読後感


4月号特集「〈知っておきたい〉救急のための薬剤と器具」を読んで
 (『Dental Review(日本歯科評論)』5月号に掲載された内容を転載したものです.)


もりはなたけふみ
森鼻健史


 約5人に1人は65歳以上という高齢化社会に加え,医学の進歩により従来は病床にあった方々の社会復帰も増え,今後ますますリスクを抱えた患者さんが歯科を訪れる機会も多くなるだろう.しかし,開業歯科での救急に対する危機管理は,いまだ十分とは言い難い.
 救急医療に対して十分な臨床経験を積むことは難しく,講習会や著書から知識を得て,救急に備えることになる.今回の特集では,歯科診療時の救急状態の予防,症状の把握から処置,器具薬剤の使い方および管理,スタッフとの連携まで,写真や絵,図を用いたわかりやすい説明で臨場感があり,講習会に参加しているように読ませていただいた.
 はじめに救急事態を把握するための観察点と対処法,そして,表れた臨床症状に潜んだ疾患について簡潔にまとめられていた.症状は重なって起こってくることもあり,発症時に病態のイメージが浮かぶように記載されたポイントを整理して覚えておきたい.
 隠れた疾患の発見には問診が重要だが,著者も指摘しているように,自分の病気を十分に把握している患者さんは極めて少なく,問診のみで正確に病態を把握することは難しい.そんな時,服用薬のチェックが自覚のない疾患や病状の程度など重要な情報を与えてくれると思う.
 診療室で比較的よく遭遇する脳貧血,高血圧などについて,実際の症例からスタッフと連携の上での投薬,処置の実際が対話形式でわかりやすく述べられており,臨場感があった.救急薬剤の中には馴染みの少ないものもあり,次の機会には他剤についても症例を示して紹介していただきたい.
 リスクのある患者さんの場合,救急症状をいかに早く発見し,適切な処置を行うかが予後を左右する.当院では,モニターはスタッフ全員が使え,判定しやすいパルスオキシメーターと,指や手首用の自動血圧計を平時でもモニター用として使用するようにしている.精度に関してはやや心配な面があるので,スタンド型血圧計で時々チェックしているが,簡易型血圧計の利用上の注意点なども教えてほしかった.
 管理の要点で述べられていたゴムの劣化を私も阪神大震災の後,散らかった診療所を片付けていて,マスクや駆血帯で経験しており,以後年に一度は救急薬品や器具を全スタッフで使用方法を確認しながら点検するようにしている.
 救急医療はチーム医療であり,スタッフとのスムーズな連携処置のため,一次救命処置の手順と役割分担の表を参考にして当院の救急マニュアルを作成したいと考えている.
 日進月歩の医学界においては,数年前の常識が覆ることもある.昨年には,より実際的に変更された新救急蘇生法が発表されており1),常に新しい情報と知識の必要性を感じている.
 日常診療が順調なほど救急に対する意識は薄れるものである.年に一度はこのような特集を組んでいただけると,そのたびに救急医療の重要性が再認識できると思われる.

1)厚生労働省のホームページ参照(URL:http://www.mhlw.go.jp/houdou/0106/h0606-5.html).
  照会先:医政局指導課(Tel 03-5253-1111,内線2554),日本救急医療財団(Tel 03-3835-0099).




読後感


連載「新しい咬合概念“オクルーザルパワーゾーン”の提唱」を読んで
 (『Dental Review(日本歯科評論)』5月号に掲載された内容を転載したものです.)


かとうもとひこ
加藤元彦


 従来から総義歯学(?)には様々な咬合理論や概念が“無数”にあり,巷間の一歯科臨床医にはどれも異論を挟む余地のない立派なものばかりなので,自分の臨床にどれを採用するか戸惑うばかりである.しかも実際の臨床に当てはめる場面になると,各々の歯科医師の技量と経験や,患者さんの生活習慣や義歯についての思い入れ,理解度や実践度なども影響してくるので,一概に批評できるものではないように思う.
 本論文は,上下無歯顎の咬合関係に「咬合重心域」が存在することを「顎関節や咬合は加齢と共に変化するが咀嚼筋群の起始や停止は不変であるから,これらの筋機能を重視して顎関節の機能や有歯列の咬合を回復させることが望ましい」という基本的概念に立脚し,実践的理論として「オクルーザルパワーゾーン」を乳歯列から成人歯列への解剖・生理学的見解を動的に解説し説明している.結論として,上顎第二乳臼歯の近遠心咬合幅を「ゾーン」と命名し,成人歯では第二小臼歯咬合面と第一大臼歯の近心咬頭の幅がスピーカーブの最下点でもあるので「咬合重心域」としている.また咬合重心域は,前額断面ではウィルソンカーブが上顎第二小臼歯と下顎第一大臼歯の近心咬頭で最も消失し,垂直咬合力が大となることを説明している.
 無歯顎の咬合理論では,ギージー,スワンソンの基本型,パウンド博士のリンガライズドオクルージョン,山本為之先生のKey-Zone guide,横田 亨先生の横田デンチャーなどが脳裏に浮かぶが,いずれも優劣つけがたい,臨床的で実践可能な具体的方法術式を備えている.
 本論文も理論は解剖学に基礎を置いて,上・下顎の咬合関係の生理・病理に言及しており,有歯顎の咬合生理・病理を説明し,その延長線上で無歯上・下顎の機能回復治療の手段としての総義歯の人工歯排列,特に臼歯排列の実践的人工歯を開発して臨床に供している.3回にわたって,その基礎的理論から,有歯顎の咬合関連症状に対するゾーンの応用と臨床的展開,無歯顎の具体的人工歯排列,臨床例による人工歯の自家調整咬合面の発現など,詳細に述べられていることは,読者に対して親切である.それにつけても,人工歯を接着したり,咬合面の硬度に差をつけて機能咬合の自家調整を図ったところが独創的発想として,筆者の臨床医としての面目躍如というところではないだろうか.
 有歯顎患者における“咬合関連症候群”の治療では,オクルーザルパワーゾーンを主体とした治療を微咬合調整に先立って終えておく必要性を強調し,上顎用/下顎用それぞれ機能の異なるスプリントによる症例を紹介し,その後の咬合調整を「10ミクロン前後の咬合紙」を使うことを勧めている.私は患者立位閉眼で表記8ミクロンの咬合紙を使って小・大臼歯の咬合を各個に診査するが,無咬合の咬合面が驚くほどあることを経験している.手元に極薄の咬合紙がなかったら,2時間録音用のテープを使って数人の患者さんの咬合状態を上下1歯ずつ診査してみるとよい.補綴された咬合面がいかに信頼できないか,わかるのではないだろうか.
 上・下の最後臼歯の咬合と頸椎や気道の機能の問題にも言及している.私はこの辺りの問題は,上顎−下顎の咬合関係の歪みが上顎(頭蓋)−頸椎(体幹)に影響した歪みとなり発症するのだから,後頭環軸関節を上顎の機能関節とした“上顎位”からの調整として認識しているが,これは筆者が述べている“生体重心軸”と合意するのではないだろうか?




読後感


4月号論文「レジン充填に関する臨床医の知恵」を読んで
 (『Dental Review(日本歯科評論)』6月号に掲載された内容を転載したものです.)


しぶいちいずみ
四分一 泉


 光重合型コンポジットレジン(以下CR)の高品質化は近年めざましいものがある.さらに,CRの接着システムは長足の進歩をとげて,第5世代の時代に入っていると言われている.しかし一方で,進歩とともにメーカーから実に多数のCRが発売されるようになり,葭田先生の言われるように,臨床現場ではその選択に迷わされることになる.
 私はこれまで,CR充填に関してはデータや文献等を参考にして選んだ同一メーカーの一連の製品を用い,エッチングから充填まで一貫してメーカーの仕様書を遵守するシステムが,理論的にも材料の整合性からもベストの診療と考えていた.事実,自分自身では良い結果が得られていたと思う.しかし本論文を読んでみると,「忠実なマニュアルどおりの治療だけで,多様な患者のニーズに完全に応えられる結果が得られるのだろうか?」という疑問が起こった.葭田先生はCRの既存の治療システムを見直し,あくまでin vivoでの結果を求めるために,温故知新ということも考慮した多くの創意工夫をされている.
 私は,臼歯咬合面のCRには色調を合わせやすい製品を用い,充填物と健常部の境界が判然としなくなるほど奇麗に修復されることに満足していた.ところが葭田先生は,色調の一致があまり要求されない部位であることをふまえ,オーバーフィリングの除去が容易なように,故意に白すぎるCRを使用する工夫をされている.また,窩洞の乾燥には完璧を期すためユニットの配管を変更し,エアー専用のシリンジまで作られている.これは本当に驚嘆すべきことである,私の診療室のユニットでは構造上それができないことを残念に思った.
 さらにボンディング材については,従来「化学重合型のボンディング材とCRの組み合わせは,コントラクションギャップを生じやすく推奨できない」という定説があるが,こういう不利益を甘受してもなお,化学重合型のボンディング材を使用されている点も興味深い.これは,光重合型のボンディング材では窩洞からのはみ出しの硬化により隣接面ではマトリックスの不適合,咬合面ではバイトが当たってしまうという大きな不利益が生じやすく,これらを避けるために,あえて化学重合型のボンディング材を採用され,実践的な“葭田システム”を確立されているのである.
 また,隔壁用ストリップスの選択においては,私の臨床ではこれまで直タイプを隣接面の形状に合わせて金冠ハサミで調整していたが,本論文を読んで早速,曲タイプのストリップスとクリップを注文した.このほか,研磨用ストリップスの選択やその他の器材についても実に懇切丁寧に解説されている.加えて,葭田先生の既発表の論文の中から,そのエッセンスが本論文に解説されていて,CR充填を総合的に学ぶことができた.
 私は,本論文をCR臨床の優れたマニュアル書として活用することにした.葭田先生はまとめの部分で「新製品はすぐにとびつくと失敗の恐れがあるが,全く無視していると時流に遅れてしまう.各自,創意工夫してください」ということを言われている.私も本論文の中から自分の臨床で活用できるところをありがたく頂戴して,私自身のCRシステムを確立させていくことができればと考えている.




Random Note


平成14年IPSG研修会「歯科医院経営セミナー」に参加して
 (『Dental Review(日本歯科評論)』4月号に掲載された内容を転載したものです.)


とくとみわたる
徳富 亘


 歯科医学の専門的分野の研修はもとより,学際的な勉強を積極的に行い,望ましい医院運営をめざすことを目的として平成5年にスタートしたIPSG(Interdisciplinary Practical Study Group,大石尭史会長)の研修会「歯科医院経営セミナー」が,去る2月10・11日の両日,日本歯科大学内で有意義に開かれた.私も出席して大いに発奮させられたので,その印象を記してみたい.

未来を拓くIPSG流の経営感覚
 それはいまどき不思議な勉強会だった.発表する先生方が,いかにして患者様を減らすかということに腐心しているからだ.ドアは重いほうがいいとか,玄関にスロープはいらないとか,およそ一般の歯科医師が最近考えていることとはかけ離れた内容だった.
 従前からのIPSG会員であれば,会の根本理念である「最善か無か」「鮭よ帰れ」の具現化であることがわかるが,はじめて参加した先生方はさぞ驚かれたに違いない.
 患者様それぞれに対するベストの治療とはどういうものであるかを説明する努力こそが,これからの歯科界を切り開いていく原動力であると信じ,それを実践している先生方の貴重な体験談が惜しげもなく披露された.
 政治改革が強く叫ばれ医療費が削減されている.歯科界を取り巻く状況は厳しさを増す一方だが,そんな状況の中にあっても,患者様がベストの治療内容を十分理解し,心から欲しがるような治療をしっかり提供していけば,医療費削減の影響をもろに受けることなく,豊かな価値観を創出できる,と信じている先生方が集まってきていた.
 1日目はシンポジウム「歯科医院経営の過去・現在・未来」と題して6人の先生方が発表された.各先生の開業立地条件や,心に画く将来像はそれぞれ個性に富んだものであったが,どんな方向をめざすにしても,それぞれにベストな治療というものがあり,それを提供するために,技を磨き,心を磨き,将来を展望する確かな目を磨くことが必要不可欠なことだとわかった.「私はこうして成功した」という発表であるばかりでなく,今後ますます成功してみせますという自信さえ漂っていて大変たのもしかった.
 発表の後,全員によるディスカッションとなった.会場からの質問により,後継者育成問題も話題になった.お子さんを歯科医師に育てるために現在実践していることや,ベテラン先生の成功例が紹介された.実例を交えていろいろなお話がなされたが,自らが歯科医業を楽しみ,その後ろ姿を見せることが肝要だと感じた.
 最後に予防歯科への取り組みも話し合われた.さまざまなアプローチが考えられるが,今後何らかの形で取り組まざるを得ないテーマであることが確認できた.

これからの歯科医院経営
 翌日は,稲葉先生の講演「これからの歯科医院開業をどうするか」を授かった.ライフステージにおけるこれからの歯科治療のあり方や,患者様の選び方,選ばれ方など,他では聞くことのできない素晴らしい内容だった.
 講演のキーポイントを無理矢理一言でまとめると,「和略の歯科医療」といえそうだ.戦略は戦いのための策略だ.戦うのではなく,和を尊ぶから「和略」となる.多くの「和略」の秘策を伝授していただいた.誌面の都合上,ご紹介できないのが残念だが,関心のある方はぜひIPSGに入会され,研鑽を積んでいただくことをお薦めしたい.


「IPSG」入会の問合せ先
 〒241-0814 横浜市旭区中沢3-1-1
 大石歯科医院
 Tel 045-362-2662
 Fax 045-366-8020
 E-mail info@ipsg.ne.jp
 http://www.ipsg.ne.jp



Random Note


8020推進財団学術集会第1回フォーラム「8020と健康日本21」を聴いて
 (『Dental Review(日本歯科評論)』4月号に掲載された内容を転載したものです.)


のぶさわのぞみ
信澤 希


 80歳でも20本の歯を残し,自分の歯でおいしく食べてQOLを高めよう,という“8020運動”が進められて久しくなります.加えて,一昨年より“健康日本21”が推進され,心身共に健康な状態で高齢社会を生き抜こう,という機運が国民の間に高まってきました.
 そんな折,去る2月17日に日本歯科医師会館において標記のフォーラムが開かれ,とても充実した時間を持つことができました.私は行政に携わってまだ8カ月の若輩者ですが,歯科衛生士としての立場から当日の印象に残ったことを記してみたいと思います.

「地域からの報告」から
 報告に先立ち,東歯大・石井拓男先生(前厚生省歯科保健課)による基調講演があり,歯科界が着実に行動すべき時の到来,住民を主体にした活動の結果としてこそ「8020の里」は語られ得る,と話されました.
 これを受けて,以下5名の先生方が「8020運動」「健康日本21」を推進する各県の取り組みにつき紹介されました.
 静岡県歯科医師会・飯嶋 理先生の報告の中で最も印象に残ったことは,歯科医療を通じた健康づくり,診療所機能の強化事業でした.住民にとって身近な存在である歯科医院一軒一軒の活動により,全体として地域の健康づくりに貢献していこうという発想に共感しました.また,その項目中には「患者さんの満足度調査に基づいて診療を改善する」というものもあり,歯科医院のみならず,行政機関においてもこのような調査を事業に反映させることは重要だ,と認識しました.
 岩手県歯科医師会・箱崎守男先生の報告では,住民参加の契機にすべく8020りんごや南部煎餅など,県の物産品によりアピールしたことが印象的でした.
 香川県歯科医師会・井上 悟先生は,協議会を設けての全県的な8020推進事業展開を報告されました.これにより歯科医師会と行政との意見交換がさらに交わされるようになった,とのことでした.
 沖縄県歯科医師会・喜屋武満先生は「フッ化物応用への取り組み」を報告されました.沖縄県歯科医師会では水道水のフッ素化について,すべての人に平等であるという観点で捉え推進しているとのことで,8020を健康づくりの目標とするためには達成期限の設定など,評価の点でさらに検討する必要があると述べられました.
 最後に,新潟県福祉保健部健康対策課・峯田和彦先生が県の新計画の理念・特徴について報告されました.目的と手段を明確にし,その間の目標を数値化して評価していく体系は具体的で,大きな感銘を受けました.

「ディスカッション」から
 8020財団から池主憲夫先生(新潟県歯)を座長に,アドバイザーとして大久保満男先生(静岡県歯),新井誠四郎先生(日歯),厚生労働省医政局から瀧口 徹先生も加わり,活発な意見交換がなされました.
 各歯科医院が保健分野に機能する見通しについて,プライマリー的観点から意見を求めらた感染研・花田信弘先生は,個々の歯科医院の役割として歯科衛生士の能力・予防技術を向上させることが重要であると答えられました.また,歯科が国民運動として住民の支持を得るために,私達は国民に向けて,よりポジティブで具体的なメッセージを発信し続けなければならないと話されました.
 様々な取り組みの中でも,8020の達成を手段として国民の健康に資すること,住民を主体とした活動を通して,その生きる力を充実させようとすることこそが,歯科の使命であると銘記しました.