読後感


新春展望/21世紀の課題「医療制度改革が進む中での患者対応」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』2月号に掲載された内容を転載したものです.)

かたやましげき
片山繁樹


 昭和63年に開業して,もうすぐ15年になる.その間,バブルが発生して崩壊し,現在は底なしの不況の様相だ.開業歴40年の大先輩も「いままで不況と言われた時代は何回もあったけれど,今回のようにひどくはなかった」とおっしゃる.
 わが身を振り返ってみても,幸運にも開業以来13年間増収を続けていたが,一昨年,昨年と減収になってしまった.医療制度改革が進んできたためなのか,不況のせいか,理由ははっきりしないが,今後の経営方針を考える上で医療制度改革からは目が離せない.そういう意味で今回の「新春展望」の論文はすべて興味深く,本当に役に立つ情報が満載で,示唆に富んでいたと思う.
 世の中ではデフレが進行しており,身の周りのいろいろなものが以前と比べて格段に安く手に入るようになっている.信用金庫の外交員は,「近所の零細企業では収入が3分の1くらいになっているところも多く,後ろ向きの仕事で大変忙しい」とこぼす.歯科界でショックを受けた昨年の医療保険初のマイナス改定は,一般社会から見ると問題にならないレベルなのかもしれない.
 さて,今回の特集の中でも「歯科相談から“歯科医療への要望”を探る」と「患者がのぞむ歯科医療」は特に関心を持って拝読させていただいた.
 「歯科相談」に関心を持ったのは,今年度から歯科医師会の電話相談窓口を担当しているためだ.歯科検診に付随して実施された相談ということで,内容が比較的シビアでないものが多いというのが正直な感想だが,800例という相談数には説得力があり,歯冠修復,補綴治療,抜歯など処置内容別にまとめられていて,非常にわかりやすかった.
 歯科医師会にまで電話をかけてくる相談者にはそれだけ強烈な動機がある場合が多いので,私たち相談担当者が実際に受けている相談は,単純な相談というよりは苦情,紛争に近いものが多い.その根底に今回提示されたような不満,疑問,誤解があるのは間違いない.日々の診療の中でこれらの不満や疑問を解消していく努力が求められている.
 「患者がのぞむ歯科医療」では,患者さんが抱く歯科への不満が「支払いの不透明性」「治療期間の不確実性」
「臨床技術の格差」の3つにまとめて解説されていて,大変参考になった.
 診療費や治療期間をわかりやすく説明することはすぐにでも実践したいが,後者については,はっきり断言しにくいことが多いのも事実である.また,最後の臨床技術についての評価は,ますます厳しくなってきている.「自費診療をしてもらったが,調子が悪い.返金してほしい」「親知らずを抜いてもらおうとしたが,抜けなかった.レントゲンを撮って調べているのに抜けるかどうかくらいわからないのか!」というような苦情も多い.
 この論文でも患者さんの情報不足が問題だとされており,患者さんとの情報格差を解消する努力,すなわち,コミュニケーションの重要性を再認識させられた.



 今回の特集に示されたように,ITの普及,患者さんの意識や政治経済情勢さらにはマスコミ報道の変化など,私たち歯科界を取り巻く環境は急速に変容している.技術不足を「やぶ医者」の一言で済ませてもらえた良き時代は過ぎ去ろうとしている.治療技術の向上に努力するとともに,インフォームド・コンセントにも心がけて,患者さんに感謝してもらえる医療の提供に邁進していきたいものだ.




読後感


新春展望/21世紀の課題「医療制度改革が進む中での患者対応」を読んで
(『日本歯科評論(Dental Review)』2月号に掲載された内容を転載したものです.)


かわはらまさてる
川原正照


 われわれ歯科医師と患者をめぐる医療環境は,歯科医師数の急激な増加という供給過剰に加えて,少子化による人口の減少,医療保険制度の改正による受療行動の抑制などにより,需要は減少の一途をたどっている.その上,IT技術の進歩・普及による医師と患者間の情報格差の縮小により,圧倒的な患者優位の環境となった.このような歯科医療環境の中で,いかに口腔保健の重要性を国民に向かって訴え,来院患者を増やすかが問われてくる.受診率の向上が喫緊の最重要課題である開業医にとって,今回の特集はわれわれができる増患対策についてヒントを与えてくれた.
 まず,かかりつけ歯科医のいる患者においては自己負担増になっても受療行動に抑制効果が見られなかったという報告があることから,かかりつけ歯科医として,患者の抱く疑問や不満を常に解消するように努力しなければならない.たとえば治療期間の不確実性については,歯科医療のゴールの選択権は歯科医師でなく患者にあることを認識し,両者の乖離を埋めるために,あらかじめ治療計画や終了後のイメージを提示してゴールを共有し,患者さんといい関係(public relation)を構築することが大切である.
 また,歯科に対するイメージが受療行動を大きく規定しているとの報告があることから,今までの「削る」「痛い」のマイナスのイメージから「きれいになる」「健康になる」「さっぱりする」等の明るいイメージに転換する必要がある.それに加えて,これまで歯科は「機能」を評価していなかったが,これからは食事が満足に噛めるか,明瞭な発音ができるか,等の「機能」を評価することが大切である.
 そのために,歯の本数を減らさないこと,義歯などの補綴物で機能歯数を十分確保することに加え,よく噛む必要のある食品を摂って筋力を落とさないように指導することが重要である.つまり,歯周病を治療することにより糖尿病が改善されたとか,ブラッシングを励行すると老人の誤嚥性肺炎が減少したという事実に加え,これからは,食べ物をおいしく食べるために歯科の重要性を国民にアピールする必要があるのではないだろうか.
 一方,今回の医療改革はマイナス面ばかりが強調されている.しかしながらケアマネージメントの影響はいずれ歯科にもプラスとなり,口腔ケアの重要性が広く認識されることが予想される.さらに,厚生労働省は今回の被用者保険本人の3割負担導入により,患者負担と保険料の引き上げという改革の「カード」はすべて使い切ったため,これ以上の患者負担増はまずないのではないかと思われる.したがって,被用者本人の一部負担増による4%のマイナス予想も1日の来院患者を1人増やすことで解消できる程度の数値であり,今回の大変革の中に歯科界の飛躍の鍵がありそうだ,という観測はわれわれに一縷の望みと元気を与えてくれるものであった.



 歯科医療の将来の方向性を見失わないためにも,「公的医療保険では不十分であり,民間保険が必要である」が7割いることに思いをいたし,歯科医療の選択肢を広げたい.また,医科と比較して歯科は,健康診断の受診状況は低いが“定期的に歯科を受診するつもり”と考えている人は多く,それらの人々は将来において歯科受診の可能性が高いことを視野に入れておきたいものである.




読後感


12月号特集「私の実践している根管拡大形成法―第16回「歯内療法の集い」から」を読んで
 (『日本歯科評論(Dental Review)』1月号に掲載された内容を転載したものです.)


ひらい じゅん
平井 順


 歯内療法,とりわけ根管拡大形成が臨床上の手技の中でも特に難しいとされる要因は,根管内というきわめて特殊な狭い範囲において正確な器具操作が要求されるところにあると思われる.また,治療プロセスの煩雑さも原因して,日常臨床においてなかなかスムーズに治療が進まないという実情もあるようだ.その証拠に,これまで「他に何かよい方法はないものか」とか「短時間で簡単にできる器具や機械はないだろうか」という質問をたびたび受けてきた.
 今回の特集には,こうした質問に対する答えが各大学を代表する第一線の研究者によってすべて述べられているといってよいだろう.根管の解剖学的形態の考察はもとより,およそ効果的と思われる器具や機械の特性,その特性を活かした使用方法,術式の紹介等があらゆる角度からわかりやすく解説されており,同時に即臨床に役立つと思える数々のヒントが提示されている.そしてその基本にある「歯内療法分野において,根管拡大形成は根本をなすものである」という各人の共通した主張は,私もまったく同感するものである.
 また,冒頭で本特集のもととなる“歯内療法の集い”の意図について「症例を中心とした発表をすることにより,若い先生方や一般開業している先生方にも学会に参加していただける場を設けたい」ということであると紹介されているが,学会が大学の一部の研究者による発表の場であるという一般的認識を大きく変える,歓迎すべき企画であることを高く評価したい.少なくとも,本特集を読むことによって歯内療法とは何かといった基本的なことはもとより,われわれ臨床医が安全かつスムーズに治療を成功に導くためには遠回りのようでも労力を惜しまず,地道に各プロセスを積み重ねていくのだ,という基本姿勢が読み取れるのではないだろうか.
 歯内療法は治療のプロセスが煩雑なだけに,“効率化”といえばすぐさま時間短縮を期待しがちである.しかし本特集でも繰り返し取り上げられているように,根管の形態の複雑性を考えれば,実際の効率化とは「初期の些細な失敗が原因となってより大きな致命的失敗を招くことがないように,合理的に整理してシステム化を図り,無駄な労力や新たなトラブルを回避しようとすること」にほかならない.労力や最低限必要な時間がかかるとしても,安全性や確かさ,予後の長期的安定を追求することには代えられない.
 また,歯内療法の根本をなす根管拡大形成は常に器具と術者の手技とのセットで行われていくが,主体はあくまでも術者側にあり,器具の特性をいかに有効活用し,使いこなすかが重要だということを忘れてはならない.数年前にエンジン用のニッケルチタン製器具が製品化され注目を浴びたが,あたかも機械が術者の手に取って代わるような解釈と喧伝のされ方をした.その結果,破折の問題がクローズアップされることとなった.これは製品の良し悪しの問題ではなく,術者側の過剰な期待と操作ミスがそのような結果を生んだものと思われる.いずれにしても,根管内での器具や機械の使用は熟練した手技によって,安全の範囲内で行われるべきである.そのためには,根管の三次元的形態を正しく認識することが最優先の課題であろう.

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 21世紀を迎え,今後さらにより良い器具や機械が開発されてゆくものと思われる.しかし,何を使用したかではなく,安全性を最優先に,あくまでも“器具や機械を使用することでどのような効果が得られたか”が重要である.




読後感


「もし偶発症に出会ったら(1〜3)」を読んで
 (『日本歯科評論(Dental Review)』1月号に掲載された内容を転載したものです.)


おぬきみずほ
小貫瑞穂


 私は,学生気分もようやく抜け,やっと臨床のおもしろさがわかりかけてきた卒後4年目の歯科医師です.
 今回のシリーズを読んだ時,即座に自分の抜歯後神経麻痺の体験を思い浮かべました.その時はすぐ投薬を行って知覚も回復したのですが,術前の説明が不十分であり,もし患者さんからクレームがあったら対応しきれなかったケースでした.以後,事故を未然に防ぐ努力とともに,術前の説明には十分時間をかけるようになりました.これが私が偶発症の怖さを身にしみて知った最初でした.
 以下,思いつくままですが,このシリーズで私が勉強させていただいた点を挙げてみます.
 『下歯槽神経の損傷と麻痺』(9月号掲載)では,麻痺の原因や損傷後の対応について簡略にまとめられており,自己の知識の再確認に大きな助けとなりました.また,インプラントのフィクスチャー埋入時の神経損傷の症例は,一般歯科医院でもインプラント手術の行われる機会が多い現在,貴重な症例提示ではないでしょうか.本シリーズの冒頭にある「他者が経験した事例を自己の経験として吸収」するという言葉の意味が実感されるものと感じました.
 『抜歯時の歯牙迷入』(11月号掲載)では,下顎智歯舌側部の骨の薄さは逃れようのないリスクであり,事故の危険性を常にはらんでいるものとの認識を新たにいたしました.
 また,私の拙い考えですが,一般臨床で起こる迷入の大半は,抜歯時の押し込みによるものではないかと思われます.私も,埋伏歯や骨縁下の残根などの抜歯では,押し込みを警戒して探針で探ってみたり,骨削除で器具のとっかかりを作るようにしていますが,迷入させた時の対応は常に意識させられます.“わかっているから起こらない”といえないのが,偶発症の怖いところです.迷入は感染につながりやすいため,本文で述べられているように“解剖学的知識を踏まえた正確な操作を行う”ことと,肝に銘じました.
 迷入歯牙の摘出などは実際にみる機会はほとんどないので,模式図を引用されての解説はわかりやすく,視覚的に理解できました.
 近年,一般歯科医院でも抗凝固薬服用患者や人工透析患者が来院するケースが少なくありません.また,本人の自覚がない高血圧症・出血性素因患者が来院する可能性も多分にあります.『術後の出血傾向』(12月号掲載)ではそういった出血傾向を取り上げ,基礎的な止血機構から出血傾向をもつ全身疾患,その予測と診断,症例提示による後出血への対応策が簡潔にまとめられており,臨床経験に乏しい私たちにとって,とても勉強になりました.ことに抗凝固薬についての見解などは,何かと迷うことが多いので,興味深く読ませていただきました.

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 このシリーズを読んで強く感じたことは,とにかくどの偶発症に対しても,まずそれを起こさないような知識と技術の習得に努力すること,次いで,術前の診査,検査から十分に予測をたてインフォームド・コンセントに努めるべきであること,でした.たとえ処置内容が同じであっても,説明の有無,そのやり方で患者さんの反応が大きく変わるのが偶発症発生時であり,むしろ処置以上にそこがキーポイントとなり得るといってはいいすぎになるでしょうか.
 偶発症は内容が多岐にわたるうえ,日常的に訓練するというわけにもいきません.今後,さらに多くの偶発症症例を誌面で取り上げていただき,私たち若手歯科医師の参考に供してくださることを望みます.