに,歯間乳頭が再生するにはセメント質の再生が必須である,としている.すなわち,歯間乳頭の炎症を除去するために行うスケーリング,ルートプレーニングにより,ときに歯間乳頭は容易に喪失してしまうことがある.そのため,普段行うスケーリング,ルートプレーニングは慎重に行う一方,できるだけ歯間部に炎症を起こさせないようプラークコントロールに配慮することが,ブラックトライアングルを発生させない予防方法であると考えられる.
 補綴処置を予定しているケースでブラックトライアングルが発生した場合,私は大村先生と同様に“補綴物のデザイン”を工夫することにより対応している.ただし,大村先生のような“total volume of the embrasure space”の概念を考慮に入れていたわけではなく,ティッシュマネージメントの甘さもあり,残念ながら歯間乳頭のさらなる喪失を招いてしまったこともある.
 補綴処置を予定していないときは,ブラックトライアングルが発生しても,そのまま経過を観察しながらメインテナンス時に対応することにして,積極的に歯間乳頭の再建を行っているわけではない.その理由としては,申先生が述べられていたとおり,歯間部は遊離移植や有茎弁移植を行うにはスペースが狭く,移植片への血液供給が十分ではないこと,歯根や歯冠に囲まれて制限された非常に狭いスペースのため,手術操作が困難であることが挙げられる.
 したがって,非外科処置である矯正治療によるブラックトライアングルへの対応は,予知性のある有効な方法であると思われた.松坂先生らは「歯間乳頭の形態は,コンタクトポイントと歯槽骨の距離によりほぼ決定される」と述べている.このことをふまえて,内田先生らは歯冠形態とコンタクトポイントを変更し,矯正治療により歯槽骨頂との距離を改善して対応されていた.
 菅野先生らは,“単独インプラント植立後に軟組織の退縮を予測する5つの因子”や“Periodontal Biotype”等の指標を活用し,術前にあらかじめ退縮量を予測し,その上でインプラント埋入部位を決定していた.
 このように症例を呈示されていた先生方と自分自身のブラックトライアングルへの対応の違いは何かを考えてみると,術前に行う診査,診断,治療計画の立案が甘く,十分に整理されていないことが,あらためてわかった.
 ブラックトライアングルが発生したらどうするか,という対症療法ではなく,発生前の診査,診断,治療計画の立案時からすでにその対応は始まっているといえよう.
 今回の特集から,非常に多くのことを学ぶ機会を与えていただいたことに感謝したい.




読後感


11月号特集「歯周病患者にインプラントを応用できるか?
――その問題点と科学的背景を考える」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.)

なかはらたつろう
中原達郎

 「近年,インプラントの普及により,抜歯の時期が早まったと感じている.このままではいずれ大学の教科から歯科保存学が消えてしまうことであろう.今ここで自分のやるべきことを考えようではないか.われわれはインプラントロジストではなく,歯科医師なのだから」J.Lindhe東京講演(2002年)より――
 日本でもわずか数年のうちに,実に多くの歯科医院においてインプラントが扱われるようになった.しかし,数時間の講習会に出席するだけで認定証がもらえる反面,十分とは言い難い知識と経験で患者さんに相対したり,さまざまな術式をエビデンスの検証やトレーニングなしに用いてしまうといった問題も生じている.今回この特集が組まれた意義は,比較的安易に考えられているインプラント治療への警鐘と,現代では特に考慮すべき問題である歯周病とインプラントの関わりを明確にしていくことにあると受け止めた.
 まず,インプラントの使用を考える前に,なぜ歯が抜けたのかを考えなければいけない.その理由がカリエスではなく歯周病であったのならば,支持組織の喪失が大きく,治療の難易度は高いはずである.平成11年の歯科疾患実態調査では,45〜54歳の実に88%が歯周病(歯肉炎を含む)に罹患しているとされた.ということは,われわれは歯周病患者に対して日々インプラントを埋入しているのか? という疑問に直面することになる.今回の弘岡先生たちの論文では,Lindhe先生のいうところの「歯科医師」が重度歯周病患者にインプラントを用いる正当性について,その豊富な経験からのみならず,公平性のある文献考察を絡めて解説していた点が評価できる.当然,一般開業医が扱うことの多い中等度までの歯周炎にもあてはまることは多く,私にも大いに参考となった.
 インプラント周囲組織のほうが歯周組織よりも感染に対する抵抗力が弱く,歯周病患者とそうでない患者に用いたインプラントの長期的予後にはやはり有意差が認められた,ということは忘れてはならない.スカンジナビアン・アプローチの根本的な考えは感染の除去にあり,徹底したプラークコントロールは欠かせない柱である.実際,著者たちのケースでもPl.I.,BoPともに極端に優れていたし,口腔内から感染が除去できなければインプラントは用いず,埋入後も継続的なSPTは欠かせないというのも説得力があった.
 しかし,特に歯周病患者ということを意識するのであれば,付着歯肉の獲得やGBR法などによる喪失した支持骨の増生を考慮してもよいかもしれない.また,たとえば上顎の骨量が少ないからといって短いインプラントを埋入したり,上顎洞前壁に傾斜させて埋入などするよりは,単なるソケットリフトで残存骨を持ち上げて埋入したほうが技術的にはずっとやさしく,またそれらの予後には有意差が見られないのではないかという疑問も生じた.
 今秋開催された日本歯周病学会では,典型的なアメリカン・アプローチとして「根分岐部病変が存在するなど少しでも問題を起こす可能性があれば,その歯は抜歯してインプラントの埋入を提案する」という意見も耳にした.カリオロジーの分野ではミニマル・インターベンションが声高に叫ばれている時代である.いくらインプラントの予知性が高くても,残せる可能性のある歯牙を抜歯することの是非は,そのケースをよく吟味し,それこそ最小の侵襲,介入で済むような配慮の上で決定したい.




読後感


11月号特集「歯周病患者にインプラントを応用できるか?
――その問題点と科学的背景を考える」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.)

おがわよういち
小川洋一

 今日,欠損補綴に対するアプローチもインプラント治療の応用が市民権を得たかのように思われる.しかしながら,論文上の成功率とは裏腹に多くのトラブルを抱えた口腔内に遭遇する機会が多くなっている.その多くは歯周疾患がコントロールされていない欠損部位,あるいは妥当性のある咬合関係が付与されていない,漠然と補綴されているインプラント治療である.これらは,インプラントを欠損部位に闇雲に植立した結果である.
 今後のインプラント治療を希望する人々のためにも,われわれ臨床家にとっても,今回の特集は大変有意義な企画であったと感じている.
 まず弘岡論文では,歯周環境がコントロールされていない口腔内に植立されたインプラント治療に遭遇したことから,安易にインプラント治療が行われている現状を懸念している.また,治療計画における患者とのインフォームドコンセントの重要性を述べ,数多くの科学的論文の検証から,歯周疾患で歯を失った患者は他の原因で歯を失った患者よりインプラントの生存率の低下,高確率でのインプラント周囲炎の発症などからインプラント治療の予知性が低いことを述べている.このことは治療計画の立案時に忘れてはならないことであろう.
 冨岡論文では,弘岡論文を受け,実際に歯周病患者に対してインプラント治療を行う場合に厳守しなければならない重要なポイントを多くの論文から考察し,インプラント治療を行う前に包括的な歯周治療を行うことの重要性と,治療後の残存歯およびインプラント周囲のメインテナンスの重要性を立証している.同時に歯周疾患に罹患した歯牙についても,歯周治療の効果およびメインテナンスの継続によって高い予知性を持つとの見解を示し,よって治療計画においては歯牙の保存を第一に検討すべき,とまとめている.このことは,インプラントがさらに進化したとしても天然歯を凌駕するものであるはずがなく,大切なことを科学的に裏付けていると言えよう.
 古賀論文では,インプラントの成功とは治療終了時のオッセオインテグレーションではなく,長期にわたる咀嚼機能,審美性の維持があって初めて成功と言える,と始まっている.まさしく歯牙を欠損した患者の切望することであり,臨床家の使命と言えよう.不幸にも術後インプラント周囲に炎症が生じてしまった際の対処について述べられているが,支持組織の破壊が天然歯に比べ重篤に進行すること,非可逆的な変化が生じることなど,冨岡論文で述べられた天然歯の保存の重要性を再確認する内容と言える.インプラント周囲炎に関する検証を重ねた上で,歯周病患者に対するインプラント治療は長期予後に大きなリスクファクターとなることから,治療を進める前に歯牙喪失の理由を可及的に知ることの重要性を説いている.同時に,メインテナンスが歯周病患者に対するインプラント治療の良好な予後に必要である,とまとめている.
 最後の舘山論文では,歯周病患者に対するインプラント治療へのアプローチを臨床例を提示しながら解説している.科学的に裏付けされた治療計画はたいへん参考になる.支持組織が少なくなった天然歯をインプラントによって保護し,臼歯部における咬合を安定させることで残存歯の保存を図ることの重要性を示した.
 これからますます進化するであろうインプラント治療に,多くの文献に基づいて検証を重ねたこれらの論文から非常に多くのことを学ぶ機会をいただいたことに感謝したい.