読後感


10月号特集「歯根破折を防ぐ支台築造法」を読んで
 (『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.)


さとうひろし
佐藤 寛


この特集は,私にとって実にタイムリーかつ興味深い内容であった.ひとたび歯根破折が起きると,一般的にはその歯を抜歯せざるを得ず,しばしば対応に悩まされてきた.当該歯が複根歯で,ヘミセクションやルートアンプテーションができればまだよいが,キートゥースが突然歯根破折を起こしたり,長期メインテナンス中にまったく予想外の歯が破折したりすると,患者への説明や抜歯後の対応をめぐる相談も困難となり,いままで築いてきた信頼関係が危うくなることさえある.
 山下論文で述べられている抜髄歯の「脆さ」に関する分析には,共感を覚えた.以前より,歯根破折とはいわば“疲労破折”ではないか,との臨床実感をもっていた.たとえば,スポーツ選手の障害として注目されている“疲労骨折”や金属材料に繰り返し,長時間応力が加わって起こる“金属疲労”のように,歯根に応力が経時的に蓄積されていくと同様の現象が起きるもの(「疲労による微小クラックが蓄積」)と思われる.もう1つ「脆さ」の原因として挙げられている「歯質削除による強度の低下」についてもまったく同感である.歯質は,抜髄により歯髄からの栄養供給が断たれ象牙質の水分が減少するだけでなく,歯内療法の際に使用する各種薬剤により当然変性するうえ,髄腔内は根管処置やポスト孔形成によって削除される.このような悪条件下において,支台築造法により失活歯をどこまで強化できるか,そして力のコントロールをどこまでできるかによって歯の長期保存の可否が決まってくるであろう.
 近年,支台築造を行った歯に生じたトラブルの研究から,弾性率が歯質とはまったく異なるポストの使用により歯根破折を招くことが指摘されてきた.本特集では,新素材のポスト・コア材が紹介され,なかでもファイバーポストの最大の特徴は「弾性係数が象牙質と近似」しており「歯質との一体化・複合化」が実現できることとあり,たいへん興味を覚えた.歯質に加わる応力を緩和させ,リスクの高い失活歯を延命させる可能性を示すものとしてまさに朗報であり,臨床家の期待を集めるものと思われる.
 「理想的な支台築造法」が,ある程度見えてきた一方,力のコントロール,特にブラキシズムに関しては未知の事柄が多いようだ.オクルーザル・スプリントを用いた力学的コントロールにとどまらず,心理療法・行動療法・理学療法・薬物療法など,多方面からの検討が必要といえる.現代は“ストレスの多い時代”であるからこそ,この分野のなお一層の研究を期待したい.
 横浜・基礎研論文の「破折線の走り方」はたいへん意義深い結果を示していると考える.複雑な歯根破折のメカニズムの不明な点を解明し,対応法を確立するために,これからも地道な臨床観察を続けていただくことを願う次第である.支台築造に関連するトラブルを限りなくゼロに近づけるためには,基本を忘れずにできるだけ抜髄しないで修復する努力を惜しまないことが重要である.しかし,歯髄保存の努力の甲斐なく不幸にも抜髄を選択する,あるいは初診時すでに歯が失活しているケースも依然多い.そのような場合,可及的に歯質を残すことの重要性を福島論文から学ぶことができた.
 抜髄によって歯根破折が起きる危険性が高まることからも,患者には“生活歯がベターである”と理解してもらうとともに,最近は特にう蝕予防とメインテナンスに力を入れはじめている.超高齢社会を迎えようとする今日,本特集は「8020運動」推進の鍵になるかもしれない.





読後感


10月号「スポーツ歯学への取り組みに関するアンケート調査結果」を読んで
 (『日本歯科評論(Dental Review)』11月号に掲載された内容を転載したものです.)


たまだやすあき
玉田康明


 “ボクシングにはマウスピース”は誰でも知っているが,マウスガードが義務化されているのは,この他にアメリカンフットボール,キックボクシング,女子ラクロス,空手とインラインホッケーの一部などがある.
 外傷を惹起する危険性の強いスポーツとしては,レスリング,ボクシング,バスケット,バレー,柔道,スケートなどがあり,マウスガードの装着による外傷予防が必要である.
 その意味から,マウスガードを作ることのできる歯科医師が全市町村に必要で,今回,28県の参加により「全国スポーツ・健康づくり歯学連絡協議会」が設立されたことはまことに時宜に適ったことと言える.今後はこれを全国展開するために,日歯レベルでの対応を期待する.
 日歯レベルになればアンケートにあるように,「ポスター」「パンフレット」「冊子・パネル」等を県レベルで作る必要がないので,ぜひ日歯の対応をお願いしたい.そうなれば,未参加の県歯も対応がしやすくなる利点がある.
 アンケートでは行政との連携が活発に行われているが,意外に医師会との連携が少ないのが気になった.医科系との関連では,骨格の変形や平衡バランスと噛み合わせの関連が言われており,今後のより緊密な連携が必要と思われる.
 ところで,24歳以下では歯が抜ける原因は,カリエス8に対しその他の外傷等が2となっており,歯周病原因はほとんどない.したがって,若年者においてはまずカリエスの予防のほうが重要であり,その後に外傷の予防が必要になってくる.図を見ると,歯の生存率は1981年から1999年に至る間にかなり改善されており,カリエスの予防だけでなく,外傷も減ってきているようである.特に34歳以下においては1%に満たない前歯歯牙喪失のために“どこまで対策をするか”という点から考えると,マウスガードは優先性が低いと言わざるを得ない.
 トップアスリートによる記録の向上という点からは,その経済的価値として十分な報酬が得られるであろうが,一般人や学生の余暇としてのスポーツにかける費用から考えると,表のように,サッカーやバスケットからはマウスガードの価値観が得られないことが予測できる.
 今後は,外傷防止のためのマウスガード対策を展開するよりも,トップアスリートの成績向上のための咬合改善治具,余暇費用や参加人数の多いゴルフやスキーなどでの成績向上のための治具として,オクルーザルプレートを前面に出してPRすることが有効である,と考えられる.




読後感


9月号特集「全身の健康を見据えた歯周治療を考える」を読んで
 (『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.)


いけだまさひこ
池田雅彦


 この特集は,松岡氏ら5人が歯周治療に対する考え方や実際についていろいろな観点から述べられているが,その根底にあるものは,生体にそなわっている自然治癒能力を賦活化し,歯周治療にその治癒力を活用していることであると理解した.
 自然治癒能力の賦活化は,心(気持ちの持ち方)とオーラルフィジオセラピーに本質があるとし,患者と共に「病」に立ち向かうことによって成し遂げられる.この考え方は,戦前から片山恒夫先生が一貫して主張し実践されてきたことであるが,この特集を読み,片山先生の精神が着実に日本の歯科医療の中に根付き,実践されていることを嬉しく思った.
 片山先生からは,私がまだ学生であった1967年頃から数回,大学の特別講義で講義を受け長期の症例を見せていただく機会があった.また,開業1年目の1977年には,豊中の診療所を尋ねて私のつたない症例を1日中ご覧いただき,批判していただいた.これらの体験や執筆された論文を繰り返し読み込む中で,私も著者らと同じように,片山先生から大きな刺激と歯科医としての根本的なことを学んだ.
 最近の各種歯科商業誌や講演会をみると,いかに西欧主義的な治療法や考え方に傾き過ぎているかがわかる.西欧主義的な考え方や治療法はある側面では有用ではあるけれど,限界があることがさまざまな著書などで示されてきている.たとえば,『こころと治癒力』(ビル・モイヤーズ著,小野善邦訳,草思社,1994年)という本の中で,米国の第一線の医学研究者らがライフスタイルの変更,瞑想,気功,自己催眠,ストレスマネージングなどの方法で人の治癒力を引き出す試みを行っていることが紹介されている.わが国においても最近では,がん治療の現場では,各種の免疫療法が試みられ成果をあげているし,元来は外科医である埼玉県の帯津良一先生は,生体の治癒能力を高める東洋医学的な治療法を積極的に取り入れておられる.
 このように生体の治癒能力を高める治療法が着実に日本だけではなく欧米においても広まりつつあるが,主流になっているとはいいがたい.片山恒夫先生が孤軍奮闘してこられた時代ではなく,現在,今回特集で示されているように少数であっても,日本では生体の治癒能力を高める治療法を実践している歯科医がおられることは心強く,世界に誇れる成果であると思う.
 いま,社会の将来を見据えて健康のセルフ・ケアが提唱されつつあるが,今後,生体の治癒能力を高める治療法も臨床現場に取り入れる必要がある.片山先生の行われてきた方法も治療法の選択肢の1つとしてさらに深化・発展させ,西欧主義的な考え方や治療法の利点と融合させる努力が必要であると思われる.
 しかし,藤巻氏が論文中に書いておられるように,氏の所属する研究会でも今回の特集で示された治療法への賛同者は1/4しかなく,さらに5氏の論文中に患者そのものが見えないのも気になるところである.私たちにとって大切なことは歯周病を治すことではなく,歯周病という病を持った人間と正対しているという認識を常に持ち続けることであると思われる.5氏の主張が同一で何か教条的な感がすることも気になった.
 かつて片山セミナーが毎回盛況で,何度も参加する歯科医も多かったと聞いているが,それほど人を惹きつけたのは,片山先生がある「深さ」に到達されていたからではないかと推察する.片山先生の豊かな業績を「形」としてではなくその精神を受け継ぎ,その成果が世界に広まることを願って筆を擱く.




読後感


連載論文「欠損はいかに埋められるべきか」を読んで
 (『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.)


かわもとよしかず
川本善和


 「欠損部はいかに埋められるべきか?」この問いに恥ずかしながら私は,まさに「どのようなもので補綴すべきであるか」と考えていた.ともすると臨床医(特に若い先生)では,欠損部と補綴部位という局所に囚われがちなのではないであろうか?
 ここで提示されたような症例は,日常臨床において直面することが少なくないと思われる.臨床医にとってこれらの提示された事柄は,指摘されれば心当たりのあることが多いのではないか? 阿部先生は欠損が生じてからの経過や放置された症例の,長年にわたる観察や経験から欠損空間を口腔粘膜が埋めることに着目し,その過程について機能面から考察し,またそのメカニズムをわかりやすく解説している.
 この発想はまさに目から鱗であり,これにはまず口腔内全体をよく観察することの重要性を示唆している.
 顎口腔機能において総義歯治療および矯正治療におけるニュートラルゾーンが重要であることは周知のことであるが,ひとたび部分的な欠損が生じ,局所的にそのバランスが崩れた場合には,対合歯の挺出および隣在歯の欠損側への傾斜が起こる.そして補いきれないその欠損空隙を埋めるため,可動粘膜のアダプテーションが起こる.このことは欠損空隙の封鎖には良いことであっても,われわれ歯科医にとってはやっかいな一面でもあるのではないか?
 歯牙の欠損によって生じた局所的な欠損スペースは,欠損部や支台歯に悪影響を及ぼす場合が多々ある.たとえば,1歯欠損の3ユニットブリッジで補綴した場合でも,衛生型ポンティックの下部や両支台歯にプラークの付着や2次カリエスの生じているケースにしばしば直面する.
 私も学生時代の授業では,ポンティックの審美性を必要としない部位は,衛生型が望ましいと教えられた覚えがある.しかし,この衛生型ポンティック下部は空隙の残存により頬粘膜と舌に挟まれたポケット状となり食物等が残留し,2次カリエスや骨吸収の一因となることが容易に推測される.したがって,この衛生型ポンティックとするためには,患者が歯間ブラシ等を使用してよく清掃することが前提となる.
 この部位は可動粘膜や舌によって常に自浄作用が働く天然歯表面とは異なると考えなければならず,その空隙を人工的に作ること自体に問題があった.近年,オベードポンティックが急速に広まっているが,これは審美的要因だけでなく,アダプテーションの防止としても有効であることがわかる.
 また,支台歯の負担を軽減する目的でオクルーザルテーブルを頬舌的に小さくすることも,口腔粘膜のアダプテーションが起こりうるスペースを生む上ではマイナスであることがわかる.このように視点を変えることで従来の補綴処置の問題点について再認識させられた.
 欠損が放置され口腔粘膜のアダプテーションが進行または完了した口腔内で,再度欠損空隙を補綴物で埋めようとしても治療が困難であるのならば,抜歯直後に積極的に欠損空隙を補綴し,粘膜のアダプテーションを防止することが必要であろう.
 今後は,模型やエックス線の診断におわらず,生きた患者の機能面や予後について,より観察眼を研ぎ澄ます必要があるのではないか?
 さっそく,本論文で阿部先生が提示された欠損部と口腔粘膜の挙動という視点を,これからの歯科治療に生かしていきたい.




HYORON Opinion Plaza


診療現場から希望する21世紀の歯科保険制度〜一私案〜
 (『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.)


わたなべこうぞう
渡部好造


はじめに
 社会保障制度の改革が今,議論の的である.あまりにも大きな分野にわたるため,多方面にわたる方々の日夜の努力にもかかわらず,現在のところ,最適な解決策が見当たらない.その根本原因は,「総論賛成,各論反対」だからである.
 私も,医療保険制度の改革・改定は必要であると考えている.
 では,どのようにすればよいのだろうか…….浅学非才ながら,一私案を述べてみたい.御笑読いただければ幸いである.

1.医療保険制度先進国の実情

 世界の先進国では,多くが医療を“保険制度”の枠内で運営している.ドイツ,フランス,イギリス,スウェーデンなど然りである.
 ドイツにおいては,1890年代に,時の宰相ビスマルクによって制度化されたと言われている.
 その制度は世界に大きく影響を与えてきた.日本の健康保険制度の設立にもドイツの影響が大きく働いたと推定するのは,想像に難くない.その100年を超えるドイツの保険制度も大きな危機に直面している.特に,ここ数年の段階的な給付率の減少は急激なものがある.ドイツと言えば,コーヌス冠・リーゲル冠義歯等の高額歯科治療が,数年から10年の保証付きで保険給付されていた.それが段階的に給付が引き下げられてきたのである.
 筆者は最近ドイツにおける研修に参加していないので,新しい事情に不案内ではあるが,大局的に見て,ドイツでは質の高い医療を公的資金である医療保険制度で賄うには限界がきたことが窺える.
 スウェーデンも同様である.筆者は,ブローネマルク・システム・インプラントの公認指導医を1995年以来務めさせていただいている.その関係上,ここ何年か頻繁にスウェーデンを訪れる機会が多い.本年5月にも,イエテボリ市,ウメオ大学,ストックホルム市のカロリンスカ・Instituteに研修のため赴いた.
 その時,現地に長く在住する日本人歯科医師の先生から幾つかの質問を受けた.その中にはインプラントに関するものもあり,「日本では,インプラントの治療費はどのくらいかかるのか」と聞かれた.私は,日本におけるおおよその治療費を症例ごとに説明したところ,「スウェーデンも日本とほぼ同じ料金ですよ.こちらでも,日本のように自費診療になってきました」という返事があった.つまり,高額な歯科診療の場合は自費診療になることが多いということであった.
 以前は,スウェーデンといえば高福祉国家で,インプラント治療も医療保険ですべてカバーされていた.それが,部分欠損の場合は次第に適応されなくなり,さらに,ある料金以上は個人負担になってきた.
 筆者にはスウェーデン国内に多くの指導医の友人がおり,彼らから常に技術的な指導を受けているが,その折にはスウェーデン国内におけるインプラントの治療費や患者負担率の変化をいつも耳にしていた.したがって,大体の様子は知っているつもりだったが,5月に訪れた時の邦人歯科医師の言葉には,さすがに驚いたものである.

2.歯科保険制度の2本立て

 このような状況下,筆者はかねてから,日本の歯科保険制度を“時代に合致させるべく”2つに分ける持論をもっている.現在の健康保険制度と同時並行できればよいと考えるが,患者さんにとっては,どちらを選択するのも自由である.

 (1)現行歯科保険制度の継続
 1つは,現在のままの保険制度を継続するものである.
 変化を望まず,現行の健康保険制度で治療することを希望する患者さんや歯科医師に応用する.もちろん2年ごとに見直し,段階的に改定することは必要である.さらには,長期的な視点に立って,見直しと再評価が適宜必要となることも当然である.しかし,現行制度が疾病保険という前提条件のもとに成り立っている以上,現行の健康保険制度に“時代に合致した診療提供体制”を要求するのは無理である.

 (2)新しい歯科保険制度の創設
 もう1つは,まったく新しい制度の創設である.社会の変化に対応し,証明された高度な治療,EBMに基づいた最高の医療の提供である.と言っても治療費の全額支給ではなく,治療内容に応じて,ある一定限度内で支給を認める制度である.
 当然,治療方針や治療計画の策定には,患者さんへの説明と納得の上での同意を得ることが前提となる.したがって,患者さんは自分の治療計画に参画できるし,成すべき義務も負わなければならない.
 現在の健康保険制度において発生している医療訴訟や不満・苦情の多くは,医療機関側の説明不足と技術不足に多くの原因がある,と言われている.治療方針や治療計画の説明に30分〜1時間の“時”を設けても医療機関側には診療報酬が与えられないこの現実は,一段と時代に合致しにくい状況となっている.
 新制度には,治療後にその内容に応じた保証制度を設けるが,それは現行制度のように一律ではない.あくまでも,学問に立脚しEBMに基づいた保証である.
 したがって,歯科医師側には常に時代の最先端の知識と技術が必然的に要求されるが,すべての分野にわたる必要はなく,自分の得意とする分野に特化するのが効果的である.
 ただし,新医療保険制度の破綻を防ぐべく長期にわたる安定した運営が求められるため,非営利組織による黒字運営を原則とすることが必須である(いわゆる医療保険制度の非営利民営化による運営である).
 破綻の直接の原因は,制度運営の収支が慢性的な赤字に陥ることである.その誘因は,制度と時代のずれによる,いわゆる「無駄」や「非効果」による対費用効果が薄れてくる時に現れてくる.そこで新しい制度には,常に効果的に医療提供が行われているかを評価し,再検討するための監視機関が必要となる.
 もちろん,この新しい制度は現行の健康保険制度とはまったく違った運営と医療提供体制であるところから,定着までには多くの偏見や誤解が予想されるところである.そのため,多方面から多くの意見聴取が必要となる.
  *
 歯科保険制度を2つに分けた理由は,移行を急激に行うと大きな混乱と矛盾を生み,かえって弊害を生じるからである.とは言え,新しい制度の最大の欠点は治療費の大部分が個人負担となる点であるが,この制度により,従来定着しなかった生活習慣病への対応を急速に促し,予防の積極的導入など大きな効果も予想されるところである.

まとめ

 1つの制度で国民すべてに最良の医療を提供できるはずがないこの現実に目を背け,改定に手間取っている時間的余裕はない.これは国や医療担当者だけの問題ではなく,実は国民すべての問題なのである.今や国民すべての意識改革が必要な時であり,それは,わが国において避けて通ることのできない状態になっている.
 もちろん新しい制度を構築するためには,歯科医師の意識改革と高度な良識ある先進技術の習得が絶対的な条件になってくるが,そうすることにより,国民から真に信頼される歯科医師となり,安定した医院経営にも寄与できるはずである.
 以上に述べたことは一私案であって完全さに乏しいが,新しい歯科保険制度については,歯科界としても国民の理解を得ながら早急に具体策を作成し,立ち上げる時期が来ているように思われる.





Random Note


2002年SCP日本代表 川越俊美さんに決定
 (『日本歯科評論(Dental Review)』10月号に掲載された内容を転載したものです.)


2002年SCP日本代表 川越俊美さんに決定
 8回目を迎えた日本歯科医師会/デンツプライ(米国)SCP (スチューデント・クリニシャン・プログラム)の平成14年度日本代表選抜大会が,去る8月28日,新歯科医師会館において開催され,神奈川歯科大学6年生の川越俊美さんが優勝した.川越さんは10月19日から米国ニューオリンズで開かれる第143回ADA年次総会大会におけるSCPおよび関連行事に招待され,世界各国より参加したクリニシャンと共に発表を行う(各発表内容は以下の抄録を参照).

受賞後,喜びの表情の川越俊美さん(神奈川歯科大学6年生)とファカルティーアドバイザーを務めた佐藤貞雄神奈川歯科大学教授(歯科矯正学講座). 上位入賞者.真ん中が優勝した川越さん,右が2位の名護さん(徳島大歯3年生),左が3位の葛西さん(日大松戸歯3年生).今大会より,優勝者には優勝杯が授与されることになった.



[優勝]
ブラックスチェッカーを用いた睡眠ブラキシズム時のグラインディング運動パターンの分析
川越俊美さん(神奈川歯科大学6年生)


 一般的に睡眠ブラキシズムは,夜間における顎機能運動と考えられている.睡眠時のブラキシズム運動は強力な咬合力を発揮し,歯の磨耗や歯周組織の破壊,顎関節の機能障害さらに咀嚼筋の異常活動を誘発する原因となっている.今回,睡眠時のブラキシズム運動を簡便に評価する方法を開発したので,その効果について報告する.被験者の上顎石膏模型に,ポリビニール製0.1mm厚のシートを加熱圧接して,ブラックスチェッカーを作製し,被験者に2日間就眠時に装着させた.各被験者の下顎頭の運動経路を調べるために,アキシオグラフを用いて運動を採得した.被験印象採得を行い,硬石膏模型を作製し,SAM咬合器に付着し,その咬合状態を観察した.グラインディングパターンは,ICPから始まる広い楕円形の後退運動として観察された.咬合誘導様式はCanine Dominance Grinding (CG), Canine Dominance Grinding with Balancing Grinding (CG+BG), Group Grinding (GG), Group Grinding with Balancing Grinding (GG+BG) の4つのカテゴリーに分類された.ブラックスチェッカーを用いることで,睡眠時のブラキシズム運動を評価し,機能的に調和した咬合の再建に応用できることが示唆された.




[2位]
遠隔歯科医療システムを用いた教育支援
名護太志さん(徳島大学歯学部3年生)


 現在,インターネットは多角的に学習手段を結びつけ,新しいインタラクティブな教育環境を実現しようとしている.そこで,学生に要求される膨大な知識に対するアプローチとして,医学・歯学教育においてもe-learningを積極的に用いることを提唱したい.今回,学生の立場から,インターネットを介して,大学病院と地域の開業歯科医師との間で特に医療画像についてのカンファレンスを行うことを目的として開発された遠隔医療システムを学生教育支援へと応用した.本システムによるe-learningの試行を教員3名(小児歯科歯科医師)および,学生10名を対象として行った.システム利用許可を受けた学生は,いつ,どこからでも,画質の高い症例画像情報にアクセスでき,講義時間外でも,効率的に症例情報を検索・閲覧できた.症例画像を基に学生同士または教員を交えてのディスカッションをインターネット上で開催することもできる.教員側としては学生側の弱点・盲点等が容易に発見できるようになり,それをレポート学習におけるe-teachingや実際の講義に反映することにより,インターネットを用いた双方向教育が行えるということが示唆された.




[3位]
新規口臭除去物質の研究
葛西理恵さん(日本大学松戸歯学部3年生)


 口臭は,その不快な感じから,広く認識されることがらのひとつである.一般的に,口臭の原因物質として揮発性含硫化合物があげられ,それは口腔内に存在する細菌によってタンパク質が分解されてできるものであることが知られている.そこで,この揮発性含硫化合物を低下させることにより,口臭を減少させることを試みることにした.含硫化合物の定量には,Halimeterを用いた.最初,含硫化合物と反応して不溶性,無臭の硫化亜鉛を形成する亜鉛化合物による試験を試みた.塩化亜鉛の溶液で処理することにより,揮発性含硫化合物の濃度を低下させることはできたが,塩化亜鉛の純粋なものをヒトに用いることは好ましいことではないと考えられた.そこで,食品または健康食品の中で亜鉛含量の多いものをインターネットで検索し,カキエキスが亜鉛を多く含有することを発見した.In vitro 試験でカキエキスが揮発性含硫化合物の濃度を低下させることを見出し,ヒトを対象にしたin vivo 試験でも,カキエキスが有効であることを見出した.したがって,口臭を除去するための洗口剤の成分として,カキエキスを用いる可能性が示唆された.




-META/MMA-TBBレジンセメントの引き抜き試験
熊谷直大さん(新潟大学歯学部4年生)


 各種レジンセメントの取り扱い説明書では,補綴物の合着時においてセメントが完全硬化する前に余剰セメントを除去することを推奨している.しかし,完全硬化前,すなわち餅状期の4-META/MMA-TBBレジンセメントは粘弾性が非常に高いため,マージン部余剰セメントを除去した場合,マージン内部のセメント層を引きずり出す危険性が考えられる.そこで,その影響を調べる目的で実験を行った結果,マージンの適合が悪いと,また被着面が水で濡れていると,餅状期の余剰セメント除去よるセメント層の欠損が大きくなる可能性が高いことが示唆された.




患者は歯科治療の何に恐怖を抱いているか?─日本,フィリピン,タイ,U.K.における検討─
上杉篤史さん(日本歯科大学新潟歯学部4年生)


 安全で快適な歯科治療を提供するためには“歯科治療の何に恐怖を抱いているか”を調査することが不可欠であり,国際化という意味においては国民性の差異を認識することも重要と思われる.そこで,本学および姉妹校でアンケート調査を実施した結果,日本では半数以上が抜歯を最も嫌いな処置に挙げており,歯科治療に対する不安感と抜歯処置の密接な関連が伺われた.また日本とイギリスでは処置が嫌いな理由として恐怖心を挙げる人が最も多く,フィリピンとタイでも2番目に多かった.これにより,今後は心理的要因への対策も重要であることが伺われた.




姿勢および噛みしめ強さの違いによる咬合接触状態の変化
西村美千代さん(東京医科歯科大学歯学部6年生)


 間接法による歯冠補綴物の作製では,通常,試適時に咬頭嵌合位より200〜300μm 程度高くなるため咬合調整が必要となっており,それを仰臥位で行うことがある.そこで,座位と仰臥位の両姿勢において,噛みしめ強さを変化させた際の咬頭嵌合位における咬合接触状態を比較し,仰臥位での咬合調整の妥当性について検討した.その結果から,片顎臼歯部の咬合接触の無い患者はもとより,咬頭嵌合位が安定している患者でもある程度の咬合力が負荷されないと咬頭嵌合位は安定しない可能性があり,咬合調整をする際には座位で行うことが望ましいと考える.




試作薄型マウスガードの着用により選手の運動能力は向上する
関根陽平さん(昭和大学歯学部5年生)


 危険度の高い7つの競技において試合中のマウスガード(MG)着用が義務化されているが,その使用状況および選手の意識を調査・検討した.また,従来型(5mm)より薄型の試作MG(<3mm)を処方し,競技中の変化についても調査した.結果,練習中のMG着用率は競技・種目で差があり,試作MGは従来型に比べ呼吸・発声しやすく,練習中のMG使用率が上昇したことから,練習中のMG着用率の低さは従来型MGの不快事項に起因することが判明した.試作MGは従来型の問題点を解消し,選手の運動能力を向上させることが示唆された.




Actinobacillus actinomycetemcomitans バイオフィルム形成因子の解析
齋藤貴之さん(東京歯科大学6年生)


 本研究では,歯周炎患者からのA.a.の検出率はprobing depthの増加に伴って上昇すること,患者から分離した菌株にはrough型集落が多いこと,rough型菌体には強いバイオフィルム形成能があることを明らかにした.さらに,バイオフィルム形成能と線毛関連性rcpAとrcpB遺伝子発現の関係を解析した結果,rough型菌株にはrcpAとrcpBの発現が認められるが,smooth型はほとんど発現しないことを見出した.これらの結果から,A.a.の線毛関連性遺伝子は,本菌が歯周局所でバイオフィルムとなって定着するために重要な役割を果たしていると考えられる.




インスリン様増殖因子シグナルと咬筋表現型の変化
横山香里さん(鶴見大学歯学部5年生)


 飼料形状によるマウス咬筋の表現型の変化にインスリン様増殖因子(IGF)が関与するかを調べた.マウスを離乳直後から固形飼料で飼育し,6カ月齢に達した時点で液状飼料に変え,さらに1週間飼育したところ,マウス咬筋のミオシン重鎖IIb(最も速筋型)mRNA発現量が増加していた.これは液状飼料に転換して1週間飼育したマウス咬筋に速筋化が起きたことを示している.また,液状飼料に転換したマウス咬筋のIGF-IおよびIImRNA発現量は共に減少していた.この結果より,IGFsの減少がマウス咬筋の速筋化と関係している可能性が示唆された.




ホワイトニングが歯科用金属修復物におよぼす影響
柘植琢磨さん(日本大学歯学部5年生)


 ホワイトニング材の適用が金属修復物の電位挙動におよぼす影響について,歯科用金属合金を用いて検討を加えるとともに,実験の内容を理解し協力を得られた被験者の口腔内金属修復物について測定を行った.結果,使用したいずれの歯科用合金においても過酸化水素によって電位が貴になり,酸化が進むことが示された.また,口腔内における測定でも,過酸化尿素の適用によって貴になる傾向を示したところから,過酸化水素は歯科用金属に作用して酸化を進行させることが判明した.本研究から酸化を防止する保護材の開発が急務であることが示唆された.




お茶抽出液や漢方成分は,細菌内毒素によるNO産生促進を阻害する
岡安晴生さん(明海大学歯学部4年生)


 LPSによるマクロファージ活性化に伴うNO産生に及ぼす漢方成分と各種天然化合物の効果を,新たに作成した評価系(50%細胞障害濃度(CC50),NO産生の50%抑制濃度(EC50),有効係数(SI=CC50/EC50))を用いて比較検討した.漢方成分群は総じて細胞毒性は弱く,また,LPSによるNO産生促進を効率的に抑制した.これは呉茱萸湯において特に顕著であった.茶の抽出液群,及び各種新規天然化合物群では,多くが細胞障害活性を示す濃度でLPSの活性を抑えた.結果,漢方成分はLPSによって惹起される炎症反応を抑制することが期待される.




歯ブラシと舌ブラシが口臭に与える影響
永井裕子さん(朝日大学歯学部4年生)


 口腔に起因する口臭の原因である歯垢,舌苔に対し,歯ブラシと舌ブラシを行うことで,口臭に対しどの様な影響を与えるかを検討した.1日の口臭値(硫黄化合物:VSC)変動を口腔内清掃しない状態で,健康な被検者に対し計測した結果,起床時,食事後2〜3時間後に高い値を示すことが明らかになった.そのことから,昼食後口腔内清掃なしで2時間経過した時点で口臭を測定し,歯ブラシのみあるいは歯ブラシと舌ブラシを行う群とで,その後の低い口臭状態の持続を比較,検討したところ,舌ブラシの併用は低い口臭を持続することに効果的であった.




光触媒を含有した歯磨剤の開発
小南理美さん(愛知学院大学歯学部5年生)


 歯のホワイトニングを目的に,アナターゼ型二酸化チタンを含有した新しい歯磨剤の開発を試みた.光触媒作用を有するアナターゼ型二酸化チタンを合成し,そのX線回析パターンを作成後ピーク分析を行い,粉末X線データーブックをもとに同定し,本実験の試料として使用した.作成した歯磨剤をコーヒー,紅茶や食用色素で染色した布に塗布,紫外線を照射し,一日後,染色した布の脱色を測定した.結果,アナターゼ型二酸化チタン配合歯磨剤は優れた脱灰効力を持ち,また誰もが家庭で簡便に用いる事が可能なホワイトニング方法であることが示唆された.




テトラサイクリン歯の漂白は可能か
朴 玲子さん(大阪歯科大学5年生)


 テトラサイクリン着色歯に対する漂白処理の可能性を,牛歯によるディスク試料とハイドロキシアパタイト(HA)板を用いてin vitroで調べた.ΔE(色の変化)はディスク,HA板とも1回目の漂白処理においてのみ変化した.L*値(明るさ)はHA板で1回目の漂白処理においてのみ上昇するが,ディスクでは全ての漂白処理で変化しなかった.C*値(鮮やかさ)は1回目の漂白処理においてのみ,両方で低下した.結果,テトラサイクリン歯への漂白処理は有効であることがわかったが,漂白処理回数の増加が漂白効果の増大につながることは認められなかった.




結合組織成長因子(CTGF)定量解析のためのELISAシステムの開発と応用
川木晴美さん(岡山大学歯学部5年生)


 CTGFの様々な機能の解析のために,各種モノクローナル抗体を組み合わせ,3種のELISAシステムを確立した.それぞれの特徴は,1.CTモジュールとVWCモジュールを認識し,全長CTGFを測定するもの(全長CTGFの定量・解析に有用),2.N末端部のIGFBPモジュールとVWCモジュールを認識して全長CTGFを測定するもの(CTGFが断片化されて機能すると考えられる場合での解析に有用),3.VWCモジュールのみを認識し全長CTGFは認識しないもの(CTGFの断片化と,VWCモジュールを含む断片の動態を解析するのに有用),である.




唾液腺カルシウム濃度の測定によるカリエスリスクテストの開発
金剛寛泰さん(広島大学歯学部6年生)


 唾液カルシウム濃度はカリエスリスクファクターの一つと考えられるが,その測定は煩雑である.そこで,飲料水用カルシウム試薬であるEBTを用いると滴定操作におけるEDTA量によってカルシウム量を算出できることを利用し,唾液カルシウム量を簡単に評価する方法の開発を試みた.報告されている唾液内カルシウム量に近似する5種類のカルシウム溶液の色を赤から青へ変化させるのに必要なEDTA量から唾液カルシウム量への変換表を作成し,これにより5種類の唾液内カルシウム量が簡単に評価できるようになった.




デジタルX線撮影における画像データの光減衰への対応
坂口 賢さん(福岡歯科大学4年生)


 イメージングプレート(IP)方式のデジタルX線画像装置に使われるプレートは,照度650luxの室内光10秒の露光で48%に,光減衰による画像劣化が認められた.この光減衰への対応策として,遮光シートでプレートを被覆する方法を考案した.これにより撮影後のプレートは一度も室内光に曝されることなく画像化出来るようになった.人骨ファントムのパノラマX線写真を撮影,遮光シートを使用しなかった場合との画像の比較検討を行った結果,プレート遮光シートを用いることにより,通常の明るさで操作しても画像の劣化はみられなかった.




廃棄ガラスの再利用による歯科用グラスアイオノマーセメントの試作
篠崎昌一さん(九州大学歯学部5年生)


 廃棄ガラスの再利用によるグラスアイオノマーセメントの作製を試みた.市販グラスアイオノマーセメントの組成から考慮し,粉砕した廃棄ガラスに硬化に必要なAl2O3およびCaF2を加え,1400℃での溶融によりセメント用ガラスを調製した.作製したガラス粉末を市販セメント液で練和し,硬化性を調べた.硬化した試作セメントは,Al2O3,CaF2の配合比により操作性,硬化時間は大きく変化し,圧縮強度は約500kg/cm2で市販セメントより劣っていた.実用化にはさらなる検討が必要だが,廃棄ガラスからセメントの作製が可能であることがわかった.




ヒト過誤腫から樹立した間葉系幹細胞の性状の解析
小柳えりなさん(長崎大学歯学部4年生)


 歯槽骨再生療法の開発にはヒト間葉系幹細胞の性状を詳細に解析し,種々の分化調節機構を明らかにすることが重要である.私たちは,ヒトの間葉系幹細胞を解析するのに適したHamartomaの一例を経験し,その解析を行った.数種類の培養細胞を継代したが,その中でSV40 large T antigenを導入したHHC-K細胞は,骨芽細胞,軟骨細胞,筋肉,脂肪細胞などの種々の間葉系幹細胞への多分化能と自己複製能を保持していることが明らかとなった.私たちの樹立した細胞株の性状をさらに解析することで,歯槽骨再生療法開発の手がかりが得られると考えられた.




繊維強化プラスチック型審美矯正ワイヤーの可動たわみ範囲の改善
南出 保さん(北海道大学歯学部6年生)


 現在,研究開発中のガラス繊維強化型プラスチック(FRP)構造を有する審美歯列矯正ワイヤーは金属ワイヤーとほぼ同等の曲げ強さを出しているが,曲率半径が小さい曲げに対しては破折に至る.そこでシランカップリング剤,重合条件の見直しにより,より大きなたわみまで変形可能になるように改良を試みた.破折はレジンとガラス繊維間の界面剥離が発端になるため,界面強さに密接に関連するカップリング結合と内部気泡の除去が物性の改良に最も効果的であった.結果,FRPワイヤーの破折たわみを従来の平均2.3mm 程度から3.3mm 程度まで増大できた.