![]() 8月号特集「エビデンスに基づいた歯周疾患の治療と 予知への対応−唾液を用いた臨床検査の可能性について」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.) いしかわ あきら 石川 昭 今後の歯周疾患の予防に新しいエビデンスがでたのかと,特集の題名に誘われて特集を読んでみて,これで本当によいのかと考えさせられました.著者名を見ても,歯周病学会や口腔衛生学会の日本を代表する重鎮が名を連ねているので,この特集を鵜呑みにして,今後の歯周疾患の予防や検査はかくあるべしと進むことを危惧します. 2次予防におけるスクリーニングとはあくまでも一般集団を対象に現在の状態がどうであるかを篩い分けるものであり,歯科医院でのさらなる検査や治療が必要な者とそうでない健康な者とを分けるために行われるものであります. そもそも歯科疾患は直接目に見える疾患なので,歯科医師の目や手による形態的検査を中心としたスクリーニング法が最適として実施されてきたのではないでしょうか.これは,眼科や皮膚科疾患も直接目に見える疾患なので,血液検査などをスクリーニングとして行わないのと同じであると考えます.逆に肝臓や腎臓などの内臓疾患は,直接見ることができないので,血液生化学検査を使うのです. この特集では,歯周疾患の状態をスクリーニングするのに,いままでの手法にまさるかどうかの比較研究がないまま,“生化学検査のほうがより正確で正しい”と信じて研究が進められているような気がします. また,内科疾患などの他臓器疾患と歯周疾患との関連が最近報告されて,どの研究者(歯科医師会,厚労省)も「全身」と「口腔」といって躍起になっていますが,それにつられたかのように歯周疾患のスクリーニングにまでも唾液生化学検査とは,何か本末転倒のような気がしてなりません. 何を思って,医科で一般的に用いられている血液検査と同じ酵素等を測定したのでしょうか.医科に合わせたいという気持ちはわかりますが,理論があまりにも非科学的です.歯周疾患の予防のためのスクリーニングというなら,過去の研究である程度わかっている“歯周疾患が進行している場合に歯肉溝滲出液からでてくるサイトカインや酵素等を唾液中から測定する”という発想のほうが,まだ理論的で理解しやすいと思われます. 歯周疾患のスクリーニングに関しては,現在実施されているCPI検査のようにポケット検査をし,歯周組織の破壊の程度を知り,プロービング後の出血で歯肉の炎症状態を把握するなどの形態的検査で,おおむね問題ないのではないでしょうか.何か,“機械を使って検査をすることが,人間の目で見るより科学的”と解釈しているように思います.これは科学的というより,“客観的”というだけにすぎません.人間の目もトレーニングすれば,科学的になります. また,形態的検査にも基準値はあるでしょうし,疾患のモニタリングも可能であり,患者に充分根拠を持った説明ができます.これができないというのなら,歯周疾患を診断・治療できる目や技術を持った歯科医師が少なすぎる,ということではないでしょうか.いま歯周疾患の予防に重要なのは,何よりも歯周疾患を診断・治療できる目や技術を持った歯科医師を多く育成することではないでしょうか. この特集の研究は,花田先生や瀧口課長の意図とずれてはいないでしょうか. そもそも両人の目的は,2次予防のなかで,単にスクリーニングするだけでなく,リスク予測(前臨床期のスクリーニング)もして効率的に歯周疾患を予防していこう,という考えではないでしょうか.また,疾病を持っている人でも今後さらに疾病を悪化させるかどうかを予測できればなおよい,という考えではないでしょうか.しかし,実際の研究はその前段階の歯周疾患のスクリーニング,モニタリングに終止しています.今後のリスクを考えるなら,リスク予測性についての検討がなされるべきと思われますが,本報告のどれを見てもこの点について検討がなされていません. さらに,現在リスク予測性について最もEBMが確立されているのは,病態の悪化を意味する歯周ポケットがあることやプロービング後の出血であろうと思いますが(このことは野村論文でも少し触れられていますが),今後これにまさる結果が得られたかも合わせて検討してほしいところです. 今回の結果を素直に読めば,唾液検査はまだ予備的研究段階でとてもスクリーニングに使用できるほどの感度,特異度が高いとはいえませんし,リスク予測に関しては全く評価ができていません(このことは瀧口論文の最後にもまとめられていますが). ところが,今年度から実施されている厚労省の「健康増進事業実施者歯科保健支援モデル事業」のメニューに効率的な歯周疾患の検診(スクリーニング法等)及び指導方法を検討することが入っています.今回の結果を踏まえてかどうかはわかりませんが,モデル事業のスクリーニング法には唾液生化学検査の実施までは,必ずしも必要とは記載されていません.しかし,瀧口論文を見ても,当初私が聞いた情報でも厚労省が唾液検査を実施したいのは暗に窺えます.私は,市の行政で仕事をしていますが,このモデル事業は1/2補助ですので,この財政難の折にとても市の税金を半分使ってまで,市民に対して唾液検査によるスクリーニングを実施していく気にはなれません(もちろん唾液検査がなければモデル事業の実施は可能ですが). また,唾液や細菌検査まで含めた検査は公衆衛生レベルで実施すべきことなのかを,もう少し検討してはいかがでしょうか.すなわち,公衆衛生レベルでできるスクリーニング,リスク予測は,問診からわかるリスク要因やCPI等の検診結果からわかる病態を組み合わせたものから考えるくらいで充分ではないでしょうか.疾患のモニタリングは公衆衛生レベルではあまり重要でないでしょう. 一方,診療室の臨床レベルでは,疾患のモニタリングを重視したこれらの検査は有用かもしれません.細菌検査は歯垢や唾液中の目に見えないものを見るという点では,よいツールです.公衆衛生レベルと診療室レベルの両方に共通する検査はあってもよいと思われますが,いずれにしても,公衆衛生レベルで行うべきものと診療室レベルで行うべきものとをもう少し整理すべきでしょう. さらに,検査を公衆衛生レベルで導入するなら,コストエフェクティブネス(費用−効果分析)は無視できません.現状の歯科医師を雇い上げる検診システムのコスト・有用性と,唾液や細菌検査のコスト・有用性を考えると,今回の結果では私は現状システムに軍配をあげざるをえません. いろいろ批判めいたことが多くて申し訳ありませんが,この研究に携われた先生方が新しい可能性を求めてチャレンジされたことには敬意を表します.今後も国民のために,新しい知見がでることを望みますが,今回のようにまだ発展途上にある研究にからませた補助金をつくり,全国的にモデル事業として取り組むという性急な方法は,厚労省の勇み足になりかねません.歯科保健の国民への信用を損なうことにならないよう,あえて感想を述べさせていただきました. |
![]() 8月号特集「エビデンスに基づいた歯周疾患の治療と予知への対応−唾液を用いた臨床検査の可能性について」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』9月号に掲載された内容を転載したものです.) はこざきもりお さとう たもつ 箱崎守男 佐藤 保 歯科における臨床検査,「歯科臨床検査」の可能性が大きく広がってきたことを,まず実感する.細菌学のみならず,生化学など多様な基礎医学が治療や予防の臨床につながり,歯科臨床検査が確立されることは,われわれ臨床歯科医にとって有効なツールになることは言うまでもない.最終的には受診者の有益性にもつながることであろうが,そこに至るには幾つかの課題もあるように思えるのも事実である. 医療から保健に目を向ければ,歯科臨床検査が活用されることは画期的と言える.一方で,現状を省みれば,成人検診における歯周病検診を主とした成人歯科健診受診の実情が低率であることは周知の事実である.この現状を歯科臨床検査だけで変えられるのか,ここにも幾つかの,かつ大きな課題があることを確認しておきたい.疾病の早期発見・早期治療の時代から,疾病の危険性の把握や予防管理の時代へとシフトすることを,どれだけ多くの歯科関係者が確認しているか共有できているか,その実証を歯科医師会としてもすべきであることを感じている. 視点を医科における臨床検査に据えれば,名称はどうあれ,全国のすべての医学部には臨床検査の講座があり,3000人以上の学会員を中心に医学教育,臨床,研究が進められている.教育・研究・臨床のみならず現在の地域保健,成人健診において臨床検査は欠かせない.長い歴史によって確立してきた医科の臨床検査と同じ位置を,その緒に就いたばかりの歯科臨床検査が占めるためには,医科の臨床検査に学ぶと共に,想定される課題を克服するためのデザインや,一般臨床医に普及するためのガイドラインが必要となる. そこに欠かせないのが,健康と病気の「閾値」,もしくは健常の「標準値」である.歴史の浅い歯科臨床検査においては,暫定的に標準値を設定してもよいと思う.今回の特集では,緻密な検証によってそれが成されたことを感じている.ただし,暫定的基準値を修正する,より精度と確度の高い基準値に改変できるネットワーク機構の整備によって担保されることが前提条件になることから,その基盤整備は重要だと考える. 臨床検査の基礎となる病因論についてみれば,う蝕原因菌の臨床検査は有効であるとの報告があるのに対し,歯周病原因菌を検出する検査と歯周病との関連は,現時点では明確でなかった.このことは,「病因論の説明を臨床検査によって説明することはできない」と換言されかねない.細菌検査以外の手法を取り入れた臨床検査を導入することを検討する必要性があるか,細菌検査によってどこまで病因論を説明できるか,臨床歯科医として説明責任を有する見地からも,歯科保健における病因説明の必要性からも,早急な検討が待たれる.問診・アンケート等によって補完される調査・研究の結果に,大きな可能性を感じている. 歯科臨床検査は,病態の提示,疾病リスクの検出,予防管理の指標と,これからの歯科医療に多くの可能性を示してくれると思う.しかも,これら3つのどのフェイズでも「予知性」は非常に重要なキーワードである.したがって,予知性を念頭に置いた調査研究の今後の進展が待たれるところである. 臨床歯科医としても,地域医療に携わる歯科医師会としても,行政と学術団体と共に,これらの調査,研究に協力しながら,自らのレベル向上と地域歯科保健医療の向上に役立てたい,との思いを新たにした. |
![]() 7月号特集「総義歯難症例への対応」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.) まつばら まこと 松原 真 今回の総義歯の特集は,2月に行われた日本補綴歯科学会・東京支部シンポジウムの誌上載録ということです.“難症例への対応”という標題を見て,シンポジウムの参加者および本誌の読者は,私と同様,一般臨床上の難症例における総義歯作製のHow Toを期待したのではないでしょうか.正直に言ってこの期待は裏切られるわけですが,本特集には単なるHow Toだけではない総義歯に関する多くの示唆,考え方が含まれているので,いくつかの私見を交えながら紹介させていただきます. 本特集は4名の先生方の論文から構成されています.祇園白先生は,咬合堤表面の滑沢さの必要性などについて親切なアドバイスをされながら,総義歯作製に関する一連の基本術式を記述されています.が,特筆すべきは「補綴治療後に適正な顆頭位が得られたことを知る必要はない」「下顎位が不安定なケースは存在しない」と誤解を恐れずに述べられていることです.個人的には総論賛成です.機会があればぜひこの提言に対する多くの方々のご意見を伺いたいところです. 早川先生は,基本術式の流れの中で,印象採得impression making,buccal spaceに注意しながらの人工歯配列,義歯のcontour(輪郭)について述べられています. 稲葉先生は,上下顎同時印象をとり入れた義歯作製のシステムと,そのシステムをオーラルディスキネジア・顎関節症・麻痺を持つ総義歯患者に応用した症例について紹介されています.論文の最後にあるとおり,在宅訪問診療などでも応用したいシステムです. そして,染谷先生が以上3名の先生方の論文を受け「総義歯の難症例」について記されていますが,咬合採得についての意識改革の勧めなど,いつもながら読者にとって得るところの多い提言がなされています. 本特集を通読してみると,難症例に即対応できる簡便なシステムというものは,残念ながらやはりないようです.簡単な症例とは許容量が大きい症例と言い換えることができるかもしれません.したがって,難症例に対してこそ“基本に忠実に,愚直に確実に各ステップを踏む”という当たり前のことが必要であるというのが本特集で示された結論です.基本作業がしっかりしていれば,後は応用問題であり特別なことではないと…….わが身を振り返ると,多忙な毎日の臨床で1つ1つの手順がついおろそかになっている現状こそが難症例を作り出しているようです. 私は,印象においても咬合採得においても再現が難しい“総義歯”に対して,“科学”とは言い難いもどかしさを感じていました.けれども昨今,一症例の事例研究の大切さが再認識されてきているようですし,ある先生からは「歯科においては質のいい経験の積み重ねが大切」であることを教えていただきました.EBMの考え方の大切さを認識しつつも,“総義歯”についてはまさしくこのような考え方が大切なのではないでしょうか.一症例ごと真摯に研鑚を積むことが別な意味での臨床家のエビデンスになるのでしょう.そして,経験の不足を今回のような質の高い症例供覧により少しずつでも補っていくのです. これを機会に本特集の行間にあるものを読みとりつつ,日々の臨床において患者さんと,そして総義歯と正面から向き合ってみたいと思います.そうすることにより,自分の中での“難症例”の定義が少し変わっていく予感がしています. |
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![]() 7月号特集「総義歯難症例への対応」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.) いとうしろう 伊藤史郎 昔から変わらない歯科医師の使命の1つは,“痛くなく良く咬める総義歯”を提供することではなかろうかと思います.今回の特集「総義歯難症例への対応」において,卓越した知識と技術を持たれる補綴の4人の巨匠の論文にふれさせていただいたことは嬉しい限りです. 数年前,染谷先生から局部床義歯製作時の“コツ”について,歯科界の変遷と展望をも含んだ講演を拝聴したことがありました.先生の卓越した知識,豊富なご経験,真摯な義歯に対する姿勢に感銘し時間が経つのも忘れて聴かせていただいた思い出があります.今回の染谷論文「総義歯難症例に関するアンケート調査から」では,多くの歯科医師が難症例と感じている事柄をアンケートから読み解くというスタイルをとられました.日常臨床において,総義歯に対するニーズは高齢化社会を迎えますます高まり,歯科医師として総義歯難症例の検討,整理は避けて通れないものとなっています.そんな中で“困ったら基本に戻る”という言葉は私にとって少々ショックでした.今後,再度基本に立ち戻って臨床を振り返れば,私にとっての難症例も少しは減るかもしれません. 祇園白論文「下顎位の不安定な症例への対応」では,“なぜ下顎位の不安定な症例が存在するのか?”“下顎位をどのように探して修正をどう行っていくのか?”という日常臨床で常に悩まされている課題に正面からお答えいただきました.特に,旧義歯を用いたテンタティブ・デンチャーと桜井式無痛デンチャーシステムの応用などは興味深く,参考になりました.また,水平的顎間関係設定時におけるゴシックアーチ描記の際のchin-point変法,そして何よりも心理的因子に配慮して,インフォームド・コンセントを確かなものとし,“総義歯製作は患者と歯科医師との共同作業である”ことを忘れずに臨床に臨もうと留意しました. 私は数年前,愛媛県歯科医師会主催の早川先生による実習つき講演会に出席させていただき,懇切丁寧かつ的確なご指導をいただいたことがあります.先生の義歯に対する情熱が伝わってくるような素晴らしい講演でした.今回の早川論文「高度に吸収した顎堤への対応」では,同じ症例でも義歯周辺のランドマークとしての解剖と生理学に関する術者の理解度で難易度が違ってくること,確実に基本的技術を積み重ねていくことが大切だと再認識しました.特に,臼歯部の印象採得と歯槽頂間線法則にとらわれない天然歯列に準じた人工歯配列の考え方が参考になりました. 母校の稲葉先生には,当地の歯科医師会が主催した誤嚥性肺炎の予防ともなる要介護高齢者の口腔ケア(口腔清掃+口腔リハ)に関する講演会の講師をご紹介いただいたご縁があります.今回の稲葉論文「オーラルディスキネジア・顎関節症・麻痺への対応」では,パーキンソン病に対する抗精神薬の副作用によるオーラルディスキネジアや顎関節症,そして脳血管障害の後遺症としての片麻痺への対応に最終印象で上下顎同時印象を行うという,興味深い新システムのご紹介がなされました. 今回の特集は,去る2月11日に日本歯科大学九段ホールで行われた日本補綴歯科学会・東京支部シンポジウムの載録でしたが,来る8月31日には愛媛県歯科医師会館において同じ講師による同じテーマの講演が富士見会30周年記念シンポジウムとして開催される予定です.本特集でふれさせていただいた先生方に“再会”できることを今から楽しみにしております. |
![]() 7月号コラム「市民への情報伝達考」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.) とよしまよしひろ 豊島義博 今日,集団歯科検診は,そのあり方が問われている.「学校歯科健診でう蝕を指摘され,それから歯科医院を受診した時に健診と異なる診断をされた」これはきわめて日常的に遭遇することだが,正面切ってこの問題に回答できる歯科医は少ないのではないだろうか.柘植先生は自ら長年,学校歯科医として現場でこの問題に悩み,学校歯科健診のあり方を変えるべき提言をされてきた.今回も,市民からの率直な悩みに適切な回答を出している. 平成7年の学校保健法施行規則の一部改正に伴い,症例を発見する「検診」から健康増進を目指した「健診」に変わった,とまとめられている.だが,これは言葉の上の変化であって,まだ現実の歯科健診は「虫歯指摘」の事業であることには,変わりはないように思える.学校歯科医会の英断がより現実的成果を生むように,更なる改善案が実施されることを期待する.一つには,集団検診事業そのものをやめることである.世界的にも英米をはじめ,ルーティンチェックアップと呼ばれる歯科医院での定期チェック,保健指導が定着してきた.保険制度もそれにインセンティブをつけるような方向で微調整が重ねられている. 歯科医院で行う定期健診は,レントゲンを含めた個人情報が医院に蓄積され,患者自身が自分の健診記録を資産として利用できる.疾患の予防,管理が容易になる.過剰診療や過小診療のモニタリングが行いやすく,より標準的な疾患管理が行えるなど,様々なメリットがあり,電子カルテなどのIT化とともに,今後の歯科のデファクトスタンダードになるだろう.我が国でも早期に,ルーティンチェックアップを保険導入し,またそれに応えられるような歯科医を養成する,再教育システムを構築することが必要だろう. たとえば,柘植論文に紹介された小窩裂溝の黒変は経過観察を行うと(当然,指をくわえて見ているのではなく,フッ化物をはじめとした予防プログラムの監視下においてであろう),何ら処置を必要としないわけである.筆者の日常臨床では,大臼歯ならともかくも小臼歯までもシーラントが施されていたり,切削処置後に脱落放置された大臼歯の咬合面の傷(削る必要のない修復行為の痕)をよく見かける.それも20歳代の若者にである.ごく最近でも,適切な診断を受けることなく,切削処置が横行しているのが現状だと感じる.そのような1級修復の山になった患者さんに限って,歯周病ケアについての基本的な情報は伝わっていないように思える. 私の長女は,学校歯科健診では常に6歯の治療勧告を受け,大学進学後も大学付属病院の歯科医による健診で黒色病変の治療を勧告され続けている.バイトウィングによる定期健診では何ら問題はないカリエスフリー者である.これは,大学教育において,相変わらず適切なう蝕診断学が教育されていないことに原因があるのではないかと思われる.縦割りの教育では,予防歯科などでは再石灰化を教え,保存修復学では症例不足という言い訳もあって,経過観察でよい症例に切削処置の選択をさせているようである. 私の勤務先の職域成人歯科検診は長く健保組合の主催で検診会社に委託して行われてきた.検診のバイトに来ていた卒業間もない歯科医の診断基準を見ると,保存修復学系の者は非常に修復を勧めたがる傾向にある.修復処置は,歯科医としては何かをやった気になれるので満足度は高いかもしれない.逆に,現場で必要な患者や住民への行動変容を促すような対話は,短時間では収得しづらく,また成果を肌身で感じるにはかなりのトレーニングを必要とする.予防や,疾病管理にはエビデンスが重要であり,個別の患者に毎度同じ対応では済まないのである.検診時に若いバイト医が説明している話を聞いていると,エビデンスの乏しいものであったり,患者のニーズをとらえきれていないものであったりすることが多かった. 次世代の歯科医が,国民ニーズに合った診療姿勢を身につけることができるかどうかは,単に個々の歯科医への教育問題では終わらないだろう.過剰切削処置を繰り返し,適切な歯周病ケアを指導しない歯科医の数は限られていても,その歯科医から医療を受けた人は「歯医者に検診に行くのは,すぐに削られるし,金もかかることになる」という印象を持ち続けるだろう.予防中心の診療室作りなど,一部の歯科医は熱心に行っているのも事実だが,悪貨は良貨を駆逐することもある. 柘植先生のご指摘のように,学校歯科健診が健康づくりを目指す,ヘルスプロモーション型に変わっていくのは実に素晴らしいことである.しかし,それだけでなく,保険制度や,歯科医の再教育という柱も考慮していかないと,国民の健康を守る「かかりつけ歯科医」の実現は難しい,と私は考える. |