読後感


4月号特集「臨床に定着したインプラント治療と今後」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』5月号に掲載された内容を転載したものです.)

やすもとまさふみ
康本征史

 4月号特集のタイトルのようにインプラント治療が「臨床に定着」したかどうかについては,読者それぞれ異なる考えをお持ちと思われます.ただ,当院の受診者の話を聞く限りでは,「インプラント」「人工歯根」という言葉そのものや概要について知っている方々が着実に増えているようです.少数歯欠損,多数歯欠損にかかわらず,歯がなくなるということが残された口腔環境に良からぬ影響を与えることは間違いありません.このような現実がある以上,実際に自院でインプラント治療を行うかどうかは別として,治療法の一つの選択肢として受診者に提案できなければならないと思います.
 しかし現状は,真坂氏が述べておられるように「一般臨床医が1医院で埋入する本数は年間10本前後」ですから,欠損歯数から考えれば,明らかに普及・定着したレベルとは考えられません.これは「インプラント治療」が当初多数歯欠損症例において行われたことが,これまでの治療法と比較して語られるとき,多くの誤解と混乱を招いてきたように私自身は感じています.私のような技術的に未熟なものからみれば,無歯顎に何本ものインプラントを植立しフルブリッジで補綴された症例をみると,違和感よりも拒否感に近い感情を抱きます.その一方,すれ違い咬合症例で「ここに歯が一本でもあれば……」と思い悩むことが多いのも事実です.榎本論文中の『宮地の咬合三角』で示されているように,咬合支持を失った欠損歯列が徐々に,そして確実に崩壊していく様は,自分の未熟さとともに日々認識させられているからです.
 データを見る限り,歯科治療を受けた歯ほど早く抜歯にいたるといわれており,欠損歯列の存在,それも多数歯にわたる欠損は明らかにわれわれの行った歯科医療の結果です.つまり,現在でも天然歯質に勝る材料は見つかっておらず,一時的な機能の回復をしたに過ぎないともいえます.かといって,必要な歯科的介入をしなければさらに崩壊が早まってしまいます.
 そのような中,われわれはインプラントという人工的ではあるものの,あらたな「歯を増やす」方法を手に入れつつあります.本来,インプラント治療は歯の欠損に対して,まず第一に選択されるべきものといえるでしょう.それは,残念ながら歯を失った時,インプラント治療によって残る歯牙の負担を最小限にすることが可能となったと考えることができるからです.このようにインプラント治療の是非は,隣在歯を傷つけないという観点からもっと語られる必要があると思います.
 しかし,いくらインプラント治療が進化しても,残せる歯を安易に抜歯することは許されません.治療期間が短縮され,治療費用が安価になることは,すでに欠損歯を抱えてしまっている不幸な受診者たちにとっては朗報ですが,その反面「歯がなくなっても,またすぐに増やせる」というようなモラルの低下を招くことがないように注視していく必要があると思います.
 受診者の立場から考えれば,歯を失うことの喪失感,義歯を装着することで感じる老齢感がインプラント治療によって改善・回復され,生涯,食べたいものを美味しく食べることができるようになれば,これは理想的なことでしょう.私自身としては,1本の歯の欠損のために,両隣在歯が便宜的に削られることのないよう,まずは受診者の健康観を高めることから,日々の臨床を見直したいと思っています.




読後感


4月号特集「臨床に定着したインプラント治療と今後」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』5月号に掲載された内容を転載したものです.)

みずかみてつや
水上哲也


 4月号特集のタイトルにあるように,インプラント療法はもはや私たちの臨床に定着した感がある.そして適応症の拡大や審美性の追求,治療期間の短縮といったテーマがさかんに取りあげられる昨今である.このような状況下で今,インプラント療法を見直し,その目的や意義,役割,そしてこれらを踏まえたうえでの適応症をもう一度見つめ直してゆくことは非常に大切なことであると感じている.そういう点で,今回のテーマは非常にタイムリーであった.
 本論文の主な論点は2つあると思われた.第1に,個々の歯牙そして歯列は本来,その解剖学的形態や位置に重要な意義があるということ.そして第2は,欠損歯に対する治療法としてのインプラントの目的や意義を明確にしたうえで適応症例・適応方法を選択するといったことではなかろうか.
 まず第1の論点であるが,榎本氏が主張するように「各歯牙の形態や萌出位置はそれぞれ本来の役割に準じて重要な意味をもつ」ため,インプラントにより形態的,機能的な回復を得るためには,応用目的に従った適切な位置への植立が必要となる.氏の埋入位置に対する徹底したこだわりはこのような考えのもとになされているということが,今回十分理解できた.そしてその結果として,臨床例のように審美的に非常に優れたインプラント修復が達成されていることは十分納得がゆくものである.
 第2番目の論点は,端的にいえば欠損イコールインプラントといった潮流に対する警鐘であると理解した.欠損が存在する事実ばかりに目を向けずに,その患者固有の欠損形態,全顎的にみたときに抱えているいくつかの問題点を整理し,それらを改善するにあたってインプラント療法が妥当な選択であるのか,あるいは従来法の可撤式義歯のほうが妥当であるかを判断しなければならない.またインプラント療法の適用の仕方も,インプラント治療イコール固定式補綴物という図式にとらわれず,可撤式義歯を併用するのも有効であることを忘れてはならない.可撤式の義歯のメリットとして,その自由度の大きさが挙げられるが,特に重度歯周炎を抱えているなど残存歯牙の条件が悪いような場合は,インプラントを併用した可撤式義歯が有効な場合も多い.
 昨今,従来なら考えられないような重度の骨吸収をきたした状況でインプラントを適用したケースや,全顎的にインプラントを植立し天然歯列のような修復を行ったケースが誌上に登場してきた.しかしその舞台裏には厳格な患者選択,欠損形態を含む個々の条件を考えたうえでの適応症の選択が行われていることをわれわれ読者は考えていかなければならないと思う.たとえインプラントの研究がより進歩し,次世代型のインプラントや治療法が登場してきても,今回述べられているように個々のケースに対する適応の可否や治療の最終形態の決定がより的確に,そして厳格に行われなければ,どんなに優れた次世代のインプラントであっても,その成功率を減じてしまう結果となるだろう.
 氏が最後に述べているように,「インプラントは欠損歯列への対応の一手法だが,可撤式義歯からの解放ということだけに主目的をおかず,機能的,形態的に健康な歯列の回復をゴールに見据えた治療の一手法として位置づけ,応用目的を明確にする」ことを,日常臨床の中でインプラントを応用する私たちは肝に銘じておくべきであろう.
 氏の臨床家としての深みを感じさせられる論文であった.




読後感


3月号特集「根尖病変―治りにくい感染根管へのアプローチ」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』4月号に掲載された内容を転載したものです.)

ながぶちこうたろう
永渕康太郎


 今回の特集を読んだとき,根尖病変が存在する歯牙の症例がいろいろ頭に浮かんできました.根管充填が終了し,これで根尖病巣も消退するだろうと思いきや,いつまで経ってもX線所見上に変化は現れず,そのうえに瘻孔まで生じ,患者さんに説明して根尖端切除を実施したことなど…….
 あらためて振り返ってみると,和達先生が述べておられる「根管治療における難治症例への対応」での必須点検項目である“ラバーダムの使用”を怠っていたのも,その原因の一つだったようです.
 このような見方からすると,難症例ではないかと疑う前に,感染根管が細菌による感染症であることをまず認識し,使用器具の滅菌,緊密な仮封などの基本事項を再点検する必要がありそうです.
 さて,特集の中で各執筆者が述べておられるように,通常の根管治療で治癒しない症例に関しては,根管系の複雑な形態が原因として密接に絡んできます.複雑な根管へのアプローチは,X線の偏心投影による写真撮影や,マイクロスコープによる観察は欠かせません.マイクロスコープを臨床で用いるにはさまざまな制約があるでしょうから,せめて拡大鏡(テレスコープ)くらいは日常臨床で使用できるようにしておきたいものです.
 とはいえ,規格化された根管治療用器具では複雑な根管形態に対応することがむずかしく,そのためには薬剤による無菌化が有効であろう,とも述べられています.
 薬剤を使用するにあたっては,細菌検査が重要な役割を果たすと思われますが,チェアーサイド嫌気培養システムの項において,抗菌剤感受性試験で選択した抗菌剤を根管と根尖周囲に局所投与し,その効果を細菌検査で確認するという処置を繰り返し行っている,との記載があります.私としては,どのような薬剤を・どのような方法で・どれだけの量を局所投与されているのか,詳細が知りたいと思いました.
 3Mix-MPの項との関連では,私も臨床で使用して好成績を上げています.ただ,臨床で実際に使用するに当たっては,豊島先生が書かれているように,
(1)かならず薬物アレルギーの問診を行う
(2)患者さんとの間でインフォームド・コンセントの確立をみる
(3)副作用に注意する
(4)不必要な投与はしない
(5)歯科医師の責任で使用を決める
といった注意事項を,しっかり守ることが必要です.
 しかしながら,現実にはこのような基本事項を守らず,感染根管ならどんな症例でも3Mix-MPを使用するという歯科医師もいるようなので,そろそろ3Mix-MPの臨床応用に関して,より厳しいガイドラインが必要ではないかと思われます.
 治りにくい感染根管は,歯牙の持つ条件だけでは発生しません.人為的な原因,すなわち私たち歯科医師の治療上のミスが引き金になることも少なくないようです.根管治療の基本を守り,治療上の各ステップを確実に行うことが重要であることは言うまでもありません.
 そしてできることなら,根管治療を行わなくて済むように,歯髄,歯質を守ること,すなわち予防歯科体制の充実と確立が,8020をめざそうとしているこれからの歯科医療に強く求められているのではないでしょうか.




読後感


3月号特集「根尖病変―治りにくい感染根管へのアプローチ」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』4月号に掲載された内容を転載したものです.)

やまもとひろし
山本 寛


 根尖病変成立の主たる要因が細菌であることは明らかであるが,では,実際の治療中に,術者はこのことをどの程度意識しているであろうか.十分な根管の拡大・清掃・消毒を行い,可及的に細菌の量を減少させ,場合によっては薬剤によって細菌の活動を制御し,細菌−宿主防御機構のバランスを治癒の方向へ持っていくことが根尖病変治療の成功をもたらすと考えられている.しかし,側枝や複雑な根管分岐,著しい彎曲や狭窄,あるいは根尖孔外の細菌バイオフィルムの形成などの要因のため,順調には治癒しない症例もある.
 根管治療の成功率は,抜髄で90%以上,感染根管であっても未治療の感染根管ならば80〜90%の成功率が得られると,多くの研究で報告されている.他方,再治療症例では明らかに成功率が低下している(50〜60%).最初に根管治療を行う術者の責任は重い.
 根管治療にあたっては,ラバーダムを使用してこれ以上の細菌の根管内への侵入を防ぎ,厳密に滅菌した器具を用い,確実な仮封を行うことが根管内の可及的な無菌化に必要不可欠である.これらの技術的な優劣以前の問題が正しく認識されていないという日本の現状が,諸外国と比較して圧倒的に再治療が多いという現実に直結していると言えよう.もちろん,細菌の問題を正しく認識し地道な努力を続けている一般歯科医も増えているが,ラバーダムすら使用しない症例を誇らしげに学会報告する一部の大学の若い歯科医を見るたびに,日本の現状が一向に改善されないことに納得してしまうのは,筆者だけではないであろう.
 本特集では難治性根尖性歯周炎と細菌について述べられているが,歯の解剖学的形態や歯根破折のために難治性になっているもの以外に,除去不可能な器具破折片,穿孔,レッジの形成などによって難治性(医原性)になっている例があることも指摘されている.また,一般歯科医が難治症例として大学へ送った症例の過半数が通常の根管治療のみで治癒した……とも述べられている.
 では,開業医から難治症例として紹介された症例は誰が治療したものであろうか? その難治症例を経験豊かな専門医が治療したから治癒したのであろうか? 本文中に記載はないが,筆者が勤務していた大学では,教育・研究に忙しい教官が開業医から依頼されたすべての難治症例を引き受ける余裕など全くなく,多くの症例を臨床経験数年の若い医局員や学生が治療して好成績が得られていた.諸外国の論文でも,経験豊かな術者と学生との成功率に有意差が認められないという結果が多く報告されている.いかに基本に忠実に治療を行うことが大切であるかが示されていると言えよう.逆に,基本に忠実に治療を行えば,それだけで医原性難治症例は減少するのではないだろうか.不潔な環境下での治療は,容易に再治療という難治症例を発生させているようである.
 今回の特集で,細菌感染と難治性根尖性歯周炎の問題だけでなく,根尖性歯周炎の診断と治療計画についても述べられていることは特筆に値する.「正しい治療は正しい診断に基づいてのみ行われる」ことを改めて指摘され,身の引き締まる思いである.多くの方に本特集に目を通していただきたいが,お忙しい方には特に宮下氏の論文をお勧めしたい.