読後感


2月号特集「臨床応用の進んだ 磁性アタッチメントのその後」を読んで
 (『Dental Review(日本歯科評論)』3月号に掲載された内容を転載したものです.)


さくらいひろや
櫻井裕也


 私(昭和37年生まれ)が小学生の頃は,理科の実験で磁石といえば棒磁石か馬蹄形磁石であり,砂場で砂鉄を探して紙の上に並べて磁力線を観察したものである.
 科学の世界ではナノテクノロジーによりモノはどんどん小型化され実用化されていくなか,本特集でもとり上げられたように,磁石が歯科医療用にここまで小型化されたことは喜ばしいことである.
 私は日本磁気歯科学会の会員であるが,非会員の読者諸兄は磁性アタッチメントの開発や実用化に本学会が多大の貢献をしていることをご存知だろうか.永久磁石の小型化,漏洩磁場の影響,吸引力の向上や磁石の金属イオンが溶出しないようにするカバーのレーザー溶接技術など,数え切れない.磁性アタッチメントが発売されて,はや10年目を迎えたが,製造メーカーと臨床研究機関が本学会で活発な意見交換を行った結果,使い勝手の良い,臨床応用が可能な製品が誕生したのである.この意味で,巻頭に本学会の現状と展望が記載されていることは,非常に意義深いことだと思う.また,インプラントと同様に多彩である磁性アタッチメントを節目の10年を契機に集め,それぞれの特徴が簡潔に記載されていることも,ともすれば偏りがちな磁性アタッチメントの選択基準の再考につながるものと考える.
 磁性アタッチメントの選択については,まず,形態的分類として磁石構造体には円形と長方形が存在するので,根面形成が終了した段階でどの形状の磁性アタッチメントを使用するかを検討し,続いて残存歯の咬合圧負担状況により緩圧性と非緩圧性の選択を行うのが賢明な選択方法であると思う.ちなみに,マグフィットは円形と長方形,ハイコレックス,マグソフト,マグネディスクR,MACS SYSTEM,マグマックス2,TESLOXシステムは円形であり,マグソフトのみが垂直緩圧性を有している(水平緩圧性は“あそび”を持たせることですべての磁性アタッチメントに付与可能である).
 しかし,多方面に応用できる磁性アタッチメントではあるが,MR撮像の時は注意が必要である.身近な症例では,顎関節症状を発症した場合には関節円板の病態確認のためMR撮像を行うことがある.実際の陰影欠損はキーパーを中心にこぶし大程度であるが,複数のキーパーが存在すると相互に影響し合い,陰影欠損はさらに大きくなる.MR撮像の前には問診票で体内に(磁性体の)金属が存在しているかどうかを必ずチェックする.そして,口腔内に金属が存在している場合は,まず除去を求められるのが通常である.なぜなら,MR室に金属片が転がっていた場合,強力な磁場が発生した途端に金属片はピストルの弾丸と化してMR室の壁を貫通すると言われているからである.臨床放射線技師がそんな危険な状態を嫌がるのは当然のことであり,そのような背景から可撤式キーパーも開発されている.
 また,磁場が生体に及ぼす影響については,患者から質問を受ければ科学的な返答をするべきであろう.この領域は,携帯電話が生体に及ぼす影響と同様に今後の研究課題ではあるが,本特集で「安全許容曝露時間は38時間」と明記されていることは一つの科学的根拠であり,大変意義深い結果であると考える.
 厚生労働省が推進する「8020運動」のなか,今後,磁性アタッチメントが活躍する場面は非常に多くなるものと予想される.磁性アタッチメントがさらに小型化され,多くの工業製品にも頻用されていくことを切望する.




読後感


2・3月号特別企画「身体的な原因が見当たらないのに,
口腔顔面部の疼痛や咬合の違和感を訴える患者をどう扱うか」を読んで
 (『Dental Review(日本歯科評論)』4月号に掲載された内容を転載したものです.)


かわせのぶゆき
川瀬信行


 歯科医療は,現在いろいろな方面から変化を迫られ,歯科医を取り巻く環境は厳しさを増している.患者への接し方では“インフォームド・コンセントは欠かせない”と言われて久しいが,その時にエビデンスが重要とも言う.翻って私の日常の診療では,患者の納得が得られる説明を心がけてはいるが,説得力のある客観性をもったエビデンスはほとんど示していない.
 医療面接が医学・歯学教育の中で必修になってきていると聞く.学生時代に読んだ本の中に,アメリカでは解剖学が選択科目になった代わりに,患者とのコミュニケーションの取り方のような科目が必修になっているとあった.今ようやく日本もそういう時代になったのかと思う.
 患者とのコミュニケーションのトレーニングを積んだ医師・歯科医師がでてきて,あと10年もすると,患者への共感が自然にできることが普通になっているのかもしれない.私も,患者への接し方や受け止め方といったコミュニケーション方法を,身につけなければならないと思う.
 そういう意味で今回の特別企画は真面目に考えさせられた.まず驚いたのが,WHOが行った臨床研究の数字である.一般内科に通院する患者の約2割が身体表現性障害に該当するという.つまり,自分の患者の2割が身体的原因が見当たらない症状を持っていることになる.
 「医療機関での心気症有病率は4〜9%で,精神科以外の科で10〜20人の患者さんがいれば,うち1人は心気症である」「境界性人格障害は一般人口の有病率が2%で,うち75%が女性」「うつ病は生涯罹患率が12%,8人いれば1人は一生のうちに罹るかもしれない」という.これらの数字をみると精神疾患は,実は身近なものであることに注意しなければならない,と感じた.
 次に診断・治療についてだが,痛いという訴えに対して身体的な原因が見当たらない場合,精神的な問題を疑いつつ,常に身体疾患が隠れている可能性も考えて診るというのは,けっこうたいへんだと思う.実際には“この患者さんは何か変だな”と思ったら,和気先生が言われているように,あわてて手をつけずに,十分に問診を行い,客観的に誰が診ても問題があるというところだけを治療するよう,気をつけなければならない.
 「何か処置をしたために悪くなってしまう医原性の場合が歯科では問題になる」という井川先生の指摘は重要で,咬合の違和感を訴えられたら,確かに咬合調整することは大いに有り得ることである.精神科の山田先生は「外科的に手を入れられてしまうと,まず治らないのではないか」と言っている.自分の処置で身体表現性障害が起きたり,あるいは修飾させて,よけいにひどくしたりすることがないように注意しなければならない.
 以上のように考えると,歯科医の自己研鑚は当然必要なのだが,気軽に紹介できる専門機関,口腔顔面痛外来のような紹介先が身近に是非とも欲しい.できればオープン型の外来で,自分のトレーニングにもなるようであれば,なお良いと思う.また,専門医の育成,専門機関の整備を進めてほしい.さらに,歯科医,歯学部生はもとより,患者さん,一般市民への教育,啓蒙活動がもっと必要なのではないか,と感じた.