![]() 新春展望/21世紀の課題「医療制度改革が進む中での患者対応」*を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』2月号に掲載された内容を転載したものです.) かわはらまさてる 川原正照 われわれ歯科医師と患者をめぐる医療環境は,歯科医師数の急激な増加という供給過剰に加えて,少子化による人口の減少,医療保険制度の改正による受療行動の抑制などにより,需要は減少の一途をたどっている.その上,IT技術の進歩・普及による医師と患者間の情報格差の縮小により,圧倒的な患者優位の環境となった.このような歯科医療環境の中で,いかに口腔保健の重要性を国民に向かって訴え,来院患者を増やすかが問われてくる.受診率の向上が喫緊の最重要課題である開業医にとって,今回の特集はわれわれができる増患対策についてヒントを与えてくれた. まず,かかりつけ歯科医のいる患者においては自己負担増になっても受療行動に抑制効果が見られなかったという報告があることから,かかりつけ歯科医として,患者の抱く疑問や不満を常に解消するように努力しなければならない.たとえば治療期間の不確実性については,歯科医療のゴールの選択権は歯科医師でなく患者にあることを認識し,両者の乖離を埋めるために,あらかじめ治療計画や終了後のイメージを提示してゴールを共有し,患者さんといい関係(public relation)を構築することが大切である. また,歯科に対するイメージが受療行動を大きく規定しているとの報告があることから,今までの「削る」「痛い」のマイナスのイメージから「きれいになる」「健康になる」「さっぱりする」等の明るいイメージに転換する必要がある.それに加えて,これまで歯科は「機能」を評価していなかったが,これからは食事が満足に噛めるか,明瞭な発音ができるか,等の「機能」を評価することが大切である. そのために,歯の本数を減らさないこと,義歯などの補綴物で機能歯数を十分確保することに加え,よく噛む必要のある食品を摂って筋力を落とさないように指導することが重要である.つまり,歯周病を治療することにより糖尿病が改善されたとか,ブラッシングを励行すると老人の誤嚥性肺炎が減少したという事実に加え,これからは,食べ物をおいしく食べるために歯科の重要性を国民にアピールする必要があるのではないだろうか. 一方,今回の医療改革はマイナス面ばかりが強調されている.しかしながらケアマネージメントの影響はいずれ歯科にもプラスとなり,口腔ケアの重要性が広く認識されることが予想される.さらに,厚生労働省は今回の被用者保険本人の3割負担導入により,患者負担と保険料の引き上げという改革の「カード」はすべて使い切ったため,これ以上の患者負担増はまずないのではないかと思われる.したがって,被用者本人の一部負担増による4%のマイナス予想も1日の来院患者を1人増やすことで解消できる程度の数値であり,今回の大変革の中に歯科界の飛躍の鍵がありそうだ,という観測はわれわれに一縷の望みと元気を与えてくれるものであった. * 歯科医療の将来の方向性を見失わないためにも,「公的医療保険では不十分であり,民間保険が必要である」が7割いることに思いをいたし,歯科医療の選択肢を広げたい.また,医科と比較して歯科は,健康診断の受診状況は低いが“定期的に歯科を受診するつもり”と考えている人は多く,それらの人々は将来において歯科受診の可能性が高いことを視野に入れておきたいものである. |
![]() 「もし偶発症に出会ったら(1〜3)」を読んで (『日本歯科評論(Dental Review)』1月号に掲載された内容を転載したものです.) おぬきみずほ 小貫瑞穂 私は,学生気分もようやく抜け,やっと臨床のおもしろさがわかりかけてきた卒後4年目の歯科医師です. 今回のシリーズを読んだ時,即座に自分の抜歯後神経麻痺の体験を思い浮かべました.その時はすぐ投薬を行って知覚も回復したのですが,術前の説明が不十分であり,もし患者さんからクレームがあったら対応しきれなかったケースでした.以後,事故を未然に防ぐ努力とともに,術前の説明には十分時間をかけるようになりました.これが私が偶発症の怖さを身にしみて知った最初でした. 以下,思いつくままですが,このシリーズで私が勉強させていただいた点を挙げてみます. 『下歯槽神経の損傷と麻痺』(9月号掲載)では,麻痺の原因や損傷後の対応について簡略にまとめられており,自己の知識の再確認に大きな助けとなりました.また,インプラントのフィクスチャー埋入時の神経損傷の症例は,一般歯科医院でもインプラント手術の行われる機会が多い現在,貴重な症例提示ではないでしょうか.本シリーズの冒頭にある「他者が経験した事例を自己の経験として吸収」するという言葉の意味が実感されるものと感じました. 『抜歯時の歯牙迷入』(11月号掲載)では,下顎智歯舌側部の骨の薄さは逃れようのないリスクであり,事故の危険性を常にはらんでいるものとの認識を新たにいたしました. また,私の拙い考えですが,一般臨床で起こる迷入の大半は,抜歯時の押し込みによるものではないかと思われます.私も,埋伏歯や骨縁下の残根などの抜歯では,押し込みを警戒して探針で探ってみたり,骨削除で器具のとっかかりを作るようにしていますが,迷入させた時の対応は常に意識させられます.“わかっているから起こらない”といえないのが,偶発症の怖いところです.迷入は感染につながりやすいため,本文で述べられているように“解剖学的知識を踏まえた正確な操作を行う”ことと,肝に銘じました. 迷入歯牙の摘出などは実際にみる機会はほとんどないので,模式図を引用されての解説はわかりやすく,視覚的に理解できました. 近年,一般歯科医院でも抗凝固薬服用患者や人工透析患者が来院するケースが少なくありません.また,本人の自覚がない高血圧症・出血性素因患者が来院する可能性も多分にあります.『術後の出血傾向』(12月号掲載)ではそういった出血傾向を取り上げ,基礎的な止血機構から出血傾向をもつ全身疾患,その予測と診断,症例提示による後出血への対応策が簡潔にまとめられており,臨床経験に乏しい私たちにとって,とても勉強になりました.ことに抗凝固薬についての見解などは,何かと迷うことが多いので,興味深く読ませていただきました. * このシリーズを読んで強く感じたことは,とにかくどの偶発症に対しても,まずそれを起こさないような知識と技術の習得に努力すること,次いで,術前の診査,検査から十分に予測をたてインフォームド・コンセントに努めるべきであること,でした.たとえ処置内容が同じであっても,説明の有無,そのやり方で患者さんの反応が大きく変わるのが偶発症発生時であり,むしろ処置以上にそこがキーポイントとなり得るといってはいいすぎになるでしょうか. |