読後感


11月号特集「切開と縫合の基本と臨床(II)」を読んで
 (『日本歯科評論(Dental Review)』12月号に掲載された内容を転載したものです.)


みもり おさむ
三森 修


 私の診療室では,膿瘍切開などの消炎処置を除き,切開・縫合を伴う小手術を行うのは,週に2回程度である.それらは主に,埋伏歯の抜歯,歯周外科,インプラント手術,歯根端切除術で,小帯切除は歯周外科時に行うことが多く,粘液嚢胞の手術は稀である.このような,平均的な一般臨床医の私にとって,今回の特集は非常に示唆に富む内容であり,勉強になる点があったので,それについて述べさせていただく.
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 「埋伏歯における切開と縫合」では,埋伏歯の場合,はじめに歯肉のみを切開して,埋伏歯の位置を確認しながら,次に骨膜の切開をおこなうようにすると述べられていた.私は,メスは骨膜に達するまで一気にと教わってきたのだが,埋伏智歯の遠心切開の場合には,このような方法が有用な場合もあるかと思う.私が埋伏歯抜歯に手間どる時は,切開が小さく十分な術野が得られていないことが多い.これは,術前のシュミレーション不足のため,顎骨内の埋伏歯の状態の把握が不完全で,骨削去量などが的確に予想できていないためであると考えている.
 下顎埋伏智歯の切開法では三角弁切開法と歯頸部切開法が挙げられていたが,私は骨削去量が少ないと予想される場合は歯頸部切開法を,多いと予想される場合は三角弁切開法をというように使い分けている.
 「歯周外科における切開と縫合」では,歯周外科における切開は非常に重要な位置を占めており,これがうまくいけば,次のステップである弁の剥離翻転が短時間に行え,弁の損傷のリスクも著しく低く,また術後の形態も美しくなると述べられている.このような切開を成功させるには,やはり歯周ポケットや歯槽骨の状態を術前にできるかぎり正確に把握することが大切であることを銘記しておきたい.
 歯周外科では用いられる縫合法が多く,どの縫合法にするか迷う場合がある.これについて,工夫した縫合も時には必要であるが,弁の閉鎖の際には,弁を必要以上に緊張させないで,自然に弁が戻るように切開,剥離などで調節すると述べられていた.このように,縫合処置は最後の結果であり,その過程をしっかり行うことが大切なのだと思う.
 「インプラント治療における切開と縫合」では,一次手術の切開は術野を確保し歯槽骨の状態を把握するため,特に無歯顎症例ではかなり広範囲に剥離すると述べられている.私も同様に考えているが,CTを併用して三次元的に歯槽骨の状態を把握することにより,剥離の範囲を小さくするのも可能であろう.二次手術では,角化歯肉の必要性について述べられているが,私は1回法を用いているので,術前または術後に遊離歯肉移植を行っている.また,乳頭再生法はこれから行いたい処置であったので,勉強させていただいた.
 「粘液嚢胞処置のための切開と縫合」では,粘液嚢胞の切開は粘膜骨膜弁を形成するための切開と異なり,粘膜上皮層のみの切開であり,深く切り込まないようにすることが肝要である.その観点から,切開線の設定について,嚢胞上の上皮と嚢胞壁が癒着していない症例と癒着あるいは薄い症例に分けて解説してあるのは大変わかりやすかった.
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 上記以外にも述べたい点は多々あるが,スペースの都合で割愛せざるを得なかった.本特集は,従来の口腔外科,保存,補綴などの縦割りの垣根を取り払った企画であり,一般臨床医にとって大変参考になるものと考える.これからも,このような特集を組まれることを希望したい.




読後感


10月号特集「歯根破折を防ぐ支台築造法」を読んで
 (『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.)


さとうひろし
佐藤 寛


 この特集は,私にとって実にタイムリーかつ興味深い内容であった.ひとたび歯根破折が起きると,一般的にはその歯を抜歯せざるを得ず,しばしば対応に悩まされてきた.当該歯が複根歯で,ヘミセクションやルートアンプテーションができればまだよいが,キートゥースが突然歯根破折を起こしたり,長期メインテナンス中にまったく予想外の歯が破折したりすると,患者への説明や抜歯後の対応をめぐる相談も困難となり,いままで築いてきた信頼関係が危うくなることさえある.
 山下論文で述べられている抜髄歯の「脆さ」に関する分析には,共感を覚えた.以前より,歯根破折とはいわば“疲労破折”ではないか,との臨床実感をもっていた.たとえば,スポーツ選手の障害として注目されている“疲労骨折”や金属材料に繰り返し,長時間応力が加わって起こる“金属疲労”のように,歯根に応力が経時的に蓄積されていくと同様の現象が起きるもの(「疲労による微小クラックが蓄積」)と思われる.もう1つ「脆さ」の原因として挙げられている「歯質削除による強度の低下」についてもまったく同感である.歯質は,抜髄により歯髄からの栄養供給が断たれ象牙質の水分が減少するだけでなく,歯内療法の際に使用する各種薬剤により当然変性するうえ,髄腔内は根管処置やポスト孔形成によって削除される.このような悪条件下において,支台築造法により失活歯をどこまで強化できるか,そして力のコントロールをどこまでできるかによって歯の長期保存の可否が決まってくるであろう.
 近年,支台築造を行った歯に生じたトラブルの研究から,弾性率が歯質とはまったく異なるポストの使用により歯根破折を招くことが指摘されてきた.本特集では,新素材のポスト・コア材が紹介され,なかでもファイバーポストの最大の特徴は「弾性係数が象牙質と近似」しており「歯質との一体化・複合化」が実現できることとあり,たいへん興味を覚えた.歯質に加わる応力を緩和させ,リスクの高い失活歯を延命させる可能性を示すものとしてまさに朗報であり,臨床家の期待を集めるものと思われる.
 「理想的な支台築造法」が,ある程度見えてきた一方,力のコントロール,特にブラキシズムに関しては未知の事柄が多いようだ.オクルーザル・スプリントを用いた力学的コントロールにとどまらず,心理療法・行動療法・理学療法・薬物療法など,多方面からの検討が必要といえる.現代は“ストレスの多い時代”であるからこそ,この分野のなお一層の研究を期待したい.
 横浜・基礎研論文の「破折線の走り方」はたいへん意義深い結果を示していると考える.複雑な歯根破折のメカニズムの不明な点を解明し,対応法を確立するために,これからも地道な臨床観察を続けていただくことを願う次第である.支台築造に関連するトラブルを限りなくゼロに近づけるためには,基本を忘れずにできるだけ抜髄しないで修復する努力を惜しまないことが重要である.しかし,歯髄保存の努力の甲斐なく不幸にも抜髄を選択する,あるいは初診時すでに歯が失活しているケースも依然多い.そのような場合,可及的に歯質を残すことの重要性を福島論文から学ぶことができた.
 抜髄によって歯根破折が起きる危険性が高まることからも,患者には“生活歯がベターである”と理解してもらうとともに,最近は特にう蝕予防とメインテナンスに力を入れはじめている.超高齢社会を迎えようとする今日,本特集は「8020運動」推進の鍵になるかもしれない.




読後感


10月号「スポーツ歯学への取り組みに関するアンケート調査結果」を読んで
 (『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.)


たまだやすあき
玉田康明


 “ボクシングにはマウスピース”は誰でも知っているが,マウスガードが義務化されているのは,この他にアメリカンフットボール,キックボクシング,女子ラクロス,空手とインラインホッケーの一部などがある.
 外傷を惹起する危険性の強いスポーツとしては,レスリング,ボクシング,バスケット,バレー,柔道,スケートなどがあり,マウスガードの装着による外傷予防が必要である.
 その意味から,マウスガードを作ることのできる歯科医師が全市町村に必要で,今回,28県の参加により「全国スポーツ・健康づくり歯学連絡協議会」が設立されたことはまことに時宜に適ったことと言える.今後はこれを全国展開するために,日歯レベルでの対応を期待する.
 日歯レベルになればアンケートにあるように,「ポスター」「パンフレット」「冊子・パネル」等を県レベルで作る必要がないので,ぜひ日歯の対応をお願いしたい.そうなれば,未参加の県歯も対応がしやすくなる利点がある.
 アンケートでは行政との連携が活発に行われているが,意外に医師会との連携が少ないのが気になった.医科系との関連では,骨格の変形や平衡バランスと噛み合わせの関連が言われており,今後のより緊密な連携が必要と思われる.
 ところで,24歳以下では歯が抜ける原因は,カリエス8に対しその他の外傷等が2となっており,歯周病原因はほとんどない.したがって,若年者においてはまずカリエスの予防のほうが重要であり,その後に外傷の予防が必要になってくる.図を見ると,歯の生存率は1981年から1999年に至る間にかなり改善されており,カリエスの予防だけでなく,外傷も減ってきているようである.特に34歳以下においては1%に満たない前歯歯牙喪失のために“どこまで対策をするか”という点から考えると,マウスガードは優先性が低いと言わざるを得ない.
 トップアスリートによる記録の向上という点からは,その経済的価値として十分な報酬が得られるであろうが,一般人や学生の余暇としてのスポーツにかける費用から考えると,表のように,サッカーやバスケットからはマウスガードの価値観が得られないことが予測できる.
 今後は,外傷防止のためのマウスガード対策を展開するよりも,トップアスリートの成績向上のための咬合改善治具,余暇費用や参加人数の多いゴルフやスキーなどでの成績向上のための治具として,オクルーザルプレートを前面に出してPRすることが有効である,と考えられる.




HYORON Opinion Plaza



診療現場から希望する21世紀の歯科保険制度〜一私案(第2回)〜
 (『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.)


わたなべこうぞう
渡部好造


1.歯科健康保険改革の方向
 9月25日,厚労相は医療保険制度の抜本改革に向けた私案「国保・政管健保,都道府県に再編する」を発表した.内容は,「全国約3,200の市町村が運営する国民健康保険は2007,8年度をめどに都道府県単位で統合する一方,全国一律で運営している政府管掌健康保険は都道府県単位に分割し,保険運営を効率化する」である.
 しかし,現制度の中で1部門のシステムの変更は,他者に大きなしわ寄せをきたし,新たな矛盾が生じている.その1つの例が,老人医療費(11兆円)の約70%を健康保険組合等からの拠出金で賄っていることだ.そのため拠出元の健康保険組合等の8割が赤字運営をよぎなくさせられている.中には,健保組合で実際にかかった老人医療費の3倍の拠出をしているところもある(日立製作所健保組合:組合員約49万人,その他多くの組合等),という.
 このため健康保険組合等は,場合によっては国を相手どり「訴訟も辞さず」の構えだ.それは,この負担の法的根拠が曖昧だからである.
 もう1つ,日本で行っている「かかりつけ歯科医制度」で気になる点がある.それは,治療重視型の制度か,または広く国民を対象にした歯科公衆衛生活動への方向転換か,はたまた両者共存型なのかはっきりしない点である.もし,現在のようにこの制度を曖昧なまま進める場合は,1990年から取り組んでいるイギリスの「二の舞」になりかねない.それを防ぐためにも,はっきりとしたビジョン(志と理念)構築が必要である.

2.「新・現」並立型歯科保険制度
 私は,先月号で「21世紀に対応できる歯科保険制度」と題し“一私案”を提言,その概略を述べた.
 その中で現在の日本の保険制度を2本立てにすることを提案したが,今回は前回述べた項目をまとめ,さらに補足してみたい.もちろん,具体性には乏しいが,時代に合致した制度を構築するにあたり,少しでも役にたってほしいと願ってのことであるから,ご寛容いただきたい.
 (1)現制度の方向性
 次頁の表は,現在の歯科保険制度の改革案を簡単にまとめたものである.現在の保険制度は表に示したとおりであり,具体的説明は必要ないように思うが,ただ1点,今後の方向性について述べてみたい.
 もし現制度をもっと時代に合致する効果的なものにするのであれば,次のように改革する方法もある.
 それは,現制度は現在まで国民に対する貢献度が高かった点と,なじみやすい制度であった利点を利用して,広く国民を対象にした歯科保健公衆活動の方向にシフトすることも可能であろう.そうすることで,矛盾の多かった制度がすっきりとし,貢献点もさらに明確になる.
 その際には,かかりつけ歯科医制度を十分に活用することで,イギリスの二の舞は踏まず,わが国独自の効果的な制度に変身できる可能性がある.具体的には,対象が患者という個人レベルから一挙に全国民が対象となる壮大なものだが,仕組みそのものの再構築は当然必要である.
 (2)新制度の特徴
 新制度の特徴は,従来の歯科保険制度が包含していた,(1)公衆活動部分と,(2)個人の歯科治療そのもの,の2つを明確に分離した点にある.
 その中で,(1)は前述の“従来型”が担当する.また(2)は,個人を対象とした「治療そのもの」であり,新制度を特化した形で行う.
 この制度は非営利団体が運営し,給付の対象範囲は,歯科治療全般にわたる.もちろん,補綴や矯正,インプラント治療等をもカバーする.
 支給割合は症例に応じて定額の支給があるが,大きな特徴は治療保証を求める点である.したがって,治療の基本は科学的な根拠(いわゆるEBM)であり,治療内容の審査も治療計画の適合性が対象である.なお,黒字運営を原則とするため,治療後の対費用効果が重要視される.
 この制度は,本来自由診療の領域まで踏み込んだものであり,自由診療を中心とした医療機関には数々の足かせになるが,長期的視点からすると大きな利点を得ることになる.
 それは,次の2点である.
(1)高額の費用負担で,自由診療分野の診療を受けられなかった患者の治療が可能な方向へ行く(患者さん中心診療の可能化).
(2)医療機関の診療レベルのさらなる高度化,および予知性を考慮する習慣化.

3.自由診療の取り扱い
 以上述べた新制度の中で,現在の自由診療の形をどのように扱うかの問題が残る.結論から言うと,自由診療は今までどおりの形で存続させることが必要だ.
 新制度下で受診した後,ある程度の治療抑制期間が設定されることになるが,そのとき,この期間中にも拘わらず違った治療形態を希望する患者さんも存在することを想定しなくてはならない.その際は,全額個人負担である現在の自由診療形態を存続させ,患者さんの自由を保証しておく必要がある.ここにも,日本独自の特徴があると思う.

まとめ
 以上,2回にわたり「診療現場から希望する21世紀の歯科保険制度〜一私案〜」を述べた.稚拙かつ偏りのある内容となったが,医療保険制度の改革は避けてとおれない重要な問題である.関係各位の努力に敬意を表しながら,一刻も早い真の改革を希望する.



参考文献
1)「厚労相の改革試案」日本経済新聞2002年9月26日,第5面.
2)医療再生 第9部,日本経済新聞2002年9月27日,第1面.
3)新庄文明:歯科医療における制度改革の条件,日本歯科医師会雑誌,第55巻6号,p540〜541,2002.