読後感


5月号特集「臨床でちょっと迷うこと,困ること(I)」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』6月号に掲載された内容を転載したものです.)

いとうこうすけ
伊藤孝介

 経済の低迷や少子化問題で活気のないわが国ですが,歯科医師過剰時代の最盛期を迎えた歯科界では,問題はもっと深刻だと思われます.多くの患者様に適切な治療を行い,より多くの利便性を供給することが,今ほど強く迫られている時代はないでしょう.それは開業歯科医の立場からいえば,いかに患者様に対して痛みを与えず,そのニーズに応えていくかという努力がなければ,過当競争を生き残ることは難しいといった状況であると認識されます.
 そのような中で,本特集を読ませていただきましたが,そこで述べられている内容は,私たち開業医が日々の臨床の中で,ともすれば過剰治療に陥りやすい事例について,その治療の必要性を,改めて自身に問うものと感じられました.浅学なため多くを述べることはかないませんが,感じたいくつかを以下に記させていただきます.
 筆者の経験でも,大きくえぐれたくさび状欠損や,内部まで透けて真っ黒くなっているアマルガム充填などを目にする機会は多いです.それらは,症状が存在してもおかしくないような状態であっても,問診すると全くの無症状であることが少なくありません.しかし,手鏡でその状態をみせると,患者様は驚いて治療を依頼されます.その時,深く考えもせずに手をつけると,のちに痛みが発現することがあるのです.
 これまで,そのような時は,「たまたま起こったことだ,まー仕方がない」と自分に言い聞かせて過ごしてきました.つまりはごまかしていたわけです.
 今回の特集を拝見して,治療にあたろうとしている1本1本の歯に対し,レントゲンや口腔内での診査を着実に行い,正しく診断した上で治療の必要性を考え,適切なインフォームド・コンセントを行うことに欠けていたのだと気づきました.その意味で,『生活歯切削後に起こる痛み』の中にあるように,「事前に予測される事態を患者に説明しておく」ことを原則としている,という個所に大いに共感させられました.
 くさび状欠損は,歯の頬側や唇側が好発部位ですが,口蓋側や舌側に認められることも少なくありません.それは,くさび状欠損がブラキシズムなどの過大な咬合圧によって引き起こされるとする仮説を裏づけるものと考えます.
 『症状を伴わない歯頸部くさび状欠損』では,咬合関係に起因すると考えるくさび状欠損に対し,非可逆的な治療法である咬合調整を行うことにより重大な顎機能異常を引き起こしてしまわぬよう,「生体に優しい」スプリント治療を行い,くさび状欠損の発生や増大を防ぐようにすると述べられています.確かに,現状よりも重篤な疾患を招く恐れが少しでもあるのであれば,より侵襲の少ない治療法を選択するという視点は重要なことと考えます.
 また『歯ぎしり』では,原因因子が多岐にわたり,診断が難しく,しかも効果的な治療法も明確でないブラキシズムについてよく整理されており,ブラキシズムの怖さを再確認させていただきました.今後,その解明に期待したいと思います.

 今回の特集の特徴は,日々の臨床で頻繁にみかける現象に対し,その原因から診断法,治療法ばかりでなく患者様への説明の仕方まで述べられていることであり,この点が私たち開業医にとって大いに参考になるものと思われます.
 今後,もっと多くの事例を紹介していただき,勉強の場を提供されることを望みます.




読後感


5月号特集「臨床でちょっと迷うこと,困ること(I)」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』6月号に掲載された内容を転載したものです.)

おかながさとる
岡永 覚

 5月号特集のタイトルにあるように,臨床はちょっと迷うこと,困ることだらけです.特に,歯ぎしり,いびき,口臭などの類いは,いろいろと大変です.
 歯ぎしり,いびき,口臭などは,それらを病気と自覚していない患者さんが多く,カウンセリングなしには治療が始まりません.筆者も,“どのようにしたら患者さんが自分の病気を理解できるか”にいつも心を砕いています.「病気だから,治療の必要がある」と患者さんが認識しないと,治療が中断して一向に進みませんから…….しかし,一般の歯科外来レベルでは,口臭の検査を除き,難しそうですね.
 反面,歯ぎしり,いびき,口臭などは,生理的範囲内にあるにも拘わらず,気にする患者さんがかなりいるのです.そのような患者さんの場合,「何でもないですよ」と言っても納得されないケースが多く,時間をかけたカウンセリングが必要となりますが,口臭以外は一般の歯科外来レベルでは検査できませんから,説明するのに大変なのです.
 また,それらの病気は,いろいろな要因が相互に関連して複雑な病態を呈していることが多く,話をより面倒にしています.特集では項目別になっていますが,実際に診る相手は,複数の項目にまたがった患者さんなのです.
 もしも,八重歯で,歯ぎしりと歯周病を併発している患者さんが,いびきを主訴に来院したらどうしますか.次のことが考えられます.
 (1)八重歯や歯ぎしりは,顎関節症の原因となり,歯周病を悪化させます.
 (2)スリープ・スプリントは,歯ぎしりをする患者さんには使えません.
 (3)歯ぎしりの患者さんに矯正装置を装着すると,歯ぎしりが激しくなって顎関節症を起こしたり,歯周病を悪化させたりすることがあります.
 この症例の場合,主訴がいびきなのですが,スリープ・スプリントを使える状況にはありません.また,うかつに八重歯の歯列矯正に着手すると,トラブルになりそうです.筆者ならば,歯ぎしりと歯周病の治療をしてから,八重歯やいびきの治療を考えるようにします.
 実際の臨床では,このように複数の病気を併発していることのほうが多く,さらに全身的な問題,心身的な問題を抱えていることも少なくないのです.
 (1)肥満で二重顎だったらどうしますか.減量しないと,ダメですよね.高血圧や不整脈,糖尿病などの成人病も,心配ですよね.
 (2)不眠症に悩まされていると相談されたら,どうしますか.カウンセラー的役割を果たさなければなりませんよね.
 このような患者さんに対して,歯科医がどこまで関わるべきなのでしょうか.筆者の場合,心理士(日本心理学会認定)でもあり,心理学の専門教育を受けているので,簡単なカウンセリングくらいはしますが,減量の指導はしません.栄養士でもフィットネス・トレーナーでもありませんから.
 以上のように,歯科医が歯ぎしり,いびき,口臭などの治療を行うには,いろいろとクリアーしていかなければならない問題が山積しているのです.誌面の関係で止むを得ないこととは思いますが,臨床の最前線にいる歯科医としては,もっと具体的に突っ込んだ話を聞きたかったです.




読後感


4月号特集「臨床に定着したインプラント治療と今後」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』5月号に掲載された内容を転載したものです.)

やすもとまさふみ
康本征史

 4月号特集のタイトルのようにインプラント治療が「臨床に定着」したかどうかについては,読者それぞれ異なる考えをお持ちと思われます.ただ,当院の受診者の話を聞く限りでは,「インプラント」「人工歯根」という言葉そのものや概要について知っている方々が着実に増えているようです.少数歯欠損,多数歯欠損にかかわらず,歯がなくなるということが残された口腔環境に良からぬ影響を与えることは間違いありません.このような現実がある以上,実際に自院でインプラント治療を行うかどうかは別として,治療法の一つの選択肢として受診者に提案できなければならないと思います.
 しかし現状は,真坂氏が述べておられるように「一般臨床医が1医院で埋入する本数は年間10本前後」ですから,欠損歯数から考えれば,明らかに普及・定着したレベルとは考えられません.これは「インプラント治療」が当初多数歯欠損症例において行われたことが,これまでの治療法と比較して語られるとき,多くの誤解と混乱を招いてきたように私自身は感じています.私のような技術的に未熟なものからみれば,無歯顎に何本ものインプラントを植立しフルブリッジで補綴された症例をみると,違和感よりも拒否感に近い感情を抱きます.その一方,すれ違い咬合症例で「ここに歯が一本でもあれば……」と思い悩むことが多いのも事実です.榎本論文中の『宮地の咬合三角』で示されているように,咬合支持を失った欠損歯列が徐々に,そして確実に崩壊していく様は,自分の未熟さとともに日々認識させられているからです.
 データを見る限り,歯科治療を受けた歯ほど早く抜歯にいたるといわれており,欠損歯列の存在,それも多数歯にわたる欠損は明らかにわれわれの行った歯科医療の結果です.つまり,現在でも天然歯質に勝る材料は見つかっておらず,一時的な機能の回復をしたに過ぎないともいえます.かといって,必要な歯科的介入をしなければさらに崩壊が早まってしまいます.
 そのような中,われわれはインプラントという人工的ではあるものの,あらたな「歯を増やす」方法を手に入れつつあります.本来,インプラント治療は歯の欠損に対して,まず第一に選択されるべきものといえるでしょう.それは,残念ながら歯を失った時,インプラント治療によって残る歯牙の負担を最小限にすることが可能となったと考えることができるからです.このようにインプラント治療の是非は,隣在歯を傷つけないという観点からもっと語られる必要があると思います.
 しかし,いくらインプラント治療が進化しても,残せる歯を安易に抜歯することは許されません.治療期間が短縮され,治療費用が安価になることは,すでに欠損歯を抱えてしまっている不幸な受診者たちにとっては朗報ですが,その反面「歯がなくなっても,またすぐに増やせる」というようなモラルの低下を招くことがないように注視していく必要があると思います.
 受診者の立場から考えれば,歯を失うことの喪失感,義歯を装着することで感じる老齢感がインプラント治療によって改善・回復され,生涯,食べたいものを美味しく食べることができるようになれば,これは理想的なことでしょう.私自身としては,1本の歯の欠損のために,両隣在歯が便宜的に削られることのないよう,まずは受診者の健康観を高めることから,日々の臨床を見直したいと思っています.




読後感


榎本論文「欠損歯列とインプラントの役割―有効なインプラント治療の考え方」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』5月号に掲載された内容を転載したものです.)

みずかみてつや
水上哲也


 4月号特集のタイトルにあるように,インプラント療法はもはや私たちの臨床に定着した感がある.そして適応症の拡大や審美性の追求,治療期間の短縮といったテーマがさかんに取りあげられる昨今である.このような状況下で今,インプラント療法を見直し,その目的や意義,役割,そしてこれらを踏まえたうえでの適応症をもう一度見つめ直してゆくことは非常に大切なことであると感じている.そういう点で,今回のテーマは非常にタイムリーであった.
 本論文の主な論点は2つあると思われた.第1に,個々の歯牙そして歯列は本来,その解剖学的形態や位置に重要な意義があるということ.そして第2は,欠損歯に対する治療法としてのインプラントの目的や意義を明確にしたうえで適応症例・適応方法を選択するといったことではなかろうか.
 まず第1の論点であるが,榎本氏が主張するように「各歯牙の形態や萌出位置はそれぞれ本来の役割に準じて重要な意味をもつ」ため,インプラントにより形態的,機能的な回復を得るためには,応用目的に従った適切な位置への植立が必要となる.氏の埋入位置に対する徹底したこだわりはこのような考えのもとになされているということが,今回十分理解できた.そしてその結果として,臨床例のように審美的に非常に優れたインプラント修復が達成されていることは十分納得がゆくものである.
 第2番目の論点は,端的にいえば欠損イコールインプラントといった潮流に対する警鐘であると理解した.欠損が存在する事実ばかりに目を向けずに,その患者固有の欠損形態,全顎的にみたときに抱えているいくつかの問題点を整理し,それらを改善するにあたってインプラント療法が妥当な選択であるのか,あるいは従来法の可撤式義歯のほうが妥当であるかを判断しなければならない.またインプラント療法の適用の仕方も,インプラント治療イコール固定式補綴物という図式にとらわれず,可撤式義歯を併用するのも有効であることを忘れてはならない.可撤式の義歯のメリットとして,その自由度の大きさが挙げられるが,特に重度歯周炎を抱えているなど残存歯牙の条件が悪いような場合は,インプラントを併用した可撤式義歯が有効な場合も多い.
 昨今,従来なら考えられないような重度の骨吸収をきたした状況でインプラントを適用したケースや,全顎的にインプラントを植立し天然歯列のような修復を行ったケースが誌上に登場してきた.しかしその舞台裏には厳格な患者選択,欠損形態を含む個々の条件を考えたうえでの適応症の選択が行われていることをわれわれ読者は考えていかなければならないと思う.たとえインプラントの研究がより進歩し,次世代型のインプラントや治療法が登場してきても,今回述べられているように個々のケースに対する適応の可否や治療の最終形態の決定がより的確に,そして厳格に行われなければ,どんなに優れた次世代のインプラントであっても,その成功率を減じてしまう結果となるだろう.
 氏が最後に述べているように,「インプラントは欠損歯列への対応の一手法だが,可撤式義歯からの解放ということだけに主目的をおかず,機能的,形態的に健康な歯列の回復をゴールに見据えた治療の一手法として位置づけ,応用目的を明確にする」ことを,日常臨床の中でインプラントを応用する私たちは肝に銘じておくべきであろう.
 氏の臨床家としての深みを感じさせられる論文であった.