読後感


10月号特集「有床義歯の長期維持・管理のために」を読んで
――特に原・皆木論文「義歯の装着と生体の反応」について
(『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.)

すがのひろやす
菅野博康

 今,国民は身心共に健康で若々しく,美しく豊かでありたいと願っている.そして「入れ歯」から連想されるものは,その願望を満たすにはほど遠いものと思われている.
 歯科界では,疾病治療から予防中心の医療へと転換することで歯の喪失はほとんどなくなり,欠損補綴は不要で有床義歯の症例がなくなるであろうともいわれている.しかし,現実に有床義歯による欠損補綴を必要とする人は大勢おり,少なくとも今後30年「入れ歯」が国民の望むものを満たす口腔内器官の一つとして機能するためにも,今回の特集は大変有意義な企画であった.
 まず阿部・赤川論文では,有床義歯の術後管理を残存組織,咬合,義歯,患者指導の4項目に分け,具体的な点検・評価と対応,さらにはトラブルとその原因も整理して記されており,日常臨床のガイドラインとしての活用が期待される.部分床義歯は1歯欠損から1歯残存までが対象となるため,対合歯の残存状態との組み合わせによる設計は膨大となるが,基本的には動きの少ない義歯,強固な義歯,清掃性の良い義歯を念頭に設計・製作し,術後管理もこの条件が維持されるよう点検・対応を行う.そして動きの少ない義歯には,支台歯と支台装置の適合が良好で,垂直支持と側方支持が十分であること,必要十分な広さの義歯床粘膜面と顎堤粘膜の適合が良好で,安定した下顎位での人工歯の咬合接触が必要であることが再確認できる.
 続いて濱田・村田らの論文は,義歯安定剤の詳細な解説とその使用に関して具体的な表現で述べられており,自信を持って患者さんに説明する指標として役立つ.歯科医師の管理の下で短期間の使用に限るとされているが,現状では新義歯装着時に患者さんから「安定剤は何を使ったらよいのか」と聞かれるほど有床義歯と義歯安定剤はセットで考えられている.今後,歯科医師の立場から国民に向けて義歯安定剤の正しい使用法の説明と,安定剤の不要な有床義歯治療がどの歯科医院でも受けられるようにする努力が必要であろう.
 次に,生理的刺激のなくなった床下粘膜,メカニカルストレスによる床下粘膜および骨組織の変化を,膨大な実験データと共に解説した原・皆木論文には説得力がある.力の質と力の量から,臨床的には6時間の義歯撤去により床下粘膜,骨組織の組織変化が短期間で軽減・回復が期待できることに加え,動きにくい強固な義歯は床下粘膜,骨組織,支台歯歯周組織の健康を害することが少なく,口腔内の変化は最小限となることを科学的に示している.
 最後に,口腔内には多種類・多数の口腔内常在菌がバランスをとって存在しており,自浄性のない有床義歯は,十分な清掃が行われなければデンチャープラークが付着し,細菌叢を形成するとする小松澤・菅井論文は,歯周病と全身との関わりが指摘されている中,有床義歯装着者の年齢が高いことから,有床義歯の汚染と全身との関わりをより深刻にとらえる必要があることを改めて示した.

 口腔の健康維持のためには,プロフェッショナルメインテナンスを欠かすことはできない.有床義歯になってから定期検診を習慣づけるのは難しい.慣れによる患者さんの自覚症状の欠落を補うには,できるだけ早い時期から口腔の健康に関心を持ち,万が一有床義歯治療を受けるようになっても,抵抗なく有床義歯の長期維持・管理を受けられるようにしておくことが望ましい.
 今回の特集で,多くのことを学ぶ機会をいただいたことに感謝します.




読後感


10月号特集「有床義歯の長期維持・管理のために」を読んで
――特に原・皆木論文「義歯の装着と生体の反応」について
(『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.)

まつだかずお
松田一雄

 従来,有床義歯に関する論文や著書は製作方法に重点が置かれていました.しかし義歯の維持・管理は臨床では重要な部分であり,今回の特集は興味深いものでした.特に「義歯の装着と生体の反応」の論文は称賛に値します.今まで実験が困難であったため誰も試みなかった課題に対し綿密な実験を行い,義歯床下組織に加えられる圧力と骨吸収の関係を明確にしました.そこで,この論文に絞って読後感を述べてみます.
 まず最初に,実験動物にラットを用いた今回の研究結果をそのまま人間に適用できるか,考えてみました.
 義歯床下組織に加えられる圧力と顎骨の吸収について,人を用いて定量的に検討した報告は見当たりませんが,圧力と顎骨の吸収という点で考えると,歯科矯正学の報告があります.歯科矯正学の大家・Jarabakは,歯体移動時には80g/cm2 (7.84kPa)位の力が良いと述べています.一方,今回の研究では6.86kPa以上の持続的圧力で確実にラットの顎骨吸収が生じた,と述べています.介在する組織が歯根膜と口蓋粘膜の相違はありますが,顎骨吸収の圧力は近似した値であり,ラットを用いた今回の研究結果はおおむね人にも適用できるものと考えられます.
 次に,この研究結果をどのように臨床に役立てるかを考えてみました.
 義歯を装着している患者に,私は「寝ている間,入れ歯をはずして義歯洗浄剤に浸けてください」と説明しています.義歯洗浄剤の必要性についてのエビデンスは数多くあります.ところが,今まで義歯撤去の有用性や撤去時間についての報告はなく,義歯の大家といわれる先生の中には就寝時に義歯を装着させるという方もおられました.また,患者から「何時間はずしておいたら良いのでしょう」と訪ねられると困っていたのが実情でしたが,今回の研究によって「最低でも6時間,できれば12時間以上はずしてください」と答えることができるようになります.
 以上のように答えられるのは19.6kPa以下の間欠的圧力の場合です.また,義歯撤去が可能な時間は臨床的に8時間,最長でも12時間と思われます.そこで次に考えられるのは,本文中でも述べられているように,19.6kPaを大きく越える間欠的圧力がかかる症例への対応です.このような症例では義歯を1日12時間撤去しても顎骨の吸収は避けられない可能性が高いので,できる限り咬合圧を分散させる必要があります.例えば  欠損の症例に義歯を装着する場合,義歯の安定を図るための歯冠部を削除してオーバーデンチャーを計画することがあります.しかしながら,患者に説明するにはもっと強い根拠が欲しいと思っていました.今回の研究は,オーバーデンチャーにして咬合圧を分散させることが顎骨吸収の抑制にも大いに役立つということを示しており,治療計画の大きな根拠になります.
 最後に,この研究の今後の発展について考えてみました.
 今後は当然,人のデータが必要です.ラットの実験と同じ方法はもちろん無理ですが,多くの義歯装着者を用いて統計分析を行う方法が考えられます.性差,年齢差,骨の部位による差,骨密度等による差があるでしょう.遺伝子の解析が進めば個人差も明らかになるでしょう.これらが明らかになった後,同条件の患者に異なる圧力の加わる義歯を装着させ骨吸収を長期的に計測すれば,そこまでの研究結果の裏付けがとれます.いずれの方向に進むにしろ,臨床に密接に関係してくるテーマであるため,研究の継続的発展を切に希望します.




読後感


9月号特集「臨床でちょっと迷うこと,困ること(II)」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.)

すずきひでのり
鈴木秀典

 日々,治療を繰り返していると,ある疾患や症状に対する治療行為や,患者さんへの言葉が,いい意味でも悪い意味でも,ワンパターン化しているのではないかと感じます.自分が勉強したことについては,あれこれ考えますが,「ちょっと迷うことや困ること」にぶつかると,わからないなりの,苦手ななりの,切り抜け方を覚えてしまっているのかなと,思える時があります.
 自分の得意とする領域の仕事を,熟練した技術と知識で提供することは,患者さんの安心感と信頼感を生みます.歯科臨床全般においてそうありたいと願っておりますが,現実はなかなか追いついてはくれません――9月号の特集「臨床でちょっと迷うこと,困ること(II)」を一読後,上記のような感想を持ちました.
 本特集は,一般臨床医が臨床を行う中でちょっと疑問に思うことをランダムに取り上げたものであり,おもしろい試みであると思いました.その中で最も興味深く読んだ論文について,以下に感想を記します.
 「咬合の違和感」は私自身の臨床においても,ちょっと困ることの代表格の1つであり,大変共感がもてるとともに非常に勉強になりました.私も数名の口腔感覚の過敏な患者さんを抱えています.ここ数年増加しているとも思いませんが,絶えず何人かこのような患者さんがいらっしゃるように思います.
 私の乏しい臨床経験では,この症状は中高年の女性に多く,ほとんどの方が過去の歯科治療に原因の一端があると感じられているようで,ご自身の治療遍歴を語られる傾向にあります.また,「腕のいい歯科医師の治療」を受けることができれば違和感が解消するものと信じて歯科医院を転々とされ,救いを求めているように思えます.舌感不良を訴えられることや,歯軸の傾斜を訴えられることも多いと感じています.
 私はこれらの患者さんを“かみあわせ系のややこしい患者さん”とグループ化していました.やはり私も狂人扱いしていたうちの1人でした.また,過敏なだけだといって突き放すのも冷ややかだし,1つでも願いに応えてあげたいという想いから,訴える部位の補綴を再製する約束を交わし,プロビジョナルを装着しては「2,3週間様子をみてみましょう」などと根拠のない経過観察をすることもありました.私がやればうまくいくかもしれないと心の底で思っているのでしょうか,悪い意味でのパターンにはまってしまっているのです.木野先生の論文中の「口腔感覚の過敏化」した患者さんへの対応は,患者心理を非常にうまくついており,かつデリケートに扱われておられ,大変参考になりました.
 EBMが定着してきたとはいえ,限られた時間の中では,なかなか膨大な論文に目を通せません.私は自分の関心のある分野にだけでも精通しておきたいと努力するのが精一杯です.EBMの実践は,エビデンスを利用するステップが最も難しいと思います.すべての人に当てはめることができるほど,歯科の臨床エビデンスは集積していませんし,たとえうまく使える臨床疫学データが手元にあったとしても,受け取る患者さんによって反応は様々です.
 それぞれの分野に長けた先生方が,そうして培った実際の臨床第一線での間違いのない“パターン”をご教示いただければ,われわれ現場の臨床医にとって非常に有益です.臨床マニュアルというものはありえないと信じますが,専門家による現時点で私たちが真似てよいガイドラインを今後も絶えず公開していただくことを切に望みます.




読後感


9月号特集「臨床でちょっと迷うこと,困ること(II)」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.)

あおき けん
青木 健

 本特集の中で先生方がインフォームドコンセントの重要性を強く説かれています.周知のとおり「説明と同意」という簡単な訳語の裏には,わかりやすい「説明」,病状・治療内容とその選択肢・予後などについての十分な「理解」と「納得」,誰からも強要されない自発的な「同意」という基本的概念が隠れています.限られた診療時間内でなんとかこれらを実践すべく奮闘している次第ですが,“はたしてどうだろうか?”と,まずは考えさせらました.
 金属アレルギーが疑われる患者さんに対する処置は先を読めない不安もあり,たびたび躊躇してしまいます.アレルゲン特定のためのいくつかの検査にどこまで信憑性があるのか? 原因と思われる金属を除去したところで,症状消失までの期間はどれくらいだろうか? ということが頭をかすめ,もしも改善がみられなかったら……などということを誰もが考えるのではないでしょうか.このあたりの不安を,患者さんへの説明も含め,すべて網羅した形での臨床プロセスは,拝読していて非常に参考になります.
 咬合の違和感を訴えられる患者さんの中には,精神心理的問題を疑わせる方もいらっしゃいます.だからといって,きちんと鑑別診断せずに“精神的問題”と決め込んでしまうことはできません.これを避けるためには,顎口腔系すべてを含めた綿密な診査,それに伴う対処に精通し,それらを見分ける判断力を培うことが大切です.それらを十分に検討したうえで,やはり精神的問題の存在が疑われるときは…….残念ながら,これまでの私の臨床では抑うつに対する治療説明はできず,ここで診療終了とせざるを得なかったのが現実です.
 現代社会においてうつ病の発症率は全人口の約5%といわれ,その他のうつ状態も含めると15〜20%の人がなんらかの形でうつ状態に悩んでいると推定されています.適切な治療を受けないと慢性化し,生活自体に多大な障害が生じる恐い病気であり,今後このような患者さんへの対応は避けては通れないと思われます.
 「咬合の違和感」では,診査・診断からこのような患者さんに対するインフォームドコンセントに至るまでわかりやすくまとめられており,とても勉強になります.いずれにしても根底に流れているのは,論文末尾の「まとめ」で述べられている“充填や補綴処置直後以外であれば,咬合の違和感を改善するうえで咬合調整は必要ない”“これの実施には慎重を期すべきである”というところにあるように思います.
 本特集の中には,外科処置に際してのトラブルについても盛り込まれています.もしもの場合の迅速かつ適切なフォローは,確かに患者さんの肉体的,精神的な回復を大きく左右することはいうまでもありません.ここに挙げられた4つの事例は,いずれも努力により阻止できる範疇のものとはいえ,誰もがちょっとした気の緩みから起こし得るトラブルです.私にとってこのような報告の拝読は,自らの足元を見つめ直すうえでとても価値あるものです.
 一歩進んだ臨床研鑽も大切ですが,患者さんとの良好な関係を保つためには,本特集にあるような技術と知識の再確認こそが最大の武器となるのではないでしょうか.




読後感


8月号特集「エビデンスに基づいた歯周疾患の治療と
予知への対応−唾液を用いた臨床検査の可能性について」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.)

いしかわ あきら
石川 昭

 今後の歯周疾患の予防に新しいエビデンスがでたのかと,特集の題名に誘われて特集を読んでみて,これで本当によいのかと考えさせられました.著者名を見ても,歯周病学会や口腔衛生学会の日本を代表する重鎮が名を連ねているので,この特集を鵜呑みにして,今後の歯周疾患の予防や検査はかくあるべしと進むことを危惧します.
 2次予防におけるスクリーニングとはあくまでも一般集団を対象に現在の状態がどうであるかを篩い分けるものであり,歯科医院でのさらなる検査や治療が必要な者とそうでない健康な者とを分けるために行われるものであります.
 そもそも歯科疾患は直接目に見える疾患なので,歯科医師の目や手による形態的検査を中心としたスクリーニング法が最適として実施されてきたのではないでしょうか.これは,眼科や皮膚科疾患も直接目に見える疾患なので,血液検査などをスクリーニングとして行わないのと同じであると考えます.逆に肝臓や腎臓などの内臓疾患は,直接見ることができないので,血液生化学検査を使うのです.
 この特集では,歯周疾患の状態をスクリーニングするのに,いままでの手法にまさるかどうかの比較研究がないまま,“生化学検査のほうがより正確で正しい”と信じて研究が進められているような気がします.
 また,内科疾患などの他臓器疾患と歯周疾患との関連が最近報告されて,どの研究者(歯科医師会,厚労省)も「全身」と「口腔」といって躍起になっていますが,それにつられたかのように歯周疾患のスクリーニングにまでも唾液生化学検査とは,何か本末転倒のような気がしてなりません.
 何を思って,医科で一般的に用いられている血液検査と同じ酵素等を測定したのでしょうか.医科に合わせたいという気持ちはわかりますが,理論があまりにも非科学的です.歯周疾患の予防のためのスクリーニングというなら,過去の研究である程度わかっている“歯周疾患が進行している場合に歯肉溝滲出液からでてくるサイトカインや酵素等を唾液中から測定する”という発想のほうが,まだ理論的で理解しやすいと思われます.
 歯周疾患のスクリーニングに関しては,現在実施されているCPI検査のようにポケット検査をし,歯周組織の破壊の程度を知り,プロービング後の出血で歯肉の炎症状態を把握するなどの形態的検査で,おおむね問題ないのではないでしょうか.何か,“機械を使って検査をすることが,人間の目で見るより科学的”と解釈しているように思います.これは科学的というより,“客観的”というだけにすぎません.人間の目もトレーニングすれば,科学的になります.
 また,形態的検査にも基準値はあるでしょうし,疾患のモニタリングも可能であり,患者に充分根拠を持った説明ができます.これができないというのなら,歯周疾患を診断・治療できる目や技術を持った歯科医師が少なすぎる,ということではないでしょうか.いま歯周疾患の予防に重要なのは,何よりも歯周疾患を診断・治療できる目や技術を持った歯科医師を多く育成することではないでしょうか.
 この特集の研究は,花田先生や瀧口課長の意図とずれてはいないでしょうか.
 そもそも両人の目的は,2次予防のなかで,単にスクリーニングするだけでなく,リスク予測(前臨床期のスクリーニング)もして効率的に歯周疾患を予防していこう,という考えではないでしょうか.また,疾病を持っている人でも今後さらに疾病を悪化させるかどうかを予測できればなおよい,という考えではないでしょうか.しかし,実際の研究はその前段階の歯周疾患のスクリーニング,モニタリングに終止しています.今後のリスクを考えるなら,リスク予測性についての検討がなされるべきと思われますが,本報告のどれを見てもこの点について検討がなされていません.
 さらに,現在リスク予測性について最もEBMが確立されているのは,病態の悪化を意味する歯周ポケットがあることやプロービング後の出血であろうと思いますが(このことは野村論文でも少し触れられていますが),今後これにまさる結果が得られたかも合わせて検討してほしいところです.
 今回の結果を素直に読めば,唾液検査はまだ予備的研究段階でとてもスクリーニングに使用できるほどの感度,特異度が高いとはいえませんし,リスク予測に関しては全く評価ができていません(このことは瀧口論文の最後にもまとめられていますが).
 ところが,今年度から実施されている厚労省の「健康増進事業実施者歯科保健支援モデル事業」のメニューに効率的な歯周疾患の検診(スクリーニング法等)及び指導方法を検討することが入っています.今回の結果を踏まえてかどうかはわかりませんが,モデル事業のスクリーニング法には唾液生化学検査の実施までは,必ずしも必要とは記載されていません.しかし,瀧口論文を見ても,当初私が聞いた情報でも厚労省が唾液検査を実施したいのは暗に窺えます.私は,市の行政で仕事をしていますが,このモデル事業は1/2補助ですので,この財政難の折にとても市の税金を半分使ってまで,市民に対して唾液検査によるスクリーニングを実施していく気にはなれません(もちろん唾液検査がなければモデル事業の実施は可能ですが).
 また,唾液や細菌検査まで含めた検査は公衆衛生レベルで実施すべきことなのかを,もう少し検討してはいかがでしょうか.すなわち,公衆衛生レベルでできるスクリーニング,リスク予測は,問診からわかるリスク要因やCPI等の検診結果からわかる病態を組み合わせたものから考えるくらいで充分ではないでしょうか.疾患のモニタリングは公衆衛生レベルではあまり重要でないでしょう.
 一方,診療室の臨床レベルでは,疾患のモニタリングを重視したこれらの検査は有用かもしれません.細菌検査は歯垢や唾液中の目に見えないものを見るという点では,よいツールです.公衆衛生レベルと診療室レベルの両方に共通する検査はあってもよいと思われますが,いずれにしても,公衆衛生レベルで行うべきものと診療室レベルで行うべきものとをもう少し整理すべきでしょう.
 さらに,検査を公衆衛生レベルで導入するなら,コストエフェクティブネス(費用−効果分析)は無視できません.現状の歯科医師を雇い上げる検診システムのコスト・有用性と,唾液や細菌検査のコスト・有用性を考えると,今回の結果では私は現状システムに軍配をあげざるをえません.
 いろいろ批判めいたことが多くて申し訳ありませんが,この研究に携われた先生方が新しい可能性を求めてチャレンジされたことには敬意を表します.今後も国民のために,新しい知見がでることを望みますが,今回のようにまだ発展途上にある研究にからませた補助金をつくり,全国的にモデル事業として取り組むという性急な方法は,厚労省の勇み足になりかねません.歯科保健の国民への信用を損なうことにならないよう,あえて感想を述べさせていただきました.