![]() 4月号特集「臨床に定着したインプラント治療と今後」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』5月号に掲載された内容を転載したものです.) みずかみてつや 水上哲也 4月号特集のタイトルにあるように,インプラント療法はもはや私たちの臨床に定着した感がある.そして適応症の拡大や審美性の追求,治療期間の短縮といったテーマがさかんに取りあげられる昨今である.このような状況下で今,インプラント療法を見直し,その目的や意義,役割,そしてこれらを踏まえたうえでの適応症をもう一度見つめ直してゆくことは非常に大切なことであると感じている.そういう点で,今回のテーマは非常にタイムリーであった. 本論文の主な論点は2つあると思われた.第1に,個々の歯牙そして歯列は本来,その解剖学的形態や位置に重要な意義があるということ.そして第2は,欠損歯に対する治療法としてのインプラントの目的や意義を明確にしたうえで適応症例・適応方法を選択するといったことではなかろうか. まず第1の論点であるが,榎本氏が主張するように「各歯牙の形態や萌出位置はそれぞれ本来の役割に準じて重要な意味をもつ」ため,インプラントにより形態的,機能的な回復を得るためには,応用目的に従った適切な位置への植立が必要となる.氏の埋入位置に対する徹底したこだわりはこのような考えのもとになされているということが,今回十分理解できた.そしてその結果として,臨床例のように審美的に非常に優れたインプラント修復が達成されていることは十分納得がゆくものである. 第2番目の論点は,端的にいえば欠損イコールインプラントといった潮流に対する警鐘であると理解した.欠損が存在する事実ばかりに目を向けずに,その患者固有の欠損形態,全顎的にみたときに抱えているいくつかの問題点を整理し,それらを改善するにあたってインプラント療法が妥当な選択であるのか,あるいは従来法の可撤式義歯のほうが妥当であるかを判断しなければならない.またインプラント療法の適用の仕方も,インプラント治療イコール固定式補綴物という図式にとらわれず,可撤式義歯を併用するのも有効であることを忘れてはならない.可撤式の義歯のメリットとして,その自由度の大きさが挙げられるが,特に重度歯周炎を抱えているなど残存歯牙の条件が悪いような場合は,インプラントを併用した可撤式義歯が有効な場合も多い. 昨今,従来なら考えられないような重度の骨吸収をきたした状況でインプラントを適用したケースや,全顎的にインプラントを植立し天然歯列のような修復を行ったケースが誌上に登場してきた.しかしその舞台裏には厳格な患者選択,欠損形態を含む個々の条件を考えたうえでの適応症の選択が行われていることをわれわれ読者は考えていかなければならないと思う.たとえインプラントの研究がより進歩し,次世代型のインプラントや治療法が登場してきても,今回述べられているように個々のケースに対する適応の可否や治療の最終形態の決定がより的確に,そして厳格に行われなければ,どんなに優れた次世代のインプラントであっても,その成功率を減じてしまう結果となるだろう. 氏が最後に述べているように,「インプラントは欠損歯列への対応の一手法だが,可撤式義歯からの解放ということだけに主目的をおかず,機能的,形態的に健康な歯列の回復をゴールに見据えた治療の一手法として位置づけ,応用目的を明確にする」ことを,日常臨床の中でインプラントを応用する私たちは肝に銘じておくべきであろう. 氏の臨床家としての深みを感じさせられる論文であった. |
![]() 3月号特集「根尖病変―治りにくい感染根管へのアプローチ」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』4月号に掲載された内容を転載したものです.) やまもとひろし 山本 寛 根尖病変成立の主たる要因が細菌であることは明らかであるが,では,実際の治療中に,術者はこのことをどの程度意識しているであろうか.十分な根管の拡大・清掃・消毒を行い,可及的に細菌の量を減少させ,場合によっては薬剤によって細菌の活動を制御し,細菌−宿主防御機構のバランスを治癒の方向へ持っていくことが根尖病変治療の成功をもたらすと考えられている.しかし,側枝や複雑な根管分岐,著しい彎曲や狭窄,あるいは根尖孔外の細菌バイオフィルムの形成などの要因のため,順調には治癒しない症例もある. 根管治療の成功率は,抜髄で90%以上,感染根管であっても未治療の感染根管ならば80〜90%の成功率が得られると,多くの研究で報告されている.他方,再治療症例では明らかに成功率が低下している(50〜60%).最初に根管治療を行う術者の責任は重い. 根管治療にあたっては,ラバーダムを使用してこれ以上の細菌の根管内への侵入を防ぎ,厳密に滅菌した器具を用い,確実な仮封を行うことが根管内の可及的な無菌化に必要不可欠である.これらの技術的な優劣以前の問題が正しく認識されていないという日本の現状が,諸外国と比較して圧倒的に再治療が多いという現実に直結していると言えよう.もちろん,細菌の問題を正しく認識し地道な努力を続けている一般歯科医も増えているが,ラバーダムすら使用しない症例を誇らしげに学会報告する一部の大学の若い歯科医を見るたびに,日本の現状が一向に改善されないことに納得してしまうのは,筆者だけではないであろう. 本特集では難治性根尖性歯周炎と細菌について述べられているが,歯の解剖学的形態や歯根破折のために難治性になっているもの以外に,除去不可能な器具破折片,穿孔,レッジの形成などによって難治性(医原性)になっている例があることも指摘されている.また,一般歯科医が難治症例として大学へ送った症例の過半数が通常の根管治療のみで治癒した……とも述べられている. では,開業医から難治症例として紹介された症例は誰が治療したものであろうか? その難治症例を経験豊かな専門医が治療したから治癒したのであろうか? 本文中に記載はないが,筆者が勤務していた大学では,教育・研究に忙しい教官が開業医から依頼されたすべての難治症例を引き受ける余裕など全くなく,多くの症例を臨床経験数年の若い医局員や学生が治療して好成績が得られていた.諸外国の論文でも,経験豊かな術者と学生との成功率に有意差が認められないという結果が多く報告されている.いかに基本に忠実に治療を行うことが大切であるかが示されていると言えよう.逆に,基本に忠実に治療を行えば,それだけで医原性難治症例は減少するのではないだろうか.不潔な環境下での治療は,容易に再治療という難治症例を発生させているようである. 今回の特集で,細菌感染と難治性根尖性歯周炎の問題だけでなく,根尖性歯周炎の診断と治療計画についても述べられていることは特筆に値する.「正しい治療は正しい診断に基づいてのみ行われる」ことを改めて指摘され,身の引き締まる思いである.多くの方に本特集に目を通していただきたいが,お忙しい方には特に宮下氏の論文をお勧めしたい. |