読後感


3月号特集「根面う蝕への対応──こんなときどうしますか?」を読んで
 (『Dental Review(日本歯科評論)』4月号に掲載された内容を転載したものです.)


なかむらみつお
中村光夫


 歯は生体の中では小さな器官でありながら,実に多くの境界を有している.エナメル- 象牙,象牙- 歯髄,象牙- セメント,セメント- エナメルなどである.さらに歯周組織との境界として,セメント- 歯根膜の境界も存在する.発生学的にみても,これほど多くの境界を持つ器官はほかにはないであろう.中でも,われわれが視診を行った場合,一目で識別可能な境界といえば,根面に現れるセメント- エナメル境である.
 根面う蝕は,歯周疾患に罹患した歯が歯肉退縮を起こし,歯根面が露出した結果発生すると考えられている.しかし,補綴物に接した根面う蝕の発生率は,単に根面が露出した歯より高いことが報告されている.補綴物の辺縁封鎖性が悪い歯では,根面う蝕の発生率が約2倍高いということから,切削によって生じた歯質(象牙質・セメント質)と修復物との間隙は,天然歯の根面う蝕の感受性よりかなり悪い状況になっていることが示唆される.
 接着性を有する合着材による補綴物の装着も効果は期待されるものの,根面う蝕の発生を予防するためには,補綴物を施さないようにするしかないのであろうか.やむなく補綴物を作製する場合には,辺縁を歯肉縁上のエナメル質に設定する努力が合着材料の選択と共に必要となってくる.
 また,象牙質やセメント質が脱灰する臨界pHは6.2とエナメル質のpH5.7より高いため,露出した歯根面は脱灰されやすく,エナメル質を極力残す努力も,根面う蝕発生を抑制するにはきわめて重要となってくる.エナメル質を切削してしまい,耐酸性の弱い象牙質やセメント質を露出させた結果,より根面う蝕が発生しやすい環境にしてしまうことは理解できる.しかし,すでに歯肉が退縮し,セメント質にまでう蝕が及んでいる歯を修復する場合,マージンの設定位置やマージンの形態はどうしたらベストになるのであろうか.本特集の中にその解答が見当たらないことが残念である.
 予防に関しては,天然歯の根面う蝕も補綴物辺縁の根面二次う蝕も,共にフッ化物の応用が基本となり効果が期待できる.
 高齢者の口腔ケアに関しては,有病者の全身的な影響や薬剤の影響などにより十分な口腔清掃ができない場合,プラークの除去のみならず唾液分泌,食生活,口腔機能などに対する指導も併せて行う必要があるとしている.湿潤剤配合の洗口剤を用いた口腔ケアや保湿に関する製品の紹介もあり,十分な情報を得ることができた.
 根面う蝕の修復材料として,一般に審美的な要求にはコンポジットレジンを常用するが,予防的修復材としてフッ素徐放性が期待できるアイオノマーセメントの利用も多い.アイオノマーセメントの場合,根面う蝕を含めた歯頸部窩洞では,充填1日後における研磨の有用性が証明されている.また,コンポジットレジンやアイオノマーセメントと比べて使用頻度の少ないコンポマーであるが,根面窩洞修復に限っては,さまざまな点で有用な修復材であることも示唆されている.
 患者,歯科医師双方の努力によって歯の寿命が確実に延びている現在,根面う蝕は,今後歯科界が取り組んでいくべき新たな課題となっている.種々の取り組みや考え方が集約され,新しい根面う蝕の予防と治療の指針が作られることを期待したい.




読後感


2・3月号特別企画「身体的な原因が見当たらないのに,
口腔顔面部の疼痛や咬合の違和感を訴える患者をどう扱うか」を読んで
 (『Dental Review(日本歯科評論)』4月号に掲載された内容を転載したものです.)


かわせのぶゆき
川瀬信行


 歯科医療は,現在いろいろな方面から変化を迫られ,歯科医を取り巻く環境は厳しさを増している.患者への接し方では“インフォームド・コンセントは欠かせない”と言われて久しいが,その時にエビデンスが重要とも言う.翻って私の日常の診療では,患者の納得が得られる説明を心がけてはいるが,説得力のある客観性をもったエビデンスはほとんど示していない.
 医療面接が医学・歯学教育の中で必修になってきていると聞く.学生時代に読んだ本の中に,アメリカでは解剖学が選択科目になった代わりに,患者とのコミュニケーションの取り方のような科目が必修になっているとあった.今ようやく日本もそういう時代になったのかと思う.
 患者とのコミュニケーションのトレーニングを積んだ医師・歯科医師がでてきて,あと10年もすると,患者への共感が自然にできることが普通になっているのかもしれない.私も,患者への接し方や受け止め方といったコミュニケーション方法を,身につけなければならないと思う.
 そういう意味で今回の特別企画は真面目に考えさせられた.まず驚いたのが,WHOが行った臨床研究の数字である.一般内科に通院する患者の約2割が身体表現性障害に該当するという.つまり,自分の患者の2割が身体的原因が見当たらない症状を持っていることになる.
 「医療機関での心気症有病率は4〜9%で,精神科以外の科で10〜20人の患者さんがいれば,うち1人は心気症である」「境界性人格障害は一般人口の有病率が2%で,うち75%が女性」「うつ病は生涯罹患率が12%,8人いれば1人は一生のうちに罹るかもしれない」という.これらの数字をみると精神疾患は,実は身近なものであることに注意しなければならない,と感じた.
 次に診断・治療についてだが,痛いという訴えに対して身体的な原因が見当たらない場合,精神的な問題を疑いつつ,常に身体疾患が隠れている可能性も考えて診るというのは,けっこうたいへんだと思う.実際には“この患者さんは何か変だな”と思ったら,和気先生が言われているように,あわてて手をつけずに,十分に問診を行い,客観的に誰が診ても問題があるというところだけを治療するよう,気をつけなければならない.
 「何か処置をしたために悪くなってしまう医原性の場合が歯科では問題になる」という井川先生の指摘は重要で,咬合の違和感を訴えられたら,確かに咬合調整することは大いに有り得ることである.精神科の山田先生は「外科的に手を入れられてしまうと,まず治らないのではないか」と言っている.自分の処置で身体表現性障害が起きたり,あるいは修飾させて,よけいにひどくしたりすることがないように注意しなければならない.
 以上のように考えると,歯科医の自己研鑚は当然必要なのだが,気軽に紹介できる専門機関,口腔顔面痛外来のような紹介先が身近に是非とも欲しい.できればオープン型の外来で,自分のトレーニングにもなるようであれば,なお良いと思う.また,専門医の育成,専門機関の整備を進めてほしい.さらに,歯科医,歯学部生はもとより,患者さん,一般市民への教育,啓蒙活動がもっと必要なのではないか,と感じた.