読後感


新春展望の一編/石井論文「歯科における予防給付の導入と効果を左右するもの」を読んで
 (『Dental Review(日本歯科評論)』2月号に掲載された内容を転載したものです.)


ながやままさと
永山正人


 現在,歯科医業経営の低迷は深刻な状態になっている.そこで筆者は第142回日歯代議員会において,日本総研等の歯科医業の将来シミュレーションから今後10年以内に倒産する歯科医院が多くなることを警鐘する発言をし,倒産に関する日歯としての対応を要望した.このような最悪の状態にならないように,会員は必死の努力をしている.しかし,個人の努力には限界がある.この環境を打開するには,やはり歯科医師会の役目は大きい.
 そこで対策を考えてみると,やはり潜在患者の顕在化が重要になってくる.その一方策として,最近予防給付の話がでてきている.昨年秋の第143回日歯代議員会においても,予防給付に関する日歯の見解が問われていた.日歯は,「財源がない今日,包括払いになる可能性が大なので導入は考えていない」との回答であった.このことに関し石井論文においては,包括払いの危険性もさることながら,「かかりつけ歯科医機能に関する研究」の結果から,国民はかかりつけ歯科医による予防管理を望んでいないように見える,と述べている.したがって,この結果が実態だとすると予防関連の保険診療を増やしてもそれを希望して自主的に来院する国民はそれほど多くないと思われる.しかし,日本歯科新聞(2002年元日号)が独自に実施したアンケートによると「予防を保険に導入したら受診する」との回答は95%であった,と発表している.サンプルの違いにしても大きな開きがある.
 また,石井氏は予防給付のように新しいものを導入する場合には,歯科界の代表団と個々の歯科医師,歯科医療機関との十分な意見交換のないまま中医協等で事が進行すると,改定の実が得られず新規項目がほとんど請求されないという異変が生ずる,と述べている.たしかに,この点の話し合いは現在の歯科医師会ではほんとうに不十分である.石井氏はさらに,国民の思いと行動を十分視野に入れた論理で押し出すことが必要であると述べている.このことから考えると,この予防給付を導入するにあたっては,国民の意識を変え,生活習慣を変えることが必要であり,会員のコンセンサスを得る努力をしなければならないことになる.
 実際,現在の会員の多くは,将来の歯科医療のあり方として予防の重要性を認識してはいるが,今すぐ導入すべきと考えている人は少ないように思われる.会員が現在最も望んでいるのは成人健診の法制化である.石井氏は触れていなかったが,この目的達成の最も至近距離にあるのが“健康増進法”と思われる.さらに,健康日本21や歯科保健法においても可能性を有している.日歯はこれらの二重三重の仕掛けを考え,目的を達成してほしいものである.
 そして筆者は,経営安定化の当面の課題として「カ初診」の見直しを提案する.これは施設基準として導入されたはずであるが,現在の足枷は施設基準として完全な矛盾である.本来,施設基準とは,予防に使用できる専用ユニットがある(または専用コーナー等がある),ビジュアルな説明ができる器具が揃っている,プラーク等の染め出し材料または顕微鏡がある,歯科衛生士が1人以上いる,などというような施設の条件を記載し,これをクリアーしている医療機関は届出により無条件で初診料270 点を算定できる,という種類のものである.
 これらのことを踏まえ,日歯は早急に調査,研究をし,国民と会員に将来の歯科医療のあるべき姿と大胆な政策提示をしてほしいものである.




読後感


1月号特別企画「歯科保健医療は誰のためのものか!」を読んで
 (『Dental Review(日本歯科評論)』3月号に掲載された内容を転載したものです.)


むらいまさお
村居正雄


 小泉内閣のかかげる聖域なき構造改革の一環として,医療制度改革が押し進められている.昨年来の総合規制改革会議,経済財政諮問会議,そして厚生労働省改革案などの経緯を辿るにつけても,財政対策が中心になっており,特別企画のタイトルを借用するならば,「保健医療改革は誰のためのものか」という基本理念が欠落しているように思えてならない.そのような視点から,もう一度〈特別企画〉の5つの論文を読み直してみた.
 小児期の定期健診の意義について岡崎らは,2〜12歳の長期にわたる分析を行った.その結果は,乳歯の修復物の予後を良好にし,永久歯のう蝕予防につながり,延いては医療費の軽減ならびに生涯にわたる口腔の健康につながることをデータで示している.21世紀の歯科医師に求められているのは,EBMに基づいた歯科医療であり,指導管理である.著者は治療の確実性,リスク診断の必要性も強調している.削る,抜く治療に慣れきった診療姿勢からの発想の転換を示唆した論文であった.
 川崎らによれば,長崎市では平成11年度から1歳6カ月児健診受診者全員を対象とした2年間の定期予防管理を無料で実施し,3歳児健診の結果を基に最終的評価を行った.そこでわかったことは,住民は無料だからといって積極的に予防健診に行くわけではないということ.予防管理システムを利用した者は全対象者の僅か30%に過ぎなかった.参加しなかったグループ,中断したグループそれぞれの原因分析がなされ,ヘルスプロモーション活動,公衆衛生的予防手段の併用など,個人の努力にプラスした施策の必要性が提言されていることに共感を覚えた.
 渡邊らは昭和55年〜平成6年について抜髄と根管治療受療者の平均年齢の推移を調査した.結果は,14年間で歯科受療者の平均年齢が10歳,抜髄は9歳,感染根管治療は13歳の高年齢化が認められた.この結果に私も驚いたのであるが,患者・歯科医師双方の努力によって歯の延命が着実に効果を奏しているな,と感じた.医療保険の診療報酬改定が治療内容に強い影響を及ぼすことも併せて指摘されており,厚労省,日歯などで点数改定に関わる方々には,是非読んでほしい論文である.
 高齢者の歯科受療率をどのようにアップさせるかが緊急の課題となっている.この点について,安藤らの市町村国保歯科医療費データの分析結果は,興味深い結果を示している.すなわち,1人当たり歯科医療費,歯科受療率が年齢と共に上昇し,65〜69歳で最高値を示している.国民医療費統計によれば,歯科医療費の年齢配分は高齢者中心にシフトしつつある,という.一方,和田らの論文では,歯科受療率が75歳以降の後期高齢者で著しく低下することが指摘された.眼疾患,皮膚疾患,耳疾患などと比較して歯科の受療率低下のターニングポイントは10年以上も早いのである.歯科は,歯牙の喪失(要補綴)というニードが加齢と共に増加するにもかかわらず,補綴のディマンド(受療率)が70歳以降減少することが原因と指摘している.
 私は,補綴治療が義歯を作るという行為で終結してしまうことに問題があると考える.歯牙の喪失は,咀嚼機能障害である.生涯を通じてリハビリテーション・ケアが必要である,と考えるべきであろう.大学教育も含めて,歯科界の発想の転換が求められている.
 5つの論文それぞれが,今後の日本の歯科医療が如何にあるべきかをデータをもって論じている.国民の口腔の健康グランドデザインは,正にこのようなエビデンスに基づいて組み立てられるべきものであろう.