![]() 5月号特集「臨床でちょっと迷うこと,困ること(I)」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』6月号に掲載された内容を転載したものです.) おかながさとる 岡永 覚 5月号特集のタイトルにあるように,臨床はちょっと迷うこと,困ることだらけです.特に,歯ぎしり,いびき,口臭などの類いは,いろいろと大変です. 歯ぎしり,いびき,口臭などは,それらを病気と自覚していない患者さんが多く,カウンセリングなしには治療が始まりません.筆者も,“どのようにしたら患者さんが自分の病気を理解できるか”にいつも心を砕いています.「病気だから,治療の必要がある」と患者さんが認識しないと,治療が中断して一向に進みませんから…….しかし,一般の歯科外来レベルでは,口臭の検査を除き,難しそうですね. 反面,歯ぎしり,いびき,口臭などは,生理的範囲内にあるにも拘わらず,気にする患者さんがかなりいるのです.そのような患者さんの場合,「何でもないですよ」と言っても納得されないケースが多く,時間をかけたカウンセリングが必要となりますが,口臭以外は一般の歯科外来レベルでは検査できませんから,説明するのに大変なのです. また,それらの病気は,いろいろな要因が相互に関連して複雑な病態を呈していることが多く,話をより面倒にしています.特集では項目別になっていますが,実際に診る相手は,複数の項目にまたがった患者さんなのです. もしも,八重歯で,歯ぎしりと歯周病を併発している患者さんが,いびきを主訴に来院したらどうしますか.次のことが考えられます. (1)八重歯や歯ぎしりは,顎関節症の原因となり,歯周病を悪化させます. (2)スリープ・スプリントは,歯ぎしりをする患者さんには使えません. (3)歯ぎしりの患者さんに矯正装置を装着すると,歯ぎしりが激しくなって顎関節症を起こしたり,歯周病を悪化させたりすることがあります. この症例の場合,主訴がいびきなのですが,スリープ・スプリントを使える状況にはありません.また,うかつに八重歯の歯列矯正に着手すると,トラブルになりそうです.筆者ならば,歯ぎしりと歯周病の治療をしてから,八重歯やいびきの治療を考えるようにします. 実際の臨床では,このように複数の病気を併発していることのほうが多く,さらに全身的な問題,心身的な問題を抱えていることも少なくないのです. (1)肥満で二重顎だったらどうしますか.減量しないと,ダメですよね.高血圧や不整脈,糖尿病などの成人病も,心配ですよね. (2)不眠症に悩まされていると相談されたら,どうしますか.カウンセラー的役割を果たさなければなりませんよね. このような患者さんに対して,歯科医がどこまで関わるべきなのでしょうか.筆者の場合,心理士(日本心理学会認定)でもあり,心理学の専門教育を受けているので,簡単なカウンセリングくらいはしますが,減量の指導はしません.栄養士でもフィットネス・トレーナーでもありませんから. 以上のように,歯科医が歯ぎしり,いびき,口臭などの治療を行うには,いろいろとクリアーしていかなければならない問題が山積しているのです.誌面の関係で止むを得ないこととは思いますが,臨床の最前線にいる歯科医としては,もっと具体的に突っ込んだ話を聞きたかったです. |
![]() 榎本論文「欠損歯列とインプラントの役割―有効なインプラント治療の考え方」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』5月号に掲載された内容を転載したものです.) みずかみてつや 水上哲也 4月号特集のタイトルにあるように,インプラント療法はもはや私たちの臨床に定着した感がある.そして適応症の拡大や審美性の追求,治療期間の短縮といったテーマがさかんに取りあげられる昨今である.このような状況下で今,インプラント療法を見直し,その目的や意義,役割,そしてこれらを踏まえたうえでの適応症をもう一度見つめ直してゆくことは非常に大切なことであると感じている.そういう点で,今回のテーマは非常にタイムリーであった. 本論文の主な論点は2つあると思われた.第1に,個々の歯牙そして歯列は本来,その解剖学的形態や位置に重要な意義があるということ.そして第2は,欠損歯に対する治療法としてのインプラントの目的や意義を明確にしたうえで適応症例・適応方法を選択するといったことではなかろうか. まず第1の論点であるが,榎本氏が主張するように「各歯牙の形態や萌出位置はそれぞれ本来の役割に準じて重要な意味をもつ」ため,インプラントにより形態的,機能的な回復を得るためには,応用目的に従った適切な位置への植立が必要となる.氏の埋入位置に対する徹底したこだわりはこのような考えのもとになされているということが,今回十分理解できた.そしてその結果として,臨床例のように審美的に非常に優れたインプラント修復が達成されていることは十分納得がゆくものである. 第2番目の論点は,端的にいえば欠損イコールインプラントといった潮流に対する警鐘であると理解した.欠損が存在する事実ばかりに目を向けずに,その患者固有の欠損形態,全顎的にみたときに抱えているいくつかの問題点を整理し,それらを改善するにあたってインプラント療法が妥当な選択であるのか,あるいは従来法の可撤式義歯のほうが妥当であるかを判断しなければならない.またインプラント療法の適用の仕方も,インプラント治療イコール固定式補綴物という図式にとらわれず,可撤式義歯を併用するのも有効であることを忘れてはならない.可撤式の義歯のメリットとして,その自由度の大きさが挙げられるが,特に重度歯周炎を抱えているなど残存歯牙の条件が悪いような場合は,インプラントを併用した可撤式義歯が有効な場合も多い. 昨今,従来なら考えられないような重度の骨吸収をきたした状況でインプラントを適用したケースや,全顎的にインプラントを植立し天然歯列のような修復を行ったケースが誌上に登場してきた.しかしその舞台裏には厳格な患者選択,欠損形態を含む個々の条件を考えたうえでの適応症の選択が行われていることをわれわれ読者は考えていかなければならないと思う.たとえインプラントの研究がより進歩し,次世代型のインプラントや治療法が登場してきても,今回述べられているように個々のケースに対する適応の可否や治療の最終形態の決定がより的確に,そして厳格に行われなければ,どんなに優れた次世代のインプラントであっても,その成功率を減じてしまう結果となるだろう. 氏が最後に述べているように,「インプラントは欠損歯列への対応の一手法だが,可撤式義歯からの解放ということだけに主目的をおかず,機能的,形態的に健康な歯列の回復をゴールに見据えた治療の一手法として位置づけ,応用目的を明確にする」ことを,日常臨床の中でインプラントを応用する私たちは肝に銘じておくべきであろう. 氏の臨床家としての深みを感じさせられる論文であった. |