読後感


7月号特集「総義歯難症例への対応」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』9月号に掲載された内容を転載したものです.)

まつした ひろし
松下 寛

 私は日常的に義歯,特に総義歯医療に関わる機会が比較的多いのですが,最近は高齢の患者さんの診察や在宅歯科に携わる機会が少しずつ増えてきました.それに伴って処置の結果があまり思わしくない,いわば難症例に遭遇する比率も高くなってきたように感じられます.自分が行ってきた診断方法や術式の再検討を行いながら,より有効なアプローチはないだろうかと模索する日々が続いています.今回の特集は,そんな私のささやかな思いに応えてくれるものであり,期待をもって拝読しました.
 染谷先生は冒頭論文で,基本に立ち戻って臨床を行うことの重要性を強調されていました.自分自身に当てはめてみてもこれは至極当然のことで,うまくいかない症例のかなりの部分は,心ならずも基本をないがしろにしたことに起因する場合が少なからずあるようです.
 祇園白先生と早川先生は,染谷先生の問題提起を受けて咬合採得および印象採得についての基本的な注意点を丁寧に述べられていました.一見困難さを感じさせる症例でも,問題点を的確に把握して対応すれば解決の糸口が見出せることを両先生は具体的な手法で解説していました.それらの対応方法の中で,特に術者と患者間のコミュニケーションや術者のリラックスといった,いわばソフト面での因子の重要性を説かれていたのは印象的でした.総義歯医療においては狭義の技術的側面ばかりでなく,“雰囲気”とか“言葉かけ”といったソフト的な面がその成否を左右することを文章で確認でき,わが意を得たりとの思いがしました.
 最後に稲葉先生は,上下顎同時印象・咬合採得法を基本にした斬新な技法を紹介されていました.口腔周囲の機能障害をきたしていると考えられる症例に積極的に対応されている姿勢には,敬意を表さずにいられません.誌面からも,各種の機能障害を持つ方への対処の経験が豊富であることをうかがわせる記述が随所に見られました.
 私自身も,これからの時代における本当の難症例とは口腔機能障害を抱えている方々の総義歯医療ではないかと思っています.パーキンソン病,脳血管障害による口腔周囲の麻痺,あるいは嚥下障害を抱えている場合などでしょうか.それらの症例に対し,自分なりに努力して対応してきましたが,結果は芳しくなかったというのが正直な感触です.
 これらの症例に私自身が携わってきて感じたことは,従来の総義歯学の知識や技術に加え,全身疾患に関する基本的な知識や嚥下の機能,リハビリの知識を新たに勉強し直す必要性でした.そして口腔周囲の機能回復だけに視野を限定せず,全身の機能回復の一端として総義歯医療を捉え,必要な場面では内科主治医,ケアマネジャー,リハビリ担当者などと一緒に治療方針を立案することが重要であると考えざるをえなくなりました.
 以上のことを考えると,総義歯医療は決して完成され尽くした学問ではなく,新たな社会情勢に応じ,医療としての社会的必要性も学問的・技術的な面での展開もさらに求められるようになるのではないでしょうか.ただ単に咀嚼回復のための道具ではなく,口腔機能リハビリの重要な手法として総義歯が積極的に位置づけられることもありえるかもしれません.
 総義歯について新たな発展の方向性を示してくれたものとして,今回の特集は意義のあるものだと感じました.今後とも,諸先生方のご活躍を祈ってやみません.




読後感


7月号特集「総義歯難症例への対応」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.)

まつばら まこと
松原 真

 今回の総義歯の特集は,2月に行われた日本補綴歯科学会・東京支部シンポジウムの誌上載録ということです.“難症例への対応”という標題を見て,シンポジウムの参加者および本誌の読者は,私と同様,一般臨床上の難症例における総義歯作製のHow Toを期待したのではないでしょうか.正直に言ってこの期待は裏切られるわけですが,本特集には単なるHow Toだけではない総義歯に関する多くの示唆,考え方が含まれているので,いくつかの私見を交えながら紹介させていただきます.
 本特集は4名の先生方の論文から構成されています.祇園白先生は,咬合堤表面の滑沢さの必要性などについて親切なアドバイスをされながら,総義歯作製に関する一連の基本術式を記述されています.が,特筆すべきは「補綴治療後に適正な顆頭位が得られたことを知る必要はない」「下顎位が不安定なケースは存在しない」と誤解を恐れずに述べられていることです.個人的には総論賛成です.機会があればぜひこの提言に対する多くの方々のご意見を伺いたいところです.
 早川先生は,基本術式の流れの中で,印象採得impression making,buccal spaceに注意しながらの人工歯配列,義歯のcontour(輪郭)について述べられています.
 稲葉先生は,上下顎同時印象をとり入れた義歯作製のシステムと,そのシステムをオーラルディスキネジア・顎関節症・麻痺を持つ総義歯患者に応用した症例について紹介されています.論文の最後にあるとおり,在宅訪問診療などでも応用したいシステムです.
 そして,染谷先生が以上3名の先生方の論文を受け「総義歯の難症例」について記されていますが,咬合採得についての意識改革の勧めなど,いつもながら読者にとって得るところの多い提言がなされています.
 本特集を通読してみると,難症例に即対応できる簡便なシステムというものは,残念ながらやはりないようです.簡単な症例とは許容量が大きい症例と言い換えることができるかもしれません.したがって,難症例に対してこそ“基本に忠実に,愚直に確実に各ステップを踏む”という当たり前のことが必要であるというのが本特集で示された結論です.基本作業がしっかりしていれば,後は応用問題であり特別なことではないと…….わが身を振り返ると,多忙な毎日の臨床で1つ1つの手順がついおろそかになっている現状こそが難症例を作り出しているようです.
 私は,印象においても咬合採得においても再現が難しい“総義歯”に対して,“科学”とは言い難いもどかしさを感じていました.けれども昨今,一症例の事例研究の大切さが再認識されてきているようですし,ある先生からは「歯科においては質のいい経験の積み重ねが大切」であることを教えていただきました.EBMの考え方の大切さを認識しつつも,“総義歯”についてはまさしくこのような考え方が大切なのではないでしょうか.一症例ごと真摯に研鑽を積むことが別な意味での臨床家のエビデンスになるのでしょう.そして,経験の不足を今回のような質の高い症例供覧により少しずつでも補っていくのです.
 これを機会に本特集の行間にあるものを読みとりつつ,日々の臨床において患者さんと,そして総義歯と正面から向き合ってみたいと思います.そうすることにより,自分の中での“難症例”の定義が少し変わっていく予感がしています.





読後感


7月号特集「総義歯難症例への対応」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.)

いとうしろう
伊藤史郎

 昔から変わらない歯科医師の使命の1つは,“痛くなく良く咬める総義歯”を提供することではなかろうかと思います.今回の特集「総義歯難症例への対応」において,卓越した知識と技術を持たれる補綴の4人の巨匠の論文にふれさせていただいたことは嬉しい限りです.
 数年前,染谷先生から局部床義歯製作時の“コツ”について,歯科界の変遷と展望をも含んだ講演を拝聴したことがありました.先生の卓越した知識,豊富なご経験,真摯な義歯に対する姿勢に感銘し時間が経つのも忘れて聴かせていただいた思い出があります.今回の染谷論文「総義歯難症例に関するアンケート調査から」では,多くの歯科医師が難症例と感じている事柄をアンケートから読み解くというスタイルをとられました.日常臨床において,総義歯に対するニーズは高齢化社会を迎えますます高まり,歯科医師として総義歯難症例の検討,整理は避けて通れないものとなっています.そんな中で“困ったら基本に戻る”という言葉は私にとって少々ショックでした.今後,再度基本に立ち戻って臨床を振り返れば,私にとっての難症例も少しは減るかもしれません.
 祇園白論文「下顎位の不安定な症例への対応」では,“なぜ下顎位の不安定な症例が存在するのか?”“下顎位をどのように探して修正をどう行っていくのか?”という日常臨床で常に悩まされている課題に正面からお答えいただきました.特に,旧義歯を用いたテンタティブ・デンチャーと桜井式無痛デンチャーシステムの応用などは興味深く,参考になりました.また,水平的顎間関係設定時におけるゴシックアーチ描記の際のchin-point変法,そして何よりも心理的因子に配慮して,インフォームド・コンセントを確かなものとし,“総義歯製作は患者と歯科医師との共同作業である”ことを忘れずに臨床に臨もうと留意しました.
 私は数年前,愛媛県歯科医師会主催の早川先生による実習つき講演会に出席させていただき,懇切丁寧かつ的確なご指導をいただいたことがあります.先生の義歯に対する情熱が伝わってくるような素晴らしい講演でした.今回の早川論文「高度に吸収した顎堤への対応」では,同じ症例でも義歯周辺のランドマークとしての解剖と生理学に関する術者の理解度で難易度が違ってくること,確実に基本的技術を積み重ねていくことが大切だと再認識しました.特に,臼歯部の印象採得と歯槽頂間線法則にとらわれない天然歯列に準じた人工歯配列の考え方が参考になりました.
 母校の稲葉先生には,当地の歯科医師会が主催した誤嚥性肺炎の予防ともなる要介護高齢者の口腔ケア(口腔清掃+口腔リハ)に関する講演会の講師をご紹介いただいたご縁があります.今回の稲葉論文「オーラルディスキネジア・顎関節症・麻痺への対応」では,パーキンソン病に対する抗精神薬の副作用によるオーラルディスキネジアや顎関節症,そして脳血管障害の後遺症としての片麻痺への対応に最終印象で上下顎同時印象を行うという,興味深い新システムのご紹介がなされました.
 今回の特集は,去る2月11日に日本歯科大学九段ホールで行われた日本補綴歯科学会・東京支部シンポジウムの載録でしたが,来る8月31日には愛媛県歯科医師会館において同じ講師による同じテーマの講演が富士見会30周年記念シンポジウムとして開催される予定です.本特集でふれさせていただいた先生方に“再会”できることを今から楽しみにしております.




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7月号論文「ストレス発散機能としてのブラキシズムと歯科疾患予防のための咬合学」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』9月号に掲載された内容を転載したものです.)

おかなが さとる
岡永 覚

 私はブラキシズムの治療に取り組んでいる開業医です.大学附属病院と比べて症例数は少ないのですが,当院を訪れる患者さんの3人に1人はブラキシズムに関する何らかの問題を抱えています.そのような人たちを診ていると,やはり“ブラキシズムと咬合”について考えさせられます.今回の論文は,“ブラキシズムと咬合”について考える良い機会となりました.
 ブラキシズムの患者さんを多く診ていると,どうしても睡眠ブラキシズムの問題と直面します.睡眠ブラキシズムにより,顎関節症,歯周病,咬合性外傷など様々なトラブルが引き起こされます.そのような患者さんに対して就寝時のスプリント装着は確かに有効ですが,どうもそれだけでは良くならないケースが多いのです.
 予後の良くない患者さんをよく調べてみると,何らかの心身医学的な問題を抱えていることが多く,交流分析の結果も良くありません.歯科医は“ブラキシズムに対する心身医学的アプローチの重要性”を再認識するべきです.従来の「ストレスによりブラキシズムが起こるから,暗示療法でブラキシズムを止める」というスタンスから,「カウンセリングや自律訓練法などの心理療法により,ストレスをマネージメントしてリラクゼーションを図る」というスタンスへの脱皮が必要なのではないでしょうか.
 このような観点に立つと,「咬合医学の提言」にあるような“医科と歯科を統合した健康医学としての咬合医学の確立”が求められるようになります.日本顎咬合学会認定医である私としては言いにくいのですが,咬合器云々の咬合医学から脱却すべきですし,また,もっと広い視点から咬合を考えねばならないでしょう.咬合器は骨に歯が付いているだけです.筋肉がない状態で顎運動をどこまで再現できるでしょうか.
 例えば“ブラキシズム運動時に臼歯部が接触する咬合”の患者さんを咬合器で調べてみると,確かに臼歯部が接触する咬合様式として診断されるでしょう.しかし,その人にスプリントを装着して理学療法(カイロプラクティック,PNFなど)を行っていくと,往々にして咬合様式が変わることが少なくないのです.咀嚼筋群の異常緊張が緩和されると,顎位が自然と変わってきます.
 したがって,「ブラキシズム運動時に臼歯が接触するタイプの咬合では,咀嚼筋群の強大な筋活動が誘発され,結果として歯や歯周組織,顎関節に破壊的影響を及ぼす」のではなく,「咀嚼筋群の強大な筋活動が誘発され,それらの筋肉が異常に緊張しているタイプでは,ブラキシズム運動時に臼歯が接触するタイプの咬合となり,結果として,歯や歯周組織,顎関節などに破壊的影響を及ぼす」と考えたほうが自然だと思うのですが…….私がこのような表現に拘りたいのは,“医科と歯科を統合した健康医学としての咬合医学”という視点から咬合を考えているからです.
 私も“医科と歯科を統合した健康医学としての咬合医学”を模索し始めたばかりですが,歯科だけの知識には限界があることを痛感させられました.今,カイロプラクティックや心理学の専門教育を受けた経験が活きています.




読後感


7月号コラム「市民への情報伝達考」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』8月号に掲載された内容を転載したものです.)

とよしまよしひろ
豊島義博

 今日,集団歯科検診は,そのあり方が問われている.「学校歯科健診でう蝕を指摘され,それから歯科医院を受診した時に健診と異なる診断をされた」これはきわめて日常的に遭遇することだが,正面切ってこの問題に回答できる歯科医は少ないのではないだろうか.柘植先生は自ら長年,学校歯科医として現場でこの問題に悩み,学校歯科健診のあり方を変えるべき提言をされてきた.今回も,市民からの率直な悩みに適切な回答を出している.
 平成7年の学校保健法施行規則の一部改正に伴い,症例を発見する「検診」から健康増進を目指した「健診」に変わった,とまとめられている.だが,これは言葉の上の変化であって,まだ現実の歯科健診は「虫歯指摘」の事業であることには,変わりはないように思える.学校歯科医会の英断がより現実的成果を生むように,更なる改善案が実施されることを期待する.一つには,集団検診事業そのものをやめることである.世界的にも英米をはじめ,ルーティンチェックアップと呼ばれる歯科医院での定期チェック,保健指導が定着してきた.保険制度もそれにインセンティブをつけるような方向で微調整が重ねられている.
 歯科医院で行う定期健診は,レントゲンを含めた個人情報が医院に蓄積され,患者自身が自分の健診記録を資産として利用できる.疾患の予防,管理が容易になる.過剰診療や過小診療のモニタリングが行いやすく,より標準的な疾患管理が行えるなど,様々なメリットがあり,電子カルテなどのIT化とともに,今後の歯科のデファクトスタンダードになるだろう.我が国でも早期に,ルーティンチェックアップを保険導入し,またそれに応えられるような歯科医を養成する,再教育システムを構築することが必要だろう.
 たとえば,柘植論文に紹介された小窩裂溝の黒変は経過観察を行うと(当然,指をくわえて見ているのではなく,フッ化物をはじめとした予防プログラムの監視下においてであろう),何ら処置を必要としないわけである.筆者の日常臨床では,大臼歯ならともかくも小臼歯までもシーラントが施されていたり,切削処置後に脱落放置された大臼歯の咬合面の傷(削る必要のない修復行為の痕)をよく見かける.それも20歳代の若者にである.ごく最近でも,適切な診断を受けることなく,切削処置が横行しているのが現状だと感じる.そのような1級修復の山になった患者さんに限って,歯周病ケアについての基本的な情報は伝わっていないように思える.
 私の長女は,学校歯科健診では常に6歯の治療勧告を受け,大学進学後も大学付属病院の歯科医による健診で黒色病変の治療を勧告され続けている.バイトウィングによる定期健診では何ら問題はないカリエスフリー者である.これは,大学教育において,相変わらず適切なう蝕診断学が教育されていないことに原因があるのではないかと思われる.縦割りの教育では,予防歯科などでは再石灰化を教え,保存修復学では症例不足という言い訳もあって,経過観察でよい症例に切削処置の選択をさせているようである.
 私の勤務先の職域成人歯科検診は長く健保組合の主催で検診会社に委託して行われてきた.検診のバイトに来ていた卒業間もない歯科医の診断基準を見ると,保存修復学系の者は非常に修復を勧めたがる傾向にある.修復処置は,歯科医としては何かをやった気になれるので満足度は高いかもしれない.逆に,現場で必要な患者や住民への行動変容を促すような対話は,短時間では収得しづらく,また成果を肌身で感じるにはかなりのトレーニングを必要とする.予防や,疾病管理にはエビデンスが重要であり,個別の患者に毎度同じ対応では済まないのである.検診時に若いバイト医が説明している話を聞いていると,エビデンスの乏しいものであったり,患者のニーズをとらえきれていないものであったりすることが多かった.
 次世代の歯科医が,国民ニーズに合った診療姿勢を身につけることができるかどうかは,単に個々の歯科医への教育問題では終わらないだろう.過剰切削処置を繰り返し,適切な歯周病ケアを指導しない歯科医の数は限られていても,その歯科医から医療を受けた人は「歯医者に検診に行くのは,すぐに削られるし,金もかかることになる」という印象を持ち続けるだろう.予防中心の診療室作りなど,一部の歯科医は熱心に行っているのも事実だが,悪貨は良貨を駆逐することもある.
 柘植先生のご指摘のように,学校歯科健診が健康づくりを目指す,ヘルスプロモーション型に変わっていくのは実に素晴らしいことである.しかし,それだけでなく,保険制度や,歯科医の再教育という柱も考慮していかないと,国民の健康を守る「かかりつけ歯科医」の実現は難しい,と私は考える.




読後感


6月号特集「LSTR療法の臨床」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』7月号に掲載された内容を転載したものです.)

はせがわのぞみ
長谷川 望

 私の所属しているスタディーグループで,新潟大学教授の岩久先生から混合抗菌薬剤:3Mixを用いたLSTR(病巣無菌化組織修復)療法の講演を拝聴したのは数年前のことである.それ以前,学生時代にも母校の東京医科歯科大で岩久先生の保存修復の講義を受け,“大変わかりやすくお話をされるなぁ”という印象を持っていたが,スタディーグループでの講演もまた非常に理解しやすく,実践的で,先生の情熱が伝わってくるお話であったと記憶している.
 今回の特集は,岩久論文ではわが国のカリオロジーの発展への経緯,星野論文ではLSTR療法の基本的な概念・具体的な応用と3Mixの調整方法,子田論文ではう蝕に対する応用,柏田論文では歯内療法に対する応用,宅重論文では歯周病に対する応用の試み,戸高論文ではホームドクターとしてのLSTR療法を駆使してのカリオロジーの実践について述べられており,これまでの知識の整理をする上で大変有用であった.特集中でも述べられているが,従来は軟化象牙質の徹底的な除去療法が当たり前のように言われてきた中,LSTR療法は革命的と言ってもよい考え方である.従来の考え方のみでは,再治療を余儀なくされた時に結局は歯の寿命を縮めることになりかねないという現実を考えると,予防処置と併せて歯の寿命を長く保つ上で有効な方法であると思われる.
 しかし,現実問題として自分の臨床を振り返ってみると,本特集に掲載されていることを完全に実践できているとは言い難い.例えば,自発痛のある歯髄炎の症例では従来どおり抜髄を行っている.現状でLSTR療法を積極的に取り入れられないのは,私の勤務している診療所が都心のオフィス街にあり,成人の患者ばかりで若年者がほとんど訪れないことに起因している.
 『治癒の病理〈臨床編〉第1巻』掲載の森田論文1) には,「3Mixによる間接覆髄例において,不快症状が発現した患者は25歳以上であり,露髄して感染し,慢性歯髄炎の状態になった歯髄を直接覆髄した例でも,高年齢になるほど失敗例が多くなり,25歳以上では失敗例が成功例を上回り,この術式を積極的に適用可能な年齢は,低年齢,25歳未満の患者であると考えられる」とある.約10年前の報告であるため,改良が加えられ術式や留意点が明確となった現在の臨床成績とは比較できないが,成人の患者が“強い歯髄を持っているかどうか”“感染の範囲が客観的にどのくらいか”を事前に知ることはできない.また,3Mixは抗菌薬剤であるため炎症や疼痛に対しては即効性ではなく,症状の軽減に多少時間がかかることにも理解が必要である.そのため,たとえインフォームド・コンセントがなされても,従来の治療を求める患者に対して結果が思わしくなければ,信頼の喪失につながりかねない.このようなことから,私の臨床では適用範囲がある程度限られているのが実情である.
 一方,深在性カリエスの患者で,時間を提供してくれ,理解を示してくれる場合には,有効な方法としてLSTR療法を活用している.
 8020を達成するにあたっては,子供の頃からのメインテナンスが重要であり,そして不幸にしてカリエスが発生した場合には,LSTR療法のようなミニマムインターベンション(MI)による対応が不可欠と思われる.今後,同療法のより幅広い分野への応用法の確立が期待される.

文 献
1) 森田正純:う蝕病巣の無菌化療法を試みて. 治癒の病理〈臨床編〉第1巻:歯内療法−歯髄保存の限界を求めて−(下野正基, 飯島国好編), 43−52, 医歯薬出版, 東京, 1993.




読後感


今井論文「健康な口腔の育成を目指して
−(1)哺乳の大切さを再認識しよう」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』7月号に掲載された内容を転載したものです.)

よりたみか
寄田三佳

 私は今井先生のお書きになるものにいつも新鮮さを感じます.昨年発刊された『日本歯科評論増刊/ストレスフリーの歯科医院づくり』の中で今井先生がお書きになった「ストレスフリーはカリエスフリー−予防を優先した歯科医院の実際」では予防に取り組むクリニックの姿が新鮮に描かれていました.6月号に掲載されたこの論文でも“哺乳”というメカニズムを分析され,0歳からの予防を具体的に提案されたところに,最近の歯科雑誌にはない新鮮さと深い感銘を受けました.今回,この論文を読んで一人の主婦歯科医として感じたことを述べさせていただきたいと思います.
 哺乳には探索反射,口唇反射,吸啜反射といわれる赤ちゃん特有の原始反射と,嚥下反射など胎生期のうちから発達するさまざまな生理学的反射が関係しています.歯科医師が再認識すべき最も重要なポイントの一つは,上記の特に吸啜反射の中で,舌がとても大事な役割を果たしているという点であると思います.舌の波打つような波状運動により哺乳時の自然な筋肉のバランスを保つということが,栄養の摂取ばかりでなく,健全な口腔の育成につながるということです.このように自然な哺乳を大切にしようというナチュラルな発想が,これから成長する赤ちゃんにとっては素晴らしいプレゼントになるはずだと確信しました.
 口腔はまず哺乳によって栄養を摂取する器官です.またそれは,すべての人が皆平等にと神様がお創りになった器官です.つまり乳歯列期では上下顎にそれぞれ10本ずつ,永久歯列ではそれぞれ14本ずつが並ぶようにできています.この歯列が完成されるためには,舌の自然な働きが大きく関与して,歯の萌出するスペースが確保されているのです.そのためにも母乳で育てるのが理想ですが,母親の乳首ではなく,自然ではない人工的な乳首がとって代わった場合,正常な口腔育成ができるかどうかは,確かに疑問を抱く点でもありました.当然,機能障害を引き起こしてもおかしくありません.
 しかしながら,当の私も,長男を出産した12年前には,哺乳=口腔育成という考えもなく,人工乳首を使っている母親の一人でした.しかも当時店頭には,歯列や咬合の不正を予防することを目指して開発されたNUK乳首はなく,丸型乳首しか選択肢がなかったような状況でした.私の記憶では,NUK乳首は7〜8年前から日本でも店頭に並ぶようになったと思いますが,今井先生の述べられているとおり,まだまだシェアは低いことを実感しています.
 また“おしゃぶり”についても述べられています.「百聞は一見にしかず」ではありませんが,ヨーロッパでは“おしゃぶり”をしている姿は本当によく見られる光景で,社会に浸透しているようです.今回の論文から“おしゃぶり”を使用することで指しゃぶりを減少させることができること,またさらには,舌の正しい機能により正しい嚥下を促す,という利点が大きいことが理解できました.
 今回の論文を読ませていただいて,今,自分が歯科医師として患者様のために何を啓蒙すべきか,数々のポイントが示されているので,明日の臨床へ具体的に結びつけることができそうです.今井先生のおっしゃるとおり,「次の時代を担う子供たちがカリエスフリーで,かつ十分機能を果たす整った歯列を維持できるように,歯科医師が関与して行くこと」こそがわれわれの使命なのだと,改めて感じることができました.